もしヴィトゲンシュタインがマクロ経済学者だったら by Scott Sumner

サムナーのブログから “What if Wittgenstein had been a macroeconomist?“(16. December 2011)


コメント欄でジェイソンさんが偉人ヴィトゲンシュタインの引用をくれた。それですぐにこれをどこかで使ってやろうと思い、10秒考えて決めた。

「教えてくれ。」20世紀の偉大な哲学者のルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインがある時友人に尋ねた。「人々はいつもどうして地球が自転しているより太陽が地球を回っていると思う方が自然だというのだろう?」友人「そりゃ、まさに太陽が地球を回っているように見えるからだろう。」ヴィトゲンシュタインは答えて、「なるほど、ではもし地球が自転しているように見えていたとしたらどう見えるのだろうね?」

こういう引用こそが人生を価値あるものする。さて、ヴィトゲンシュタインなら今の危機についてどう考察するだろう。

ヴィトゲンシュタイン: 教えてくれ。人々はいつもどうしてこの大不況が2008年の金融危機によって起こったと思うのが自然だと言うのだろうね。

友人: そりゃ、まさにちょうど大不況が2008年の金融危機によって起こったように見えるからだろう。

ヴィトゲンシュタイン: なるほど、ではそれがFedの政策ミス、つまり、サブプライム問題で銀行が痛めつけられていた時に、そして名目債務を返済する資源は名目収入であるにもかかわらず、1938年以来で最大の名目GDP下落を許容してしまったことによって引き起こされたとしたら、どう見えたのだろうね。

ヴィゲンシュタインのようにエレガントにはいかないが、言いたいことはわかるだろう?

ジェイソンはまた、将来の人々はケインジアンとマネタリストの分断についてどう考えるだろうかと言っている。どちらのモデルがプトレマイオス的に見えるようになるのだろう?私としてはそれには答えない代わりに関連問題にちょっと触れておこう。大恐慌は当初、資本主義に内在する不安定さが原因だとされていた。後にフリードマンとシュワルツがそれはM2の急落のためだったという批判を加えた。今は彼らの見方の方がポピュラーになっているが、それは魅力的な政策インプリケーションを与えてくれるからだ。M2の下落を防ぐのは、資本主義に内在する不安定さを修復することよりもはるかに簡単。単純な政策インプリケーションが導かれると、たちまちその政策を為さなかったことがその問題の「原因」に見えるようなるのだ。深い哲学的水準では「原因」とは決して特定できない掴みどころのない用語なのかもしれないけれど。

50年後(NGDP先物契約目標が採用されている時)には、今の大不況はNGDPの下落を防がなかったFedの失策が原因だと見られるようになっているだろう。先物契約を通してそう見えるようになるのではなく(今それは存在しない)、バーナンキ自身が同様の困難の最中にあった日本に推奨した「水準目標」的な政策を採用していなかったという失敗によってそう見えるようになるのだ。

追記: W.Pedenさんはこの引用句は間違いで、トム・ストッパードの「ジャンパーズ」で使われていたと記している。私はいくつかの理由からヴィトゲンシュタインだとする方が好きなのだが。