「NGDP水準目標が物価水準目標よりも優れているワケ」 by David Beckworth

以下は、David Beckworth, “Why a NGDP Level Target Trumps a Price Level Target”(Macro and Other Market Musings, November 2, 2010)の訳。


ここで名目GDP水準目標(Nominal GDP Level Target;NGDPLT)のほうが物価水準目標(Price Level Target;PLT)よりも優れていると語る2つの興味深い記事を紹介することにしよう。まず最初の記事はThe Economistのこのエントリーである。Economistの記事では物価水準目標の説明がテーマとなっているのだが、結果的にNGDP水準目標を支持する論拠を提供するかたちとなっている。Economistの記事では物価水準目標に備わる利点が次のように説明されている。

例えば、物価が平均的に見て毎年2%ずつ上昇する(年率のインフレ率が2%である)ことが理想的だと想定することにしよう。実際に物価が毎年2%ずつ上昇する場合、今年の物価水準を100とすれば、来年(1年目)の物価水準は102で再来年(2年目)の物価水準は104(正確には104.04)ということになる。ここで仮に今年から来年にかけてのインフレ率が1%であった場合[1] はどうなるだろうか? 中央銀行に対して2%のインフレ目標が課されている場合、中央銀行は来年(1年目)から再来年(2年目)にかけてのインフレ率が2%となるように試みることになるが、来年(1年目)から再来年(2年目)にかけて実際のインフレ率が目標通りの2%に上昇したとしても2年目の物価水準は103ということになり、目標経路[2] を下回ることになる。これとは対照的に、中央銀行に対して物価水準目標が課されている場合、中央銀行は物価水準が目標経路から乖離した分の埋め合わせを試みることになる。中央銀行は来年(1年目)から再来年(2年目)にかけての目標インフレ率を3%に引き上げて2年目の物価水準が104に達するように[3] 試みることになるだろう[4]

理論的に見ると、物価水準目標はインフレ目標よりも優れている。というのも、物価水準目標はインフレ目標よりも長期的な貨幣の購買力(purchasing power of money)に関してより確実な見通しを提供することになるからである。実際のところ、(インフレ目標を採用している)中央銀行はターゲットとするインフレ率を柔軟に(伸縮的に)変更している(あるいはターゲットとなるインフレ率に幅を持たせている)。例えば、現在カナダ銀行やイングランド銀行は2%のインフレ率をターゲットとしているが、実際のインフレ率が2%のターゲットを外れたとしても1%~3%のレンジ(幅)に収まるようであればそれもよしとしている。インフレ率が1%~3%の範囲内で変動する可能性がある場合、この先30年にわたる投資プランを計画している人は、30年間の累積のインフレ率が最大で143%[5] 、最低で35%[6] となる可能性を想定しなければならないことになる。信頼のおける物価水準目標の下ではそのような不確実性[7] は減ぜられることになるだろう[8]

物価水準目標はインフレ目標よりも優れているというわけだ。しかしながら、物価水準目標は見逃すことのできない問題を抱えている。総供給ショックにうまく対処できないのである。Economistからの引用を続けよう。

付加価値税の導入や原油価格の上昇によって一時的に物価が上昇した場合に中央銀行はそういった事態に対してどのように対処したらよいか、という問題もある。その場合に生じるインフレ率の上昇は一時的なものだろうが、物価水準の上昇は永続的なもの(permanent)である。理論的には、中央銀行はいかなるコストを払ってでもそれ以外のモノの価格が低下するように取り組む必要があるだろう。例外を設けること[9] は可能だが、あまりにも例外を設けてばかりだと中央銀行の(物価水準目標に対するコミットメントの)信頼性は疑われることになるだろう。反対に、原油価格の低下や生産性の上昇といったポジティブな総供給ショックによって物価が下落する場合には、中央銀行は将来的にインフレを高める努力を行う必要があるだろう。その場合、実質金利が低下するために資産バブルが引き起こされる恐れがある。

ここで語られていることはつまりはこういうことだ。物価水準目標は、総需要(aggregate demand;AD)ショックに端を発する景気変動に対処する上では強力な政策枠組みだが、総供給(aggregate supply;AS)ショックが強く働く場合にはむしろ経済を不安定化させてしまう恐れがある、ということだ。ネガティブな総供給ショックによって物価が上昇したからといってFedは金融引き締めに臨むべきだろうか? (物価を低下させるために)Fedが金融引き締めに臨んだとすれば、ネガティブな総供給ショックによってすでに弱っている経済に対してさらに冷や水が浴びせられるかたちになるだろう。また、生産性の急上昇(ポジティブな総供給ショック)によって中立利子率(自然利子率)が上昇しインフレ率が低下した場合に、物価を安定させるためという理由から、名目利子率を自然利子率以下に引き下げたり、総需要の伸びがトレンドを上回るようにFedに行動させる(金融緩和に向けてゴーサインを出す)べきなのだろうか?

物価水準目標はインフレ目標よりも優れている。しかし、物価水準目標は総供給ショックにうまく対処できない。何か他にいい方法はあるだろうか? ラメシュ・ポヌール(Ramesh Ponnuru)がNational Reviewに寄稿した論説“Hard Money”(erickqchanさんによる邦訳はこちら)でその答えが語られている。

ベントレー大学のスコット・サムナーとテキサス州立大学のデイビット・ベックワースの2名の経済学者は次のような提案を行っている。Fedの金融政策は現状よりももっとルールに縛られるべきであり、そうすることで金融政策の今後の予測が容易となるように徐々に政策枠組みを転換すべきだ、と。彼らの提案に従えば、まず第一のステップとして、Fedは平均的に見て2%のインフレ率を達成するためであれば何でもする気だとのシグナルをマーケットに向けて発信することになるだろう。そしてその後Fedは名目GDP(ある期間にわたる(例えば1年間の)アメリカ経済の規模をドルで測ったもの)成長率の安定化に臨み、首尾よくその安定化に成功した暁には名目GDPの伸びが行き過ぎないように試みることになるだろう。仮に目標とする名目GDP成長率を3%に定めた場合、実質GDP成長率が2%を記録するケースではインフレ率は1%ということになろう。

このNGDP目標と呼ばれる政策枠組みはFedをルールに縛り付け、そうすることでここ最近の政策に伴って生じたようなタイプの不確実性(将来のある時点でインフレが制御できなくなるリスクも含む)を減じることにつながるだろう。また、NGDP目標は単純なインフレ目標よりも優れている、とベックワースは論じている。NGDP目標は2種類の重要な柔軟性(伸縮性)を備えている、というのがその理由だ。1つ目の柔軟性は、NGDP目標の下では供給ショックに起因する物価の変動がそのまま受け入れられる点である。NGDP目標の下では原油の禁輸に伴う物価の上昇も技術進歩に伴う物価の下落も(インフレ目標の下においてとは違って、金融政策によって相殺されることなく)そのまま受け入れられるのである。2つ目の柔軟性は、人々の貨幣需要の増減に応じてマネーサプライが調整される[10] 点である。もしもNGDP目標が採用されていたとすれば、2008年の後半に生じた貨幣需要の高まりに対して金融政策は(当時Fedが実施したよりも)もっと緩和されていたことだろう。また、NGDP目標の下では経済がブームにある時には金融引き締めが求められることになるので、もしもNGDP目標が採用されていたとすれば、そもそも金融危機もこれほどひどいものとはなっていなかったかもしれない。

先の質問(「Q. 物価水準目標はインフレ目標よりも優れている。しかし、物価水準目標は総供給ショックにうまく対処できない。何か他にいい方法はあるだろうか?」)に答えるとこうなるだろう。「あります。NGDP水準目標です」。

具体的に何%の名目GDP成長率を目標に定めたらよいか、どのくらいのペースでその目標を達成したらよいか、といった争点をめぐってはNGDP水準目標を支持する論者の間でも意見は分かれている。しかしながら、NGDP水準目標の優れた点(美点)は、物価の変動が伝える時に紛らわしい(ミスリードな)シグナルなど無視して総需要の安定化に集中するようFedに強いる点にある、ということに関しては広範な合意がある。つまりは、NGDP水準目標というルールは、景気の変動に付随して生じる兆候(symptom)に対してではなく景気の変動をもたらしている根本的な原因(a cause of the business cycles)に対して焦点を合わせるようFedに強いることになる(erickqchanさんによる邦訳はこちら)わけである。

  1. 訳注;その結果として1年目の物価水準が(インフレ率が2%であった場合の)102ではなく101となる場合 []
  2. 訳注;物価水準が毎年2%ずつ上昇する場合に物価水準が辿ることになる経路。この時2年目の物価水準は104となる。 []
  3. 訳注;言い換えれば、物価水準が目標経路に復帰するように []
  4. 訳注;このように、物価水準目標を課されている中央銀行は物価水準が目標経路から外れた場合に将来的にその埋め合わせ(言い換えれば、過去の失敗の埋め合わせ)を求められるわけであり、物価水準目標に備わるこの特徴を指して、物価水準目標は「過去を過去として水に流さない」とか「歴史依存性を持つ」とか形容されることがある。一方で、インフレ目標の下では実際のインフレ率が目標を外れてもそれが埋め合わされることはない。インフレ目標の下では過去(の失敗)はあくまでも過去であり、中央銀行は今後インフレ率が目標を外れることがないように試みるにとどまる。「歴史依存性を持つ」物価水準目標とは対照的に、インフレ目標は「歴史を忘却する」特徴を持つ、と形容することができよう。 []
  5. 訳注;この先30年にわたって毎年のインフレ率が3%であるとした場合。この時30年後の物価水準は243となる。 []
  6. 訳注;この先30年にわたって毎年のインフレ率が1%であるとした場合。この時30年後の物価水準は135となる。 []
  7. 訳注;30年後の物価水準が135~243のどの範囲に収まるかわからない []
  8. 訳注;中央銀行が物価水準目標に忠実に従って政策を運営すると信頼されている場合は、30年後の物価水準がどうなりそうかについてある程度確定的な見通しを持つことが可能となる(例えば、物価が毎年2%ずつ上昇する経路を目標経路として設定し、中央銀行がその目標を忠実に守ると信頼できる場合、30年後の物価水準は181近辺に達するだろうことがかなりの信頼をもって予想されることになる)。というのも、たとえ30年の間に物価水準が目標経路から外れるようなことがあったとしても中央銀行が目標インフレ率を伸縮的に変更して物価が目標経路に復帰するよう試みるだろうと信頼されるからである。 []
  9. 訳注;「この度の物価の上昇は原油価格の上昇といった外的な要因によるもので国内におけるインフレ基調の表れではございません。そのため今回に関しては物価水準が目標経路に落ち着くことを促すためにこの先目標インフレ率を引き下げるといったような措置に出るつもりはございません。しかし、誤解を避けるために強調させていただきますが、これはあくまでも例外的な措置であります。」といったようなこと。 []
  10. 訳注;貨幣需要が増加した時にはマネーサプライの供給を増やし、貨幣需要が低下した時にはマネーサプライを減らす(吸収する)ように調整がなされる []