「自然災害に対する有権者の破滅的な投票行動」 by Bryan Caplan

以下は、Bryan Caplan, “Disastrous Voting”(EconLog, July 15, 2008)の訳。


アンドリュー・ヒーリー(Andrew Healy)は実証的政治経済学の分野における新世代を代表する一人であり、私がお気に入りの学者の一人だが、そんな彼がつい最近の論文(pdf)で大胆な主張を展開している。自然災害は「神の仕業」(=不可抗力)であるとの考えが一般的かもしれないが、アメリカの有権者(投票者)も自然災害の共謀者なのだ、とヒーリーは語る。論文のアブストラクト(要約)から一部引用しよう。

自然災害、政府支出ならびに有権者の投票行動に関する包括的なデータの分析から明らかになることは、有権者は災害復旧(disaster relief)向けの政府支出に対しては投票で報いる[1] 一方で、災害予防(disaster prevention)向けの政府支出に対してはそうではない、ということである。有権者のこのような投票行動は政府(与党)が直面するインセンティブに大きな歪みをもたらすことになる。なぜなら、災害予防向けの政府支出は将来の損害(将来起こり得る自然災害に伴って生じる被害)の大幅な抑制につながることがデータによって示されているからである。

論文の最後のページには、与党の得票率の変化を災害復旧向けの政府支出(の変化)と災害予防向けの政府支出(の変化)の関数としてそれぞれ表した気の利いたグラフが2つ掲げられている。そのグラフによると、得票率(の変化)と災害復旧向けの政府支出(の変化)との関係を示すグラフの傾きはプラスの大きな勾配を持っており[2] 、得票率(の変化)と災害予防向けの政府支出(の変化)との関係を示すグラフの傾きはフラット(水平)であること[3] がわかる。有権者のこのような投票行動を前提とすると、政治家が災害予防事業(有権者の投票を引きつけることのない事業)と比べて15倍もの多くの予算を災害復旧事業(有権者の投票を引きつける事業)に投じているとしてもほとんど驚くことはないだろう。

確かに、災害予防向けの政府支出が役立たずだ(効果が無い)とすれば、このことは非常に好ましい結果だと言えるだろう。しかしながら、災害予防向けの政府支出は大きなリターンをもたらす[4] のである。ヒーリーは次のような証拠を提示している。

有権者は政府による災害予防の取り組みには効果が無いと判断しているのかもしれない。その可能性を考慮するために、ここで災害予防向けの政府支出の有効性について推計を試みることにしよう。・・・(省略)・・・

1年あたりの災害予防向けの政府支出の平均が1億9500万ドルであり、1年あたりの災害被害額の平均が165億ドルであることを前提とした場合、回帰分析の結果によると、災害予防向けの政府支出が1ドル増加すると災害被害額が8.30ドルだけ減少するとの推計が得られることになる。この推計結果は2000年から2004年にわたる5年の間に生じた便益だけしか考慮していないことを注意しておこう。

この論文に文句をつけたいところがあるとすれば、「有権者は賢明なる災害予防に対して投票で報いることはない」という原則への例外に関する議論で論文が締め括られている点である。そういった例外は将来的な研究課題として貴重なトピックかもしれないが、論文をそのような議論で締め括ることは主要なメッセージを薄めるようで惜しいことだ。主要なメッセージとはつまりはこういうことである。政府支出が効率を大きく改善し得る場合でさえも、その機会は見過ごされてしまう。政府が合理的な投票者のコントロール下にあるとすれば、政府は公共財の問題に対する万能薬(strong medicine)であると言えるだろう。しかしながら、政府が現実の投票者のコントロール下にある場合には、政府は通常はどでかいインチキ薬(snake oil)のようなものなのだ。

  1. 訳注;災害が発生した際に政権の座にあった政党に対して次回の選挙で(その政党が災害復旧向けの政府支出に乗り出さない場合と比べて)より多くの票を投じる []
  2. 訳注;災害復旧向けの政府支出が増加すると与党の得票率が増加する関係にある、ということ []
  3. 訳注;災害予防向けの政府支出が増加しても与党の得票率にはこれと言って変化はない、ということ []
  4. 訳注;自然災害に伴って生じる被害の大きな抑制につながる、ということ []