「Fedの職務怠慢」 by David Beckworth

以下は、David Beckworth, “A Dereliction of Duty”(Macro and Other Market Musings, May 17, 2012)の訳。


マーケット・マネタリストは長らくこう主張してきた。「名目GDP水準目標(NGDP level target)は名目所得の期待成長経路(名目所得の期待伸び率)に対する確固たるアンカーを提供する(将来の名目所得の伸びに関する安定的な見通しを与える)」、と。そして、家計や企業は将来を見据えて(フォワードルッキングに)意思決定を行うので、名目所得の期待成長経路に対する確固たるアンカーが提供されることになれば足許の(現時点の)名目支出も安定することになるだろう、とも語ってきた。例えば、富の水準を一定として考えると、将来の名目所得が減少すると予想される場合には、家計は新車の購入や住宅の改修を控えることになるだろう。反対に、将来の名目所得が増加すると予想される場合には、家計は新車の購入や住宅の改修を積極的に進めるだろう。スコット・サムナー(Scott Sumner)が好んで「金融政策は長くて可変的な(ラグではなく)リード(long and variable leads)を伴って働く」と語る理由もまさにここにある。このようなマーケット・マネタリストの理解に基づくと、現在名目支出が危機以前のトレンドを下回り続けている理由は、Fedが期待名目所得を危機以前の経路に戻すことに失敗したからだ、との示唆が得られることになる。言い換えると、Fedによる受動的な金融引き締め(拙訳はこちら)がその理由だ、ということになろう。

かつて私はこのマーケット・マネタリストの見解に支持を与えると思われる証拠を提示するためにSPF(Survey of Professional Forecaster;経済学者によるマクロ経済予測のサーベイ)のデータを利用したことがある。しかし、Evan Soltasが紹介しているように、名目所得の期待成長経路を測定する別の指標が存在しており、この指標もまたマーケット・マネタリストの見解にさらなる支持を与えるかたちとなっている。そのデータは、ロイター/ミシガン大学による消費者調査でのとある質問に対する家計の回答から得ることができる。その質問では、今後12か月の間に世帯所得がどの程度変化すると予想されるかが問われている。以下の図では2011年10月までの回答結果が示されている。

Source: Thompson Reuters/University of Michigan

この図によると、大平穏期(Great Moderation)の大半の期間を通じてFedは将来の名目所得の期待伸び率を5%近辺に安定させることに成功している[1] ことがわかる。これは注目すべき成果である。しかし、この図はFedによる大いなる失敗もまた明らかにしている。この図によると、2005年後半から名目所得の期待伸び率が徐々に低下し始め、2008年に入ってその低下ペースが急激に加速していることがわかる。図で表示されている期間に関する限りは、名目所得の期待伸び率がこれほど低下した例はかつてない。しかし、それ以上に厄介なのは、名目所得の期待伸び率がそれ以降低い水準で横ばいを続けていることである。Fedが名目所得の期待伸び率をかつての標準的な水準にまで引き戻すことに失敗しているわけである。名目所得の期待伸び率が大きく落ち込んでいることを考えれば、家計がデレバレッジ(債務の圧縮)に臨み、異常なほどの流動資産を貯め込んでいるとしても何も驚くことはないだろう。

Source: Thompson Reuters/University of Michigan, New York Federal Reserve Bank

ロイター/ミシガン大学の消費者調査データを利用した最近のとある研究では、名目所得の期待伸び率を安定させることの重要性をさらに裏付けるような発見がなされている。その研究というのは、シカゴ連銀のエコノミストであるMariacristina De NardiとEric French、そしてDavid Bensonの共著論文 “Consumption and the Great Recession”である。この論文では、期待名目所得ならびに富の変化が総消費支出(マクロ全体でみた消費)に影響を及ぼす上でどれだけの重要性を持っているかが検討されている。この論文で明らかにされている発見の中でもとりわけ目を引くのは、過去数年にわたり名目所得の期待伸び率がすべての年齢層、すべての教育レベル、すべての所得階層で落ち込んでいる、という点である。つまり、名目所得の期待伸び率の落ち込みは特定の部門に特有の(構造的な)現象ではない、ということである。また、この論文では、名目所得の期待伸び率の落ち込みが今回の大不況(Great Recession)下における総消費の低迷の重要な決定因であったことも発見されている。

ロイター/ミシガン大学の消費者調査から得られるデータとシカゴ連銀のエコノミストによる研究、そしてかつての私自身によるエントリーはいずれも、Fedが期待名目所得を適切に管理することがいかに重要であるかを示唆している。期待名目所得の管理という基準に照らすと、これまでFedは職務を怠ってきたと判断せざるを得ない。そろそろFedが自らの失敗を認め、名目所得の期待成長経路に対して確固としたアンカーを提供する(名目所得の期待伸び率に安定的な見通しを与える)アプローチの採用に踏み出すべき時である。今こそ名目GDP水準目標を採用すべき時なのだ。

(追記)シカゴ連銀総裁であるチャールズ・エヴァンズ(Charles Evans)が名目GDP水準目標の支持者に転向する上で件のシカゴ連銀のエコノミストによる研究がおそらく幾ばくかの影響を与えたに違いない。

  1. 訳注;家計が今後12カ月の間に名目所得が5%のペースで上昇すると予想している []