パニック的財政拡大はいらない by Kenneth Rogoff

原文は2010年7月20日のFT記事 Kenneth Rogoff : No need for a panicked fiscal surge

このあと誰かがクルーグマンの突っ込みを翻訳する予定。← やりました


ヨーロッパと米国の回復が一服しそうだという見込みがだんだんとはっきりしてきて、危機後の積極的な財政刺激を無期限に維持せよという声が強くなってきている。徐々に赤字を縮小させて、最終的には歳入と支出のレベルを一定に保つことを目指す政府 – ドイツや英国のような – は石頭の財政保守主義だと非難されている。よく知られているケインズの理屈がちょっと分かれば、それらの国のリーダーたちも、貧弱なリスクが既に弱い経済を二番底や、それどころか長い不況に投げ落としているのだ、ということが理解できるだろうに、と

世界経済に巨大な不確かさが漂っているということは疑いがない。しかし今回常識的な財政保守主義に反対することは、そんなに説得的なのだろうか? 私はそうは思わない。そう、確かに通常の景気後退後の回復と比べると生産の伸びはしばらく弱いままであると思われる。ラインハートと私が研究の中で何度も強調したように、持続的な高失業率を伴った弱い成長は金融危機後の回復時にはよくあることだ。確かにヨーロッパの公的債務と金融の問題はすぐには消失しそうにはない。しかし公的債務問題は、あらゆる国債金融危機の波の後遺症の典型的なものである。

実際、既に計上されいる平時の負債蓄積の長期的なリスクを無視することはバカげている。ギリシャのような負債危機は起こりそうになくても、負債の重荷は最終的には財政で調整されることが不可避なのであるから、成長に重くのしかかる。

最も進歩した経済においては、市場が調整を余儀なくさせられることが無いように見えるという事実も、それが負債の増加が無リスクである証拠だという解釈には全くならない。実際、負債が利子率に影響を及ぼす作用はほとんどの場合まったく線形でないということが分かっている。つまり、一見平穏に見える市場環境でも、負債がその国の上限に到達すると突然暗転することがあり得るのだ。米国でさえも、財政正常化をしないのであれば、いつか突然の財政調整に直面する可能性がある。

日本を、歳入に対して200パーセントの負債を抱えても低金利なままという負債国家のシンボルとして描く向きもある。日本の「成功」は、政府が国内向けに負債を売る能力を備えていることによるところが大きい。いったい日本は退職者たちの貯金が縮小したり、労働力が急速に縮小したりしたときに財政をどうするのだろうか。それはまだ分からない。

同様に、戦後の米国と英国は負債がGDPの額の100% – ラインハート氏と私が成長に影響が出るかもしれない閾値を超えていると見出した – を超えてきたという事実があるが、これも平時の負債爆発を心配しないで良いという根拠にはならない。戦後、軍の自然な段階的縮小で元軍人たちが労働市場に殺到したのは負債/生産率を下げるのを容易にしたが、我々が今いる平時はこうではない。負債増加のリスクは、一見遠のいて見えても簡単に忘れることはできないのだ。

同時に、重い財政赤字下の刺激効果は、財政支出派が主張するほど確実なものではない。財政赤字下におけるケインズ的な成長効果は学会でも全然決定的ではない。皮肉なことに、ブッシュ減税の経験からの多くの知見が、過去の結果を補強するのに十分であると考える学者はほとんどいない。実際、研究者たちが危機の最中に多くの国が実施した財政刺激の効果を整理するのには長い年月、おそらく数十年が必要になるだろう。学者たちは最終的には、財政政策は金融政策や金融システム安定化策に比べればはるかに重要性が低かったと結論するだろうと私は思う。

金融危機以前、積極的な財政刺激は不況に落ち込むのを避ける総力戦の一環として合理的なものだった。第二の大恐慌のリスクは明白なものであり、巨額のコストは明らかに価値があるものだった。パニックはおさまった今は、より慎重なコスト-ベネフィットの分析が求められる。

重要なことに、長期の財政維持を強調する政府ほど、中央銀行を協力的な状況を維持させる方向に誘導しやすくなる。ほとんどの中央銀行家は、政府が負債レベルを安定化することに真剣であると知っていれば、危機対策を継続することを正当化しやすいのである。実際、何人かの中央銀行理事(特に英国の)は率直にそう述べた。さもなければ彼らは赤字の暴走によるインフレ金融に追われることを正当に心配するだろう。もし二番底の恐れが差し迫ったならば、積極策を含む金融政策はデフレと戦うため、間違いなく一番信頼を置く防御の最前線に送られるだろう。

残念なことに、これから数年、世界のほとんどは巨大なマクロ経済の不確かさに直面するだろう。規制・公的債務・金融や医療システムの状況、そして金融危機からの予期しない政治的影響などについての不確実性が存在している。このような環境では、借入の負担を徐々に安定化していく– 正常さを取り戻す – 方策はとても筋が通っている。もし急激に事情が悪化してそれが長期間続くようであれば、もちろん、無条件にさらなる行動が必要になるだろう。しかしそれまではパニックに陥った政府の財政増大は、初期の回復を不安定に陥れてしまう可能性が高いのだ。