利子率のゼロ上限 BY NOAH SMITH

以下はNoah Smith “The Zero Upper Bound?“(June 09, 2013)の訳です。誤訳等あれば御指摘頂けると幸いです。

なお、本エントリはリチャード・クーの論説を受けて、ニック・ロウ邦訳)⇒ノア・スミス(本エントリ)⇒クルーグマン邦訳 by Okemos氏)⇒ブラッド・デロング邦訳)/ニック・ロウ邦訳)と続いている一連の議論の一部です。御興味のある方は他のエントリも御参照ください。また、クルーグマンのエントリの下敷きとなっている1998年の論文を未読の方は、山形浩生氏による邦訳を御覧ください。

6月11日追記:ニック・ロウのエントリ引用部「そして僕らは~あるけどね。」の次のパラグラフが抜け落ちていたのを修正


この間面白いことがあった。「アベノミクス」の一環で、日銀は長期国債の購入を続けている。これは期待のプラス効果があるように見えた。インフレ率は上がり期待インフレ率も上がり成長率も上がり、消費も上がり、輸出も上がり、そして株式市場も、最近下落はしたけれども上り調子だ。でもおかしいなのはここからだ。日本の長期国債利回りは、先月のほとんどの期間を通じて上昇を続けた(つまり国際価格は下落した。)。

おかしくないかい?だって経済学の基本に照らせば、何かの購入量を増やしたとしたら、その価格は上がるはずだ、下がるんじゃない。リチャード・クーが長々と語っているが、彼は利子率の上昇はインフレ期待の上昇のせいだとしている。彼が言うにはQEには効果がなく、日本の民間投資家はそれを知っているために実質成長のないインフレを予想し始め、日本国債を見限ったために利子率が上昇したんだそうだ。

でもニック・ロウは別の説明(邦訳)をしている。ロウによれば、利子率の上昇は期待成長(名目成長、つまりはより高い実質成長と、さらなるインフレの両方)の上昇のせいだという。ロウが言うには、日銀の金融緩和策が経済の上昇を起こすため、利子率は自然に上昇する。だから投資家は単に(訳注;利子率の)上昇を予期していて、現時点で国債を売っているのだという。ロウはクーについてかなりきついことも書いている。

リチャード・クーはケインジアンだろうか。それとも彼はただの財務屋で、マクロや貨幣を本当のところは分かってないんだろうか。

あいたたた。

ロウに同意するであろう一人はポール・クルーグマンだろう。彼自身アベノミクスの強い支持者だ。このポストにおいて、国債価格の下落についてクルーグマンは3つの「説明」を描いている。その3つのどれも日本の現在の状況(長期国債価格の下落、株価の上昇、円の下落)には当てはまらないが、「より強い回復」シナリオは今起こっているような株価の上昇を伴っている。株価の上昇は、単にインフレだけでなく、実質経済成長へのプラスの期待を示す。(クーは日本の株式投資家と債券投資家がそれぞれ異なった期待を持っているからだと弁明しているが、日本国債の所有者のほとんどが日本人であるのに対し、最近の日本株式市場への資金流入のほとんどが外国から来ているものということを考えれば、僕はこれも全く見当外れとまでは思わない。)

(正直に言うと、僕はロウとクルーグマンの説明には初めは懐疑的だった。僕の知っているほとんどのモデルでは、景気回復がアベノミクス前の水準まで利子率を上昇させるのには時間がかかるはずだった。つまり、一般均衡効果が日銀の買い入れの増加による利子率の下落という部分均衡効果を上回るのには何年も要するはずだった。ロウやクルーグマンが言うような素早い利子率の上昇が起こるには、僕が思うにアベノミクスが悪い均衡状態にある経済をバコッと蹴り出して、経済をより高い名目GDP成長率が持続する位置まで押し戻すという「良い均衡・悪い均衡」型のモデルを必要とするからだ。でも、僕はこの類のモデルをある意味信じているんだと思う。そして日本のデフレ的な停滞は、僕が院で学んだシンプルなモデルでは普通不可能なほど長く続いた。というかちょっと脱線してしまったね。)

閑話休題。日本の利子率の上昇は実物経済の成長が原因なのだろうか。アマテラス様に、違うとお祈りしよう。利回りの上昇は、一時的なもので、期待のマジックであり、変動の激しい市場と小心者の債券投資家のせいだと祈ろう。

なんでこんなことを言うかって?

ニック・ロウは彼のポスト(邦訳)の最後でその答えのヒントを書いている:

そして僕らは、日本が何年も前にこれをやらなかったおかげで、これまでの年月を無駄にして、日本政府が債務GDP比率を悪化させるのを許すがままにしたことだけを悔やむことになる。なぜなら、高い債務GDP比率だけが、日本の経済回復を願っているかもしれない一方で、回復に伴う金利の上昇は望まないという人がいる理由だからだ。そしてこれは、回復を止めようとする理由にはならない。アベノミクスみたいなことを何故もっとずっと早くやってなかったんだ、ということを悔やむもう一つの理由ではあるけどね。

ロウはとても楽観的過ぎる。債務GDP比がものすごく高い状況においては、利子率の上昇は破滅的だ。

ちょっと大げさに考えてみよう。ある国の債務GDP比が3000対1だったとする。そしてこれがすべて30年物の債券で、したがって政府は毎年全債務の1/30、つまりGDPの10000%の借り換えを行わなければならないものとしよう。利子率はゼロよりもわずかに高いくらいで、政府は債務負担を一定に保つことができるとする。

ここで利子率が急に1%に「正常化」したとしよう。次の年から政府はいきなりGDPの10000%の1%を、借り換えが必要な債務の利子として負うことになる。10000%の1%は100%だから、政府は利払いとしてその国のGDPを丸々支払わなければならなくなる。それも最初の1年だけで。回復の2年目においては、政府はさらにGDPの10000%の借り換えを行うから、GDPの200%もの利払いが発生する!

どうやってこれを賄えばいいんだろうか。GDPの100%を課税することは出来ない。だから政府は残りは借りる必要がある。債務GDP比が高いほど民間部門が経済成長率よりも低い利子率で政府に貸し出す(「安定的なポンジ・ファイナンス[1] 」の必要条件。なぜそうなるかはコメント欄でのニック・ロウとのやり取りを参照してほしい。)見込みは少なくなるのは明らかに思える。

こんなとき政府に必要な額を貸し出す唯一の存在は中央銀行だ。言い換えれば、デフォルトを避けるためにはシニョレッジが唯一の選択肢ということだ。これは利子率を0%近くまで押し戻すか、ハイパーインフレーションを引き起こす。もしくは、政府は中央銀行に利子率を0%へ押し戻すために大量の国債を購入してもらうことも出来るだろう。

今のところ、日本の債務GDP比は300,000%からは遠い。日本の総債務はGDPの240%だ。でも、日本の財政にとって利子率の上昇はそれでも重い負担となる。この人によると、日本国債の利回りが2.2%に上昇すると、現在の日本の税収の80%は利払いに費やされることになる。この数字が正しいかはともかくとして、利払い費の大きな上昇を避けるためには、日本の成長率は利子率よりもずっと上を行かなければならないことは確かだ。

さらに、おそらく利払い費の上昇はそれがGDPの100%、それどころか税収の100%に達するよりも遥かに前に、経済を蝕み出すことを頭に入れておく必要がある。どうしてか。財政のケインズ効果があるからだ。財政政策が需要に影響する(ほとんどのケインジアンとニューケインジアンはそうだと信じている)のであれば、利払い費の上昇をまかなうための税の引き上げは、所得分配や政府調達の削減と同様に経済を失速させてしまう。(もちろん上に書いたように、上昇した利払いを賄うために借り入れを行うことは出来る。)だから、回復の始まりが即座に利子率を上昇させる場合、利子率の上昇が回復を殺しかねない。

(もちろん名目GDP成長の加速は、債務GDP比を低下させ続けるだろう。でもこれが働くには時間がかかる。そして巨額の財政赤字を計上している日本は、おそらく回復が始まったとしても債務GDP比が上昇を続けるのを目の当たりにするだろう。)

だから、貨幣拡張が利子率を上昇させる類の回復しかもたらさないのであれば、日本はとんでもない状況に陥っていることになる。日本の唯一の希望は、利子率が相当長期間非常に低い状態が続く類の回復だ。もし僕たちがニック・ロウが言うような世界にいるのであればそれは不可能で、日本には停滞、デフォルトもしくはハイパーインフレという選択肢しかない。その代わり僕たちは全身全霊で、日本が利子率を低く保ったまま成長とインフレを加速させることを可能にする経済政策が存在する、リチャード・クー的な世界に自分たちはいるんだと祈るべきなんだ。

ともかく、この頭の体操は非常に高い債務GDP比が、長期成長の罠として働きうる可能性を示している。僕たちはよく名目利子率の「ゼロ下限」について話すけれど、非常に高い債務GDP比はゼロ上限も存在することを示している。回復が常に利子率の上昇を伴う(ロウが主張するように)のなら、高い債務GDP比は政府に経済が永遠に停滞し続ける(もしくはデフォルトかハイパーインフレ)ことを選択させることになる。この場合、厳しく非難されたラインハート・ロゴフは正しかったことになる。

政府債務が高く積みあがった状況にある場合、そこからきれいに抜け出すためには長期間の非常に低い利子率と力強い実質成長が、実のところ唯一の望みなんだ。


(訳注;以下は、コメント欄からノア・スミスとニック・ロウとのやり取りを抜粋したもの)

ニック・ロウ 11:45 PM

ノア、ありがとう!
今ちょっと疲れているから、些細な部分についてほんの少しだけ返答を。

政府債務の利子負担(GDPに対するパーセンテージで)は(i-n)*(debt/GDP)((i-n)は名目利子率から名目成長率を引いたもの)として定義するほうがきっといい。(ちょっと単純化しすぎてるけど、nを無視するよりはいい。)これは、債務GDP比を時ともに悪化させないために、政府がどれだけの財政黒字を必要とするかを示している。

確かに金融政策を緩和すればiは上昇するが、同時にnも上昇する。(そしてnを上昇させる「からこそ」iを上昇させる。)もしiとnが大体同じ量上昇するのであれば、心配はいらない。もしiがnよりも大きく上昇する(これはオイラー方程式のパラメーターが1より大きいか小さいかで決まる?)のであれば、君の言うとおり、債務負担は増大する。

個人的には、僕はこの効果は大きく懸念すべきほどのものではないと思っている。そして仮にそうだとしても、これは経済回復のために支払うべき代償だ。

そしてもし僕がこの点について間違っていたらどうか。えーゴホン、その場合日本は遅かれ早かれ、必ずどんでもない事態になるってことになる。日本は回復を「あがなうことが出来ない」。でも日本が現状を維持するのであれば、債務GDP比率はとにかくも上昇を続ける。

ところで、かつてリチャード・クーは金融政策は日本では絶対に効果がないと言ってたように思うんだけど。今彼は金融政策は効果があって、悪影響を及ぼすから、日銀に再度の引締めを求めてないかい?もし日本が彼を無視して金融政策の緩和を何年も前にやっていたとしたら、債務GDP比は240%なんてことになってなかったはず!彼はきちんと釈明すべきと思うよ。

ニック・ロウ 12:13 AM

(i-n)=-9%とすると、対GDPで9%の財政赤字を計上しつつ、利払いや満期のくる国債の借り換えを行うために借り入れを行うだけでよいことになる。そう、これはポンジ・ファイナンスだけど、債務GDP比は一定のままだから「安定的な」ポンジ・ファイナンスだ。これはサミュエルソン(1958)厳密な消費貸借の利子モデル(Exact consumption loan model)のように、動的に非効率な経済だ。

ノア・スミス 12:28 AM

よし、思考実験のために日本の税率がtで一定と仮定しよう。そこでi*debt > t*GDPとなる地点まで名目利子率が上昇したとする。日本政府は税収 t*GDPよりも大きい利払いi*debtを行わなければならない。

問題その1:どうやって政府は支払いのためのお金を手に入れるか。借り入れを行うか、中央銀行が紙幣を発行するか。

問題その2:そしてそのどちらもiを変動させるか。

問題その3:そしてさらに、問題その1の答えに対する期待はiがどのように変動するかについて、制限を加えるか。

ノア・スミス 12:37 AM

んーどうやら言うほど疲れてないみたいだねw

つまり君の考えでは、利払いの年額がどれほど大きかったとしても、現時点でi<nであれば政府は民間市場からその年に必要な利払い費をきちんと調達できるということ?僕はそこに確信は持てない。というより、僕は債務のストックの大きさが、iが均衡であり続けるかどうかに影響すると考えている。

ニック・ロウ 12:52 AM

ちょっと元気出てきたよ!

さて、今年i<nである場合、ポンジ・ファイナンスを続けることはできない。だけど今年(n-i)Debt/GDPの借り入れを行うのであれば、来年の債務GDP比が今年よりも上昇することはない。

政府の借入能力についての有力な仮定は、それが現時点および期待将来債務(訳注;のストック)というよりは、現時点及び期待将来債務GDP比に依存するというものだ。

安定的なポンジ・ファイナンスの大きな問題点は、将来のi-nの不確実性だ。政府が債務を賄うためにトリル永久債[2] を発行する場合、この不確実性は解消される。もしずっとn>iなのだとすると、トリル永久債の価格は無限になる。

ノア・スミス 1:02 AM

安定的なポンジ・ファイナンスの大きな問題点は、将来のi-nの不確実性だ。政府が債務を賄うためにトリル永久債を発行する場合

そのとおりだ。

そして僕はそうしたリスクの大きさは債務GDP比の正の関数だと思っている。なぜかって?単純な思考実験だよ。もし債務GDP比が常に0だったら、リスクは存在しない。もしiが1年か2年nを上回ったとしても、なんてことはない。だけどここで債務GDP比が無限に近づくにつれて、デフォルトを避ける目的で激しいインフレを引き起こすリスクを冒すために、i>nの期待将来変動はますます小さくなる。

だから、僕は債務GDP比が高い状態においては、i<nは均衡でないかもしれないと思ったりしてる。

ニック・ロウ 1:10 AM

僕は債務GDP比が高い状態においては、i<nは均衡でないかもしれないと思ったりしてる。

全くだね。例えばだけど、どの世代重複モデルでも、 (i-n)の均衡は債務GDP比の正の関数になるだろう。一定成長する無限期間モデルにおいては、政府は債務GDP比をi=nとなる点まで挙げなければならない。

不確実性下の場合はややこしくなる。だけど(僕の考える)解決策は「1つの」トリル永久債を発行することだ。

ノア・スミス1:18 AM

ぼくも多分そうだと思う。

ということでここにきて僕らは全部について意見が一致したね。


  1. 訳注;既存出資者への支払いのために新規出資者の出資金を使うシステム。いわゆる出資詐欺などがこれに当たり、通常は永続的なものではありませんが、ここでは政府は条件さえ満たせばそれを永続的に行えることを示しています []
  2. 訳注;利回りがGDPに連動する永久債 []