緊縮は誰のせい?

以下は、Jeffrey Frankel”On Whose Research is the Case for Austerity Mistakenly Based?”(20 May,2013)の訳です。レファレンスは省略してありますが、Alesina and Ardagna(1998,2010)については原文中のリンクが実質上切れているので、本ページから参照ください。また、Perotti(2013b)はネット上でまだ公開されていません(そのうち論文自体もしくは要約のようなものが投稿されるだろうとコメント欄で述べられています)。誤訳等あれば御指摘頂けると幸いです。追記:本記事のタイトルの元になった(と思われる)クルーグマンの論説も御参照ください。(erickqchanさんありがとうございます。)


ハーバードでの私の同僚の何人かが、ここ最近財政緊縮派と財政刺激派双方からの十字砲火に晒されている。経済学者であるカルメン・ラインハートとケネス・ロゴフが、債務と成長の統計的な関係を調べた2つの論文のうちの最初の1つにスプレッドシートのミスを犯したことが、マサチューセッツ大学アマースト校の3人の研究者によって発覚して以降、彼らは信じられないほどメディアからの注目を受けた(彼らは既に有名ではあるが、というよりもっと正確に言えば彼らが既に有名だったからこそだ)。彼らはすぐに誤りを認めた。

そして、歴史家であり、同じくハーバードでさらにもっと有名であるニーアル・ファーガソンは、ケインズの有名な「我々は長期的には皆死んでいる」という言葉について意見を求められた際、「ケインズは同性愛者だったから子供がおらず、子供がいないから彼は長期について無関心だった」と言葉を漏らし、多くの砲火を浴びた。この二つのケースについては、付け加えるべきことがある。(1)ラインハートとロゴフの2010年の計算は、後の彼らとラインハートの夫であるヴィンセントによる、より大規模なデータセットを用いたミスも見つかっていない2012年の論文が取って代わっている。(2)「ファーガソンの友人には同性愛者がおり」、ケインズは実際には両性愛者で、(3)彼は子供を持とうとしていた。などなど。これらのことの多くはこれまでに何度も言及されている。どうやら人々はマクロ経済理論よりもハーバードという大学に興味をそそられているらしい。

しかし、これらのことは緊縮派と刺激派の論争に何をもたらすだろうか。緊縮派の戦線が度重なる事実(特にヨーロッパの不景気と最近の日本の刺激策への変転)によってこのところ揺さぶられており、刺激派がラインハートーロゴフの間違いやファーガソンを戦線に投げ入れる石としてちょうど良いと思っていること以外には何もない。しかし、彼らは間違った木に対して吼えているのだ。おっと、間違った石を投げているというべきか。

ラインハートーロゴフの論点は、ある時点で政府が拡張すべきか縮小すべきかどうかということについて実際には関係がない。彼らの論文の基本的な発見(債務GDP比率が90%以上の国家は、それが90%以下の国家と比べて以降の成長は低くなる傾向がある)は依然として有効だが、その発見や彼らの政策提言のいずれも不景気が財政縮小を行うのに良い時期であるとはしていない。ファーガソンの論点はさらに関係がない。なぜなら「長期的には我々は皆死んでいる」という言葉は、ケインズがそれを書いたときは財政政策に関してではなかったし、長期の利益に反対するものでもなかった。またケインズは経済状況を無視した無制約の財政刺激を支持してはいない。彼はむしろ、「不景気ではなく、景気過熱時が国家財政にとって緊縮を行うべき時期なのだ」と述べている。雨が降っているときに屋根の穴を修理するのではなく、晴れの日に行うように。

どちらの論点も、ケインジアンが言うところの高失業、低インフレ、低金利という条件下(今日、そして1930年代の富裕国が陥っている状況)では財政拡張が拡張的で財政縮小が縮小的という重要な政策提言には関係していない。

また別のハーバードの有名な同僚によるいくつかの研究は、この重要な提言についてもっとずっと直接的に関係している。アルベルト・アレジナは彼の「受けるべき非難(fair share of abuse)」を受けていない。ロバート・ペロッティ19951997)やシルヴィア・アルダナ(1998,2010)と彼による影響力のある共同論文は、政府の支出削減は縮小的ではなく、拡張的にすらなりうるとしている

確かに、ギリシャやその他いくつかのユーロ加盟国のように、債権者が強いる場合には国家に財政再建以外の選択肢がないだろうということが、時にはある。しかし、それは緊縮が拡張的であることを意味しない、特に輸出を刺激するための通貨の減価ができないという場合には。

ラインハートとロゴフと同様、アレジナの論文はそれ自身、学術的な研究によれば財政緊縮は一般的に拡張的であるという一部の保守的な政治家による主張から想像される以上に、その結論から評価されている。それでも、彼らの結論は明らかだ。「成功した主な財政調整においても平均的には不景気的な結果は見られず、」(1997)「いくつかの財政調整は短期においてさえ拡張と関連しており」(1998)、「債務を安定化し、景気の下降を避けるためには、歳出削減は増税よりも遥かに効果的だ。実際、債務削減のために歳出削減を採用したいくつかのエピソードが、不景気よりも経済拡張に結びついていたことを我々は明らかにする。」(2010、p30)。直近では、カルロ・ファブロとフランチェスコ・ギアヴァッチとの2013年5月の共著論文で、「歳出に基づいた調整は、平均的には緩やかかつ短期間で終わる不景気と関連しており、多くのケースでは不景気とは関連していない。」としている。

アレジナの最近の政策助言は、アメリカは「直ちに」歳出削減を行うべきというものだ。対照的に、ラインハートとロゴフの助言財政調整の延期に好意的(将来において給付金を削減するが、今日においてはインフラ支出を増やす)なようであるし、金融抑圧(financial repression)も検討している。ギリシャのようなより酷いケースについては、彼らは債務再編に傾いている。雷雨が激しすぎて、屋根が修理するには酷すぎるというときには、時としてゼロから作りなおす必要があるように。

アレジナの計量経済学的な発見に対する新たな攻撃は思いもよらないところから来た。5つの論文のうちの最初の2つの共著者、ペロッティが撤回を行ったのだ(2013a, b)。彼はいくらかの方法論上の問題(アレジナとアルダナの共著論文も含まれる)を指摘した。日付の方式上、同じ年が再建の年であったり、再建前の年であったり、または再建後の年として計算されうるというものだ。つまり、大規模な歳出ベースでの再建の年とされたものが、政府によってそうアナウンスされていても、実際には行われてはいなかったということになる。通貨の減価、労働コストの低下、輸出の刺激が経済成長の際には常に重要な役割を果たした。例えば、1980年代におけるデンマークとアイルランドの安定化とされているものがそれだ。彼の結論は、「短期における「拡張的な財政緊縮」という考えはおそらく幻想であり、財政緊縮と短期での成長の間にはトレードオフが存在しているようにみえる」、したがって「いくつかのヨーロッパの国々で行われた財政削減は不景気をより深刻にした可能性がある」(2013b,p.10)というものだ。スプレッドシートのミスやケインズの性癖に対するふざけた言動よりも、これが不景気時における財政規律を求める最近の試みに対するより強力な告発の根拠であると私は思う。