IS-LMが嫌いな理由 by Scott Sumner

またサムナーの古いエントリから、まだ熱かった”Why I don’t like IS-LM (reply to Delong) “(12. April 2009) を紹介します。最近またこの論争が熱いので(参考)。


ブラッド・デロングが最近のエントリで、どうして私がIS-LMが嫌いなのか尋ねてきたので通常の日曜ポストは後回し。人が私の公開書簡を真剣に受け取ってくれないとしたら嫌なものだから、彼のエントリを無視するわけにはいかない。そしてとてもいい質問だ。私としても答えに完璧な確信を持っているわけではないから、質よりも量を選ぶことにしよう。最初に言いたいのは、IS-LMモデルに理論的な欠陥があるとは思っていないということだ。デロングが言うように、

しかし私はIS-LMによる説明抜きで名目支出や実質産出を定量するような理論は見たことがない…

彼は正しいだろう。そしてこれから書く返答のほとんどは理論ではなくプラグマティックなものになる。しかしながら、理論的な一突きから話を始めさせてほしい。

追記: (4/13/09) 私のIS-LMに対する主たる異議は、IS-LMが物価水準(やNGDP)を決定しないというものであったということをDavid Glasner が思い出させてくれた。この反論に対するお決まりの答えもあるので、先回りして今思いつく二つの件についてだけ記しておこう。第一に、貨幣需給の古典モデルが長期の物価水準を決定するのに対し、IS-LMは短期についてのモデルだ、という議論がある。しかし以前にも論じたように、この議論は長期と「未来」、短期と「現在」を混同している。「今」とは過去に決められた政策にとっての長期である。従って、現時点の物価変化はIS-LMではなく、過去の貨幣受給と関連付けてモデル化したいことになる。またケインジアン達は、産出がキャパシティに達したときに起こる「ボトルネック」的な見方をインフレ率に対して採用しているのだという論がある。残念ながら、米国史上最も完全な金融政策だった1933年のドル減価プログラムがそのメカニズムを決定的に反証している。おさらいすると, 1933年3月以降ドルが急激に減価されると、WPI(卸売物価指数)は4か月で14%上昇し、(硬直的な)実質賃金は急落、そして工業生産は4か月で57%の急上昇を遂げたのである。そして産出はキャパシティのはるか下にとどまっていたのだから、物価上昇が完全雇用に達したことによって起こったのではないのは明らかだ。4月に直ちに始まったこの物価上昇が支持するのは、産出がキャパシティ以下のときに物価は下落するというNAIRUのビューではなく、予期されぬ物価上昇が産出を引き上げるというフリードマンのフィリップス曲線のビューの方であった。(追記ここまで)

金利のない世界

マイケル・ウッドフォードと私は次の論点では一致している。「金融政策の期待将来経路の変化こそは、現時点の金融ツールのスタンスよりもはるかに重要である」。ただ彼は、金融政策とは中央銀行がいかにしてその政策を、常時変動しているヴィクセルの均衡利子率(マクロの安定に必要な金利)の変化に対して調整していくかだと定義したがる。彼は強くそう思う余り貨幣が存在しないモデルを作ってしまったほどだ。私はちょうど正反対。私は金融政策を価値媒体(例えばベースマネー)の供給をその需要と関連付けて考えるのが好きなのだ。金利のない経済を考えるのもいい。以下しばらくは仮説の思考実験だと受け取って読んでほしい。(ところで私はウッドフォードのモデルにも実際には貨幣が少し隠れていると思う。鋭い読者ならば私のモデルにも金利が隠れていることに気づくのだろう)

たくさんの果物と野菜が売買されるシンプルな孤島経済を考えよう。島民は交換媒体として島民準備券を採用している(交換の便のため)。政府が準備券を入手する方法はどうでもいいのだが、それをどうやって経済に導入するかが重要になる。政府はそれをばら撒いたり、公務員の給与として支払ったりできる。このような世界において、マネーサプライを二倍にしたらどんなふうに物価が二倍になっていくだろう?私はマネタリストによる超過現金収支のストーリーがプロセスを良く記述していると考える。貨幣需要に「合成の誤謬」を適用するのはちょっと直観に反する。この誤謬は、政府が名目現金収支を決定し、大衆が実質収支を決定すると考えれば解決されるのである。このとき金利は何の役割も果たさない。

もちろん近代経済には金融システムが存在するのであり、当然上のような伝達メカニズムそのままではない。ただ私の直観では、近代経済における金融システムの影響は大多数が想像するより相当小さい。(この直観の証拠は後述)。人々は次の二つの理由から、金利が金融政策の伝達メカニズムの主役を占めていると騙されているのだ。

1. 金利は貨幣注入に対する物価(そして名目NGDP)の反応を遅らせる。また金利はビジブルであり過ぎる。

2. 超過現金バランスのメカニズムが長期均衡に対してのみしか適用できないように感じられてしまう。その結果このメカニズムは当面の政策課題には重要ではないように見える。以下に見るように、それが大変危険な誤解だ。

まず金利の重要を検討するところから始めよう。基本的に二倍の貨幣供給は直ちに物価水準を二倍にするはずである。現実にそうならない理由について、ほとんどの経済学者たちは賃金と価格が粘着的であるためだと考える(もちろん他の要因もある)。従って、短期的に物価が二倍にならないのならば、何らかの別の変数が二倍になった名目貨幣供給と未だ二倍に達していない貨幣需要を均衡させているに違いない。その変数とは名目金利で、これには粘着性はない。そして名目金利は貨幣需要と供給が等しくなったときには直ちに下がる。以上がIS-LMの世界だ。

しかし。この話において短期金利の下落とは、賃金および価格の粘着性、そして名目支出の上昇が遅れるという事実の単なる徴候(一時的に貨幣需要が上昇するか、貨幣流通速度が低下することによって)に過ぎないと見ることも可能なのだ。つまり金融政策の伝達メカニズムのかわわんわつやわが不可欠と考える必要は全くない。金利の役割はなるほど核心的なのかもしれないが、銀行のない島の例で見たように、名目総量を決定するときに金利がの役割が核心的だとする必要はまったくない。

ここまで読んで、IS-LM支持な読者はすごくイラついているだろう。通常IS-LMは実質GDPを決定するモデル(インフレ率は短期総供給曲線に依存する、ある意味結果論として用いる)とされているにもかかわらず、私はここまで名目総量の経路を何が決定するかという問題にしか触れていない。なるほど賃金と価格の完璧な柔軟性を備えたモデルにおいては、貨幣では実質への影響を説明できないという点は認める。しかし賃金と貨幣に粘着性があるときの実質への影響ならば、特に金利が伝達メカニズムにおいて重要な役割を果たしていなくとも説明できるのだ。フィリップス曲線(もしくは短期総供給曲線)モデルと名目ショックだけで足りる。

私が言いたいのはこうだ。永続的とみなされる貨幣供給は、将来期待されるNGDP(や物価水準)を比例的に引き上げる。そのことがその時点の名目支出の水準を引き上げる(但し、期待NGDPほどではなく)。この時、同時に短期の金利が低下するのは必然のことなのだろうか?その理由は私にはわからない。仮にその時点の名目金利が不変ならば、実質金利は期待インフレ率の上昇に伴って下がるだろう。これは多くのIS-LM分析でメカニズムの一つとしているところのものだろう。この現象は、名目金利が一定とした場合のIS曲線のシフトとして現れると教わった。(私が間違っているかもしれない)

あるいは名目金利は期待インフレ率に沿って上昇し、実質金利が変化しない場合もあるかもしれない。それは貨幣拡張に効果がないことを意味するだろうか? そんなことはない。その場合は貨幣保有の機会費用が上昇するのに伴って貨幣循環速度が上がるだろう。名目支出が上昇し、かつ賃金と価格が硬直的ならば、実質の効果があるということになる。あるいは名目金利は下がるかもしれない(従って実質金利も下がる)。この場合ならIS-LMモデルで簡単に説明可能だ。つまり、私は金利がどうなっても構わないのだ。将来期待されるNGDPが上昇しさえすれば、それがその時点の総需要、従ってその時点のNGDPへの上昇圧力となる。同様に、コモディティXなり金融資産Yの期待将来価格が上昇すれば、その時点の資産価格が上昇するだろう。

ここまでのところ、私がIS-LMモデルの見方に対して何故ここまでネガティブなのかは説明していない。私の本当の意図は完全にプラグマティックなものだ—私が知っているIS-LMの使い手はほぼ全員が起こっている事象を誤解していた。ほとんどの人は、経済学者さえ、単に短期の名目金利の変化だけを見れば金融政策スタンスの変化を読み取ることができると考えるところに基本的な問題があったのだ。

私に言わせれば短期金利は単に、貨幣需要に対しての貨幣供給に予期しない変化が起こった時の附帯現象に過ぎない。現時点の総需要の変化のキードライバーは将来の期待NGDPの変化のほうである。(これはケインズが「信用」という言葉で言わんとしていたことの一部だろう)。

しかしながら、今回の危機でマネタリストアプローチを使う人々がケインジアン達より優れていたわけではないということは付け加えておくべきだろう。マネタリストも貨幣ストック(それが精密に定義されたとしても)の変化を見ていれば金融政策スタンスを確定できるとみていたようだったのだから。しかし、貨幣需要が不安定なときにはこのマネタリストアプローチもまた非常に役立たずなものになる。プラグマティックな議論に行く前に、ロバート・キングの言葉を引いておくことにしよう。(JEP, 1994, pp. 77-78)

「マネーストックの変化が永続的ならば、総需要の永続的な変化がもたらされる。新古典派の合理的期待付き投資関数では、最終産出需要の永続的な変化は、所与の実質金利での投資需要表において定量的に大きなシフトをもたらす。この効果は一般に重要なもので、金融緩和に対し実質金利は下がるのではなく、上がる。IS曲線の効果がLM曲線の効果を上回る。さらにマネーストックの変化が永続的なものであっても、物価や賃金には徐々にしか移転しないので、その分大きなインフレ期待効果が名目金利に上乗せされる」

このキングの一節を読んだ当時、私はIS-LMを現実世界に適用するのは困難だという直観を確信するようになった。ブラッド・デロングは正しい。あらゆる政策シナリオはIS-LMで表現できる。しかしそれが直観的に明白でないために人々の多くが受け取り違えるものならば、有益でも何でもない。すべて起こることは C+I+G+NX なり MV=PY なりの語法で表現することはできるのだが、それゆえにその枠組みが有益ということにはならないのと同じだ。

IS-LMに反対するプラグマティックな議論

以前のポストで私は2008年と1929、1937年の類似を指摘した。いずれの年も秋に向こう数年の期待名目GDP成長率が急落した。この三度のショックは広い定義でマネタリーなものだったと私は見ている。そして以下に述べる複数の理由から、IS-LMがこれらのショックを検討するときの有益な方法だとは考えていない。

1. 私が金本位制について研究したところでは、1929-30の最初の低迷についてほとんどすべての人が(フリードマンとシュウォーツでさえ)ちょっと謎と見ているようである。みんな間違った場所を見ていたのだ。当時の交換媒体は金(gold)であり、その価値ないし購買力はワールドワイドの市場で決められていた。1926年から1929年まで中央銀行の金準備率は毎年2.5%上昇した。1929年の10月以降の12か月は世界の中央銀行の金需要が大きく増加し、金準備率が9.6%に急騰した。このデフレショックによりNGDPの期待将来経路はすっかり変化し、株式およびコモディティ市場の急落が引き起こされた。(1937-38および2008-09の期間も本質的に同じことが株式市場およびコモディティ市場に起こった。ただし理由は若干異なる。)

フリードマンとシュウォーツはここを間違えた。彼らは貨幣の総量に注目したが、デフレ的シナリオ下では量への実需は増大する(金融パニックが起こらない間は)。他方ケインジアンは12か月に渡って名目金利が急落したことから(当時の実質金利をさかのぼって見積もるのは難しい)、タイトな金融が問題だったはずがないと推定した。私に言わせればそのような推論はキングの引用に述べられた理由によって、IS-LMの誤用である。もちろん専門家たちが誤用したからと言ってモデルが間違いだと主張することはできないが、私が間違っていなければ、大恐慌を研究する最先端ケインジアンのほとんどがそう言っていたのである。(ここで想定しているケインジアンによる説明とは、「アニマルスピリッツ」が弱まったとか、株価クラッシュで消費者のセンチメントが悪化したというもの)

2. 1986年以来というもの、私はNGDP期待の安定化を目的とするフォワードルッキングな金融政策を主張している(NGDP先物契約を使う)。最近、ラルス・スヴェンソンが予測を目標とする政策を論じ始めたので、私もこのトピックの仕事を再開した。私が到達した結論は、金融スタンスの唯一妥当な描写の仕方は、スタンスが政策目標に一致していると見做されているかどうかに尽きる。つまり目標が2%のインフレならば、1%のインフレ期待を生む政策は過剰引き締めであり、3%のインフレ期待を生む政策は緩和しすぎということだ。

昨秋(訳者注:2008年)のNGDP期待は明らかにここ数十年の通常値の5%を大きく下回り、ゼロ以下にさえなった。私がFedの政策と、専門家のほぼ全員に反対する聖戦を始めたのがまさにその時だった。ラルス・スヴェンソンの影響は思ったほど大きくないとすぐに気が付かされた(クルーグマンは彼の仕事を称賛していたが)。私がFedの政策は私の生きてきた時代で最も緊縮的になっていると書いても、ほとんどの人々は懐疑的だった。一般の論調はだいたいこんな感じだった。「少なくとも、誰もバーナンキが十分にやっていないと非難することはできない」。こうしたスタンスの根源にあるのが経済学の支配的モデルであるIS-LMだとしか思えないのだ。IS-LMは軽薄に使うと(金融政策がIS曲線をどれだけシフトさせるかを無視すると)政策が非常に拡張的だと見えてしまう。

3. レイドラーの金融史の本で、1920年代初期にヴィクセルはとても貨幣数量説的なアプローチを採用していたと書かれている。その個所を読んで、金融政策に金利アプローチを採る最も有名な専門家のことを思ったものだ。ケインズである。特に1923年の著作、「貨幣改革論(A Tract on Monetary Reform)」で、ケインズもまた貨幣数量的アプローチを採っていたのを思い出したのである。ケインズの事を良く知らない向きのために書くと、彼は第一次大戦以前に(訳注:つまり貨幣改革論を著す前)既に金利アプローチを開発していたのである。1920年代初期についてそのアプローチではなるのだろうか?

そして、1960年代から1970年代にかけては貨幣数量理論が「マネタリズム」という名で復活した。この両期間はどのくらい似ているだろうか?どちらも多くの国々が高インフレに見舞われ、金利アプローチはとても直観的な説明ができず、貨幣数量理論がマッチしていた期間である。1920年代はハイパーインフレーションは数年間だけ続いたのに対し、1960年代と1970年代はそれよりは低いが相当なインフレ率が数十年に渡って続いた(特にラテンアメリカのような地域において)。もしその原因が広く信じられている通り行きすぎた金融緩和だったのなら、マネーサプライという指標はケインジアンモデルの低金利のメカニズムよりも視覚化という意味で優秀ということになる。(実際、非常に高かった名目金利を前にほとんどの人が固まってしまう)

4. IS-LMモデルは大平穏期(1983-2007)の間は適切に機能していたように見えることは私も認めるところだが、その理由は大多数がイメージするものとは異なると考えている。テイラールールは様々な水準で機能していた。インフレ率が高すぎるなら金利を上げるわけである。しかし金利を上げる方法とは貨幣供給を減らす(それまで期待されていた量よりも)ことなのだ。テイラールールが信頼できた頃も実際には貨幣供給の変化、そしてより重要なことには貨幣需要に対する供給の期待将来経路の変化がすべてを適度に安定化させていたのである。

5. 私が考えるIS-LMアプローチの基本的な問題点は、インフレ期待の変化が早く実質金利を見積もるのが容易でないような高インフレな期間に(マネタリズムに比して)有益ではないことであり、1929、1937、2008の各年のように期待が急落したために緩和的に見えた政策が実際には緊縮的であるような時には全く役に立たないところにある。ネオ-ヴィクセリアンの言葉で言えば、ヴィクセルの均衡利子率が政策金利よりも早く下落する問題である。(これらデフレ的な期間はマネタリズムも有益ではないだろう。)但しIS-LMは物事が非常に安定しているときには精密に機能する。例えるならIS-LMは、道路の真ん中をまっすぐ走るときには精密に働くが、ひとたび右や(デフレーション)左に(高率かつ変化するインフレーション)滑ったときにはまるで働かないブレーキを備えたバスのようなものだ。

6. ジョージ・ウォーレンについてのエントリ(訳者注:こちら翻訳)ではルーズベルトによる1933年のドル減価政策のことを書いた。そこでも論じたのだが、1933年にはっきり可視的だったその伝達メカニズムこそは(金価格の引き上げが将来の貨幣供給と物価の上昇を引き起こした)、いつの時代も実際にNGDP成長をドライブしているメカニズムと同じものなのだ。ただ1933年ほどハッキリとはめったには見えないだけなのだ。このエントリは金融経済への私のアプローチを理解してもらうためのベストなものだ―期待を目標とするべきなのである。もちろんフォワードルッキングなIS-LMアプローチを用いても同じ結論を得ることはできるし、ガウティ・エガートソンは2008年のAER論文でそれをしている。私は金価格の引き上げがキーだと論じるところで、エガートソンは実質金利が下がることでインフレ期待が上昇したと論じている。私の見るところでは金価格アプローチの方が実りが多い。1933年の資産市場の動きも金利アプローチよりも金価格アプローチの方が分かりやすい。いずれにしても、両者のアプローチは単純なケインジアンのアプローチ(名目金利)や単純なマネタリストのアプローチのはるか先を行っているようだ。

7. このブログの読者は私が何度も「流動性の罠」について書いてきたのを知っているだろう。ほとんどの人の間違いは、引き締め的な金融政策から低金利へと因果関係を向けている点にある。しかし低金利は金融政策が効かないことの徴候ではなく、むしろ過剰に引き締められた金融政策の徴候なのである。私が知る限り歴史上の事実として起こったゼロ金利状況は、すべて中央銀行がデフレ的な金融政策を行ったときに発生している。IS-IMの枠組は、金利がゼロに近い場合に、金融政策の潜在的効果についてのある種の敗北主義を呼び込んでしまう。これはそれほどわかりにくい話ではない。我々を混乱に引きずり込んだのがデフレ的政策であるならば、将来も金融政策に同じものを期待する理由があるだろうか?

対してクルーグマンの「期待の罠」アプローチにおいては、本当に重要なのは信任であり、インフレ期待(私ならNGDP期待と言う)を引き上げると期待されるような政策が必要なのだとされる。クルーグマンは、ゼロ金利において永続的と期待される貨幣注入は有効でありうるということをはっきりと理解している。しかし彼がもし中央銀行のそのような試みは信頼されない可能性が高いと考えているとすれば、彼はIS-LMを有益でヒューリスティックなデバイスと見ているということだろう。恐らく彼は歴史(1930年代の米国、1990年代から2000年代の日本、そして今)を読んで金融政策の有効性について悲観的になったのだろう。私はその三つの事例から金融政策の非有効性を支持する証拠を見つけられないのだが、彼とは証拠の読み方が異なるのだろう。

8.  日も暮れてきたので、この話題で燃え尽きる前に自分の文章を引用する罪を侵すことにする。以下は David Laidler への感謝を書いたものから。

もし今回の危機が何かを示すとすれば、それは同時に多くの異なる側面から物事を考えることの大切さだ。私はバリバリの理論家に、流動性の罠とは「ズバリこれだ」とか「金融政策は単純にこれだ」言われてたとしてもぜんぜん何とも思わない。いやぜんぜんズバリじゃない。さんざんブログを読んでもらった通りだ。大恐慌および1994-2008の日本の歴史を理解することなしに流動性の罠は理解できない。(私はどちらとも「罠」ではないと論じている)。Fedがどのように働いているか、また、準備金金利はマイナスにもできるのに利息を払うという政策は何を意味しているかを正確に理解してほしい。政策の信頼性の記事で書いたように、我々は市場はどのようなシグナルに信任を見出すかも理解する必要がある。リスク資産の購入を含む非伝統的な公開市場操作の利点と欠点を理解する必要がある。貨幣注入はさまざまな経路を通じて総需要を刺激するということを理解する必要がある。通貨の減価は国際政治の摩擦を起こすことを理解する必要がある。さらに言葉の選択がどれだけ微妙に我々の思考を規定するかを理解するのも有益だろう(例えば罠と言う必要が全くないときに「期待の罠」という言葉を使う)。ぜんぜん「ズバリ」などではない。それは複雑なのだ。数学的に複雑なのではなく、概念的に複雑なのである。

さらに言えば、財政刺激を伴えばFedは2%のインフレ期待を作り出すことができ、信任だけが問題だとするならば、Fedは財政刺激なしでも2%のインフレ期待を作り出すことができなければならない。別の言葉で言うと、ちょうど我々はよくない理由で国家債務を膨らませたばかりだ。

中央銀行が本当にしたいと思っていることをしようとしていることを市場に確信させることができるはずがない、とする根拠はない。もしバーナンキが彼自身が学者時代にするべきだと述べたそのことをしたいと言えば、市場がそれを信じない理由はないだろう。ブログのコメントで、クルーグマンはFedは2%より高いインフレを信任させることはできないだろうと論じていると書いた人がいた。2%はちょっと低い感じがするが、もしそれが本当でも私は構わない。この深刻な不況下では2%のインフレ期待を得るためには少なくとも5%のNGDP成長期待が必要ということになるから。

ゼロ制約を抜け出す「フールプルーフ」な方法はもちろんたくさんある。一つがスヴェンソンやマッカラムらが提案している通貨減価という選択。あるいはCPIやNGDP先物契約目標というアイデア。しかしそれらのアイデアでさえさまざまな理由から政治的に受け入れられないのだとすると、そのこと自体が人々がIS-LMをいかに間違って解釈しているかを示す証拠になる。あたかも、どのような場合に金融政策が有効ではなくなるのかをLS-LMが教えてくれるものだと解釈してしまっていることになる。IS-LMを日本のような国に適用するのは特にまずい。日本は過去数十年通貨が増加していくの行き過ぎと思ったならいつでも止めることはできたのだ。(米国の場合は他国の反対に合うと言う人がいるならば、本当の問題がゼロ金利ではなく金本位制だった1932年に戻ったということだ)

1970年代に私がウィスコンシンで水力工学的ケインズ主義を学んでいた当時、ISおよびLM曲線の傾きは金融政策と財政政策の相対的な有効性を表現するものだと教わった。学部生だった私ですらこれは意味がないと思ったものだ。貨幣注入の大きさは制限しようがないのだから(今でもそう思っている)。数年後、誰もこんな話をしなくなった。そして金利がゼロ近くに落ちてようやく再び話題に上るようになった。低金利は緊縮金融の徴候なのであって、財政と金融拡張の相対的な強さを分析するIS-LMを復活させる時ではないということを人々が理解するといいのだが。

2007年の12月、Fedの金利引き下げが期待以下にとどまり、株価が急落し国債市場における名目金利が3か月物から30年物に至るまで軒並み下落した当時、私はとても心配になった。心配になったのは経済そのものに対してと言うより、タイトな金融が債券利回りを低下させたという明確なシグナルを債権市場は出したにも関わらず、多くの経済学者が金融緩和によって金利が下がったとみなしたようだったことに対してだった。市場はアナウンスの中の予期していなかった部分に反応したのだ。Fedはここから教訓を得たようなので、私は間違っていた。ところで金融ショックというものが通常は「正しい」方向に金利を動かすのは疑いない。しかし、いつも正しいとあてにはできないという点が大事だ。特に一番正しくあってほしい時、すなわち不案内な状況に陥っているときには。

もっともっと書き続けることもできるし、大恐慌についての私の原稿には貨幣の需給に注目したフォワード・ルッキングなアプローチがIS-LMアプローチよりも優れていることを示唆する例をたくさん書いている。誰も読んでいないだろうが。よってこのテーマを設定してくれたブラッド・デロングに感謝だ。私とデロングは金融の伝達メカニズムについてのアプローチこそ異なるが、方法論は似ているようだ。彼もまた多くの金融史の研究をなしており、広く統合的なアプローチを採っていて好感が持てる。

PS. 種種の問題を部分均衡的な見方(金利のモデル、NGDPのモデル、NGDPを物価と実質産出に分割するモデルなど)で観察するミルトン・フリードマンの嗜好を私も共有している。彼がもし今生きていればもっと優れた反LS-LM的な仕事をしただろう。ところで私は今、フリードマンとシュウォーツの書物、 Monetary History についての重要なエントリを書く準備をしている(訳者注: この未訳エントリ)のだが、そのエントリが今回の補足になるだろう。クルーグマンのF&S批判を批評することになるだろう。彼の批評には複雑な気持ちだが、クルーグマンが提起した問題を論じることは、私がどこから来たかを読者が理解するための大きな助けになるだろう。

PPS. 建築家クリストファー・レンはセントポール大聖堂の地下のシンプルな墓に埋葬されている。その墓銘碑はたしかこうだった。「記念碑を探すなら周囲を見回せ」。この偉大な人物と私を比べたいわけではないが、私のブログについても似たようなことが言えると思う。内容はほとんど全部、IS-LMという方法で金融政策を考えることに対する暗なる批判になっている。