「金融政策におけるレジーム・チェンジの時」 by David Beckworth

以下は、David Beckworth, “Historic Times for Monetary Policy”(Macro and Other Market Musings, December 12, 2012)の訳。


今年の夏のことになるが、ラメシュ・ポヌール(Ramesh Ponnuru)と共同で執筆した論説(pdf)で私は「今こそ金融政策のレジーム・チェンジの時である」と主張した。

前世紀(20世紀)は、2度にわたる経済的な混乱が金融政策のレジームの失敗を露わにし、西洋世界がそれまでのレジームを捨てて新たなレジームへの乗り換えを余儀なくされた時代であった。1930年代の大恐慌の時代、各国は次々と金本位制から離脱した-この決定の正しさは、金本位制から離脱したタイミングが早かった国から順に景気が回復した事実によって証明されることになった。1960年代後半から1970年代にかけてのインフレーションの昂進は、先進各国の大半のセントラルバンカーに対して実体経済の「微調整」(“fine-tune”)を試みることをあきらめ、その代わりに物価安定の達成に注力するよう納得させることになったのであった。

今こそ再びレジーム・チェンジの時である。ヨーロッパにおける危機と米国における経済停滞を引き起こしているのは何よりまして貨幣的な要因なのであり、問題の解決に向けては、過去の成功と失敗を踏まえた上で、金融政策に対する新たなるアプローチを採用する必要がある。

今必要とされている金融政策の新たなレジームとして我々は名目GDP水準目標(NGDP level targeting)を挙げたのであった。先の論説が執筆されて以降、Fedの政策にはいくつかの大きな変化が生じることになった-これら一連の変化はNGDP水準目標が現実に採用される可能性を高めることになった-。まず第一の変化は9月のFOMCで決定された大規模資産購入プログラム-いわゆるQ3(量的緩和第三弾)-である。このプログラムではあらかじめ資産買い取り額が決められることはなく、その実行は経済の状態に依存させられることになったのであった。プログラムの実行を経済状態に依存させるこのようなアプローチは、名目GDP水準目標と同じように、将来の金融政策に関する期待と経済的な結果との結び付きを強めるものであり、その意味で過去の量的緩和プログラムよりも格段に改善されたアプローチであると言える。しかしながら、QE3は、「物価安定が保たれつつ、労働市場の改善が見込まれるまで云々」といったように曖昧な目標(ターゲット)に結び付けられたものであった。期待管理の力(power of expectations management)が最大限に発揮されるためには、ターゲットのさらなる明確化が必要なのである。

そしてその点こそは本日のFOMCの決定が実現したものであった-予想外ではあったが-。本日の決定はQE3-正確にはQE Flexと表現すべきかもしれない。というのも、買い切り対象資産にはMBSと長期国債とが含まれているからである-を失業率6.5%/インフレ率2.5%といった具体的なターゲットに結び付けることになったが、この点は重要である。というのも、その具体的なターゲットが満たされるまでは[1] Fedが金融緩和を取りやめることがない旨が国民一般に対して一目瞭然となるからである。また、マーケットはそのターゲットが満たされるだろうとの見込みの下で行動に移ることになる。つまりは、家計や企業は手持ちの資金を高利回り資産に投資しはじめ、それに伴い流動資産に対する需要が減少することになる[2] のである。こうして生じるポートフォリオのリバランスを通じて資産価格は上昇することになり、また資産価格の上昇はバランスシートの改善を手助けすることになるだろう。そしてバランスシートの改善が進めば最終的に名目支出が刺激されることになるだろう。言い換えれば、期待の適切な管理を通じて、Fedは国民自身に厄介な仕事を任せることが可能となるのである-そして、その動きはもうすでに始まっている。ということはつまり、もしすべてが計画通りに進んだ場合には、Fedは追加的に大規模な資産を購入する必要はないかもしれないわけである。また、もしもこれまでにFedが期待を適切に管理することができていたとすれば、Fedのバランスシートの規模はもっと小さくて済んでいたということにもなろう[3]

本日のFedの決定はビッグニュースであり、アメリカの金融政策における根本的な変化を意味している。本日のFedの決定の意義についてはマット・イグレシアス(Matt Yglesias)が彼にしかなし得ないほど見事なまでの総括を行っている。

本日のFOMCの決定により、Fedはただ時間を浪費するに任せるだけであったこれまでの状況を改め、真の「期待ベースの金融緩和」に向けて本格的に歩み出すことになったのである。

その通りである。しかし、その転換はまだ完全なものではない。Fedは最後のステップを踏み出し、明示的な名目GDP水準目標の採用に向かう必要がある。今回Fedが失業率とインフレ率とに対する新たなターゲットの採用を決定したことで名目GDP水準目標という理想へとさらに一歩近づくことになったが、マイケル・ウッドフォード(Michael Woodford)も指摘しているように(拙訳はこちら)、両者は同じものではない。Fedが長期的にターゲットとして据えることが可能であるのは名目変数だけであり、この点こそは強調されねばならない。名目GDP水準目標はまさしく名目変数をターゲットに据える政策レジームなのである。

興味深いことに、本日のFedの決定は今週に入って金融政策の世界を駆け巡った変化の風の唯一の例というわけではない。カナダ中銀の現総裁であり、イングランド銀行の次期総裁であるマーク・カーニー(Mark Carney)が公の場で名目GDP水準目標を支持するスピーチを行ったのである。ワオ! 少し前までは彼は名目GDP水準目標には反対の立場だったのである。これら現在進行形の一連の動きはいずれも金融政策の運営方法に関する潮流の変化が生じつつあることを示している。歴史的な変化が紛れもなく生じつつあるのだ。

  1. 訳注;失業率が6.5%を上回っているかインフレ率が2.5%を下回っている限りは []
  2. 訳注;同じことだが、流動資産に対する需要の高止まりが解消されることになる。ベックワースの見解では、貨幣を含む流動資産に対する需要の高止まりが景気低迷の原因である。詳しくは例えばこちらの拙訳 “名目支出が低迷し続けているワケ”を参照のこと。 []
  3. 訳注;このパラグラフのもう少し丁寧な解説としては、例えばこちらの拙訳 “QE2の波及メカニズム~QE2はどのようなメカニズムを通じて実体経済に影響を与えたのか?~”を参照のこと。 []