日本は既に死んでいる? BY NICK ROWE

以下は、Nick Rowe “Is Japan already dead?” (June 10, 2013)の訳です。誤訳等あれば御指摘頂けると幸いです。

なお、本エントリはリチャード・クーの論説を受けて、ニック・ロウ邦訳)⇒ノア・スミス邦訳)⇒クルーグマン邦訳 by Okemos氏)⇒ブラッド・デロング邦訳)/ニック・ロウ(本エントリ)と続いている一連の議論の一部です。御興味のある方は他のエントリも御参照ください。また、クルーグマンのエントリの下敷きとなっている1998年の論文を未読の方は、山形浩生氏による邦訳を御覧ください。


いや、僕はそうは思ってない。でも「日本は既に死んでいるか」と聞くほうが、「経済回復による利子率の上昇は日本を殺すか」と聞くよりもずっと良い質問だとは思う。

これはノア・スミス、そしてクルーグマンによる3つのエントリの単なる追補だ。(リヴィオ以前の僕のエントリにも関係している)。この間うまく説明できなかったところを、きちんと示せるような方法をようやく見つけられたように思う。

日本が政府債務に対して名目利子率 i だけ支払わなければならず、日本の名目GDPが n の率で成長しているとすると、債務名目GDP比を常に一定に保つ、つまり持続性のあるものにするためには、日本は名目GDPの (i-n)x(Debt/NGDP) だけの財政黒字を必要とする。

好み次第で、この式はi と n の双方からインフレ率を差し引くことによって(r-g)x(Debt/NGDP)と書き直すことが出来る。この場合、rは実質利子率で、gはGDPの実質成長率だ。二つの式は全く同じものだ。

経済回復はnの上昇を意味する。インフレ率の上昇と実質成長の両方が原因だけれど、両者の割合は分からない。理論・実証の双方から、経済回復はiの上昇もまた意味することが分かっている。

経済回復がnよりもiを上昇させる、つまり(i-n)が上昇する場合、日本は債務の利払いを行うことが難しくなる。でも、nがiより上昇する、つまり(i-n)が減少するのであれば、日本は債務の利払いをしやすくなる。

これは経済回復がrをgよりも上昇させる、つまり(r-g)が上昇する場合、日本は債務の利払いを行うことが難しくなると言い換えることもできる。でもgがrよりも上昇する、つまり(r-g)が減少するのであれば、日本は債務の利払いをしやするくなるということでもある。

ポール・クルーグマンは、金融政策の緩和が(インフレ期待を上昇させることによって)rを減少させると考えている。その場合は、金融政策の緩和による経済回復が必ず利払いをしやすくさせるのは明らかだ。

ちょっとだけポールには同意できないところがある。金融政策の緩和がgを上昇させる場合、rも同様に上昇すると僕は考えている。(とてもおおざっぱな言い方をすれば、期待将来所得の上昇は現在の貯蓄を減らして現在の投資を上昇させるから、僕はIS曲線は右上がりの可能性があると思っている。)だからrとgの両方が上昇する中で、どちらがより大きく上昇するか、そして債務の利払いは簡単になるのか難しくなるのかというのが議論されるべき問題なんだと僕は考えている。

最悪のケースを考えてみよう。僕が正しくてポールが間違っている、つまりrが上昇するとしてみよう。そしてrがgよりも上昇、つまり (r-g) が上昇するとしてみよう。(もしくは (i-n) が上昇するというほうが良ければ、お好みでどうぞ。)この場合経済回復は、仮定に基づけば日本が債務の利払いを行うことを難しくする。

おまけに、リカードの中立命題が成立せず、(r-g)の均衡水準が債務名目GDP比の増加関数である世代重複モデルのような状況に日本があると仮定してみよう。

この最悪のケースの仮定は、債務名目GDP比の上限、Rmaxとしよう、が存在することを意味し、現時点の債務名目GDP比がRmax以上である場合、経済回復が利子率の上昇を伴うのであれば日本は債務の利払いを行うことが不可能になる。日本はデフォルトするか、もしくは既存の債務をインフレによって吹き飛ばして債務名目GDP比をRmax以下まで引き下げるのに十分なほど大きい、予期されていない価格水準の上昇を引き起こす他はなくなる。

ここでさらに日本の現在の債務名目GDP比がRmaxを超えているとしよう。

別の言い方をすれば、リチャード・クーが正しかったことになるケースをわざと作り上げたことになる。(意図は違うかもしれないけど、まあ気にしない気にしない。)経済回復を起こす金融緩和による利子率の上昇が、文字通りもしくは超高インフレを通じて日本に債務のデフォルトをさせる最悪のケースの仮定をわざと作ったということだ。

これは「日本は回復をあがなうことが出来ない[1] 」ことを意味するだろうか。

いいや。この場合、日本は既に死んでいる。ただそれにまだ気づいていないだけで。

もちろん日銀はアベノミクスを放棄して、金融政策を引き締め、インフレ目標をを引き下げ、回復への全ての希望を台無しにして、名目利子率を再度引き下げることは出来た。でも、過去が将来への道標であるなら、これは債務名目GDP比は上昇し続けることを意味する。なぜなら、日銀が不景気における財政政策の引き締めを金融政策の緩和で相殺しないのであれば、日本は不景気にそうした引き締めを行うことを恐れるだろう。これはつまり最終的に回復が訪れた際、さらに膨らんだ債務名目GDP比によって、さらに大きなデフォルトを引き起こすことになるということを意味する。

そして回復はやがては必ずやってくる。たまたま起こるのでなくても、世代重複モデル経済において若い世代が高齢世代から(訳注;債務を)購入しようとするのにも、債務名目GDP比の限界があるからだ。

もし日本が引き返せないところまで来てしまったのであれば、回復はデフォルトを意味する。でも回復を遅らせることは、明らかにより大きなデフォルトを意味する。

そして僕は手遅れを嘆いて尋ねるんだ。「どうして、どうしてアベノミクスをもっと早くやらなかったんだ。債務名目GDP比がこんなに大きくなってしまう前に。金融政策は総需要を上昇させるのには役に立たなくて、総需要の下落を防ぐために財政政策を使わなきゃいけない?何なんだその「バランスシート不況」っていうのは?おまけにそれがどうして急に「金融政策が役に立たない」というのが、「金融政策の緩和が債務GDP比をこんなに大きくしてしまったためにデフォルトを引き起こすインフレと利子率の上昇を引き起こすだけでしかない総需要の上昇を引き起こすから金融政策はとても危険だ[2] 」なんていうことになってしまったんだ?」と。


(訳注;以下はスコット・サムナ―が自身のブログで、このニック・ロウのエントリについてコメントしたもの)

日本に関する最近の議論について尋ねられた。私はニックに同意だ。

私は日本は死んでないと考えているが、もちろんそうした可能性があることは認めている。本当の問題は、日本がそれを反証したにも今においても、なぜゼロ下限において金融政策が無効であると人々が主張し続けるのかということだ。ニックと私は2009年の時点(バーナンキはもっと早かったが)
で、日本が何をすべきか告げていた。何故こんなに時間がかかったんだ。そして何故ECBは未だに何もしていないのだろうか。

  1. 訳注;前述のノア・スミスのエントリを受けた表現です。 []
  2. この鍵括弧内は一息で読んでください。 []