「私は誰でしょう?」 by David Beckworth

以下は、David Beckworth, “Who Said This?”(Macro and Other Market Musings, October 30, 2011)の訳。


今日のエントリーでは1990年代に日本経済が直面していた問題をテーマとして取り上げているとある論文から文章をいくつか引用してみようと思う。文章中の「日本」を「アメリカ」に置き換えると、マーケット・マネタリストの誰かが書いた文章ではないかと思うかもしれない。ともかく、まずはこの文章。

先に示唆しておいたように、金融システムやその他の領域における重要な構造問題が日本の経済成長を阻害する役割を果たしていることを否定するつもりはない。しかし、現在日本経済は同時に総需要の不足にも悩まされていることを示す説得的な証拠がある、と私は考えている。金融政策を通じて名目支出を刺激することができれば、日本が抱える困難な構造問題のうちいくつかのものはもはやそれほど困難なものとは思えなくなることだろう。

スコット・サムナーっぽく見えるが、先に進めば進むほど一層そのように感じられることになろう。次の文章では、マーケット・マネタリストがよく持ち出すあの主張、「低金利は実のところ金融引き締めのサインであるかもしれない」との主張が展開されている。

主に名目金利が極めて低い水準にとどまっている事実に基づいて、現在の日本においては金融政策は大きく緩和されているんだ、と語られることがある。ここまで読み進めてくれた読者の方々は、貨幣史にも十分通じておられて、そのために(金融緩和の証拠として)名目金利の水準を持ち出してくるような主張など真剣に聞き入れることがないようにと願うばかりである。大恐慌期を思い出してみられるとよい。大恐慌期を通じて名目金利は多くの国々でゼロ%近辺であったが、大恐慌期といえば貨幣の大規模な収縮とデフレ圧力に見舞われた時期である。つまるところ、低水準の名目金利は金融緩和の証拠であるだけではなく、デフレが予想されている証拠・金融引き締めの証拠であるかもしれないのである

次の文章ではちょちょいのちょいといった感じで流動性の罠が軽くあしらわれている。

現在日本が置かれている貨幣的な(金融面での)状況(monetary conditions)のために通常型の公開市場操作の効果には制約が課されることになるというのは確かである。しかしながら、この先論文の残りの部分でも説明するように、流動性の罠に嵌っていようがそうでなかろうが、金融政策には名目総需要を刺激する上で大きな力が備わっているのである。日本経済を苦しめている原因に関するこれまでの診断に従えば、10年にわたるスランプを終焉させる上で金融政策は大いに役立ち得るのである。

引用は次の文章で最後になるが、この文章では日本銀行の政策目標に関する曖昧さが生み出す不確実性に対して批判が加えられている。この批判はマーケット・マネタリストがFedに対して向ける批判-Fedは明確な政策目標を欠いており、そのためにマクロ経済に対して一層の不確実性がもたらされている-に不気味なほど似通っている。

しかしながら、現在の日本銀行の政策が抱える問題はその曖昧さにある。「デフレ懸念の払拭が展望できるまで」(“until deflationary concerns subside”)という文言で意味されているのは正確には何なのだろうか? これまでにクルーグマン(1999)をはじめとしたその他の論者から、日本銀行はインフレ目標の宣言(採用)を通じて政策目標の数値化に踏み込むべきであり、それも高めの(インフレ率に関する)目標値を設定すべきである、との提案がなされている。そのような提案が実現されることになれば、民間の経済主体に対して金融政策の目標に関する一層の情報が伝達されることになるという意味で、助けとなることだろう。特に、今後数年間にわたって3~4%のインフレ率の達成を目指す旨が宣言されることになれば、日本銀行がデフレレジームから十分な余裕を持って離れる意図を持つばかりか、さらには過去8年のうちにゼロ%ないしはマイナスのインフレが継続したことで生じた「物価水準のギャップ」(“price-level gap”)を埋め合わせる意図も持ち合わせていることが鮮明になるだろう。

言い換えれば、ここでこの論文の著者は、日本銀行は総需要の回復を促すために物価水準目標(price-level targeting)を採用する必要がある、と主張しているわけであり、その目的に照らして考えると、ここで論文の著者は名目GDP水準目標を支持する議論を展開してもいる、と見なすことができよう。しかしながら、この論文の著者はマーケット・マネタリストではない。その正体はFRBの現議長ベン・バーナンキ(Ben Bernanke)であり、この論文は彼がプリンストン大学の教授時代に執筆したもの(pdf)である。バーナンキ議長が名目GDP水準目標を採用すべき理由を探しているのだとすれば、彼自身のこの論文こそがその理由を提供している。バーナンキ議長には、ゆっくりと椅子に腰掛けて、論文の中の「日本」をすべて「アメリカ」に置き換えた上で、この論文が現在のFedに対してどのような意味合いを持っているかをじっくりと考えてもらいたいものだ。