財政引き締め・金融緩和:リベラルも保守も経済の立て直し方を間違うのはなぜか by David Beckworth

デビット・ベックワースがRamesh Ponnuruという人とThe New Republic に書いた記事、”Tight Budgets, Loose Money: Why Both Liberals and Conservatives Are Wrong About How to Fix the Economy”(Nov. 3 2011)。ベックワースは2008年にリアルタイムでこういうエントリも書いているわけですので一貫していらっしゃいます。

追記: コメント欄の翻訳に関するご指摘を反映して修正(11/4 23:12)


左と右の陣営はどちらも経済への間違った処方箋を売り続けている。リベラル陣営のほどんどは主として追加的な財政刺激の必要性を訴え、彼らが「緊縮的(austerity)」と考える事柄の早まった動きに対しては真っ向から反対している。彼らは支出の削減は経済を弱めるだろうと言う。保守陣営のほとんどは支出削減は今すぐ始めなければならないとやはり固執しており、それが将来の増税期待を減じるので経済を助けると主張する。また同時に金融政策は危険なまでにインフレ的なのでFEDは引き締めをすべき、または少なくともこれ以上緩和すべきではないと考えている。

両陣営とも間違っている。右は金融政策について、左は財政政策について、両政策の関係については両陣営ともに。今経済に必要なのは右派の意見とは逆に金融緩和である。Fedが緩和すれば経済は左派の意見とは逆に、新しい政府支出は必要なくなり支出削減に悩むこともなくなるだろう。

ワシントンの二大政党はどちらも大不況以来の深刻な不況を生み出す中でFedが果たして来た重要な役割を正しく理解していない。今の混乱に先立つ25年間、経済学者が「大平穏期」と呼ぶようなった時期、Fedは経済を安定させる非常に良い仕事をした。その金融政策の結果は、現在ドル価値あるいは「名目」値で年約5%成長する経済であり、この成長のうち2%が物価の上昇であり3%が実質経済成長であった。名目支出及び名目収入を予測可能な経路に保っていくことは二つの意味で重要だ。第一に、住宅ローンをはじめ負債はたいてい名目で契約されるためだ。名目収入が予期せず減少すると負債の重荷が増す。また名目価格を調整することの難しさはビジネスサイクルを深刻にする。例えばデフレ期間に労働者たちが名目賃金削減に抵抗すると大量の失業が発生する。

大平穏期において人々は消費と支出は安定した率で成長するだろうと予測するようになり、それに基づいて借り入れの意思決定をした。しかしこの安定のためには、貨幣バランス需要―貨幣以外の資産に対する貨幣への選好―が増加する時に、Fedが貨幣供給を増やすことが必要だ。それが2008年、不況と金融危機の結果として起こり、恐れたアメリカ国民が現金を持ち始めた。Fedは当初インフレの先駆けとしてコモディティ価格の上昇を心配し、次に金融システムを救済することに注力した結果、この需要のシフトを打ち消す分のに十分なだけ貨幣の供給することに失敗し、2009年半ばまで名目消費が下落するのを許容した。
この名目支出の落ち込みは1938年以来最も厳しいものだった。それ以来Fedのいかなる良く議論された金融緩和への行動も、名目消費を5%成長が続くと期待されていた水準に戻し得ていない。その結果、あるべき姿以上に収入は減り、債務負担は増え、銀行は弱体化した。

リベラル陣営はFedは金利をこれ以上下げられないので「弾薬切れ」状態にあると信じている。Ron Suskindの新刊 Confidence Men によればオバマ大統領は経済アドバイザーの Christina Romer に対し、Fedは「空砲を撃っている」と言ったということだ。しかしFed議長のベン・バーナンキは日本についての1999年の分析においてFedは例え金利が非常に低いときでもマネーサプライを拡大することができると主張していたのである。

例えば、Fedが名目消費が目標に達するまで資産を買うというアナウンスするだけで名目消費成長への期待は引きあがる。そうすれば債務者達は名目収入が上昇することを予測し、デレバレッジングに割くリソースを減らすだろう。投資家たちは名目支出の上昇を予測し、現金から株式のような高利回り資産へとそのポートフォリオを組み直し、入札価格が上がるだろう。そして資産価値の上昇が消費と投資の両方の支出を増加させる。Fedのアナウンスが積極的であればあるほど、実際にはFedが買わなければならない資産は少なく済む。

Fedがそうすることを拒んだ理由の大部分は、危険な水準のインフレをもたらす心配だった。馬鹿げた心配である。インフレ率は過去数年低いままであり、市場のインフレ連動債は向こう数年もインフレ率は低いであろうことを予測している。

しかしこのFedの心配には、リベラル派が見過ごしている含意がある。つまり財政支出の今の「乗数」―追加的な負債にゆる支出が創出する新たな経済活動の量―がほとんどゼロであることを意味するのだ。議会が財政政策をすればするほどFedは金融緩和を提案したがらなくなるからだ。リベラルは財政支出がFedの行動不足を補うと感じているが、実は財政支出は行動不足を促進する。今の財政刺激の主たる効果は経済の拡張ではなく、経済活動を横にシフトさせるのに過ぎない(特に私的部門から公的部門へのシフト)。支出は、それが国の生産力を増加させるならば経済席に成功したと言えるが、Fedの態度が変わらない限り金融政策が刺激を調整してしまうので短期の経済活動のトータルは変わらない。

他方、保守主義者はFedはすでにやりすぎていると信じている。彼らはFedのバランスシートの成長を見てドル量の急騰は問題だと考えている。彼らが見ないのが、貨幣バランスの需要がそれ以上に増えていてFedがそれに適切に反応しそこなっていることだ。低金利とは、多くの人が信じているような金融緩和の兆項ではない。ミルトン・フリードマンが1990年代の日本について指摘した通り、低金利は経済を弱め投資の期待リターンを減じる金融引き締め政策の結果でありえる。

こうした金融引き締めは保守主義者の目的とは逆に働く。金融引き締めは、(景気を冷え込ませる結果として)税収の減少ならびに失業保険のような自動的な財政支出の増加をもたらすことによって、財政赤字を拡大させることになるのである。そして経済活性化のための自由裁量的な追加支出への政治圧力を増加させる。過去一世紀における最も顕著な二度の金融緊縮期、つまり大恐慌と2008-9年の時期にはいずれも連邦政府の大幅な拡大が見られる。

保守主義者はリベラルに対し、他の国々において経済の回復を享受しながら支出を削減に成功したと示唆する研究があることを挙げる。しかしそれらサクセスストーリーのほとんどは今の保守主義者の主張とは逆の金融緩和政策の下での事例だ。これは1990年代後半のカナダにおける有名な財政削減の事例にもあてはまり、同時期に財政黒字を実現した米国にもあてはまる。

保守主義者の、金融緩和は手に負えなくなってしまうという心配もまた神経質に過ぎる。一つ挙げれば、今は1960~1970年代の大インフレ期間と比べ、将来のインフレの良い市場指標が存在する。より重要なことには、名目支出目標という形で為される金融緩和はそれ自体将来のインフレを制約する。Fedは大平穏期の名目支出のトレンドラインに戻すことにコミットすべきだが、そのためには向こう数年の5%以上の高成長と、その後通常の率にスローダウンすることが共に必要なのである。

今求められているのは、弱い経済という短期の課題に対応する一時的な金融緩和政策と、長期的な債務危機を解決する支出削減を同時に行うことだ。両者は互いに助け合う。例えば名目収入が増えれば多くの自宅所有者が息を吹き返し、やがては政府介入を求める声が発せられることはなくなることだろう。一方、財政刺激はFedがありもしないインフレの恐怖と闘っているままではマクロ経済的な目標を達成することができず、Fedがより良い方法を選択した場合は不必要になる。我々は財政刺激では債務の泥沼から抜け出せないが、金融緩和は債務の負担を減らす。ワシントンでは誰も正しいポリシーミックスを提唱していないのは残念なことだ。

[David Beckworth はテキサス州立大学の助教授。Ramesh Ponnuru はナショナルレビューのシニア編集者で、Bloomberg View のコラムニスト]

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    翻訳お疲れ様です。それにしても早いですね(汗。私自身まだざっとしか目を通していませんがその範囲で気づいた点をいくつか。

    ・最後から6パラグラフ目「しかしこのFedの心配には、リベラルの見通し関するある含意がある。」
    →「しかし、このFedのインフレに対する心配(恐れ)には、リベラル派が見過ごしている含意がある。」

    ・最後から4パラグラフ目「こうした金融引き締めは保守主義者の目的とは逆に働く。収益が減少し、必然的にその収益計画への支出が減少するため、失業保険として負債が増加する。」
    →「こうした金融引き締めは保守主義者の目的とは逆に働く。金融引き締めは、(景気を冷え込ませる結果として)税収の減少ならびに失業保険のような自動的な財政支出の増加をもたらすことによって、財政赤字を拡大させることになるのである。」

    ・最後のパラグラフ「例えば名目収入が増えれば多くの自宅所有者が息を吹き返し、最終的には政府の介入が必要になるだろう。」
    →「例えば名目収入が増えれば多くの自宅所有者が息を吹き返し、やがては政府介入を求める声が発せられることはなくなることだろう。」