実質ショックと名目ショック(日本の失業率を例にして) by Scott Sumner

Scoot Sumnerのブログから “Real shocks/nominal shocks“(20. December 2011) 


 この次のエントリでは「ミニ不況」について書くつもりだが、その前にまず別の問題、米国の不況は何故いつも名目ショックが伴うのかという問題を論じたい。まず、最近の日本における出来事を見て行こう。これは2010年7月以降の失業率。 

 

補足: 

1.  このグラフは少しずれていて、最後の二月は10月/11月でなく9月/10月だ。 

2.  3月11日の地震の被害を受けた地域の数字は、3月から8月の数字には含まれていない。 

私は二つの理由から、この証拠は日本の失業率に対して地震が大きな影響は及ぼさなかったことを強く示唆していると思う。第一に、9月に被災地域を合計に含めるようになったときに、国全体の失業率は実際に4.3%から4.1%に下がったこと。 

そして第二に、地震は日本の産業の心臓部(大阪から東京まで)に大きな失業を引き起こすだろうと広く思われていたが、明らかにそうならなかったこと。 

もちろんあれは途方もなく大きな実質ショックだった。日本は米国よりはだいぶ小さな国だが、犠牲者の数はカトリーナの10倍規模だった。被害は甚大だったのだ。今でさえ日本中でほとんどの原子力プラントが停止していて(60のうち11が稼働しているだけ?)、地域によっては電力が制限されている。これほどの実質ショックが失業率に影響しないなら、いったいどんな実質ショックなら影響し得るのだろうか? 工業生産高は急落したが、すぐに復活した。私は実質ショックが産出に影響しないと言っているのではない。雇用に(大きくは)影響しないと言っているのだ。  

日本企業はレイオフをしないから日本は特別だという主張がある。OK、では日本が需要ショックに襲われたときに何が起こったかを見てみよう。 

 

明らかに、日本企業も需要が下落する時にはレイオフを行うように見える。2008年10月に3.8%だった失業量率はに2009年7月に5.6%まで上昇した。これは日本標準で大きなジャンプだ。 

米国も同じだ。米国史における失業率の大きなジャンプはほとんどが需要ショックが原因だった。私の知る限り、明らかな例外は戦後すぐの1959年で、鉄鋼ストライキによって失業率が0.8%上昇した後すぐに急落した例だ。それでだ、1959年はまさに現代アメリカ歴史における唯一の「ミニ不況」だった(私が調べた限り)。一度の実質ショックと一度のミニ不況。偶然の一致だろうか。私はそうは思わない。次のエントリでミニ不況のテーマに触れよう。 

追記:公平を期せば米国には曖昧な事例がある。1974年、NGDP成長は前年比で大きく減速した。但し成長そのものは依然として高い水準だったので、1974年は名目ショックと拡大解釈することもできるだろう。私の見るところ、段階的に物価統制を緩めていったことが1974年のデータをゆがめてしまっていて、この年の後半の負の名目ショックはデータの見た目よりもかなり大きかったのだ。これには賛成しない者も多いだろう。従って1974年は実質ショックが失業率を急上昇させた例ではあり得る。 

追追記:1933年7月の大きな賃金ショック(20%)は産出を急落させた。しかし雇用に影響しなかった。それは週間の雇用時間を48時間から40時間に減らすという規則を伴っていたため週ベースの賃金は変化しなかったためである。