MMT(現代金融理論)のエッセンス! ウオーレン・モズラー「命取りに無邪気な嘘 3/7」

この文書の原文の説明および、ガルブレイス教授による序言はこちら
嘘1はこちら
嘘2はこちら


命取りに無邪気な嘘 その3:
政府赤字が貯蓄を奪う

事実:
財政赤字が貯蓄を増やす


ローレンス・サマーズ

数年前のこと。トム・ダシュル上院議員とともにローレンス・サマーズ副財務長官と面談する機会があった。もともとダシュル上院議員とは、「無邪気な嘘」たちがどれほど彼への投票者たちの福祉に反する働きをしているかについてずっと話し合っていた。そういうわけで彼がこの元ハーバード大学の経済学部教授、しかも叔父には二人のノーベル経済学賞受賞者がいる副財務長官との面談をセッティングしたというわけだ。サマーズの反応を見てみたかったし、自分の言うことに同意してくれればよいなと思っていた。

この質問から始めた。「ラリー、財政赤字の何が悪いんだい?」彼は答えた。「財政赤字が、本来は投資に回されるべき貯蓄を奪ってしまうことだ。」私は反対した。「それはない。国債はFEDが運用上の諸要素を調節するのに働いているに過ぎない。貯蓄や投資とは何の関係もないじゃないか。」彼はこう返してきた。「いや自分は準備預金の会計はよく知らないから、そのレベルの議論はできないよ。」

ダシュル上院議員は信じられないという様子でこれを見ていた。このハーバード大経済学教授、副財務長官であるローレンス・サマーズが準備預金会計を理解していない?悲しいが本当だ。

こうして面談の残りの20分は「節約のパラドックス」(詳しくは無邪気な嘘6番にて)を段階を踏んで説明することになった。彼なりに理解してくれたようで、最後にこう言った。「…そうすると、投資がもっと必要で、それが貯蓄になる?」私はフレンドリーに答えた。「イエス」。こうして良きハーバード大教授に対して経済学の一番の初歩を説明して面談は終わった。翌日のこと、彼がコンコルド連合(財政赤字テロリスト集団)とともに演壇に立ちながら財政赤字の重大な危険性について話しているのを見ることになった。

このように、この致命的に無邪気な嘘第三番は国のトップ中のトップにおいても健在だ。じっさい財政赤字はどのように働いているのだろうか。それはこの上なく単純な話だ。政府の赤字は、額が幾らであっても、政府以外の残り全部(企業、家計、国内居住者、非国内居住者)ー「非政府」部門と呼ばれている ー が持っているドル建ての金融資産の増加額とぴったり一致する。つまり財政赤字は、私たち政府以外の「金融性貯蓄」をぴったり同額増やす働きをするのだ。

一言で済む。政府の赤字は私たちの貯蓄を増やす(ぴったり)。これは会計的な事実であって、理論とか哲学といったものではない。議論の余地がない国民所得計算の基本なのだ。たとえば、去年の財政赤字が1兆ドルだったなら、みんなの金融資産貯蓄を合わせたものがちょうど1兆ドル増えたということを意味になる(経済学をかじったことが事がある人なら、純金融貯蓄とは現金と国債とFEDにある銀行の預金の合計だということを覚えているだろう)。これは経済学入門であり、銀行論金融論のイロハのイにあたる。疑問の余地もない会計の恒等式だ。ところがそれが政治の最上層部でもずっとねじ曲がったまま理解されているのだ。彼らはただただ間違っている。

CBO(議会予算局)の誰かに尋ねてみればいい。私は実際尋ねたことがある。彼らは答えるだろう「収支は必ず一致させなくてはならない」。そうしたら次は、財政赤字と私たちの貯蓄の増加が一致しているかを確認してみよう。もし一致していなければ、彼らは深夜まで残業してどこで会計ミスをしたのかを探すはめになる。

前に書いたように政府の支出はスプレッドシートへの入力だった。財政赤字はそれが集まったものだ。政府支出の際、会計係は「政府」という名前の口座から引き落とし操作を行い、同時に受け取る誰かさんの口座に振り込む操作をする。政府の口座の残高は減り、誰かさんの口座の残高はぴったり同じ額だけ増える。

次は、政府の財政赤字が民間の貯蓄を増やす様子をオペレーションごとに見ていこう。ついでに、最近登場してきた新しいこんな無邪気な嘘のバカバカしさをも暴くことになる。

「財政赤字は結局誰かから借たものを別の誰かに与えるものだから、何もプラスにはならない。ある人から別の人への移動に過ぎない。」というやつだ。つまり財政赤字は私たちの貯蓄を増やしたりせず、貯蓄を付け替えているだけだと言うのだ。最上級の間違いだ!では、財政赤字は貯蓄の付け替えているのではなく、貯蓄を増やしている様子を見ていこう。

1.スタート。政府が一千億ドルの国債を販売する。(注意:この販売は強制ではない。つまり国債の買い手は買いたいから買う。買わないよりも買った方が得だと考えている。政府に強制された誰かが買うわけではない。オークション形式で販売され、いちばん少ない利回りを受け入れた参加者に売られることになる。)

2.国債の買い手が代金を支払うが、買い手がFEDに持つ当座預金口座から一千億ドルが支払いとして引き落とされる。つまり、FEDの当座預金口座にあったお金は、国債、つまりFEDにある普通預金口座に移される(訳者注:筆者は前の記事で「国債」を「普通預金」になぞらえており、この記事でもそれを受けている)。この時点では非政府部門の貯蓄はまだ変化していない。買い手が国債を買う前は当座預金にあったお金が、そのまま貯蓄として普通預金口座に移動しただけだ。

3.こうして一千億ドルの国債を販売した後、財務省は普段よく買っているものに一千億ドル分支出するとする。

4.この財務省の支出が誰かの当座預金を一千億ドル分増やすことになる。

5.ここにおいて、非政府部門の当座預金に一千億ドルが加算され(国債購入前の残高に戻る)、同時に一千億ドルの国債も持っている状態になっている。

まとめ:一千億ドルの赤字財政支出が、非政府部門(政府以外の全員と言う意)の貯蓄を新しい国債という形で一千億ドル増加させた。

一千億ドルという新国債の買い手はまず、当座預金のお金を国債(普通預金)に移動させた。次に財務省が一千億ドルの支出をしたことにより、この一千億ドルの受け取り手の当座預金が同額増える。

ポイントに戻ると、赤字財政支出とは、単に政府以外にある金融資産(ドルと国債)をシフトさせるだけのものではないとわかった。赤字財政支出は、非政府部門にある金融資産貯蓄をぴったり同額、ダイレクトに増やすのだ。そして同様に、財政黒字はとは、私たちの貯蓄をダイレクトに同額奪うものなのだ。メディアも政治家も、一流経済学者たちでさえ、これを逆に考えている!

1999年7月のこと。ウオールストリートジャーナルの一面に二つの見出しが並んでいた。向かって左は、クリントン大統領と財政黒字額を賞賛し、いかに財政運営がうまくいっているか説明する内容の記事だった。向かって右側の記事は、アメリカ人は貯蓄をしておらず、私たちはもっともっと働いて貯蓄に励まなければならないという内容だった。何ページかめくるとグラフが載っていて、財政黒字が増えていることを示す線と、国民の貯蓄が減っていることを示す線が一緒に描かれていた。二つの線はほぼ同じ形をしていたが、向きが真逆だった。このことは、財政黒字の増加が、民間貯蓄の減少とほぼ等しいことをはっきり示していた。

財政黒字であるならば、民間貯蓄(海外居住者のドル建て金融貯蓄を含む)の増加はあり得ない。あり得ないのだが、主流経済学者や政府高官にはまだ理解されていない。

アル・ゴア

2000年の初め頃、フロリダ州ボカラトンの私邸で催されたアル・ゴア大統領候補の資金集めパーティのディナーで私は彼の隣に座っていた。経済について議論するためだ。彼の最初の質問はこうだった。「予測では向こう10年の財政黒字が5.6兆ドルになると見込まれていますが、次期大統領としてはこの黒字を何に使えばいいでしょうね?」私は説明した。5.6兆ドルの黒字はありえない、なぜならそれは非政府部門の金融資産貯蓄を5.6兆ドル減らすわけで、馬鹿げた計画なのだ。その時点で、民間部門にはそれだけの額を課税で奪われるだけの貯蓄は残っていなかったし、直近の数千億ドルの黒字が民間貯蓄を奪っていたことは、むしろクリントン景気が崩壊直前であることを暗示していた。

私はさらに指摘した。200年以上の米国の歴史における直近六回の財政黒字期を見てみると、その直後に不況に陥ったのは六回のうちたった六回だけだったと。そして、来たる崩壊は、財政黒字を許容して私たちの貯蓄を抜きとったために起こるのだから、結果としての不況は、私たちの失われた貯蓄が十分埋め合わせられ、産出と雇用を修復するのに必要なだけの総需要をもたらすだけの財政赤字が蓄積せれるまで収束しないことでしょう、と。

起こったのはその通りのことだった。経済は崩壊し、2003年にブッシュ大統領は緊急回避的に強力な財政赤字支出を打ち出した。しかしその後、クリントン時代の黒字時代に失われた金融資産(財政黒字はぴったり同額の貯蓄を私たちから抜き取る)を十分埋め合わせるのに十分な財政支出に到達しないうちに(財政黒字はぴったりその額だけ私たちから貯蓄を奪っていたのだから)、再び財政赤字は縮小されてしまった。そしてサブプライムのバブルが崩壊し、再び経済は崩壊したが、それは当時の環境に対して財政赤字が小さいままだったからなのだ。

現在の政府財政の水準といえば、私たちは税を取られ過ぎの状態にあり、税引き後の所得は経済と呼ばれる巨大デパートで売られているものを買うには十分なものではなくなっている。

とにかく、アルは良い生徒だった。さらに詳しい話をしたところ、この話が本当であること、そしてこれから何が起こり得るかについてまでも同意してくれた。しかし彼は「そこまでは行けない」とも言った。立ち上がる彼に私は言った。政治的現実はわかるよ、と。彼は演壇に向かい、来たるべき黒字をどう使うかの演説を始めた。

ロバート・ルービン

10年ほど前、2000年くらいだったか景気減速の直前ごろ、シティバンクの顧客ミーティングでロバート・ルービンと一緒になった。クリントン政権の前財務長官だ。他に20人ほどの顧客がいた。ルービン氏は経済についての持論を述べ、低い貯蓄率はやがて問題になって行くだろうと指摘した。その話を数分聴いたところで、私は「自分も貯蓄率の低さは問題と思う」と述べてからこう尋ねた。「ボブ、ワシントンでは誰か、財政黒字が非政府部門の貯蓄を奪っていることを認識している人がいるのかい?」彼は答えた。「いや、黒字は貯蓄をもたらす。政府が黒字運営できれば市場から国債を買い戻せるから、貯蓄と投資が増える。」私は反論した。「いや、黒字運営だと私たちは国債をFEDに売って納税資金を獲得しなきゃならないから、私たちの金融資産貯蓄はその黒字分だけ減るじゃないか。」ルービンは言った。「いや、間違えているのは君だろう。」私は反論せず、ミーティングは終わった。私の質問の答えは得られた。黒字が貯蓄を奪うことを彼が理解していないのならば、クリントン政権の誰もが理解していないということだ。経済はその後ほどなく崩壊したのだった。

2009年1月に貯蓄統計が発表され、マスコミは「貯蓄成長率がGDPの5%と1995年以来の最高水準に達した」と報じたが、同時に、財政赤字はGDPの5%を超えていたいうことの方は報じられなかった。財政赤字も1995年以来の最高水準だったのだが。

明らかに、主流は財政赤字が貯蓄を増やすということをまだ理解していない。アル・ゴアはわかっているとしても、何も語らない。まあ、今年も財政赤字が増えるか見ていよう。そして貯蓄も増えるかどうかも観察しよう。再度言うが、非政府部門の「ドル建て純貯蓄」(海外居住者も合わせた金融資産)の原資になることができるのは、政府の支出だけなのだ。

貯蓄を増やせと言っているその人のことを観察しよう。同じ口で「収支を均衡」させたいと言ってはいないだろうか。財政支出削減と増税により、つまり、私たちから貯蓄を取り除くことによって。同じ口で正反対のことを言う。混乱の元になるだけで何ら解決にはならない。それが国のトップレベルで起こっていることなのだ。

一人を除いて。

ウェイン・ゴドリー教授

ウェイン・ゴドリー教授はケンブリッジ大学の経済学部長を退かれて、80歳を超えていらっしゃる。教授は過去何十年にもわたり英国経済を予測する名人として知られていた。彼は自身が開発した「セクター(部門)分析」によって予測を行っていた。この手法の核心にあるのは「政府部門の赤字は、政府以外の部門の純金融貯蓄を合計したものと等しくなる」という事実なのだ。しかし、彼の予測の成功、会計上の絶対的ファクトも、彼の地位の重さ(これらは皆今もある)をもってしても、彼の教えが主流を説得するにはまだ至っていない。

さて、読者はこのことを理解したはずだ。

財政赤字は、主流が信じているような「恐るべき何か」ではない。そう、赤字はとても重要だ。過剰な支出はインフレを引き起こす。とは言っても政府が破産することはない。財政赤字は子供たちの負担ではない。財政赤字は、単にある人から別の人への資金移動でもない。財政赤字は私たちの貯蓄を増やす。

では財政赤字の役割を政策面で見るとどうだろう。それはとても単純。私たちの産出と雇用は、財政支出が足りないと維持できない。経済と呼ぶ巨大デパートで売られているものを買うのに十分な購買力が私たちにないときには、政府は減税もしくは政府支出の拡大によって、私たちの産出物が確実に売れるように行動することができるのだ。

税の一般的機能とは、購買力と経済の調整だ。産出と雇用をサポートするのに適切な水準で課税がなされおり、税収が政府の支出よりもかなり少ない結果としての財政赤字は、ソルベンシーだのサステイナビリティだの子供への悪い影響だのは、何も怖れることはないのだ。

働いてお金を得たいけれど、あまり使いたくないと人々が思っていたら?それでいいじゃないか!政府は人々が支出したいと思うまで減税し続てもいいし、支出して生産物を買ってもいいし、雇用してもいい(インフラ修復、社会保障、医療研究、などなど)。どう組み合わせるかは政治の問題だ。適切な額の財政赤字は、私たちが望む産出を雇用を成し遂げるためのものであり、また、適切な政府の大きさとは、財政赤字の大小とは無関係に考えられるべきものだ。

本当に大切なのは現実の生活 – 産出と雇用 – だ。財政赤字の大きさは一つの統計値だ。1940年代、アバ・ラーナーという名の経済学者はこれを「機能的財政論」と呼び、このタイトルの本(現代にもなお通用する)を書いている。


訳者のリンク集

  • 「フューチャー・デザインはなぜ必要か」というスライド
  • 「政府債務残高名目GDP比は過去120年で最悪の水準」という記事
  • 「債務残高の国際比較(対GDP比)」で「債務残高は最悪」と財務省