貯蓄は「お金をためておく」ことじゃなくて「資本財形成」だって! by Scott Sumner

サムナーのブログから”Saving isn’t “setting money aside,” it’s BUILDING CAPITAL GOODS“(12. January 2012)。クルーグマンばかり読んでいると、サムナーが財政乗数ゼロの件でボロクソ言われているようですが、訳者が読むに、サムナーがレン-ルイス(とそれを引用称賛したクルーグマン。その邦訳)を批判したのはそういう話ではないと思います(もっと言うとそのことがケインジアン的分析批判にもつながるっているかと)。クルーグマンが引用した部分でレン-ルイスが「spending(支出)」と「consumption(消費)」を混同している(また「貯蓄」についてもだと別エントリで)、というのがサムナーの主眼。よって、先にこちらのエントリを紹介しておきます。 


皆さん、ちょっと立ち止まって。教科書はみんなS=Iと教えているから、皆さんこれを受け入れているのかと思っていた。そうでもないようだ。基本的な誤解についてから始めよう。 

1. 今の関心は個人の財布ではなく国民全体の収入と産出だ。そう、個人は国民投資を変化させずに貯蓄することができる。あなたが株や債券を買うとする。このとき他の誰かが株や債券を売っているから、あなたが貯蓄するのとちょうど同じ額だけ誰かが貯蓄を取り崩している。マネーを取って置く行為は貯蓄とぜんぜん関係がない。貯蓄とは資本財を形成することである。 

2. 次の三つの財で検討しよう。食品・自動車・家だ。政府は食品と自動車は消費財で家は資本財だとしている。実際にはあらゆる材は資本財と見做すこともできる。材によって減価率がやたら違ってくるだけであって。しかしGDPは一年毎に集計されるから一年以上存続する材を「資本」と見做したくなる。すると自動車と家は資本とするべきなのだが、政府は自動車や家電製品を消費財と見做している。おそらく全部を減価償却計算するのが大変だからだろう。 

3.  2万ドルの自動車を9年間維持して、それは直線的に(あり得ないが)減価するとしよう。10年目に2千ドルのスクラップで売れる。あなたは大学を出てすぐに現金収入の5万ドルから2万ドルを新車のために使った。テクニカルにはあなたはこの年1万8千ドルを貯蓄したことになる(それ以外は食品やコンサートは散髪や家賃のようなナマモノに使われた)。あなたはマネーを取ってはおかなかった-全部「使った(spent)」のだ。あなたの自動車は初年度2千ドル減価するが、1万8千ドルの価値が乗ったり売ったりできるそれ以降の年にキャリーオーバーされる。これは貯蓄と呼ばれるべきだ。 

4. その後あなたのクルマはあなたに毎年2千ドルの移動サービスを提供し続ける。現金支出はなく、過去の貯蓄(投資)が利用される。そのおかげで将来の収入が他の用途に使えるようになる。 

5. 興味深いことにこれは家も同じだ。しかし新卒者が4万ドルのBMWを買うのが浪費的な消費(consumption)とされるのに、家を買えば投資ということにされるのはなぜか。あなたはBMWの購入によって、基本的には向こう9年間で毎年4千ドル消費することが約束される。家は自動車と対照的に実質価値が長期間保たれる。築90年の私の家は最初に建てられた時よりも実質価値がずっと高い。そう、いくらかの機会費用(長期的には株式の方が良い投資だろう)があるが、家を投資だと考えるのは自然だ。 

6. 不況期間における貯蓄のことについて皆さん混乱している。皆さん間違って、貯蓄を「マネーを貯めておく」ことと、不況を「支出しない人々」と関連付けてしまうからだ。私があなたから株を買うことでマネーを貯めておいても国民の貯蓄・投資は増えない。私が10万ドルの新築物件をキャッシュで買えば、この年10万ドルに近い(ほんのわずか減価償却)貯蓄をしたことになる。貯蓄はマネーをとっておくことではなく、マネーを資本財に支出すること。以上、おしまい。 

7. まだ続く。人々が現金や銀行残高を増やすこと、つまり現金をもっと持とうとするのはデフレ的なことだ。ところが貯蓄とは「マネーを貯めておくこと」であるという間違った定義では、これも貯蓄のように見える。しかし実際にはこの二つはほとんど関係がない現象だ。ケインジアンに公平を期すと一つ前のエントリで私は、ある金利において人々がもっと貯蓄したくなるのはM×Vが下落する不況期においてだと説明した。ケインジアンの直観もなかなかのものだ。しかしたくさんの非マネーな金融資産を積み上げることそれ自体は(総)貯蓄でもマネーの蓄積でもない。単純に負債だ。たとえば私が兄に1000兆ドル借りたことにして、同時に兄も私に同額借り期間も同じだとする。すると経済における負債は確実に増えるのだが、実際何か変わるのだろうか? 物理的な財(とサービス)と会計の媒体(訳注:すなわちマネー)の二つにレーザーの如く注目するとマクロは信じられないほどシンプルになるのだ。