(Paul Krugman, “Money and Morals,” New York Times, February 9, 2012)
【保守派たちが,「増大する格差は道徳の崩壊に関係がある」とか言い出した.でも,それは主にお金の問題だ.Conservatives have started telling us that the growing inequality is about a decline in morals. But it’s mainly about money.】
最近,ふたたび格差問題が国中の話題として盛り返している.「ウォール街占拠」で問題がみんなの目に見えるようになったし,議会予算局から拡大する格差についてがちがちのデータがでた.それに,「無階級社会」とやらの神話も暴かれた:豊かな国々のなかで,アメリカは経済・社会的な地位がいちばん継承されやすい国として突出してる.
さて,その次はどうなるか,展開は読めてたよね.いきなり保守派たちが「問題はお金じゃない,道徳だ」と言い出した.賃金の伸び悩みなんて気にすんな,本当の問題は労働階級の「家族の価値」が崩壊してることだ,そしてそれはリベラルがわるいんだ,なんて言い出した.
でも,ほんとに道徳問題なの? いや,主にお金の問題だよ.
公正を期して言っておくと,こうした保守派の抵抗の柱になってる新著,チャールズ・マレーの『瓦解:白人アメリカ1960-2010』では,たしかに目を見張る傾向に焦点を当ててる.高卒以下の白人アメリカ人で,結婚率と男性の就労率は下がってる一方で,婚外子の出産件数は増えてる.明らかに,白人の労働者階級の社会はよくなさそうなかたちで変化してる.
でも,ここでまず問うべき問いはこれだ:価値の問題として,そんなにわるいことなの?
マレー氏その他の保守派たちは,伝統的な家族の凋落から,社会全体にとってひどい影響がもたらされると決めてかかってるように見えることが多い.これは,もちろん昔からおなじみの立場だ.マレー氏の本を読んでると,ぼくなんかはこういう道徳非難本を前に読んだなぁと思い返す.Gertrude Himmelfarb が1996年に出した本,『社会の脱道徳化:ヴィクトリア朝の美徳から現代の価値へ』ってやつだ.同書でも取り扱ってるのはだいたい同じようなことで,ぼくらの社会は瓦解しつつあると主張し,ヴィクトリア時代の美徳はこの先さらに崩れていくだろうと予測を立ててる.
でも,実際はと言うと,伝統的な家族が消えつつあるというのに,社会の機能不全を示す指標のなかには劇的に改善してるものもある.1990年からすべての人種グループで10代の妊娠が急落してるとか,90年代中盤から暴力犯罪が60パーセントも減少してるとか,ぼくの知る限り,そういうことにマレー氏はまったく言及していない.もしかして,伝統的な家族って喧伝されてるほど社会のまとまりにとって決定的じゃないんじゃ?
とはいえ,伝統的な労働階級の家族になにかが起きてるのは明らかだ.問題は,それが何かってこと.で,正直なところ,一見してすぐわかる答えを保守派があっさりのんきに見過ごしてるのは実に驚きだね:なにが起きてるかって言うと,教育水準の低い男性に開かれてる就労機会が劇的に減ってるのよ.
アメリカの所得変化に関してみんなが目にする数字は,たいてい個人じゃなくて家計に注意を集中させてる.これは,目的によってはとても意味のあることだ.でも,所得分配で低い方の層で所得がそこそこ伸びてるのを目にしたときは,その上昇分はすべて――そう,「すべて」――女性によるものだってことをわきまえないといけない.こうなったのは,賃金をもらって就労してる女性が増えたからでもあるし,女性の賃金がかつてほど男性の賃金を下回らなくなったからでもある.
ところが,低い教育水準の男性だと,すべてがマイナスになってる.インフレに調節した数字で,高卒男性の初任給は1973年から23パーセント下がってる.その一方で,就労手当は瓦解しちゃってる.1980年に,高卒で民間部門の仕事に就いたばかりの人たちのうち,65パーセントが健康手当をもらっていたのが,2009年には29パーセントにまで下がってる.
そういうわけで,いまの社会では,低教育水準の男性にとってほどほどの賃金と手当が出る仕事を見つけるのがすごく難しくなってる.でも,どういうわけだか,そういう男性たちがかつてほど就職したり結婚したりしなくなってるのは驚きだよねーとか言ってる人たちがいるわけ.で,その人たちは,「高慢ちきなリベラルが引き起こしたナゾの道徳の崩壊があったにちがいない」って結論をくだす.マレー氏も,かりに結婚できても労働階級の結婚生活はかつてより不幸せなものになってると言ってる.言いにくいけど,それ,お金の問題ですから.
あともう1件:この論争の真の勝者は,傑出した社会学者ウィリアム・ジュリアス・ウィルソンだ.
1996年,ヒンメルファーブさんがぼくらの道徳の崩壊を嘆いていたその同じ年に,ウィルソン氏は『雇用がなくなるとき:都市部貧困者の新世界』を出版した.同書で,彼はこう論じている:アフリカ系アメリカ人にみられる社会の混乱は価値の崩壊のせいにされることが多いけれど,実際は都市部でブルーカラーの雇用が不足していることで引き起こされてる.彼が正しかったとすると,同じことが別の社会集団にも起きそうだと予想がつく――そう,労働階級の白人たちだ.彼らもアフリカ系アメリカ人と同じように経済的な機会の逸失を経験してる.そして,その予想通りなんだ.
急増する格差から国民の会話のタネをそらして,機会に置き去りにされてるアメリカ人で道徳が崩壊してるとかいう話にずらそうって狙いは,拒絶すべきだ.伝統的な価値は,社会的保守派がみんなに信じさせたがってるほどには重要じゃない――それに,どっちにしたって,いまアメリカの労働階級でおきてる社会的変化は,圧倒的に,急増する格差の結果であって,その原因じゃあない.