NHK Biz plus:ジョセフ・スティグリッツ・コロンビア大学教授へのインタビュー(3/21/2013)

以下の文は、NHK Biz plusの番組サイト、飯田香織経済キャスターブログから「3/21/2013 Joseph Stigltiz, Professor, Columbia University」の翻訳になります。誤字・誤訳の指摘はコメント欄にお願いします。


■黒田総裁と個人的なご縁があるということですが、どう評価しますか?

ずっと昔、私が世界銀行のチーフエコノミストだったころから、彼のことを知っている。たいへん印象深い人物です。彼は経済学に理解があり、日本の成長率をもっと早めるという使命感を持っていたと思う。私が特に印象深かったことの一つは、彼がアジア開発銀行にいたころ、彼が貧しい人や格差のことを真剣に考えていように見えたことです。もちろん、それがアジア開発銀行の職務ではあるんですが、彼は精力的にその仕事を追求していた。

榊原氏のように有名な日本の官僚は数多くいるが、その中でも黒田氏は世界中で最も有名な日本人経済学者の一人です。

■黒田総裁が直面する課題は何ですか?

国内的課題と国際的課題の両方がある。私が思うに、アメリカでのQE2やQE3のような緩和的な金融政策があることや、世界市場が非常に一体化しているため、現在の中央銀行総裁たちは特に困難な時代に直面している。ヨーロッパで起こること、アメリカで起こることが日本に影響を及ぼす。だから中央銀行はそのことを考慮に入れる必要がある。ヨーロッパには不安定要因がたくさんあり、その不安定要因が金融市場に混乱をもたらす可能性がある。日本は比較的安定している、とても安定しているが、日本も世界市場の一部なんです。

2つ目の課題は、どうやって日本の成長率を高めるかです。ある意味、日本の労働力成長率がゼロに近いという事実を調整すれば、現在の日本はそれほど酷いわけではない。日本が今年人々の予想どおり2%の成長率になったのなら、それはアメリカでの3%の成長率に相当する。アメリカの労働力成長率が1%だからです。そして、ある意味、その調整を勘案すれば、現在、日本が世界の先進国の中で最高の経済状態と言える。アメリカはおそらく2%より少し高い成長率になると見られているが、緊縮財政のため実際にはもっと低くなるかもしれない。でも、低成長が長く続いていて、デフレの心配があるのだから、金融当局者、中央銀行は経済を刺激しなければならない。

■黒田総裁はまだ何もやっていないのに、“期待先行”で株高円安が進んでいます。この勢いを持続させるのに何が必要ですか?

彼は通貨当局だけでなく、政府と調和した政策をとる必要があると思う。通貨当局の金融政策による刺激策と政府の財政政策、拡張的な支出計画を緊密に協力して行うことができれば、その二つが両輪となって機能する。具体的に言えば、政府が長期的な成長の礎となるような事業や、多くの先進工業国が直面しているその他の多くの問題に対処するための事業にお金を使っていくことです。経済の構造改革もそこに入るでしょう… 日本は製造業では最高の生産性を持っているが、他の分野、サービス業などの生産性は製造業とは比べ物にならない。世界中、全ての先進工業国は経済を構造改革している。その中には上手くいっていない国もある――私はアメリカで行われていることには非常に批判的です。

日本の総理大臣は経済の構造改革に資するような事業に資金を投じることができるのか:長期的な成長の土台を築くこと、教育やテクノロジーや研究などの経済の基盤をより良い物にしていくこと。日本はインフラに関してはすごくいい仕事してきたが、他の分野に関しては強化していく必要がある。

■2%の物価目標を実現するのはどの程度難しいことでしょうか?

もし政府が、前から私が書いてきたような刺激策を実行できれば、つまり金融政策と財政政策を協調して実行できれば、それは可能だと思います。その助けになる要因がいくつかあることを理解する必要がある。日本の物価を引き下げていた原因の一つが、中国などから購入する製造品の価格がどんどん下がっていたことにあります。ある意味、我々すべてがそこから利益を受けていた。アメリカは、そうでなかった場合よりも、インフレ率が低下することで利益を受けた。皮肉なことに、それは中央銀行の功績とされたが、本当にその功績を認められるべきなのは中国です。日本の場合には、他の物価が非常に安定的なところに、製造品の価格が下がってしまったので、デフレに陥ってしまった。それはおそらく変わりつつある。

中国で人民元の増価や賃金の著しい上昇などがあった。だから、輸入品のコストがほんの少し上がるくらいに為替を適正な値に維持して、継続中のデフレ圧力を逆転させることができれば、私は合理的な見込みがあると考えている。日本がインフレ圧力もなしに、比較的高水準の雇用、つまり低水準の失業率を維持できていることはすごく幸運なことです。だから、そのことを考えれば、日本におけるデフレ圧力の要因の一つは外部から来ているものだが、為替レートを低下させ続けることができれば、それは変わっていくと思う。

■低所得者にとって2%の物価上昇はつらいと思いませんか?

不平等とこの政策のいくつかの部分との間には緊張関係にある。例えば、社会保障、つまり年金受けている多くの老人に関して言えば、年金が物価スライド制になっているので守られている。それが、ほとんどの国で物価スライド制になっている理由の一つです。だから、特定のグループ、重要な人々のグループは守られている。他の領域では、刺激策がとられれば、労働需要が上昇し、低所得の労働者は賃金の上昇を実感できるようになるでしょう。

■でもそれって時間がかかると思いますが。

ええ、時間がかかります。それを今言おうとしていたところです。それはたちどころに起こるものではない。だからこそ、政府が介入し、手助けすることが重要になる。

私が以前から言ってきたことですが、社会の問題に対処するような政府支出をする必要がある。社会の問題の一つが経済を構造改革することです。サービス業の生産性を上げること。もう一つの問題が格差の拡大です。経済拡張の支えとなる資金を、現在上手く行っていない人々を救うために使うというのは一つのいい考えです。格差を縮小すること。日本はその点でアメリカとは比較にならないほど良くやっている。でも、かつてと比べると格差は広がっているし、政府が対抗策を取らなければ、この政策のいくつかの部分はその格差をさらに拡大させてしまう。そして、そのことにより経済を実際に強くすることができる。それこそが私の本『The Price of Inequality(不平等の値段)』の主要なメッセージの一つです。主要なメッセージとは、もし好景気の成果を共有できれば、経済はもっと成長するということです。高成長で格差拡大と平等との間でトレードオフがあるわけではない。多くの人々がそれを二律背反と見ている――どちらか一方を取れば、もう一方はあきらめねばならないものだと。私はその本の中で、同時に格差縮小に努めれば経済をもっと強化できると説得力ある形で示せていると思う。

■先ほど「円安」の重要性を述べられました。とは言っても、グローバル経済の中で日銀が緩和策を進めても、円安が進むとは限りませんよね?

えっと、金融政策は為替に影響を与えます。今まで議論されてきた方策、日本国債をもっと大量に購入する量的緩和などは為替レートを押し下げる。私が以前に話したことですが、まず一つの国での金融政策は他の国の金融政策と分離したものとみなせないという問題がある。確かに、これは問題であって、アメリカが量的緩和を始めてからはすごく深刻なものになっている。様々な国がそれを無視できない。それを望まない国もあるし、アメリカの政策を良い政策ではないと批判する国もある。でも、アメリカはブラジルなど世界中の多くの国から来るそれらの批判にたいして注意を払っていない。だから、アメリカは利子率を引き下げる時、マネーは利子率が高い他の国に移動して、それが当該国の為替レートを上昇させ、それに対応策を取らなければならなっているというのが現実です。それは、黒田氏が現在語っている国債の購入などの政策によって対応する必要があるということです。

■安倍首相は、大胆な金融緩和、積極的な財政支出、さらに成長戦略を「3本の矢」として掲げています。成長戦略の一環でTPP・環太平洋パートナーシップ協定を挙げていますが・・・

彼が言っているのは、交渉に参加したいということです。問題は、交渉に参加するということと条約を批准することとは大きな違いがあるということです。でも、注意するべきなのは、こうした貿易交渉には数多くの強制的な説得工作があって、一度交渉に参加してしまうと、条約を批准するような圧力がたくさんあるということです。現在、私はTPPに関して強い懸念を持っています。

■それはどうしてですか?

最初に、グローバルな政策の観点からは、多国間の貿易協定は二国間や地域間の貿易協定よりもずっと好ましい。世界をバラバラのグループに分割してしまえば、過去半世紀以上に渡り苦労して作り上げてきた多国間貿易体制を傷つけてしまうことになる。アメリカやEUが一連の二国間貿易協定やパートナーシップ協定で行っていることは、彼らが作り上げてきた真の多国間システムを本当に傷つけている。だから、私は哲学的な観点からこの種の動きにすごく批判的です。

私が特に懸念しているのは発展途上国のことです。2001年11月のドーハ開発ラウンドで合意事項があった。残念なことに、先進工業国、特にアメリカは発展途上国と交わした約束を破ってしまった。私にとって、これは非常に大きな懸念材料です――我々はその合意事項を尊重すべきだった、我々は発展途上国にとってフェアな多国間貿易体制を作るべきだった。3番目の懸念材料は、こうした貿易協定のほとんどが不適切な名称である自由貿易協定などではなく、管理された貿易協定であることです。それらは特定の利害関係者、特にアメリカ人の利害関係者によって管理されている。そして、それらは貿易を超えて、知的財産や二国間投資協定に及んでいて、それらの条項はアメリカの利益にすらならないことが多い。それらはアメリカにいる特定の利害関係者の利益になる。

だが、現在の知的財産の方向性は科学、より広範な科学の進歩の妨げになっていることには広い合意がある。特に、私はあることを大変心配している――あらゆる人にとっての医療のアクセス。科学には驚くべき進歩があったが、それらは大部分が政府支出による支援を受けている。基礎研究は政府の支出によって行われて、その後に製薬会社がそれを市場に持ってくる。しかし、理解すべきなのは、基礎研究は政府によって行われているのに、製薬企業の多くは一般市民の手が届かないところまで価格を引き上げてしまうことです。また、製薬企業は政府が購入する際にも非常に高額の料金を請求するので、政府は貧しい人々や経済を構造改革するために使うことができたはずの資金を投入せざるをえなくなる。だから、それらはアメリカの利益にも他の国の利益にもなっていないんです。

そして、同じように、これらの貿易協定には決まって投資条項が入っていて、それを主導する動きがたくさんあることにも非常に心配している。心配なのは、それらがTPPでも含められることです。最後の懸念材料としては、TPPが現在交渉されているが、そのやり方が透明でないことです。企業はUSTR(米国通商代表部)にアクセスして、TPPの成り行きを知ることができるが、多くの市民団体には同じようなアクセスができない。だから、心配なのは、TPPがより広範な社会の利益ではなく、企業の利益によって形作られた貿易協定になることです。そして、それはアメリカにとっての懸念材料であるわけですが、ここ日本でもよく考えるべき問題です。私は数多くの市民団体が非常に心配してるのを知っている。

■アメリカのFRBにしても、欧州中央銀行にしても政府との距離感に悩んでいます。政府の役割をどうお考えですか?

まず、中央銀行は必要です。それは当たり前に聞こえるかもしれないが、アメリカの共和党員の中には中央銀行の必要性を疑っている人がいる。第2に、中央銀行はもっと説明責任を果たす必要がある。ある意味、アメリカにおける中央銀行の政策は特定の利害関係者に乗っ取られている。FRBはどんどんウォール街の利益を代弁するようになって来ている。その原因の一つが規制緩和です。それがウォール街におけるバブルを許容した。FRBのあるメンバーはバブルが膨らんでいること、銀行が略奪的な貸し出し、不公正な貸し出しをしていること、それら悪辣な行状の全てを指摘したが、FRBの大多数は彼を除け者にした。彼は正しかったんです。そうした乗っ取りが次々といろんな国で起こった。私はヨーロッパでそれを見た。アメリカでそれを見た。だから、広い哲学的観点から見て、もっと説明責任が必要なように私には思える。特に2008年に起こったことに光を当てれば、アメリカのFRBは結果としてお金をばら撒いた。何10億ドルものお金を次々と。FRBはゴールドマンサックスにお金を与えた、間接的に様々なやり方を通じて。そのどれもが議会を通したものではない。だから、それは民主主義のプロセスを迂回したものです。

私が『The Price of Inequality』で書いているもう一つの懸念材料は、この乗っ取りによって、中央銀行、具体的に言えばFRBが不平等にほとんど注意を払わなくなったことです。そのことで、彼らの政策はわが国の不均衡を拡大させてしまっている。その規制政策や金融政策などが。中央銀行であるFRBはその両方に関与しているんですから。そして、様々な変化があった。具体的に言えば、もはやアメリカではインフレだけに注目すべきではない… インフレは問題ではない、デフレは問題ではない。

■問題は雇用ですね。

雇用です。FRBはやっと雇用に焦点を当てるべきだと語りました。彼らがそれを語るのは初めてのことです。彼らがそれを言ってこなかったのは、過去に数人の中央銀行総裁が雇用を問題にすべきだと手を挙げて語ったときには酷評されてきたという事実があるからです。

ポイントになるのは、このことが、中央銀行がもっと説明責任を負うべきである理由をよく表していることです。だから、独立した中央銀行という考えは根本的に破綻していると思う。なぜなら独立した中央銀行と言うのは、それが本当の独立ではないとしても、中央銀行が乗っ取られてしまうということですから。問題は、ウォール街に対して責任を負うのか、より広範な社会に対して責任を負うのかということです。アメリカでは、中銀は独立しているもののウォール街のために動いていて、それで危機がやってきた。そして、アメリカはますます不平等になっている。実際、世界の中で2008年以後も以前も最善を尽くした国、その中央銀行をよく見れば、それはブラジル、中国、インドなどであって、それらの国々はどれも独立した中央銀行というドクトリンには帰伏していない。だから、本当の問題は、日本が能力の高い人々、高成長や安定などの広い目的に本気で取り組む人々を必要としているということにある。私は、日本は不平等の事を考慮する中央銀行家を必要としていると思う。換言すれば、彼らは社会の広範な目的を反映しなければならない。もしそうすることができれば、金融市場に乗っ取られたいわゆる独立した中央銀行を持つことより、ずっと成功する可能性が高くなると思う。

■黒田総裁の就任を念頭に聞きたいのですが、中央銀行のトップとして成功するためのカギは何ですか?書いてください。

私が以前から言っていることに付け足すことは特にない… でも、その一つは説明責任です。説明責任が意味するものは、中央銀行をそれ独自のものだけで考えるのではなく、奉仕すべき人々の意見を反映させるということです。中央銀行のトップが奉仕すべきなのは全ての社会です。ウォール街や金融市場に仕えているのではなく、社会に仕えている。それは、今後書いていくつもりですが、広範なビジョンを持つ必要があるということです。

■それって哲学的な響きがありますね。

ええ、哲学的ですが、それを具体的な言葉に言い換えてみましょう。今やるべきなのは中央銀行が直面している問題について金融市場のことだけでなく、全ての社会のこととして考えることです。まずカギとなる経済の問題を無視することはできない。日本の場合には、現在検討されていることを実行することは明らかに道理にかなっている。デフレに焦点を当てること。しかし、日本は20年間も低成長に陥っていた。今がそれを変えるときです。

■この一覧表を黒田総裁にお渡ししなくっちゃ。

彼はこれらのことは全て分かっている――成長には二つの部分がある。一つは需要。刺激策を取る必要がある。だが、もう一つは、経済を構造改革する必要がある。

■黒田総裁がこれらをすべて把握しているのであれば、何が必要ですか?熱意?政治力?

私は、彼がこのこと全てに取りくむことを心から確信しているが、中央銀行も一つの手段にすぎません。私は彼がいい時代に巡り合ったと思う。なぜなら、現在の首相が完全に同じことに取り組んでいるように見えるからです。

最後に一つ付け加えるとすれば、日本では、この政策のもう一つの部分に自由化や規制緩和を含めるべきだと考える人々がいる。それらは非常に注意深く考える必要がある。

それは、あなたが先ほど話したことにも関係してくる。インフレを起こす一方で、下層の人々を放置すれば、金融政策は成長率と不平等を高める可能性がある。規制緩和などの政策の多くはさらに不平等を高める可能性がある。我々が今規制を持っている理由の一つは、過去に搾取があったからです。それらのことが消え去るわけではない。それらは維持すべき種類の規制です。だから、規制のことを考え直すべきです。過去に留まることができないとしても、規制の多くには十分な根拠がある。また広いビジョンの話に戻れば、金融政策には広いビジョンが必要だが、経済政策の他の要素にも同じように広いビジョンが必要です。


追記:松尾匡さんの指摘により訂正しました。

  • http://twitter.com/hiyori13 Hiroo Yamagata

    ふーん、スティグリッツはデフレ中国発論の支持者なんですねー。ちょっとびっくり。

  • http://twitter.com/hiyori13 Hiroo Yamagata

    ふーん、スティグリッツはデフレ中国発論の支持者なんですねー。ちょっとびっくり。

  • 松尾匡

    (さきほど投稿したつもりでしたが、投稿されていなかったようです。もし投稿できていた場合は本信は削除下さい。)

    すみません。英語が不自由なもので全然自信はないのですが、
    the Central Bank is only one instrument.
    は、「中央銀行はひとつの手段にすぎません」(あと一つは政府がある)ということだと思います。
     残り一つの手段である政府が、同じ方向を向いて取り組む姿勢を示しているので、黒田さんはタイミングがラッキーだというつながりになっているのだと思います。

  • 松尾匡

    (さきほど投稿したつもりでしたが、投稿されていなかったようです。もし投稿できていた場合は本信は削除下さい。)

    すみません。英語が不自由なもので全然自信はないのですが、
    the Central Bank is only one instrument.
    は、「中央銀行はひとつの手段にすぎません」(あと一つは政府がある)ということだと思います。
     残り一つの手段である政府が、同じ方向を向いて取り組む姿勢を示しているので、黒田さんはタイミングがラッキーだというつながりになっているのだと思います。

  • anomalocaris

    コメントありがとうございます。いつもブログというかエッセー楽しみにしてます。
    まずinstrumentをinstitutionと勘違いしてました。訳は松尾さんの指摘通りだと思うので訂正しておきます。