真実を語るより問いかける。ドナルド・トランプの発言が問うことの意味を(さらにすべての意味)をどのように歪めたか by François Côté-Vaillancourt

ここのゲリラ翻訳デス

http://induecourse.ca/raising-questions-over-telling-the-truth-how-donald-trumps-discourse-distorts-the-meaning-of-inquiries-in-addition-to-everything-else/


ドナルド・トランプに長年スポットライトが当たり続けたことで、私たちは彼の言説および真実に対するアプローチを嫌というほど学ばされてきた。大統領という地位からものを言う立場になった今、彼の事実を無視しようとする意思にはますます多くの人が驚いている。しかし彼の話法にはあまり注目されていない側面がある。彼は「立場を明確にする」よりも「問いかける」ことを好むのだ。

私が言いたいことをよく表すことが今週あった。トランプはまたメディアに爆弾を投げたのだが、今回彼は直接的に「メディアはイスラムのテロリズムを報じていない」(これは明らかな虚偽)と述べた。続けて彼は、メディアがそれを報じないのには隠された理由があり、それは「メディアが自分の大統領としての力を弱めようとする意図があるから」だということを示唆した(これも虚偽なのだが、虚偽と証明するのはいささか難しい)。メディアがこのような明らかなウソにひるむことはなかったが、注意すべきは、トランプが過去数か月間これと同じ趣旨ことを言っていた時、ほとんどの場合それは「問いかけ」という形式だったのだ。たとえば「どうしてメディアはイスラムのテロリズムを報じないのか?」というような。選挙期間を顧みると、彼の発言はほとんど「断言」ではなく、「あいまいで回りくどい問いかけ」という形だったことが見て取れる。

歴史を通じて哲学には、答えよりも問いを評価する伝統がある。ギリシアのソクラテスから東洋哲学まで、答えは思考を止めてしまうが、問いは知の探求を深めると考えられた。頭の良い人は答えを出すが、本当に賢い人は問いを発する。

しかしトランプのスタイルはこの理想とむしろまったく逆だ。彼の問いかけは、深い知識に向かおうとするためのものではなく、逆に知識を避けるためのものだ。彼の演説やツイートでの問いは、嫌悪や怒りといった瞬間的、感情的な反応を引き起こす。問いかけは回答されるべきものという概念は完全に無視され、問いが提起されるやいなや、探求は停止し、聴衆は第一印象や陰謀論に釘付けになってしまう。こうして、ただ問いを発するだけのことが、何か間違いが存在していて、現実の解は不適切であるか、それどころか現時点においてミスリーディングなものだと見せるのに十分なものになる。

このように、トランプの問いのスタイルは議論を前向きに推し進めるどころか、逆に、事実検証を停止させ、よって大衆は無知や偏見に支配されたままの状態に留め置かれるというわけである。

ただトランプの演説に見られるこの技術は、別に彼が初めて使用したものというわけではない。「明確な発言」は事実の確認や反論を促してしまうが、「問いかけや仄めかし」ではそうならないということを、右も左も、議員もラジオパーソナリティも、ポピュリストたちは昔から知っていた。

そろそろ何が起こっているかを理解しよう。そして、勇敢に現状打破を謳う「問いかけるだけ」の人を持ち上げるのをやめよう。賞賛すべき問いかけは、 (a) 本当に回答を探し求めているか、 (b) 見つかった自分の答えが本当にそれでいいかを問いたい場合だ。しかし現状としての問いかけは、自己を省みることなく他者の見解を貶めるための安易な方法になりすぎてしまっている。

ケベックの予科大学の哲学の授業では何年も前から、ソクラテスはアテネで一番賢かったと教えられてきた。ソクラテスの問いは人を隠された真実や高次の正義へと導くものだった。しかし下手な人間が繰り返す問いは、全く違った目的や結果を導きうることを今は認識しなければならない。ドナルド・トランプの問いのスタイルは、問題を無視していることを隠すばかりでなく、聴衆を操作していることも隠す。そして、ソクラテスはアテネの支配者にはならなかったが、トランプは大統領だ。

政治的に右でも左でも一緒にトランプの論法は批判すべきだ。言っている内容(あからさまな人種差別や虚偽が多いが)に対する批判というよりも、何の主張もなく、ただ強いメッセージが乗るせられていることについてこそ批判すべきだ。ここ数週間、”alternative facts” というフレーズはメディアを正しく警戒させた。同じようにトランプの狡猾な「問い」という長年の習慣にも注意を払おう。先の「メディアはイスラムのテロを報じていない」という発言は見え透いた嘘なのだが、見方を変えれば、彼は同じ心情を過去何カ月も直接的な発言をせずに反証を避けてきたことからすれば、改善したと受け取ることもできるだろう。