バーナンキ「車と運転手:誤解を招く喩え」(抄訳)

訳者から:以下の文章は,バーナンキの講演「金融政策の論理」(2004年,原文)から “Car and Driver: A Misleading Analogy” のセクションのみを抜粋して訳したものです.


毎年8回,連邦公開市場委員会 (FOMC) が開かれ,アメリカの金融政策を取り決めています――現行の操作手順では,この政策決定はフェデラルファンド金利の目標を選ぶことに集約されます.フェデラルファンド金利とは,連邦準備制度が銀行準備金の供給をコントロールすることで影響をおよぼす短期金利のことです.さて,こうした政策決定は,どんな論理的枠組みによって方向を決められているのでしょうか?

表面だけ見れば,FOMC の意思決定プロセスは単純明快に見えるかもしれません.よく使われる比喩では,アメリカ敬愛は自動車に,FOMC は運転手に喩えられます.また,金融政策の実施は,アクセルを踏んだりブレーキをかけたりすることになぞらえられます.この比喩によれば,経済があまりに低速なときには(失業率が高く成長が潜在成長率を下回っているときには),FOMC はフェデラルファンド金利の目標を下げてアクセルを踏み込み,それによって支出と経済活動を刺激しるし,また,経済があまりに速くなっているときには(つまり,インフレ率が上がりそうにみえるときには),FOMC はブレーキに踏みかえてフェデラルファンド金利目標を上げ,そうすることで支出を押さえ込み経済を冷却する,とされます.これほど単純なことがあるでしょうか?

これほどかんたんな話であってくれればありがたいのですが.残念なことに,自動車との類推からでてきた金融政策立案に関するこの単純な見方は,深刻なまでに誤解を招きかねません.それには,少なくとも2つの理由があります.

第一に,経済が道路から逸れ出てしまわないようつとめる政策担当者が対処しなくてはならない情報の制約は,現実世界の運転手たちが直面するものよりもずっと厳しいのです.統計局をはじめとするデータ収集担当が最善を尽くそうとつとめているにも関わらず,経済データは経済活動の完全に網羅してくれませんし,かなりのサンプリング誤差もでてきます.それに,データが手に入るまでに現実との時間差が入ります.その結果として,経済の現在「速度」を求めるのはかんたんにいきません.この点は,今四半期の国内総生産 (GDP) を経済学者たちが推計するとき,大幅に数値が異なることがあることでおわかりいただけるでしょう.ほんのちょっと先の四半期の経済の好調・不調を予測するとなるといっそう困難です.そうした予測には,経済の計測にともなう問題や予期せぬショックの効果ばかりか,複雑で絶えず変化し続ける経済そのものの性質が反映されますからね.政策担当者たちは,自分たちじしんの行動が経済にどんな影響を(どれくらい早くに)及ぼしそうなのか,自信をもって予測することすらできません.ようするに,金融政策の立案が車の運転のようなものだとすると,その車は速度計に信頼がおけず,フロントガラスは曇っていて,アクセルやブレーキへの反応は遅延が生じるうえにうまく予測がつかない,というしろものなのです.

自動車になぞらえることの第二の問題点は,金融政策の実施がもたらす影響が決まるさいに民間部門の予測が中心的な役割を果たすことから生じます.自動車の比喩が妥当だとしたら,いま設定されるフェデラルファンド金利だけで,経済にもたらされる金融適刺激の度合いが決まることになるでしょう.ちょうど,運転手がある時点でアクセルを踏み込む強さで自動車が加速するか減速するかが決まるのと同じことになるはずです.しかし,実際には,現在のフェデラルファンド金利水準は,金融の緩和・引き締めの度合いをせいぜい部分的に示すものでしかありません.

現在のフェデラルファンド金利が政策刺激を不完全に測るものにしかならないのはなぜかと言いますと,たとえば家計が新規に住宅を購入する意思決定だとか企業が新しい資本財を購入する意思決定といった,最重要の経済的意思決定は,フェデラルファンド金利よりも,たとえば住宅ローン金利だとか社債金利のような長期の金利により大きく左右されるからです.さて,そうした長期金利を主に左右するのは,現在のフェデラルファンド金利ではなくて,「lこれから先にフェデラルファンド金利をはじめとする短期金利がどう変動していくか」を金融市場の参加者たちがどう予測するか,なのです.たとえば,金融市場の参加者たちが「将来の短期金利は比較的に高くなる」と予測すれば,彼らはふつう,長期金利も競り上げていきます.また,長期金利が上昇しなかったら,投資家たちは短期の投資を再び投資しなおすことでより高いリターンを手に入れられると予測することでしょう.すると,結果として既存の長期債の供給を保持するのを拒否することになるわけです.同様に,市場参加者たちが「将来の短期金利は低くなる」と予想すれば,(他の条件が同じなら)長期の利回りも低くなる傾向があります.金融政策担当者っは,自らの行動と発言をとおして民間部門の予想に影響を及ぼせます.ただし,そうした事柄を考慮する必要があるために,政策担当者の課題は大幅にややこしくなっているのです (Bernanke, 2004).ようするに,経済が車のようなものだとしたら,その車がある特定の時点で出すスピードを左右するのは,その時点でアクセルにかかる圧力ではなくて,その先の道中でアクセルにかけられる平均的圧力の予想なのです――未熟な運転手にはおすすめしかねる車と言うべきでしょう.

以上の簡略な議論から,効果的な金融政策の立案は日曜ドライバーのような仕事ではないのがご納得いただけていればさいわいです.政策担当者が直面する情報の制限と,民間部門の予測が果たす役割,この2つを念頭において,ここからは金融政策について考えるための代替的な枠組みを2つ議論してまいりましょう.