サムナーの貨幣入門短期講習2「どうして貨幣は重要か」

サムナーの Short intro course on money (全9回)をはじめから紹介していきたいと思います(第1回)。これは第2回の”Why does money matter?“(18. March 2013)です。


前回は失業率などの実物変数に対し貨幣が重要な役割を果たしているということを論じた。けれどもその理由を説明することは想像以上に難しいもので、回り道をした分析が必要だ。まず最初はインフレ率や名目GDPといった名目変数に対して貨幣が重要だということを説明しなければならない。景気循環の話に戻るのはまずここのところを理解してからにしよう。

今回は経験深い読者が読み飛ばしたくなるであろう二、三の基本事項をカバーする。そのキーは「貨幣価値」という概念である。これは次式で定義される。

貨幣価値 = 1/(物価水準)

これは初級マクロ経済学で登場する定義だ。マクロのその上のクラスでは、単純な需要供給曲線を終えて「相対価格」および「実質価格」というテーマに進む。たとえば消費者物価指数が年10%上昇しているとき、ある財の価格が8%上昇していたとすればその相対価格は下がっているし、別の財の価格が12%上昇したいたならその相対価格は上がっている、ということである。「ある財の相対価格」とは、他のすべての財の価格を基準としたときの実質価格だ。同じことを貨幣について考える。貨幣の名目価格は1である。では実質価格は? それは貨幣の購買力という概念に相当する。これは「1ドルでどれだけの財が買えるか」という概念で、単純に「1/(物価水準)」となる。もし物価水準が二倍になると貨幣の購買力、つまり貨幣価値は半分になることになる。

貨幣経済学という分野は貨幣が会計の媒体、つまり他のすべて財の価値を測定するのに使用されるものであるという理由によってのみ存在すると言える。ほとんどの教科書ではこれをオーバーに単純化して”会計単位”という概念に煎じ詰める。USドルやカナダドルやユーロなどという抽象的な計算単位が、この会計単位の例である。

貨幣は他のすべての財の価格を表す財であるので、貨幣価値が動くと物価水準などの名目変数も必ず同時に動く。これは「理論」ではなく、定義だ(重要)。理論が出てくるのはこのあと、政府の政策担当者は「金融政策」を通じて物価をコントロールできるかどうかを見ていく時になる。

アーヴィング・フィッシャーは貨幣を尺杖(の価値)に例えるのがお好きだった。まず物価水準の例、そのあと尺杖の例に進む。

年度 所得 物価水準 実質所得
1978 $20,000 1.0 $20,000
2013 $120,000 3.0 $40,000

このように過去35年間で物価が3倍になった。この所得が6倍になった人の暮らしはどのくらい向上しただろうか? 答えは物やサービスを2倍買えるようになった。数式ではこう。 実質所得 = $120,000*(1.0)/(3.0)

同様の事が子供の身長でやってみよう(訳注:1ヤード=3フィート)

年度 身長 実質身長
1978 1ヤード 1ヤード
2013 6フィート 2ヤード

この子供の身長は名目では6倍に、実質は2倍になっている。もしこの子の父親が「息子の身長は今や6倍だ」と自慢したらバカである。上の表で、1978年から2013年の間に収入が6倍になったと主張する人々はちょうどこれと同じ間違いを犯していることになる。無意識に1978年のドルと2013年のドルを同じものと考えてしまっている。しかし今の1ドルは1978年の1ドルの1/3の価値しかない。こういうとき「彼らは貨幣錯覚」をしていると言う。

次に、貨幣以外のものが通貨だったとしてみよう。もしリンゴが通貨だったら、大豊作のときリンゴの価値は下落し大きな「インフレ」が起こる。実際のところリンゴの相対価格が急落するたびに私たちはいつも「リンゴのインフレ」を経験していると言える。同様に銀の相対価格の高騰によって私たちは何度も「銀のデフレーション」を経験してきている。では貨幣のインフレが他の財のインフレやデフレよりも特に注目される理由は何だろうか。これは答えるのは簡単ではない。教科書では「1.インフレの厚生費用」「2.景気循環の厚生費用」のように二つのセクションを使って説明するのが普通だ。

さて理屈上は尺杖そのものが重要であるはずがない。フィート尺を使おうがヤード尺を使おうが実際の長さには変わりはない。ところがここで次のような王国を想像する。住民は何かの理由から向こう12か月間で「100単位の小麦」を供給しなければならないと決められている。但しこの単位はまだ決まっていない。あるいは住民の向こう一年間の労働の時給が「2単位の小麦/h」と決められているとしても良い。ところが王様は好きな時にいつでも単位をキロからオンスに変えることができるとしたら。この変更は間違いなく人々に影響を与える。貨幣のインフレが重要でリンゴのインフレがあまり重要ではない(リンゴ生産者とリンゴ消費者以外にとって)理由とはこれなのである。私たちの尺杖である貨幣の価値は絶え間なく変動していて、それがさまざまな問題を引き起こしている。

かつてある経済学者がこう言った。“money is a veil [hiding the real economy], but when the veil flutters, real output sputters.(「貨幣は(実物経済を隠す)ヴェールだが、ヴェールがはためくと実質生産がプスプス音をあげる)”

次回以降のいくつかのエントリで、貨幣価値が絶え間なく変動する背景を説明していく。

追記:NASAの人工衛星が故障したことがあって、その原因は部品の一部がセンチメートルでなくインチサイズで作られていたことだったそうだ。

追記2: 貨幣の価値を「他の貨幣を買う能力」と定義するジャーナリストたちがいる。これは妙な定義だが、計算は同じ。ユーロのドル建て価格は1/(ドルのユーロ建て価格)だ。また貨幣価値を貴重な金色の重金属を基準に定義する人も実はやはり妙だ。のちのち標準的な定義よりも有益な定義が存在することを見ていくことになる。その定義とは「1ドルで購入できる名目GDPのシェア」である。