ウィリアム・イースタリー「援助議論の終焉―ジェフリーサックスによるミレニアム村の失敗―」

William Easterly “The Aid Debate Is Over The failure of Jeffrey Sachs’ Millennium Villages” (reason.com, from the January 2014 issue)


貧困の終焉のためのジェフリー・サックスの公式は、一目に単純なものだった。このコロンビア大学の著名な経済学者が主張したころによれば、あらゆる貧困問題については個別の技術的解決策がある。蚊帳はマラリアを媒介する蚊の一噛みを防ぐことが出来る。井戸は清潔な水をもたらすことができる。病院は治療可能な病気を処置することができる。肥料は農産物の収量を向上させることができる。

貧困を終わらせることはしたがって、貧しい人々の問題に対する既知の技術的解決策の正しい組み合わせを賄うに必要なお金を集めるというだけの問題だったのだ。こうした包括的な技術的解決策をアフリカの12かそこらの「ミレニアム村」で用いるという、画期的な実地検証プロジェクトをサックスは提供するはずだった。成功の上に成功が築かれ、支援金が流れ込み、この最も貧しい大陸から貧困は根絶されるはずだった。

サックスの反貧困への取り組みについてのニナ・ムンクの優れた著書、The Idealistはサックスの夢がどのように現実とかけ離れていたかを時系列に沿って記述している。この本の中でムンクは、ヴァニティ・フェアの編集者として働きつつ、サックスが実験を指揮するのを追う。彼女は自らもミレニアム村、とりわけてもケニア北の乾燥地帯にあるソマリ族地域であるデルツや、より大陸中央に位置するウガンダのルヒイラ開拓地を訪れている。彼女がこれらの村で発見したことは、援助と開発の未来についての議論について、多くのことを明らかにしてくれている。

サックスの技術的解決策とは、しばしば単純以外の何物でもなかった。デルツでの出来事はその実例だ。この取り組みの現地担当者であるアフメド・モハメッドは、井戸の発動機の重要なパーツを注文しなければならないことに気付く。このパーツは届くのに4か月かかり、届いたときにどうやって組み込むかを知るものはいない。結局遠くにいるメカニックを高い費用をかけて呼ぶことになる。数年後、ムンクが村を再訪すると、モハメッドが同じ問題に苦慮しているのに気付く。井戸は再度壊れたのであり、パーツが不足していて、誰もどうやって解決するかを知らないのである。

その一年と少し後、井戸は再度稼働し、ミレニアム村ブログはデルツに「地域で最も信頼性のある水源」があると称賛する。しかし、2011年まで井戸は完全に干上がっていたのであり、その原因はこの地域では珍しくない事態である干ばつによるものだった。

こうした例はムンクの本でいくつも述べられており、貧困に対する純粋に技術的な回答がサックスの約束したところに全く届いていないことを示している。これは技術はそれ自身だけでは足りないことを意味する。複雑な社会・経済制度の中の多様なインセンティブと制約の下にある現実の人々の手助けが技術には必要なのである。

ムンクは失敗だけでなく成功についても述べている。サックスのプロジェクトはルヒイラの保健衛生へ120万ドルを支出し、2人の医者と13の助産師を雇用した。現在、ルヒイラの母親が自らの力で出産を行わなければならない事態は非常に少なくなり、マラリアの罹患は劇的に低下した。しかしあまりにも頻繁に、こうした小さな成功を失敗が相殺しているように思える。近年、ムンクは自分が批判の大合唱の高まりを記述しているのに気付いた。ムンクの本が出版される3か月前、フォーリン・ポリシーはこのプロジェクトに否定的な見解を下している開発業界の専門家の印象的なリストを掲載し、サックスのプロジェクトに対する辛辣な批判を行った。

サックスの見解に対する最後の批判の波は、思いがけないところからやってきた。課税逃れのために牢屋へ行くアル・カポネのように、援助が貧困に終わりをもたらすというサックスの約束は、受けるべき罪を軽減された。すなわち、ずさんな評価手続によってだ。実験が成功したと宣言するためには、ミレニアム村のあらゆるプラスの傾向は、アフリカ全土の保健衛生、清潔な水へのアクセス、全体の開発の傾向と比較して計測されなければならなかった。しかしサックスがプロジェクトを立ち上げた方法のおかげで、この比較は信頼できる形では行われなかった。例えば、類似した他の村のデータを集めていれば、ミレニアム村による処置やお金があった場合となかった場合を比較することが出来たが、彼のチームはそうしたデータは全く集めなかった。

ニューヨーク大学の経済学者ジョナサン・マードックはフォーリン・ポリシーに対し、サックスの「大規模パッケージ・アプローチは、開発経済学者たちが傾倒していったアイデアと比べると時代遅れのものだ。現在の典型的なプロジェクトは、狭く、評価が簡単で、それぞれ独立した事業の重ね合わせの中の一部として行われている。衛生事業はあっち、学校事業はあっちというように。」と述べている。サックスの組織はある種評価容易な事業というものを行うのに失敗したが、こうした事業が現在の開発経済学者が好む的を絞った介入であり、非常に焦点を絞った(そして比較的地味な)結果をもたらすのである。

サックスのミレニアム村の真の目標はそれよりずっと壮大だ。適切に届けられた援助は、貧困に終わりをもたらすことが出来るということを示すことを彼は望んでいた。彼への批判は、彼の行いのこうした側面に触れることは稀だ。そのような物事を一掃するような変化という考えは、今日の開発経済学者にとってはあまりにもあり得ないことなので、反論する必要があるとは考えないのだ。サックスが始めた大きな援助議論は既に終わった。

私たちは今や、援助と開発はそれぞれに別々の議論がある2つの別個のテーマとみなすことが出来る。今日の開発経済学者たちが、小規模なランダム化実験で何を検証すべきかについてのみ話す場合、彼らは自分たちを小規模援助の会話に限定している。そして大きな開発議論については、他のとっぴな話や先入観、党派心に訴える類の擁護団体の人に任せる。開発を達成するにあたっての政治的経済的自由の役割といったような大きな問題に立ち向かうほうが遥かに良いのだ。

2005年に私はサックスの著書 “The End of Poverty”(邦題「貧困の終焉―2025年までに世界を変える」早川書房)に対して否定的な書評を書き、そしてその後数年で私は(次第に不本意となりつつも)サックスのテーゼに対するアンチテーゼとみなされるようになった。終わることのない両極化した議論、すなわち援助は貧困を終わらせる!ーいいや出来ない!というものだ。これは本やブログ、メディアによる引用、そしてシラバスの中で戦いを演じた。それから8年半、私はサックスの壮大なアイデアを打倒したことに対し何ら感慨を持たない。とりわけても、彼の失敗はミレニアム村実験の対象となった人たちの苦しみを伴っているからだ。

サックスにはプラスの評価がなされるべき面もある。彼は過去そして現在も、開発の結果として起こった大きな進展から未だ利益を得ていない人たちに対する擁護者であり、非常に才能に恵まれている上に努力を欠かない。しかし、援助は速やかに貧困へ終わりをもたらすことが出来るという彼の考えは間違っていた。いまや次に進むべきだ。

  • hirooyamagata

    ミレニアムビレッジ、これですねえ。サックスは好きじゃないが、それでも少しくらいは成果が出るかなー、と期待してたんですが、 http://cruel.org/economist/africa7.html