MMT(現代金融理論)のエッセンス! ウオーレン・モズラー「命取りに無邪気な嘘 2/7」

この文書の原文の説明および、ガルブレイス教授による序言はこちら

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命取りに無邪気な嘘 その2:
政府赤字は、子供たちの世代に債務という負担を残すことになる

事実:
そのような、ある世代全体に及ぶ負担は存在しえない。子供たちは、債務があろうがなかろうが彼らが生産できるものなら何でも消費することができる。


これは、政府の赤字財政支出は問題であると認識している多くの人が最初に頭に思い浮かべている「無邪気な嘘」だ。いま支出のために借りるということは将来返すことになるのだろうと。メディアもいつもそのように報道している。

“財政赤字の増加は将来の増税を意味する”

そして赤字財政支出で支払いを後回にすると、私たちの子孫の生活水準や福祉を損なうことになる。

プロの経済学者たちはこれを「世代間」債務問題と呼ぶ。それは「政府が赤字財政支出をすると、その支出の支払い負担が将来世代に残る」というようなことだ。

巨額の数字が、今にも倒れてきそうだ!

しかし幸いなことに七つの命取りに無邪気な嘘はこれ全部、やさしい理解の仕方によってあっさり却下することができる。「将来、私たちの子孫のモノやサービスが奪われる、その理由は”国の借金”と呼ばれているもののためだ」という考えはひたすらバカバカしいのだ。

要点を伝えるための話をしよう。数年前のことだ。セント・クロイ島のボートデッキで、かつて上院議員やコネチカット州知事を務めた、ローウェル・ウェイッカー氏と夫のクラウディア夫人にばったり出会った。私はウェイッカー知事にこう尋ねた。「この国の財政政策にまずいとこはありますか?」 彼の返事は、「今の支出の支払い負担を子供たちに残す赤字の増大を止めなければならない」というものだった。

そこで自分は、彼の論理の背後に隠されている嘘を表現できないかと願いつつ次の質問をした。「子供たちがこれから向こう20年間で毎年15万台の自動車を製造するとして、そこで彼らは、さあ負債を返済しようと考えて2008年の今にその自動車を送ったりするでしょうか。我々だって、第二次大戦以来の債務を返済するためにモノやサービスを1945年に送ったりしているでしょうか?」

今私はコネチカット上院議員に立候補しているが、全く同じことを言っている。他の候補者たちのホットなテーマは、「私たちは現在の支出のために中国などから借金をしていて、子や孫に支払いのつけを回している」とのことだ。

もちろん、もうお判りのように、私たちは政府債務を支払うために時をさかのぼりモノやサービスを過去に送り返したりしていないし、子供たちもそんなことはする必要がない。

将来、子供たちが仕事に行ったり、モノやサービスを生産する時に、過去の政府支出がその妨げになる理由もない。また、子供たちの未来においても(いまも同じなのだが)国債残高がいくらであろうと、その時生きている人は誰でも仕事に行けるし、モノやサービスを生産したりそれを消費することができるのだ。「過去のために」と今年の生産を諦め、諦めた分をご先祖世代に送り返すなどということはない。子供たちは、私たちが彼らに残す何であれ、私たちに返さないし、返すことができない。返したいと望んだとしてもだ。

赤字支出の調達とは、何ら重大なことでもない。政府が支出するとき、政府は私たちの銀行口座の数字を増える方向に「変える」だけだった。より精確にはこうだ。私たちが普段使っている民間銀行がFEDに口座を持っていて、それは準備預金口座と呼ばれている。海外の政府もまたFEDに同様のを持っている。これら準備預金口座は、ちょうど民間銀行が持つ当座預金口座と見なせる。

政府が支出するときに(税は関係ない)政府がすることと言えば、適切な当座預金(準備預金口座)の数字を大きくすることだけだ。たとえば政府があなたに2000ドルの社会保険の支払いをするときは、あなたの口座を置いている銀行がFEDに持っている当座預金口座の数字を2000ドル増やす。さらに自動的に、あなたの口座の数字が2000ドル増えることになる。

次に「国債とは実際のところ何であるか」を理解しよう。国債とは、FEDに置かれる普通預金だ。国債を買うときにFEDにドルを送ると、将来のどこかの時点で彼らは利子を付けて返してくる。民間銀行の普通預金と同じだ。銀行にドルを送ると、彼らは利子を付けて返してくる。銀行が2000ドル分の価値を持つ国債を購入するとしよう。FEDはこの国債の支払いを受けつけるため、銀行がFEDに持っている当座預金の口座の数字を2000ドル分減らし、普通預金口座の数字を2000ドル増やす。(ここで私は国債のことを「普通預金口座」と言っている。そうなのだから。)

言い換えれば、政府が「借金する」と言われているものをするときに政府がすることとは、FEDにある当座預金から普通預金(国債)に残高を移すことなのだ。FEDは全部で13兆の債務を持っているが、これは「経済が全体としてFEDに持っている普通預金がその額である」という以上の意味はない。

さて国債が満期を迎え、その「債務」を返済しなければならない時には何が起こるだろうか? そう、もうおわかりの通り、FEDにある普通預金口座(国債)からFEDにある適正な当座預金口座(準備預金)にドル収支がシフトするだけだ。何も新しいことはない。はるか以前からそうされている通りなのだ。しかしこれほどシンプルで今後も問題になるわけがないということを、誰も理解していないように思われる。

連邦政府の徴税と支出が作用するのは分配だ

分配とは、生産されたすべてのモノとサービスが誰のものになるかということだ。政治家が法案を通すたびにやっていることだ。彼らは制度によってモノやサービスの行き先を変える。良い方向の変更もあれば悪い変更もある。良くなる方の確率を上げるのは、7つの「命取りに無邪気な嘘」への無理解を減らしていくことだ。たとえば議会では毎年税制について議論するときに収入と支出に注目している。「いちばん払えそうなところに課税」。「必要とされているところに支出」。また、利息やキャピタルゲインや不動産、もちろん所得にどうやって課税するかも決めている。これらはみな、分配の問題だ。

議会はまた、政府は誰を雇って誰を解雇するか、モノを誰から買うか、誰が直接給付を受けるかを決定する。さらに、価格や収入に直接影響を及ぼす法を作りもする。

米国ドルを持っている外国人には特有のリスクがある。彼らは私たちにモノやサービスを売ることによってドルを稼ぐが、将来私たちからモノやサービスを買える保証はない。物価が上がる(インフレーション)かもしれないし、外国人が私たちから買いたい物に合法的に課税することもあり得る。この場合彼らの購買力が減少するということになる。

たとえば、昔、日本が私たちに一台2000ドル以下で自動車を売っていたとしよう。彼らはそのドルをFEDの普通預金口座にずっと持っていた(米国の国債を持っている)として、今彼らがこのドルを使いたいと思っても、自動車を買うためには一台20,000ドル以上は必要になるだろう。彼らはどうしたらいいだろうか?メーカーに電話して文句を言う?彼らは、何百万台の素晴らしい自動車をFEDの帳簿に置かれた信用と交換したのだ。それによって買うことができるのは私たちが許可したものだけだ。最近起こったことを見てみよう。FEDは金利を引き下げたのだが、これによって日本が米国国債から得る金利が減少した。(この議論はこの先の別の「無邪気な嘘」に続く)

これは全部、合法的で日常的なものだ。毎年の産出は全体の生活水準に広がる。債務残高があるからといって現実の産出がどこかに消えたりはしない。債務の大きさとも関係ない。債務残高が産出や雇用を減らすこともない。むしろ分かっていない政治家たちが債務を減らす決定をすることが産出と雇用を減らす。残念なことに今はそれだ。だからこれは「命取りに無邪気な嘘」なのだ。

今日(2010年4月15日)、議会は増税によって政府支出の余地を必要以上に増やし、私たちからさらに購買力を奪おうとしている。私たちが欲しいものに支出したとしても政府の巨大支出は可能だ。経済と呼ばれる大きなデパートにはまだ売れていないものがたくさん残っているのだから。

どうしてそれが分かるかって?簡単!失業者の数を数えればいい。この経済にどれだけ巨大な余剰能力があるかを見ればいい。FEDが「産出ギャップ」と呼ぶもので、私たちが今生産しているものと、完全雇用の時に生産できるものの差だ。それは凄い量だ。

もちろん、赤字や政府債務は「記録」されるが、もう知っている通り、それはFEDが国債と呼んでいる私たちが普通預金に預けている額だ。ついでながら、米国の累積赤字を経済の規模との比率でみると、まだ日本より小さく、ほとんどのヨーロッパ諸国よりだいぶ小さく、第二次大戦当時に大恐慌から脱出するためだったそれ(そして後の負担にはならなかった)よりもはるかに小さい。

この本を深く理解したあなたは、赤字の規模は財政運営上の問題ではないということに気付いているだろう。税の機能は経済を統制することであって、議会が考えているように歳入を増やすことではないと気づいてくれたらうれしい。私にはいまの経済からの悲鳴が聞こえている。人々が支出するのに十分なお金を持っていないと叫んでいる。購買力が強すぎて使い過ぎだと叫んではいない。これに同意しない人、いる?

失業は倍増している。GDPは、もし議会が課税し過ぎず、また、これほどまでに私たちから購買力を奪わなかったとした場合に比べ10%以上は小さいだろう。

私たちが潜在力を発揮していないということは – 完全雇用に達していないということは – 子孫の利益のために生産できる物やサービスを子孫からも奪っていることになる。同じように、高等教育への助成の削減は、子供が将来彼らにできる最高のことをするのに必要な知識を彼らから奪っている。また、基礎研究や宇宙開発への支出削減は、そこからの果実を子供たちから奪い、その代わりに今この失業を維持しているということになる。

そう、生きている人々は、今年産出するものを消費することができるし、さらに産出のいくらかを「モノやサービスへの投資」という形で使おうと決めることもできるのだ。それは将来の産出を増やすだろう。そしてそう、今年の産出を誰がどう使うかについて最大の発言力を持つのは議会だ。過去の財政赤字に由来する分配問題があるなら議会で議論すればいい。分配は合法的手続きによって人々の満足に変えることができるのだ。

中国への返済はどうする?

政府債務の返済を心配する人は、それが実務的にどのようなものかをボルトとナット(入金記帳と出金記帳)レベルでの理解ができていないのだろう。そうでなければそういう心配に意味がないと気付いているはずだ。彼らが分かっていないのは、ドルも国債もどちらも「口座」にほかならず、政府が帳簿に乗せている「数字」以上のものではないということだ。

まず最初は、私たちが中国とどうやって現状に至ったのかを見てみよう。最初は中国が私たちにモノを売りたいと思い、私たちがそれを買いたいと思ったのがスタートだ。例として、米軍が一億ドルの制服を中国から買おうして、中国はその値段で制服を売りたいと望んだとしよう。よって米軍は中国から一億ドルの制服を買ったと。ここでは両者がハッピーであることを理解してほしい。そこに「不均衡」などない。中国は一億ドルよりもユニフォームよりを持っていることもできたし、売れなかったかもしれない。米軍はユニフォームでなく一億ドルを持っていることもできたし、買えなかったかもしれない。元の論点に戻ろう。中国はどうやって支払いを受けるのだろうか。

中国は米国の連邦準備銀行(FRB)に準備預金口座を持っている。準備預金口座とは簡単に言えば当座預金口座の格好良い名前だ。「連邦準備銀行」だから、当座預金口座と呼ばないで「準備預金」口座と呼ぶわけだ。さて中国への支払いのため、FEDは中国がFEDに持つ当座預金口座に一億ドルを足す。口座の数字を変えるだけ。この数字は別にどこかから来たわけではなくて、フットボールのスコアと何も変わらない。中国には選択肢がある。何もしないでそのまま十億ドルをFEDにある当座預金に置いたままでもいいし、米国の国債を買うこともできる。

繰り返すが、国債は簡単に言えばFEDに置かれる普通預金の格好の言い呼び方だった。買い手はFEDにお金を渡し、後日金利付きで返ってくる。これは普通預金だ。銀行にお金を渡し、後日金利付きで返ってくる。

仮に中国が一年物の国債を買うとしよう。そこで起こることはこうだ。「FEDは中国の当座預金から一億ドルを引き、中国の普通預金口座に一億ドルを加える。」そして一年物の国債の満期の一年後に起こることはこれだけだ。「 FEDは中国の普通預金口座からそのお金(利息が付いている)を差し引き、FEDにある中国の当座預金口座に加算する。」

中国は現時点で、二兆ドルほどの米国国債を持っている。それらが満期になり中国に返済するときが来たら私たちはどうする? FEDの普通預金口座にあるそのドルを減らし、FEDの当座預金口座に足したら、あとは何なら、彼らが次に何をしたいと言うかを待てばいい。

これは政府の債務が満期を迎えたときにいつも、常に起こっていることだ。FEDは帳簿上の普通預金口座から数字を減らして当座預金口座の数字に足す。人々が国債を購入する場合は、FEDは当座預金口座から減らして普通預金口座に加算する。どうして大騒ぎするわけ?

ただただ悲劇的な無理解だ。

中国は私たちが「債務償還の原資を調達」する必要がないと知っていて騒ぎをバカにしているだろう。今ならガイトナー、クリントン、オバマ、サマーズやそれ以外の行政の執行者たちもそのバカに含まれる。議会やマスコミもバカだ。

興味のある読者のために、より技術的な書き方をしよう。例えば短期、中期、長期の国債が銀行に買われるとき、私たちが「金融システム」と呼ぶスプレッドシートへの入力が二つなされる。まず、政府は買い手がFEDに持つ準備預金勘定(当座預金)からの引き落としをする。次に、買い手がFEDに持つ有価証券勘定の数字を増やす(振り込む)。いつも通り、政府は単にスプレッドシートの数字を買えるだけだ。片方の数字は小さくなり、もう片方が大きくなる。そして満期日が来ると、中国が持っているその国債が償還される。FEDはもう一度スプレッドシートの二つの数字をただ変える。中国がFEDに持っている有価証券勘定から引き落とす。そして中国がFEDに持つ準備預金(当座預金)勘定に振り込む。これで全部だ。債務償還完了!

中国は自分のお金を取り戻した。中国はFEDの当座預金にUSドル(巨額)を持っている。中国が何か欲しいのなら – 自動車、船舶、不動産、他の通貨 – 代金をドルの振込で受け取りたい売り手から市場価格で買う必要がある。中国が何かを買うときには、FEDは中国の当座預金からその金額を引き落とし、中国がそれを買った誰かさんの当座預金に同額を加算する。

「中国への返済」が「中国が米国ドルで持つ富」を何ら変えるわけではないことにも注意してほしい。単に彼らは同じ金額を「国債(普通預金)」でなく「当座預金」で持つというだけのことだ。彼らがやっぱり国債で持っておきたいと望んでも、問題ない。FEDは彼らのUSドルをもう一度当座預金から普通預金に移すだけだ。適切に数字を変えることによって。

国の債務の返済とは、FEDにある満期になったある一つの証券勘定を減らし、FEDにある別の勘定の数字を増やすことなのだ。この移動は実質経済にとってごく普通のことだし、主流経済学者や政治家やビジネスマンやマスコミが思っているような「差し迫った危機」でも何でもない。

もう一度。国の債務の返済とは、政府が、自身が持つスプレッドシートの二つの数字を変えることだ。一つの数字は、有価証券が民間部門に所有されているかを表す数字で、これは減らされる。もう一つの数字はFEDに置かれているUSドルがどれだけあるかを表す数字で、これは増やされる。それで終わり。債務返済終了。貸し手にお金が戻った。凄い取引かな?

では、もし中国が今の低い金利ではもう米国の国債を買わないと言ったらどうなる?彼らを引き付けるために金利を上げなければならいだろうか?違う!

それなら中国は当座預金で持ち続ければいいだけだ。自国の金融システムを理解している政府なら別段問題を感じない。残高が政府支出に使われるわけではないのは前に説明したとおりだ。それがFEDの当座預金にあろうが、FEDの普通預金あろうが、悪くなる道理は一切ない。

ではもし中国がこう言ったらどうなるだろう。「FEDに当座預金勘定などもう持ちたくない。金とか何か別の方法で返してくれ!」。現在の「不換紙幣」制度[1]の下では、単にその選択肢はない。中国だって、米国軍に制服を売ってFEDの当座預金でお金を持った時に理解していた通りだ。ドル以外の何かで欲しいならば、その欲しいものを売りたい人から買わなければならない。ちょうど私たち国民がドルで支出しているように。

いつか私たちの子供たちも、私たちがやっているように、そして私たちの親もやっていたようにスプレッドシートの数字を変えているだろう。願わくばもっと理解が進んでいることを。何しろ今は「子供たちに政府債務を残している」などという命取りに無邪気な嘘が政策を動かし、最適な生産や雇用ができないようにさせられているのだから。

失われた産出や人的資本の棄損は、私たちにも子供たちにも現実の代償となっていて、現役世代と将来世代の両方を痛めつける。私たちが生産できるはずのものを制限し、高失業(犯罪や家族問題や医療問題を伴う)を維持するとそうなることになる。私たちが完全雇用と産出を維持する方法を知ってさえいれば現実として投資できるものを、子供たち世代は奪われていることになるのだ。

  1. 1971年、米国は金本位制から完全に離脱し、ドルと金との交換は政府に保証されなくなった。 []