「ゼロ下限制約下における金融政策 ~3つの自然実験(準実験)~」 by David Beckworth

以下は、David Beckworth, “Monetary Policy at the ZLB: Three Quasi-Natural Experiments”(Macro and Other Market Musings, September 25, 2013)の訳。


ゼロ下限制約下(名目金利がゼロ%に達した状況)においても金融政策は依然として有効であり得るだろうか? マーケット・マネタリストの面々にとってはその答えは疑いもなく「イエス」である。しかし、それ以外の人々にとってはその答えはそれほどはっきりしないようだ。例えば、つい最近のことだが、「流動性の罠」の下での金融政策の有効性の問題についてポール・クルーグマン(Paul Krugman)は次のようにコメントしている。

「流動性の罠」は確かに実在する。伝統的な金融政策では総需要に対する大規模な負のショックに対応することはできないことが判明した。それでは、非伝統的な金融政策についてはどうだろうか? Fedが大規模なスケールでそれに乗り出しさえすれば、非伝統的な金融政策は有効であり得ると言えるだろうか? そのことについては果てしない議論が続けられることだろう。

クルーグマンの言う通り、この問題は多くの論争を巻き起こす類のものであり、これまでの過去5年間にわたって「果てしない」と形容して過言ではないほどの議論がたたかわされてきた。しかし、ここで指摘させてもらいたいことがある。この間、ゼロ下限制約下における金融政策の有効性を巡っていくつかの自然実験(準実験)が進行中だったのである。これらつい最近の「実験」は、遠い昔に行われたまた別の「実験」とともに、ゼロ下限制約下における金融政策の有効性という論争多き問題に対していくつかの重要な光明を投じているのである。

まず一つ目の自然実験は今年に入ってから目下進行中のものである。この実験は、世界の中でも最も規模の大きい3つの経済圏でそれぞれに程度の異なる金融政策が試みられているために可能となったものである。具体的に言うと、その3つの経済圏とは、日本、アメリカ、ユーロ圏のことを指しており、3つの経済圏の中で最も積極的な金融緩和が実施されているのが日本であり、その次がアメリカ、そして最後がユーロ圏というかたちになっている[1] 。また、これらいずれの経済圏でも短期金利はゼロ%近辺に位置している。ゼロ下限制約下における金融政策の有効性を知る上で絶好の実験機会がここに提供されていると言えるだろう。

それではこれら3つの経済圏での金融政策の程度の違いはどのような結果をもたらしているだろうか? 2013年上半期における実質GDP成長率の違いに照らしてこの疑問に回答を寄せているのが以下のチャートである。

その結果はあまりにも明らかであるように思える。ゼロ下限制約下においても金融政策は-きちんと試みられさえすれば-依然として極めて有効なのである。確かに日本では財政政策も試みられてはいるが、これまでに日本で生じた主要な政策変化は金融政策のサイドに表れたものであった。また、IMFのフィスカル・モニターによると、2013年における財政緊縮の規模はユーロ圏よりもアメリカの方が大きいということだ(この点は、Yichang Wangが作成したこの図にわかりやすいかたちで表されている)。こういった事情を考え合わせると、実質GDP成長率の違いは金融政策の程度の違いと密接に関連していると見なしてよいだろう。ゼロ下限制約下においても金融政策は有効であることの証拠がここに一つ、というわけだ。

二つ目の自然実験は2010年以降のアメリカで進行中のものである。2010年以降今日までのアメリカでは、対潜在GDP比で見た景気循環調整後の(景気循環の影響を調整した後の)財政赤字あるいは構造的財政赤字が縮小を続けている。対潜在GDP比で見た構造的財政赤字は財政政策のスタンスを測る最善の指標であると考えられる。クルーグマンも次のように指摘している。

財政緊縮の程度を実際に計測するというのは厄介な仕事である。財政赤字や財政黒字の生のデータをそのまま使うことはできない。なぜなら、財政赤字(や財政黒字)の大きさは景気の状態に左右されるからである。その代わりに、私もしばしばそうしているのだが、「景気循環の影響を調整した」(“cyclically adjusted”)財政収支を使用するという手がある。この指標では景気の影響が考慮されているので、財政赤字(黒字)の生のデータよりは優れたものだと言えるだろう。しかし、「景気循環の影響を調整した」財政収支の大きさは潜在GDPの推計値に依存しており、潜在GDPの推計値は景気動向に左右される可能性を秘めている。そのため、財政緊縮の程度を測る最善の指標は政策の変更を直接眺めると言うことになるだろう。ところで、IMFのフィスカル・モニターが「景気循環の影響を調整した」財政収支(対潜在GDP比)の推計結果を明らかにしている。

以下の図は、IMFによるアメリカ政府(連邦・州・地方すべての政府レベルを合算)の構造的財政収支と構造的基礎的財政収支(構造的プライマリー・バランス)の推計結果を表したものである。

さて、この図は一体どのようなことを意味しているのだろうか? まず第一に、景気循環の影響を取り除いてみた場合、アメリカの財政政策は2010年以降今日まで緊縮が続いているということである。2010年の段階では構造的財政赤字(対潜在GDP比)は8.5%だったが、2013年にはその数値はおよそ4.6%にまで縮小する見通しとなっている。別の表現をすると、上の図に描かれている構造的財政赤字の縮小は、民間部門でバランスシートの改善が進むのに応じて自動的に政府のバランスシートが改善した様子を表しているわけでなく、急激な財政引き締めに向けた選択が意図的になされた結果を表しているわけである。

それでは過去3年間にわたる財政緊縮策はこの間に総需要に対してどのような影響を及ぼすことになっただろうか? 以下の図によると、どうやらこれといって何の影響も及ぼしてはいないようである。

どうしてこのような結果になっているのだろうか? この間アメリカ経済は、財政緊縮だけではなく、ユーロ圏でのショックや中国経済の減速をはじめとしたその他の負のショックにも見舞われたにもかかわらず、総需要の伸びが減速しないで済んでいるのはどうしてなのだろうか? その答えは、Fedが金融政策を通じて財政緊縮やその他の負のショックがもたらす効果を事実上吸収したからである。2010年以降のアメリカ経済の経験は、たとえ名目金利がゼロ%近辺に位置していたとしても、金融政策は依然として有効であることを実証するもう一つの優れた自然実験となっていると言えよう。ゼロ下限制約下においても金融政策は有効であることの証拠がここにさらにもう一つ、というわけだ。

Fedの努力によってこの間アメリカの総需要の伸びは驚くほど安定した動きを見せることになったわけだが、その努力も完全雇用をもたらす上では適切なものではなかったことも確かである。この間におけるFedの行動に対してフラストレーションを感じるのも致し方ないと言えよう。というのも、2010年以降のアメリカ経済の経験は、Fedの既存の金融政策の力強さを示しているとともに、その欠点をも物語っているわけだからである。

これらつい最近の自然実験はゼロ下限制約下における金融政策の有効性について多くの示唆を与えていると言えるが、1930年代に目をやるともっと有益な示唆をもたらす自然実験の例に出くわすことができる。その1930年代の自然実験というのは、先進各国による金本位制からの離脱の決定のことである。広く知られているように、戦間期における金本位制は欠陥を抱えており、金本位制は1930年代初頭の大恐慌を引き起こす上で主要な役割を演じた(pdf)のであった。1930年代初頭に金本位制を採用していた国々はことごとく不況に陥り、各国の名目金利はゼロ%近辺に位置していた。しかしながら、アイケングリーン(1992)が指摘しているように(pdf)、金本位制からの離脱が早かった国から先に堅調な景気回復を経験することになったのであった。

ゼロ下限制約下でも金融政策は依然として有効であることを示すこのクロス・カントリーの(複数の国にまたがる)自然実験は、金融政策の効果に懐疑的な人々に再考を促すきっかけとなることだろう。クリスティーナ・ローマー(Christina Romer)が指摘していることだが(拙訳はこちら)、1930年代当時のアメリカで景気の回復をもたらした主たる要因は金融緩和であり、財政政策はほとんど何の役割も果たしてはいなかったのである。

これら3つの自然実験の結果によると、ゼロ下限制約下においても金融政策にできることは多い、ということが示唆されよう。そうだとすると、次にこんな疑問が浮かび上がってくることになる。これまでの3年間にわたって各国の中央銀行は景気のてこ入れに向けてどうしてもっと積極的に行動してこなかったのだろうか?

  1. 原注;もっと正確に表現すると、日本銀行、FRB、ECBの間の違いは、将来的にマネタリー・ベースの量をそれに対する需要と比べて恒久的に増大させる意図をどれだけ明確にシグナルしているかの違いにある。そのシグナルが最も明確なのが日本銀行であり、次がFRB、そして最後がECBということである。 []