「ウッドフォード、名目GDP水準目標を支持」 by David Beckworth

以下は、David Beckworth, “Michael Woodford Endorses Nominal GDP Level Targeting”(Macro and Other Market Musings, August 31, 2012)の訳。


マイケル・ウッドフォード(Michael Woodford)といえば世界を代表する貨幣経済学(monetary economics)の研究者として知られているが、そんな彼が本日のジャクソンホール・シンポジウムで発表した論文(pdf)の中で名目GDP水準目標(nominal GDP level targeting)を支持する意向を示している。ウッドフォードの件の論文では過去4年にわたるFedの金融政策が批評されているのだが、その批評の一環として名目GDP水準目標への支持が表明されているのである。彼の批評のポイントをピックアップすると以下のようになろう。

(1) 量的緩和がそれほど効果をあげなかった理由は、量的緩和に伴うマネタリーベースの増加が(世間一般の人々によって)永続的なものと見なされなかったためであった。仮に量的緩和に伴うマネタリーベースの増加が永続的なものだと予想されるようであれば、それに伴い将来の物価水準や将来の名目所得もまた永続的に上昇するだろうと予想されることになり、それを受けて家計や企業は現時点での名目支出を増やすことになるだろう。マネタリーベースの増加が永続的なものだという点を人々に伝達する(コミュニケートする)ことがキーとなるのである。この話題についてはビル・ウールジー(Bill Woolsey)が突っ込んで検討しているのでそちらを参照してほしい。

(2) Fedは政策金利(FF金利)の将来(期待)経路に関する先行き見通し(forward guidance)を公表しているが、この先行き見通しは堅調な景気回復を促す上ではほとんど何の役割も果たさないだろう。例えば、Fedが先行き見通しの中で政策金利の将来経路の低下を予測したとしよう[1] 。果たしてこれはさらなる(追加的な)金融刺激策の採用を意味しているのだろうか? それともFedによる景気見通しが下方修正[2] されたことを意味しているのだろうか? もし後者の理由で政策金利の将来経路の低下が予測されたのだとすると、Fedは弱々しい経済の現状を追認しているに過ぎないということになろう。この点についてはかつて私自身も話題にしているので詳しくはそちらを参照してほしい。

(3) 大規模資産購入は長期金利を引き下げる上では効果がなかった。確かに長期金利は低下したものの、その理由の大半は経済の低迷によって説明されると考えられる。長期金利が低下した原因の一部は長期的な構造要因の変化(例えば、人口の高齢化やアジアにおける貯蓄選好の高まり、生産性伸び率の低下予想)に求められるかもしれないが、今般の危機の過程で10年物国債の利回りが5.1%以上の水準から1.6%にまで下落した事実は循環的なストーリー[3] の妥当性を示唆していると言えるだろう。つまりは、先進各国で今後も経済の低迷が続くだろうと予想されているがために長期金利に低下圧力がかかっているのである。Fedは世界全体の金融環境に対して影響力を持っており、その影響力をもとにして先進各国の今後の景気に関する予想を転換し、そうすることで[4] 長期金利の上昇をもたらし得る存在であるが、そうだとするとFedは通常考えられているのとは違ったかたちで低金利の現状に責任を負っている[5] と言えるだろう。

今後Fedが採るべき最善の方途としてウッドフォードが挙げているのが名目GDPを危機以前のトレンドの経路に戻すことにコミットする名目GDP水準目標である。名目GDP水準目標は-適当なかたちで実施されたとすれば-上でピックアップしたウッドフォードの批判を免れることになるだろう。ウッドフォード自身の言葉を以下に引用しよう。

世間一般の人々に対してチャールズ・エヴァンズ(Charles Evans)の提案[6] と同じくらい容易に説明することができ、加えてエヴァンズの提案よりも産出ギャップで修正を加えた物価水準目標(output-gap adjusted price-level target)の利点をより多く備えている基準(criterion)[7] は、Romer(2011)等によって提案されている名目GDP水準目標であろう。名目GDP水準目標が採用された場合、FOMC(連邦公開市場委員会)は実際の名目GDPがあらかじめ定められた目標経路-もしも2008年後半以降にゼロ下限制約によってFedの政策が縛りを受けていなかったとすれば名目GDPが辿ることになったであろう経路-を下回って推移している間はFF金利を現在の水準(ゼロ金利)に据え置くことを約束することになろう。そして一度名目GDPが目標経路に復帰した後は名目(政策)金利は名目GDPの定常的な成長を保つ上で必要な水準にまで引き上げられることになろう。

加えて、ウッドフォードは名目GDPがトレンドを下回っている様子を示す今ではよく知られた図[8] を掲げた上で現時点において名目GDPは目標とする水準を10~15%ポイント下回っている事実にも注意を喚起している。この事実を指摘することでウッドフォードは2008年後半以降のFedの金融政策は実質的に引き締め過ぎであったと非難していると見なすことができよう。ウッドフォードの論文ではこのエントリーで触れた話題以外にも興味深い議論が多々見受けられるが、それにしてもマイケル・ウッドフォードのような優れた人物がマーケット・マネタリストが過去4年にわたり唱え続けてきた主張に支持を与えてくれるとは何とも元気づけられるものである。ここのところFedに対して金融政策のレジーム転換を求める圧力が高まっている(この点についてはこちらこちらを参照)が、ウッドフォードの論文はこの圧力のさらなる高まりに加勢することになろう。

(追伸)ウッドフォードの論文ではマーケット・マネタリズムや名目GDP水準目標を推進する上でマーケット・マネタリズムが果たした影響については触れられていないものの(注33は嬉しい驚きではあったが[9] )、まあそれはよしとしよう。そんなことよりも何よりも重要なのは、引き締め気味の金融政策のために人々が味わっている多大なる苦痛を最小化する(可能な限り和らげる)ことである。ウッドフォードの論文はその目標の達成に向かってさらに一歩踏み出す手助けとなることだろう。

  1. 訳注;例えば、これまでの先行き見通しでは2014年の後半に政策金利が上昇すると予測(2014年後半まで政策金利が現在の水準に据え置かれると予測)されていたものが、新たに公表された先行き見通しでは政策金利の上昇が2015年にずれ込むと予測されたり []
  2. 訳注;これまで予測していたよりも景気の回復が遅れそうだと判断 []
  3. 訳注;長期金利が低下したのは循環的な理由、つまりは景気の低迷が原因 []
  4. 訳注;景気の回復を促すことで []
  5. 訳注;Fedによる積極果敢な金融緩和策の結果として金利が低下しているのではなく、Fedが景気の低迷を放置している結果として金利が低下している、ということ []
  6. 訳注;チャールズ・エヴァンズシカゴ連銀総裁によるゼロ金利解除に関する7/3 threshold rule。失業率が7%を上回っているか中期的な期待インフレ率が3%を下回っている間はゼロ金利を継続するが、失業率が7%を下回るか中期的な期待インフレ率が3%を上回るかした場合にはゼロ金利を解除する。 []
  7. 訳注;ゼロ金利解除の基準 []
  8. 訳注;ウッドフォードの論文ではpp.45にFigure 13として掲げられている []
  9. 訳注;ウッドフォードの論文の注33ではベックワースのブログエントリーへの言及がなされている []