バーナンキ講演-2003年「M&R フリードマン「選択の自由」の遺産」会議上にて

以下はダラス連銀での”the Legacy of Milton and Rose Friedman’s Free to Choose:”会議上でのバーナンキ講演(October 24, 2003)の訳です。誤訳等ありましたら御指摘いただけると幸いです。
なお、文中の「金融」という単語は、「金融イノベーション(financial innovation)」を除き、全て”money”もしくは”monetary”の訳であり、「貨幣」という単語と同一です。

6月6日追記:鍵さんのコメントにより、entrepriseを「企業」から「企業家精神」、thriftを「貯蓄銀行」から「節倹」に変更
6月7日追記:鍵さんのコメントにより、抜け落ち箇所・誤訳の修正(修正点は最下部を参照)


この度、フリードマン御夫妻の古典的名著選択の自由(Free to Choose)を記念する日にあたって、ミルトン・フリードマン氏の貨幣フレームワーク及び、氏の金融政策の理論と実践に対する貢献についてお話する機会を得られたことは光栄であり、また嬉しく思います。約1年前になりますが、私は氏の90歳の誕生日を記念したシカゴ大学における会議上においても、氏とアンナ・シュワルツ女史の古典、合衆国貨幣史(A Monetary History of the United States)について議論を行うという栄誉にも浴しました (Bernanke, 2002)。この過去の話を引き合いに出させて頂いたのは、機会を頂ければ私はいつ何時どこへでも氏の業績を称えるために飛んでいく用意があるということをお知らせするためでもありますが、フリードマン氏御本人の考えや一時代の金融政策決定者たちの物の見方について貨幣史が及ぼした多大なる影響力のためでもあります。

貨幣史の中で、フリードマン、シュワルツ両氏は100年近くにもなる期間のアメリカの貨幣に関する経験を細部にわたって入念に調査し、これまでのどんな純理論的分析、いえ、それどこかどんな計量的分析よりも遥かに説得力のある形で、経済における貨幣の力の重要性を証明する歴史分析を行いました。経済政策への歴史からの教訓に対するフリードマン氏の細やかな目配りは、氏の経済学に対するアプローチの特徴の一つであり、私も深く敬服しているところであります。氏は職業に対する政府の許可制については常に否定的でしたが、金融政策決定者についてはその例外と考えるやもしれません。貨幣史の細部について強く焦点を当てた適切に設計された許可制度があれば、金融政策に関するミルトン・フリードマン氏の見解を形作った歴史からの教訓に対し、金融政策決定者が少なくともいくらかの正しい評価を持っていることを確実にできます。

本日は、貨幣史に関する我々の知識へフリードマン氏が果たした貢献についてではなく、金融政策の働きと、それをどのようにして使うべきかという双方に対する我々の理解に、氏の考えがどのように影響を与えたかについて焦点を絞りたいと思います。つまりは、フリードマン氏のアイデアの実証規範両面についてお話させて頂こうということです。いつものごとく、これからお話しすることは私個人の考えですので、必ずしもFEDの同僚たちのそれと同じくするわけではありません。

この講演を準備している際、私は次のような問題に直面しました。フリードマン氏のフレームワークは強い影響力を発揮し続けたため、少なくとも大筋においては、現代金融理論及び実務とほぼ同義になっているのです。シェークスピアを初めて見せられて、「なぜこの人がそんなにすごいのか分かりませんね。全然オリジナリティーがないじゃないですか。みんな知ってるような話の筋をつなぎ合わせただけです。」という感想を述べる学生を思い起こしました。フリードマン氏の業績を評価しようとすると同じ問題が沸き上がるのです。フリードマン氏の考えが現代マクロ経済の隅々にまでいきわたっているおかげで、氏の著作を読む場合に最も陥りやすい誤りは、氏の考えがそれが生み出された当時の支配的な考え方に対して独創的で、革新的でさえあったことを正しく評価するのを見落としてしまうことなのです。

ご説明のために、金融政策におけるフリードマン氏の業績の記述的あるいは実証的な側面からお話しさせて頂きたいと思います。ここにフリードマン氏自身が1970年(この年であることを念頭に置いてください)の著作”貨幣理論における反革命(The Counter-Revolution in Monetary Theory)”の結論において提示した、鍵となるマネタリストの定理11個の簡単なまとめがあります。これらの定理は、貨幣が経済にどのように影響を及ぼすかについてのフリードマン氏の基本的な考え方を示す、説得力のある説明です。そしてそれがこちらになります(原文ではもう少しばかり詳細に述べられているものを、私が要約したものです。):

  1. 貨幣成長率と名目所得成長率の間には、精緻ではないが一貫した関係がある。
  2. しかしながら、貨幣成長と名目所得成長の間にタイムラグがあるために、この関係性は明白ではなく、ラグそのものも一定ではない。
  3. ただし、平均的には貨幣成長と名目所得成長の間のタイムラグは6~9ヶ月である。
  4. 名目所得成長率の変化は産出にまず表れ、ほとんど全く価格に表れることはない。
  5. しかし、それから6~9ヶ月のタイムラグを経ると、貨幣成長の効果が価格に表れる。
  6. 再度指摘するが、実証的な(訳注:貨幣成長と名目所得成長の間の)関係は完全からは程遠い。
  7. 短期において貨幣成長は産出に影響を与えうるが、長期においては産出は企業家精神や節倹(訳注:=資本蓄積)などの実物要因によって厳密に決定される。
  8. 産出を上回る貨幣の成長によってのみ引き起こされるという意味において、インフレは常に貨幣的な現象である。しかし、貨幣の成長には多くの要因が考えられる。
  9. 政府支出のインフレ的な効果は、その財源に依る。
  10. 貨幣拡張は短期利子率だけではなく、全ての資産価格に影響を与える。
  11. 貨幣緩和は短期的に利子率を下げるが、長期的にはそれを上昇させることになる。

この定理が35年も前のフリードマン氏の考えを反映したものであることを再度思い出してください。「反革命」と著作の表題にあるとおり、当時こうした考えは従来の学問的常識からはかけ離れたものでした。今日においてはどうでしょうか。

まず、始めの6つの定理における、貨幣の経済に対する動的な影響に関するの実証的説明については、今日の政策決定者や経済学者のほとんどは英国で言うところの「正鵠を得た(spot on)」ものと言うことでしょう。ここでちょっとご説明させてもらいますと、私も自身の研究として、ベクター自己回帰モデルやその他の時系列モデルを用いて、金融政策がどの程度経済に影響を与えるのかを調べた大規模な最近の計量経済学の論文を共同執筆いたしました。これらの方法によって計測した経済の動的な変化は、フリードマン氏の定理に示されたものと非常に似通っています。

これらの方法によって、貨幣の拡張(一例ですが)が1~2四半期のタイムラグを伴って名目所得の上昇につながるということが確認されています。おそらくもっと重要なのは、フリードマン氏も強調されておりますが、名目所得の構成要素の量と価格の反応のタイミングははっきりと異なっているということであります。とりわけ、これもフリードマン氏がおっしゃったことですが、貨幣拡張は産出、消費及び投資といった実物変数により迅速に効果を及ぼし、その大部分は2~3四半期に渡って続きます。(フリードマン氏が最初におっしゃったことだと言おうと考えておりましたが、最初に言ったのはおそらくデイビッド・ヒュームではないかと思います。フリードマン氏の業績ですら、古典的貨幣分析の長く偉大な歴史の一部なのです。)この実物効果は時間とともに薄れがちですが、それによって12ヵ月~18ヶ月後の期間においては貨幣拡張もしくは貨幣収縮の効果は、第一にインフレ率の変化として感じられるのです。ベクター自己回帰分析のみならずその他のより構造的な方法によっても、これと同じパターンがほぼ全ての国についての実証研究で見つかっています。これらはFEDが使用しているFRBUSモデルを始めとした、予測や政策分析に用いられるほぼ全ての現代計量経済学モデルに組み込まれています。金融政策の変更とインフレの反応の間のタイムラグがあるからこそ、イングランド銀行のようにインフレ目標政策を採用している現代の中央銀行は、そのインフレ目標を達成するために、最大2年の期間を設定しているのです。

このように、フリードマン氏の最初の6つの定理に要約されるところの氏の経済動学に関する説明は、大部分が最近の研究によって裏付けられているのです。これ以外の定理についてはどうでしょうか。フリードマン氏の7番目の点、短期において貨幣成長は産出に影響を与えうるが、長期においては産出は企業や貯蓄銀行などの実物要因によって厳密に決定される、というのは理論・政策の両面において特に重要です。貨幣が長期的には何の効果も持たないという定理、長期的な(訳注:貨幣の)中立性原則とされるものですが、これは金融経済学者によって今日普遍的に受け入れられております。フリードマン氏がこれを書いた当時は、しかしながら金融政策が実物的な結果に影響を与える、例えば失業率を下げるというようなことですが、こういったことを期間の定めなく出来ると考えられていたんです。金融政策が長期に渡る効果を持つ、技術的な言い方をすればインフレと失業の間のフィリップス・カーブの関係が長期において利用できるという考えが、間違っているだけでなく、有害であることが明らかになったのです。フィリップスカーブを利用するという試みは、フリードマン氏の1968年の米国経済学会における議長講演での警鐘にも拘らず生き残り、大恐慌(the Great Depression)を除けば20世紀においてもっとも深刻な金融政策の誤りであった、1970年代の大インフレ(the Great Inflation)を引き起こす大きな要因となりました。

フリードマン氏の8番目の定理におけるインフレの分析も書かれた当時は論議を呼びましたが、これもまた同様に今日では広く受け入れられています。我々全員がもちろん知っているように、フリードマン氏は、超過的な貨幣成長が多くの原因によって起こりうることを慎重に認めた上ではありましたが、インフレと貨幣成長との密接な関係を主張されました。フリードマン御夫妻が1980年版の選択の自由第9章で論じられたとおり、1960年代から1970年代にかけての一般的な見解(一部のFEDの職員の見解でさえありました)というものは、インフレは労働組合や企業の力や、産油国の強欲さを含む色々な非貨幣的要因によって引き起こされうるというものでした。こうした見方によって不幸にも向かった先は、ニクソン政権下における苦い経験でその欠陥が明らかになりましたが、賃金規制やその他の行政的な施策によってインフレをうまく退治できるというものでした。私たちは今日、大インフレは1960年代末における過剰に拡張的な金融政策さえなければ起こらなかったであろうことを理解しています。

フリードマン氏の記述的な定理のいくつかは、いまでも研究の対象となっています。例えば、これまで多くの研究が理論・実証面の双方から財政政策、金融政策、インフレの相互作用を調査してきました。財政政策は貨幣の創出を伴う場合にのみインフレ的であるというフリードマン氏の見解、つまり彼の9番目の定理は、依然として広く受け入れられていますが、トマス・サージェント、ニール・ウォーレス、マイケル・ウッドフォードによる研究は、こうした関係が微妙なものでありうることを示しています。例えば、サージェントとウォーレスの「マネタリストの不快な算術(unpleasant monetarist arithmetic)」は、短期の金融政策の引き締めが長期における財政状況を悪化させることで、インフレを(少なくとも原理上は)起こしうるということを示しました。これは、財政赤字は結局のところ必ず貨幣創出によって賄われると人々が予想するからです。もっと最近のものでは、ウッドフォードの物価水準の財政理論は、継続不可能な財政政策は例え中央銀行が貨幣創出に抵抗したとしても、インフレを引き起こしうるとしています。ウッドフォードに続き、最近オリヴィエ・ブランシャールは、ブラジルにおける収縮的な金融政策は政府の財政コストの上昇による財政状況の悪化を引き起したことで、インフレ的な結果を招いた可能性があると述べています。これら一連の研究は、金融政策と財政政策の関係性に関する私たちの認識を洗練させはしましたが、これらの分析はインフレの原因を過剰な名目政府債務の発行に求めるマネタリストの定理の精神と相反するものではありません。

フリードマン氏の10番目の定理、貨幣拡張は短期利子率だけではなく、全ての資産価格に影響を与える、という点についても熱心な研究がなされています。この貨幣的な波及プロセスは、短期金利がゼロに達して中央銀行が量的緩和策と呼ばれるものを取らざるをえない日本のような例において重要な意味を持ちます。量的緩和の裏にある考えは、短期名目金利がゼロに至った場合においても、マネーストックの増加は資産価格を上昇させ、経済を刺激するというものです。量的緩和に効果があるといういくつかの証拠(クリス・ヘインズが大恐慌から見つけ出した証拠を含みます)は上がっていますが、これらの効果の大きさについては依然としてオープンで白熱した議論の的です。

1970年のフリードマン氏の枠組みで唯一現在の主要な見方から完全に外れているのは、マネタリストが金融政策の立ち位置を図る物差しとしてマネーストックを使用するという点です。金融政策が最初の時点では、準備預金とマネタリーベースの供給に影響を及ぼす形で機能するのは疑いようもありません。しかし、私たちのいるお金の貸し借りが複雑に絡み合った世界では、貨幣の成長率は金融政策それ自体とは相関しない様々な要因、すなわち(短期においては)住宅ローンの借り換えですとか、(長期においては)金融のイノベーション速度などといったものによって、実質的には影響を受けるのです。したがって、例えば最近のM2の減少はFEDの縮小的な金融政策の徴候だと結論してしまうのは危ういことなのです。

貨幣成長が金融政策の指標として、完全に信用のおけるものではないというのは残念なことです。というのも、それに十分とって代われるものを私たちは、実のところ持ち合わせていないからです。フリードマン氏(が11番目の定理において)やアラン・メルツァーが強調するように、インフレ期待の状況次第で高い名目利子率は金融引締・緩和のどちらをも指し示しうるということから、名目利子率は政策の立ち位置の指標としては良いものではありません。実際、低い名目金利を金融緩和の証拠だと混同したことが1930年代において主要な問題を生み出す源泉となりましたし、これは近年の日本でもおそらく問題となっています。短期の実質金利も政策の立ち位置の物差しとして名前が上がりますが、これは貨幣的な影響と生産性成長率のような実物的な影響の混合物ですので、これもまた完全ではありません。さらに、個々の政策指標の値は、中央銀行の使用する操作手法の性質上の影響を免れないということもありまして、これは私とイアン・ミホフの実証的な共同論文などでも示されています。

明確で分かりやすい金融緩和・引締の物差しが存在しないということは、実務の上で大きな問題となっています。それではどのようにして、例えばですが、政策が「中立」なのか、はたまた過剰に「活動的」なのかを知ったらよいのでしょうか。

経済に対する貨幣の影響を記述する一方で、フリードマン氏はそのフレームワークの規範的な側面として、金融政策に対する助言を行っております。これからは、これらのうち最も重要である3つの点についてお話しいたします。

まず、フリードマン氏は金融政策におけるヒポクラス的な原則を重要視いたしました。すなわち「何よりもまず害をなすなかれ」であります。選択の自由の第9章ではジョン・ステュワート・ミルによる次の有名な一節を引いています。「その他の多くの装置と同様、(貨幣も)それが故障したときにのみ際立ったそれ自身の影響力をしめすのである。」この引用に際して、フリードマン夫妻は「貨幣の役割の記述として完全に正しい、故障の際にそれ以上の被害をもたらすものは、社会にはほぼ存在しないと私たちが認めるのであれば。」との言を付されています。

貨幣的な阻害を避けることに対するフリードマン氏の力点は、氏のその他の考えと同じように、アメリカの貨幣史の研究から得られたものです。氏は多くの事例において、金融当局の行動が多分に善意に基づくものであるにも関わらず、経済を積極的に不安定化させたことを発見しました。その最たる例は当然ながら大恐慌、フリードマン氏とシュワルツ女史の言を借りれば大収縮(the Great Contraction)と呼ばれるもので、1920年代後期におけるFEDの引締と(もっとも重要なことに)1930年代初めにおける銀行の倒産防止の失敗が、貨幣、価格、産出の大規模な下落の主要因でありました。大恐慌についての研究がフリードマン氏をして、安定した貨幣成長という氏のアイデアのような、金融という仕組みが故障しないようにするための方法を探させるに至ったのでしょう。私は、もちろん定かではないのですが、比較的金融的に安定していたこの20年間によって、セントラルバンカーたちがヒポクラテス的な原則を忘れてはいないことを願っています。

2番目の規範的な助言は、ここで思い出して頂くとちょうど良いのですが、フリードマン氏が固定相場よりも変動相場に好意的だったということです。フリードマン氏は時折、少なくとも主要な著作の中においては、自由市場の原則を援用してそれを理由づけしました。固定名目為替相場は一般物価水準を固定する1つの方法でしかなく、財やサービスの相対価格の自由な調整とは完全に整合的ですので、ここのところは若干不誠実な印象を持ってしまうのではないかと思います。より精確な文脈で言えば、金融政策決定者が国際収支への配慮よりも国内の経済安定性を上位に置く世界においては、固定為替制度は不景気の際に不安定化する可能性が大きいということをフリードマン氏は理解されていました。フリードマン氏は1930年代において、世界が金為替本位制と呼ばれる金本位制度の変形の下にあった時をその一例としていましたが、これは戦後のブレトン・ウッズ体制下の場合と同じようなものでした。固定為替相場と国内安定性の重要性をバランスさせるため、政策決定者は経済効率の上では好ましくない影響を持つ、資本規制や取引規制を強いなければなりませんでした。

政策決定者の一番のプライオリティが国内経済の安定にあるのであれば、資本や財の動きを制限することなく必要とされる貨幣の独立をもたらすようなシステム、要するに変動為替でありますが、これを採用すべきとフリードマン氏は論じました。氏が固定及び変動為替について書いた当時、ブレトン・ウッズの固定為替制度が変動為替相場に移行するなどということは、ありえないように思われていました。1970年代初めにおけるブレトン・ウッズ体制の崩壊以降、現在まで主要通貨は変動相場で機能していることを鑑みると、その他多くのものと同様、この点においてもフリードマン氏に先見の明があったということです。

先の2つの助言は、制度設計や政策実務に多大な影響を与えました。ですが、私が思うにフリードマン氏がなされた助言のうち最も根本的なものは、政策決定者は経済に対し安定した貨幣的な裏付けを提供しなければならないという点です。大きな災厄を起こさないようにするためには、私はこれがヒポクラテス的な指示よりも上位に位置すると考えておりますし、それどころか貨幣的な安定性がそれ自身(訳注:経済の)効率や成長を促進するという実証的な論拠も存在します。(それゆえ、フリードマン氏がかつて示唆したように、長期フィリップスカーブは垂直ではなく正の傾きを持っているかもしれないわけです。)名目の安定性に着目するフリードマン氏の視点からは、実物経済をどうにかしようとする中央銀行による過剰に冒険的な試みは、実際には名目・実質双方の安定性を損なう可能性があるためこれを避けるべきということも導かれます。氏の1960年の古典的な著作、貨幣的安定のための方法(A Program for Monetary Stability)においては、貨幣的な安定は文字通り貨幣を安定的に保つということによって達成できるということを言っておられています。つまりは特定の貨幣総量の成長率を固定し、経済を「調節する」ために金融政策を用いることをやめると誓うことによって、であります。

現代の金融政策決定者はフリードマン氏が助言した名目的安定性をもたらしているでしょうか。これはお答えするにはなかなか難しい問題です。先にお話したとおり、金融イノベーションと制度的な変化のために、貨幣成長は金融政策の立ち位置の物差しとしては適切でないとされているものですから、経済に対する安定した貨幣的裏付けと安定した貨幣成長は必ずしも同じではありません。また、それを明快な形で判断するためにその挙動を使用できる他の金融政策のツールも存在しないということも、先にお話したとおりであります。具体的に言えば、FEDやその他の中央銀行が政策金利を積極的に操作するというのは、そうした操作が名目的安定性を危うくするショックを相殺する必要な場合があるということから、安定した貨幣的な裏付けを与えるということと必ずしも相反することではないのです。

結局のところ、経済に対して安定した貨幣的な裏付けがあるかどうかを判断するためには、名目GDP成長やインフレ率といったマクロ経済的な指標を見るしかないということのようです。その意味では、現代のセントラルバンカーたちはフリードマン氏の助言を胸に刻んでいるようです。過去20年のうちに、工業国のみならず新興市場国、そして最貧途上国においてすら、インフレ率は急速に低下したところで安定化しました。一部のセントラルバンカー、インフレ目標者などと呼ばれる人たちですが、彼らは明確で量的なインフレの目標を掲げていますが、FEDを当然のこと含む全ての中央銀行は、価格の安定性の維持・達成の重要さを強調してまいりました。インフレのコントロールという点については、フリードマン氏はやや悲観的すぎるとみなされるかもしれません。中央銀行はインフレをコントロールする技術的な能力も正しいインセンティブも持たないという懸念から、氏は中央銀行が確実に責任を持てる貨幣成長ルールを勧めるに至りました。しかしながら、断固たる態度の中央銀行は明らかに直接的にインフレを安定化させることが出来ますし、少なくともこれまでのところそれを行ってきています。

ただし貨幣安定性、というより私は名目的安定性という用語を好みますが、これの恩恵についてフリードマン氏は間違っておりません。今日においてすら有名な多くの理論によれば、インフレの安定性の向上は産出と雇用の安定性の犠牲の下にのみ達成されうるということになるかもしれません。実際のところは、過去20年間においてインフレの安定性の向上は、産出と雇用双方の安定性の際立った向上と関連していました。これはアメリカにおいても、またその他の国においても同様です。

こういった好ましい状況が到来した理由は経済が外生的なショックにさらされる機会が減ったからだ、と主張されることがあり、これは一部においては真実であるのかもしれません。しかし私は重要な因果関係もまた存在したと信じています。例えば、低く安定したインフレは成長や生産性を向上させただけではなく、ショックに対する経済の脆弱性も低減させました。重要なメカニズムのひとつは、インフレ期待の固定でした。中央銀行が低く安定したインフレ率を保つと人々が信じている場合、石油価格の高騰や為替相場の大規模な変動などのショックは、せいぜいが一時的に物価水準への効果を持つだけで、継続的なインフレ率の上昇には繋がりません。対照的に、1970年代の例のようにインフレ期待が固定されていない場合においては、そうしたショックはインフレ的な影響力を高め、インフレと産出双方の変動を大きくすることによって、インフレ期待を不安定化させうるのです。

したがいまして、フリードマン氏の貨幣的フレームワークの現代金融理論・実務に対する影響力はいくら言っても言い過ぎることはまずありません。氏は鍵となる実証的な事実を特定するとともに、私たちにとって役立った幅広い政策的助言、特に名目的安定性の重要性をもたらしました。これらの貢献によって、政策決定者とともに我々全員が、フリードマン氏から多大なる恩恵を被っているのです。


6月7日修正箇所
・第5パラグラフの後半部が抜け落ちていた点の修正
・第12パラグラフ:こうした関係が「非常に弱い」ものでありうる ⇒ こうした関係が「微妙な」ものでありうる
・第12バラグラフ最終行:これらの分析は過剰な名目政府負債の積み上げによるインフレを非難するというマネタリストの定理の精神 ⇒ インフレの原因を過剰な名目政府債務の発行に求めるマネタリストの定理の精神
・第15パラグラフ:実際、金融緩和時における不可解に低い名目利子率は1930年代における大きな問題でありましたし ⇒ 実際、低い名目金利を金融緩和の証拠だと混同したことが1930年代において主要な問題を生み出す源泉となりましたし
・第17パラグラフ引用部:故障の際には(貨幣は)他とは切り離され独立したそれ自身の影響を及ぼすのみである。 ⇒ (貨幣も)それが故障したときにのみ際立ったそれ自身の影響力を示すのである。
・第22パラグラフ:したがってフリードマン氏の言うところの長期フィリップスカーブは、垂直ではなく傾いていると言えるかもしれません。⇒ それゆえ、フリードマンがかつて示唆したように、長期フィリップスカーブは垂直ではなく正の傾きを持っているかもしれないわけです
・第26パラグラフ:外生的なショックの影響の低下は、これまでそれらの好ましい向上によってなされたものとされてきており ⇒ こういった好ましい状況が到来した理由は経済が外生的なショックにさらされる機会が減ったからだなくなったからだ、と主張されることがあり