今でもインフレのほうがマシ BY KENNETH ROGOFF

以下はKenneth Rogoff ”Inflation Is Still the Lesser Evil“(June 6,2013)の訳です。誤訳等あれば御指摘頂けると幸いです。


世界の主要な中央銀行は、彼らの不景気対策努力が行き過ぎることによって、インフレに繋がることを依然として懸念している。これは間違いだ。100年に一度の金融危機が引き起こした低成長が続くことによる政治・社会・経済的なリスクと秤に掛ければ、マイルドなインフレが持続的に起きることは心配するようなことではない。それどころかほとんどの地域においては、それは歓迎されるべきことなのだ。

おそらく、これについて最初に私が書いた際、つまり危機への対処の真っ只中であった頃ほどには、マイルドなインフレ(年間4~6%としよう)を擁護する必要はない。当時、途方もなく過大評価された実質住宅価格と一部の業界における過剰な実質賃金を背景に、債務の評価額切り下げを行うのを政府がためらう中で、マイルドなインフレは限りなく有用であったことだろう。

主要な意見、もちろん当時のものだが、は、しっかりとした「V字」回復がすぐそこまで来ていると見ており、インフレを起こすなどという異説を受け入れるのは馬鹿げているとされていた。2009年のカルメン・ラインハートとの共著、国家は破綻する(This time is Different)の下敷きとなった研究に基づき、私はそうした意見とは異なる考えを持っていた。先の深刻な金融危機を調べたところ、雇用の悪化は破滅的なほどにまで深刻であり、回復は異常なほど遅いということを懸念すべきあらゆる証拠があった。中期的なリスクの正確な評価がなされていれば、2008年12月の私の結論「今日における100年に1度の金融危機に対処するためには、あらゆる手段を用いる必要がある。」という結論を裏付けるものであっただろう。

それから5年が経ち、政府、民間そして対外債務は多くの国において記録的な水準に達している。ヨーロッパの周縁国と中核国の間では、依然として大規模な相対賃金の調整が必要である。しかし、世界の主要な中央銀行は気づいていないように見える。

米国においては、FEDが量的緩和(QE)が終わりに近づいていることを匂わせたことで、市場をどよめかせた(訳注;参考)。示された出口はFED内部のタカ派とハト派の停戦協定を反映しているようだ。ハト派は大量の流動性を勝ち取ったが、強くなりつつある経済状況下でタカ派はQEの終了を主張している。

これは、例え雇用が完全に回復していなかったとしてもインフレが深刻になる前に引き締めを始めるという、古典的な処方箋の今日における変形だ。つまり、1950~60年代においてFRB議長を務めたウィリアム・マーチンの有名な言葉、中央銀行の仕事とは「パーティーが盛り上がりつつあるところで、パンチボウルを片付ける」ということである。

問題は、今回は通常の不景気ではないということであり、多くの人々はまだパンチボールの中身を全く食べていないのであって、ましてや食べすぎなどということはありえない。もちろん、QEが資産価格を歪めているというテクニカルな懸念には妥当性があるが、単にバブルを引き起こすというのは、現在においては主要なリスクではない。ちょうど今は、まだアメリカが金融危機から真の持続した回復を果たす絶好の機会にあるのだ。反インフレ的な教義に対する過剰な信仰によって、この回復が脱線してしまったとしたら結果は悲惨なものになってしまうだろう。1920~30年代においては、いくつかの中央銀行は金本位制に過剰な信仰を持ってしまったが。

日本は別の問題に直面している。今度の日銀総裁黒田晴彦氏は、何年もインフレ率がゼロ近傍にあった過去と決別し、日銀が年間2%のインフレを目指すという明確なサインを市場へ送った。

しかし、長期金利がじりじりと上昇する中で、日銀ははたと棒立ちになってしまっているようだ。黒田総裁とその周辺部は何を期待していたのだろうか。日銀がインフレ期待を上昇させるのに成功したのであれば、長期金利は必然的にインフレの上昇をプレミアムとして織り込む。名目金利がインフレ期待によって上昇する限りにおいては、この上昇は解決策の一部なのであって、問題の一部ではない。

金利の上昇がインフレ期待の上昇よりも、リスクプレミアムの増大によって引き起こされているのであれば、当然日銀はそれを案じる必要があるだろう。例えば黒田総裁のコミットメントに対する決意に投資家が疑いを抱いた場合、リスクプレミアムは上がりうる。これを避けるには、金融政策にとってはお馴染みの、分かりやすく首尾一貫し、かつ明瞭な対話戦略である。

欧州中央銀行においては、全く異なった状況にある。ユーロ圏の周縁国の借り入れコストの押し下げを支援するために、欧州中銀は既にバランスシートを使ってきているため、金融緩和的なアプローチには慎重であり続けている。しかし、多くの債権が市場価格よりもはるかに高い価格で帳簿に残っているヨーロッパの商業銀行にとって、絶望的なまでに不可欠な調整を進めるためには、インフレの上昇が役に立つことだろう。さらにインフレの上昇は、周縁国の賃金を下げずにドイツの賃金を上昇させうる状況も生み出すことだろう。

世界の中央銀行はどこも、慎重になるべき妥当な主張を行うことはできるだろう。そしてセントラルバンカーは、構造改革と長期における予算均衡についての信頼性のある道筋について、声高になる権利もある。しかし可哀相なことに、政策決定者がインフレのリスクにおびえる様な状況からは程遠いところに我々はいるのである。彼らはパンチボウルをしっかりと固定するべきなのであり、片付けるべきではない。