サムナーの Short intro course on money (全9回)を紹介しています(第1回、第2回、第3回、第4回)。これは第5回の”Money and inflation, Pt. 3 (The Quantity Theory of Money and the Great Inflation)“(25. March 2013)です。
不換貨幣の需要供給曲線が商品貨幣モデルと異なる点は以下の二つだ。
1. 政府は通貨の量をほぼ無限にコントロールできる。また通貨の発行のコストはほぼゼロだ。
2. 貨幣需要が、貨幣価値(1/P)に対して単位弾力的になる(訳注:貨幣需要と貨幣価値の変化率が等しくなる)。
これは不換貨幣の場合が貨幣の需要供給曲線。
今や金融政策は会計媒体に働きかけるもの(金本位制)から、会計媒体の供給に影響を与えるものへと転換を遂げたのである(但し、貨幣の需要もまた中央銀行の政策の影響を受ける)。中央銀行は公開市場操作や貸出を通じて供給曲線を左右に動かすことができる。つまり実質的に「供給曲線」はベース貨幣の量に相当する政策ツールなのである。
貨幣数量理論については、以前の私は「ヘリコプタードロップ」を例に出して教えていたが、この方法はうまくないと今は考えている。生徒が間違ったメッセージを受け取ってしまうのだ。伝統的な公開市場操作での説明もあるが、これも混乱を招く説明だ。
1. ケインジアンの中には貨幣をヘリコプターで撒くか公開市場操作で導入するかの区別に重要な意味があると信じている者がいる。「ヘリコプタードロップ」という言葉は実質的に「金融/財政の同時拡張」という意味になる。ヘリコプターから撒かれるマネーは一種の公的支給金と同等で、それと同時に貨幣量の拡大がともなっている、というものである。つまり紙幣を刷り、それを使うことによる新しい給付金制度のようなものだと。しかしそう考えるケインジアンは間違っている。金融の効果に比べれば財政の効果は、少なくとも平時においてはほとんど無視して良い程度だ。平時においてGDPが0.2%増加するのは大変なことだが、平時に公的負債が0.2%が増加してもほとんど影響はない。
2. オーストリア学派の中に「カンティロン効果」を心配する人々がいる(訳者注:この話題はhimaginaryさんのこちらのエントリを参照)。まかれた貨幣を最初に獲得するのが誰であるかが重要だと考えるのだ(カンティロン効果という言葉には他の意味もある)。彼らはそんなラッキーな人々のグループが消費を加速すると推定する。しかし貨幣は捨てられるのではなく市場価格で取引されるのだから、最初に貨幣を得た人が特に得をするわけではないし、モノやサービスをより多く買うインセンティブになるものではない。
これら二つの間違え方には共通するところがある。それは貨幣を増やすことで大きな影響が出るのは「お金をより多く得た人々がより多く消費する」からだとする点だ。しかしこれは富と貨幣の微妙に混同している。われわれも日常会話で「あの百万長者が大きなヨットを買ったのはお金をたくさんもっていたからだ」、などと言う。しかしここは本当は「彼は多くの富を持っている」と言うべきだ。この長者はほとんど貨幣を持っていなかったかもしれないのだから。貨幣量を増やすときの純粋な影響(財政効果やカンティロン効果を抜いた)を理解するには、誰の富も増やさない形式を考える必要がある。人々がより外出したり物を買ったりするような明確な理由がない形式を。
そこで私が考えるのは、次の形式による貨幣の増やし方である。1億人の米国人は政府か毎年一定額の小切手を受け取っているとする(200ドル以上としよう)。戻し減税、退役軍人手当、失業保険、公務員給料、社会保障給付金などの形で、米国の全セクションに行きわたっている。あるときFEDは、「その年の貨幣ベースを200億ドル増やしたい」と計画したとする。このとき財務省は小切手受領者の1億人に増やしたい200億ドル分に相当する200ドルだけは現金で支払い、それ以外の200ドルを小切手で支払う。もしFEDが「貨幣ベースを増やさない」と決定した時には200ドルの小切手が支払われるだけである。これが純粋な金融政策の本質だ。雑音は出てこない。
このおまけ分の現金を人々はそのまま持っていようとは思わない。手放そうとするだろう。けれどもどうやって?焼き捨てないのは確かだ。さあ、今われわれは金融/マクロの核心部に概念、「合成の誤謬」のところに来ている。個人個人は持ちたくない現金を手放すことが可能だが、社会全体としてそうすることができない。少なくとも名目で考えない場合は。一見パラドックスなこの状況はどう調整されるだろうか。
例として、FEDが通貨量を二倍にする場合としよう。一人当たり200ドルを400ドルにすることになる(グラフの通り)。このとき、どのように新しい均衡状態に到達するだろうか。物価は短期的には大きくは動かず、金利が下がるだろう。そして時間の経過とともに物価が調整されて行き、人々が一人当たり400ドルの現金を持つのが快適だと思うような新しい均衡に達するだろう。では、金利が元のままで変わらないとすれば、需要と供給を一致させるため物価はどこまで上がる必要があるだろうか。
人々が関心を持っているのは名目量よりも購買力である、という仮定を受け入れると物価は二倍になるというのが答えだ。物価が二倍の時に手持ち現金の購買力が元の水準と等しくなる。当初人々が最初持っていた200ドルの現金が、たとえば一週間の購買量に相当する分だったとすれば、一週間分の購買量が400ドルになるところまで物価が上がるはずだ。別の言い方をすれば、物価は貨幣量に正比例して上昇する。これは会計媒体の需要が単位弾力的であるという意味になる。かつて金や銀が会計媒体だったときに、これらの貨幣需要は単位弾力的ではなかった。不換貨幣は特別である。不換貨幣のただ一つの価値はその購買力だ。金や銀と異なり産業的な用途が全くない。
貨幣の需要は単位弾力的であるという仮定からいよいよ貨幣数量理論が導かれる。
「貨幣量を二倍にすると貨幣の価値は半分に下落し物価水準が二倍になる。」
もちろんここには貨幣の需要が時間の経過に伴って変化しないという仮定があるが、実際には貨幣需要は変化する。従ってより正確に言うならば、
「貨幣量の変化はそれと比例した物価の変化を引き起こす。但し、貨幣量が変化しなかった場合との比較において。」
これでも完全に正しくはない。なぜなら貨幣価値の変化(の予測)によって貨幣需要も変化するからである。従って次のようになる。
貨幣供給量の一度の変化は、長期的にそれと比例した物価水準の上昇を引き起こす。但し、貨幣供給量が変化しなかった場合にそうなっていたであろう物価水準との比較において。 Vivasex
貨幣供給量の一度の変化によって、長期における実質の貨幣需要が変化することはなさそうだというのが根拠だ。これは「弱い」バージョンの貨幣数量理論だが、最も妥当なバージョンである。私の見方ではこの貨幣数量理論が最も役立つのは貨幣供給量の変化が大きいときと、または長期で観察する場合である。特に、貨幣供給が毎年大きく変化し、それが長期にわたる場合だ。つまり世界的な大インフレ時代の長期的な他国データである。ロバート・バローのマクロの教科書(第四版)には貨幣数量理論を考えるための完璧なデータ群が載っている。83か国の約30年間のデータで、インフレ率が非常に高かった頃のものではあるが、国によって大きな違いがある。このリストは上位10か国と下位の10か国だ。
国名 | 貨幣最長 (%) |
実質成長 (%) |
インフレ率 (%) |
期間 |
ブラジル | 77.4 | 5.6 | 77.8 | 1963-30 |
アルゼンチン | 72.8 | 2.1 | 76.0 | 1952-90 |
ボリビア | 49.0 | 3.3 | 48.0 | 1950-89 |
ペルー | 49.7 | 3.0 | 47.6 | 1960-89 |
ウルグアイ | 42.4 | 1.5 | 43.1 | 1960-89 |
チリ | 47.3 | 3.1 | 42.2 | 1960-90 |
ユーゴスラビア | 38.7 | 8.7 | 31.7 | 1961-89 |
ザイール | 29.4 | 2.4 | 30.0 | 1963-86 |
イスラエル | 31.0 | 6.7 | 29.4 | 1950-90 |
シエラレオネ | 20.7 | 3.1 | 21.5 | 1963-88 |
・ | ・ | ・ | ・ | ・ |
・ | ・ | ・ | ・ | ・ |
カナダ | 8.1 | 4.2 | 4.6 | 1950-90 |
オーストリア | 7.1 | 3.9 | 4.5 | 1950-90 |
キプロス | 10.5 | 5.2 | 4.5 | 1960-90 |
オランダ | 6.4 | 3.7 | 4.2 | 1950-89 |
USA | 5.7 | 3.1 | 4.2 | 1950-90 |
ベルギー | 4.0 | 3.3 | 4.1 | 1950-89 |
マルタ | 9.6 | 6.2 | 3.6 | 1960-88 |
シンガポール | 10.8 | 8.1 | 3.6 | 1963-89 |
スイス | 4.6 | 3.1 | 3.2 | 1950-90 |
西ドイツ | 7.0 | 4.1 | 3.0 | 1953-90 |
今日の宿題:
以下の五つの質問に答えよ。そうすれば貨幣数量理論が理解できよう。
1. 貨幣数量理論をより強くサポートしているのはインフレ率の高いグループと低いグループのどちらか? このことは、理論の各グループへのあてはまりについて何を告げていだろうか。 貨幣数量理論の上記のいくつかの定義のうちどれがこのあてはまり具合と整合的だろうか。
2. 83か国のうち71の国々では貨幣成長率がインフレ率を上回っており、12の国々ではインフレ率が貨幣成長を上回っていた。この隔たりの理由を説明せよ。
3. 貨幣成長率とインフレ率のギャップが10%を超えたのは83か国のうち上のリストにないリビアのみである。このギャップがめったに10%を超えないのはなぜか?
4. インフレ率が貨幣成長率を上回った12か国のケースの大部分が属しているのはインフレ率が高い国々か低い国々かのどちらか。理由も述べよ。
5. インフレ率に関する以下のデータのうち、上記のギャップをよく説明するのはどれであるかを説明せよ。通常のインフレ率か、インフレ率の変化、あるいは期待インフレ率の変化か。
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