「NGDP水準目標がおススメなワケ」 by David Beckworth

以下は、David Beckworth, “The Case for Nominal GDP Targeting”(Macro and Other Market Musings, December 22, 2010)の訳。


反応するのが遅れてしまったが、マーク・ソーマ(Mark Thoma)が「NGDP(名目GDP)目標の利点って何?」と聞きたがっているようだ。NGDP目標は中央銀行に対して名目支出(現在のドルで測った経済全体の総支出)の成長経路を安定化させるよう求める金融政策上のアプローチである。かねてよりNGDP水準目標を支持してきた人間の一人として、ソーマのリクエストに喜んで応えてみたいと思う。ここでは私なりにNGDP目標に備わる最も魅力的なポイントと考える側面に議論を集中させようと思う。それは以下の3点である。

(1)NGDP目標は金融政策に対するシンプルで直観的なアプローチを提供することになる。(2)NGDP目標は金融政策が重要な影響を持つ対象に焦点を合わせるよう中央銀行に促すことになる。(3)NGDP目標はそのシンプルさゆえに他の政策枠組み(政策アプローチ)よりも実施するのが容易である。

それでは順を追って詳しく説明していこう。

(1) NGDP目標は金融政策に対するシンプルで直観的なアプローチを提供することになる。It provides a simple and intuitive approach to monetary policy.

次のようなシナリオを考えてもらいたい。アメリカ経済は供給能力一杯のところを順調に歩んでいた(潜在成長経路に沿って推移していた)が、突然大規模なネガティブショック-例えば、住宅バブルの崩壊-に襲われたとしよう。その結果として、現在ならびに将来の経済活動の予想が下方修正されることになり、それを受けて、資産価格は下落し、各経済主体のバランスシートの状態は悪化し、流動性への逃避(流動性に対する需要の高まり)が生じることになるだろう。流動性に対する需要の高まりは家計や企業による財・サービスへの支出の低下、つまりはドルで測った経済全体の総支出(名目支出)の低下を意味する。価格はすぐには変化しないために、名目支出の低下は実体経済活動(実質GDP)の落ち込みをもたらすことになる。実体経済の低迷をもたらしたそもそもの(究極の)原因は住宅バブルの崩壊だとしても、(住宅バブルの崩壊に伴って生じる)名目支出の低下こそが実体経済の低迷の原因だと見なすことができる。Fedは住宅バブルの崩壊をなかったことにはできないが、流動性に対する需要の高まりを相殺するに十分なだけの流動性を供給することを通じて、名目支出の低下を防ぐことならできる。名目支出が不安定な動きを見せたとすれば、それはFedが(流動性に対する需要の変動を相殺することに失敗したために)名目支出の安定化に失敗したためである。NGDP目標はFedに対して名目支出の安定化を図るよう求めるルールなのである。

NGDP目標はシンプルなアプローチだが、名目支出を安定させることはマクロ経済の安定化を実現する上でキーとなるものである。以下の図を見てほしい。名目支出の成長率(名目GDP成長率;青い実線)の変動のうち大部分がインフレーション(GDPデフレーター;緑の実線)の変動としてではなく実体経済活動(実質GDP成長率;赤い実線)の変動となって表れている様が示されている。この事実は、もし仮に金融政策を通じて名目支出の安定化に成功していたとすれば、図に表れている期間において生じた景気後退の数はもっと少なかったかもしれない可能性を示唆していることになる。

(2) NGDP目標は金融政策が重要な影響を持つ対象に焦点を合わせるよう中央銀行に促すことになる。It focuses monetary policy on that over which it has meaningful influence.

経済を揺さぶるショックには2タイプのショックがある。総供給(AS)ショックと総需要(AD)ショックである。NGDP目標は中央銀行に対して総需要ショックだけに反応するよう求めるルールである。NGDP目標の下では、中央銀行は総供給ショックは無視してドルで測った総支出(名目支出)が一定の成長率で拡大を続けるよう試みることになる。このようなあり方は望ましいものだと言える。というのも、金融政策を通じて総供給ショックを相殺しようとすると、マクロ経済の安定化が促されるよりもむしろ不安定性が高まる傾向にあるからである。例えば、仮にあのY2K問題(2000年問題)が経済に対して長期間にわたって大きな攪乱をもたらすものだったとしよう。このネガティブな総供給ショックは生産量の落ち込みと物価の上昇をもたらすことになるだろう。その場合、インフレ目標を採用している中央銀行は(物価の低下を促すために)このネガティブな総供給ショックに対して金融引き締めで応じる必要があるが、そうすると経済に対してさらに冷や水が浴びせられることになる。NGDP目標を採用している中央銀行はそういったジレンマに直面することはないだろう。NGDP目標の下では中央銀行は名目支出の安定化を図るにすぎないのである。

一般的に言って、中央銀行に対して物価安定の目標-いかなる種類のものであれ-を課すことは問題含みである。というのも、物価の変動は総需要ショックによっても総供給ショックによっても生じるが、どちらのショックが原因で物価の変動が生じたのかを判別するのは困難だからである。例えば、2003年にアメリカでインフレ率が低下した理由は経済の落ち込み(ネガティブな総需要ショック)に求められるのだろうか? それとも生産性の堅調な上昇(ポジティブな総供給ショック)に求められるのだろうか? 経済へのショックに付随して生じる兆候(例えば、物価の変動)に対して焦点を合わせるよりも経済へのショックそのものに焦点を合わせるほうがずっと理にかなったアプローチであり、まさにNGDP目標は総需要ショックだけに着目することで経済へのショックそのものに焦点を合わせる政策枠組みなのである。この点についてさらに詳しくはこちら(このエントリーではAD-ASモデルに依拠しつつ図を使った説明がなされている;erickqchanさんによる邦訳はこちら)とこちらを参照してもらいたい。

(3) NGDP目標はそのシンプルさゆえに他の政策枠組み(政策アプローチ)よりも実施するのが容易である。Its simplicity makes it easier to implement than other popular alternatives.

これは色んな意味でそうである。まず第1に、NGDP目標はドルで測ったマクロ経済の規模の指標(名目GDP)だけを必要とする。インフレ目標やテイラー・ルールに従って金融政策を運営する場合は、インフレ率やインフレの目標値、産出ギャップ、中立的なFF金利、インフレ率や産出ギャップに割り当てるウェイトといったややこしい情報が必要となるが、NGDP目標下ではそのような情報は必要ではない。今挙げたそれぞれの指標のどれについても適当な指標は何なのかをめぐって常に議論が巻き起こされることだろう。例えば、FedはCPI(消費者物価指数)とPCE(個人消費支出物価指数)のどちらをインフレ率を測る指標として選んだらよいだろうか? ヘッドラインのインフレ率だろうか、それともコアのインフレ率だろうか? 産出ギャップはCBO(議会予算局)が推計したものを使ったらよいだろうか、それともFed自身による推計を使ったらよいだろうか? テイラー・ルールはオリジナルのテイラ・ルールが正しいのだろうか、それともグレン・ルードブッシュ(Glenn Rudebush)が推計したテイラールールが正しいのだろうか? といった具合である。NGDP目標が採用されればこういった議論は避けられることになるだろう。

第2に、NGDP目標は世間一般の人々にも簡単に理解できるために他のアプローチよりも実施するのが容易である。「ドルで測った経済全体の総支出を安定化する」といった話は一般の人々にもよく理解できることだろう。現在金融政策を実施する上で使われているような難解な概念-産出ギャップやコアインフレ率、中立的なFF金利など-を普通の国民がちゃんと理解できるかというと微妙なところである。NGDP目標が採用されることになれば、Fedは自分自身の行動(金融政策)を議会や国民に対してこれまでよりもずっと簡単に説明できることになるだろう。国民が容易に理解できるということは、金融政策の失敗に対してFedがこれまで以上に一層の説明責任を負わねばならないことを意味することにもなるだろう。

第3に、NGDP目標は人々の注目をインフレーションから逸らし、そうすることで適当なインフレ率の値はどの程度であるべきか、といった問題からも注目を逸らすことになるだろう。名目GDPを目標経路に復帰させるために一時的にインフレーションや名目支出の加速(あるいはキャッチアップ)を受け入れる必要があったとしても、NGDP目標の採用によって人々の注目が名目GDPに寄せられることになれば、政治からの圧力をそれほど受けることもなしにFedは目的を達成する(名目GDPを目標経路に復帰させる)ことができるだろう。

NGDP目標はテイラー・ルールの特殊ケースに過ぎない、と語る人もいる。確かにそうかもしれないが、上で指摘したような理由で、NGDP目標は他のアプローチよりもずっと容易に実施できるという点を忘れてはならない。さらに付け加えると、実際のところFedはこれまでにテイラー・ルールから外れる行動をとったことがあり、その際にはより一層純粋なインフレ・ターゲッターとして振舞っていたように見えるのである。NGDP目標が明示的に採用されることになれば、Fedは常に名目支出の安定化を図るように縛られることになるだろう。

最後に付け加えておくと、私の個人的な願望としては、Fedには単にNGDP水準目標を採用するにとどまらず、NGDP先物市場を活用したフォワード・ルッキングな(あるいは、NGDP成長率の予測値をターゲットとする)NGDP水準目標を採用してもらいたいと考えている。NGDP先物市場を活用したNGDP水準目標というアイデアはこれまでスコット・サムナー(Scott Sumner)(erickqchanさんによる邦訳はこちら)やビル・ウールジー(Bill Woolsey)によって提唱されてきたものである。さらに詳しくはこちら(erickqchanさんによる邦訳はこちら)とこちら(erickqchanさんによる邦訳はこちら)も参照してもらいたい。