人生というゲームの為に取るべき講義 グレッグ・マンキュー

秋はアメリカでは新学年の始まりの時期です。日本でもそうですが、こういうときはアメリカでも新入生へのアドバイスが新聞に載ったりするもので、ハーヴァード大学のマンキュー教授の大学一年生へのアドバイスがニューヨークタイムに掲載されていました。なんだかんだ書いてますが、結局、最後のとこが重要で、そしてそれが言っているのは、自分で自分のやりたい事を見つけ出せる人間になれ、ってことなんでしょうね。そして未来を掴め、と。日本はもう入学シーズンをかなり過ぎてしまいましたが、ま、それでもこれが言いたかったので訳してみました:手の中に未来を握り締めているのは、ハーヴァードの学生だけじゃない!みんな、がんばれ!

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人生というゲームの為に取るべき講義 N・グレゴリー・マンキュー 2010年9月4日

入門経済学を教えるハーヴァードの教授として、毎年の秋、大学一年生700人を迎えるという心躍る仕事が私には割り当てられている。そして今年、私は自分自身の子供の一人目を大学に送り出す。それゆえ、次のような疑問がわいてくる:学生達は何を学ぶべきなんだろうか?そして、現代の経済を理解して備える為に、どういった教養(foundation)が必要だろうか?

以下は全ての学年の学生への私のアドバイスだ。

経済学をいくらか学ぶこと これが来る、という事は分かっていたよね。まあ多分、私は自分の職業のマーケットシェアを守ろうとしているだけなんだろう。しかしそれ以上のものもあるのではないかと思っている。

偉大なる経済学者アルフレッド・マーシャルは経済学を、「人生のありきたりな活動についた人類の研究 (the study of mankind in the ordinary business of life)」と呼んだ。学生が学校を離れる時には、この「人生のありきたりな活動」が彼らの最も切実な問題となる。今の瀕死の経済がロスト・ディケードになったりしたなら、そして一部の経済学者はそうなるのではと恐れているが、それに備えるのは死活的に重要となる。

その為に、入門経済学以上に良い講義はたぶんないだろう。学生達がその周りで渦をまく各種の力のことを理解する助けとなるし、いろいろな仕事において有用となる厳格な分析のスキルを身につけさせる。そして生徒達をよりよい市民にし、争い合う政治家達の主張を評価できるようにする。

大学をすでに離れたものにも、学ぶのに遅すぎるということはない。経済学の教科書を手にとってみれば(私のものが良い選択だろうね)、想像していた以上に学ぶ事ができることだろう。

納得できない?もしあなたが私の分野について疑っているとしても、まあそういう人は多いが、経済学を学ぶべきよりシニカルな別の理由もある。経済学者のジョーン・ロビンソンがかつて述べたように、経済学を学ぶ理由の一つは経済学者に騙されないようにすることだからだ。

統計もいくらか学ぶこと 高校の数学カリキュラムはユークリッド幾何学や三角法といった伝統的なトピックに時間を割きすぎている。大抵の人にとって、それらは有益な知的訓練ではあっても、日々の生活ではあまり使い道がない。確率と統計をもっと学ぶことは学生達にとってより役にたつだろう。

このコンピュータの時代が人々に与えているものの一つが、データだ。多くの、非常に多くのデータ。しかしながら、データがあるという事とそれから学ぶ事の間には、大きな違いがある。学生達は数字の分析のポテンシャルと、そしてその限界を知る必要がある。すべての大学生は統計についてのコースを一つ以上取った方がよいといえる。少なくとも、高校がその講義内容をアップデートするまでは。

金融もいくらか学んでおく 401(k)プラン ((アメリカの退職年金プラン。))の浸透と迫ってきた社会保障年金の問題により[1]、アメリカ人は自身の金融面での将来の舵取りの責任をより多く持つようになってきた。しかし、持つ事ができるのだろうか?

健全な選択をするためのツールを学んで卒業する高校生はほとんどいない。実際のところ多くが、たとえば株と債権、そういった資産のリスクとリターン、そしてそのリスクをどうやってマネージするのが良いのかについて知らないままに、大学に入ってくる。

金融についての無知の証拠は、どこかの企業が倒産するたびに現れる。エンロン、あるいはリーマン・ブラザーズであれ、多くの企業の従業員が、その企業の株に資産の大半を投資して大変なことになるのはよくあることだ。彼らは金融の最も基本的なレッスンに注意を払わなかった--分散投資はフリー・ランチ[2]をもたらすという事を。期待リターンを下げないままで、リスクを下げる事ができるのに。

大学は高いリターンの投資だ。大卒と高卒の賃金格差は、今では歴史的に見ても大きい。そういった大卒がその所得を知的にマネージしようとするなら、金融における意思決定の基礎を学ぶ必要がある。

心理学もいくらか学ぶ 私のような経済学者は人々が合理的だとついつい見なしてしまう。つまり数学的な精密さをもって、人々はその目的を実現する為にベストをつくすとみなしてしまうのだ。

大抵のことについてこのアプローチは役にたつ。しかしそれは人間の行動についての見方の一つに過ぎない。すこしばかりの心理学は、古典経済学の極端さへの役に立つ解毒剤だろう。人間の合理性の弱点について明かしてくれる。あなた自身のそれも含めて。

これは私が大学にいたときに、注意を払う事がなかったレッスンだ。学部学生として、私は心理学の講義を一つたりとも取る事はなかった。しかし、経済学に心理学を注入する行動経済学の誕生後、私はその過ちを償ってきた。何年か前、ハーヴァードの教員メンバーとして、私はスティーブン・ピンカーが教える入門心理学の講義を聴講した。それで私がより良い経済学者になれたかどうかは分からない。しかしそれは私をより謙虚にしたし、そしてよりよい人間にもした、と思うのだ。

必要と思えばアドバイスを無視しろ いろんな大人がこれから大学へ行くものへのアドバイスを持っている。これから家を離れて、大学一年生を始める者たちは、それに耳を傾けて、考慮して、判断して、しかし最終的には自分自身の直感と情熱に従うべきだ。

未来について確実な事は、それが定かではない、ということだ。私は、今から4年後にどんな新興産業が卒業生を雇っていくのか知らないし、他のだれも知っているものはいない。次の世代は、その世代自身の経済を形作っていく。若き日のビル・ゲーツやマーク・ザッカーバーグ[3]が我々の経済を形作ったように。今、荷造りをして、教科書を買い、ルームメイトと会っている者達は未来をその手の中に握っている。毎年、講義の最初の日に、意欲ある私の一年生達700人を見回すとき、その光景は私にこれからへの希望を与えてくれるのだ。

  1. アメリカでは社会保険制度の健全性についての認識は保守とリベラルを別ける試金石の一つで、マンキューの様な保守派は社会保障が危ないと言い、クルーグマンのようなリベラルは社会保険は大丈夫だと切り返します。騙されない為に経済学を勉強しておいた方がいい、一例です。 []
  2. 「フリーランチ」は良すぎてあり得ないものを意味する経済分野での言葉。 []
  3. Facebookの創設者。 []