マーケット・マネタリズム 第二のマネタリスト反革命(本文) by ラルス・クリステンセン

≪紹介≫

本論文はマネタリズムと呼ばれる経済学の考え方の一つをめぐる議論が活発に行われ、新しい学派が形成される過程を概観するのにちょうどいいと思います。NGDP目標を巡る議論のまとめと言ったほうがわかりやすいかもしれません。個人的興味をもったのは各個人のブログ上で議論が進んで一つの形になっていることでした。日頃、経済論壇を楽しんでいる人にとっては簡単なまとめに、これから知ろうと思っている人にとっては入門的小冊子の位置づけになると思います。
興味がある方は少し長い文章ですが原文を読むことをおすすめします。また、元記事のPDFには引用文献にリンクが貼られていますのでリンクを辿るのも楽しんでください。

※なお、本記事は本ブログサイト道草の投稿者@erickqchanさんにレビューをお願いして協力していただきました。Thanks!

※訳者は本ブログサイトへ初投稿になります。間違い・訂正箇所がありましたら、指摘お願いします。

各種リンク


≪本文≫

マーケットマネタリネズム

第二のマネタリスト反革命

-草稿-

2011年9月13日

ラルス・クリステンセン[1]

要約

マーケット・マネタリズムはブロゴスフィアから誕生した初めての経済学派である。マーケット・マネタリズムは伝統的マネタリズムの見方の多くを共有しているが、伝統的マネタリズムと違うのはマーケット・マネタリズムは政策の道具として及び金融政策スタンスの指標としての貨幣総量の有用性に疑問をもっていることだ。そのかわりに、マーケット・マネタリストは金融政策のスタンスを評価するために市場価格を使用したり、政策の道具として市場価格を利用することを推奨している。(貨幣供給成長に対するルールを提案する)伝統的マネタストと対比して、マーケット・マネタリストは名目GDP(NGDP)水準を目標にするのを提案している。先端的なマーケット・マネタリストの見方では大不況が銀行危機によって起こったのでなくて、むしろ過剰に緊縮的な金融政策により引き起こされたのだという。これがいわゆる大不況のマネタリー病の見方だ。


マーケット・マネタリズムの誕生 ── ブロゴスフィアから経済学派へ ──

いわゆる2008年大不況の発生以後に、新しい経済学派が誕生した。この新しい学派は、マーケット・マネタリズムとして私は言及するが、この危機の原因を把握するために、主流派経済学者や経済論説者そして政策立案者たちの分析の失敗への応答だけでなく危機への政策対応から生まれた。ゆえに、大恐慌を銀行危機としてみる主流派経済学の考え方とは対照的に、マーケット・マネタリストは危機の根幹はロバート・ヘッツェルが「マネタリー病」の見方と名づけたものの中にある。(2009ヘッツェル)。

マーケット・マネタリズムの誕生に際して興味深い要素は、それが第一に経済学のジャーナルで展開される学術記事の成果というわけでなく、むしろインターネット・ブログの成果であったことだ。この点において、スコット・サムナー、ニック・ロウ、デービッド・ベックワース、ジョシュア・ヘンドリクソン、及びウィリアム・ウールシーのブログが、とりわけマーケット・マネタリズムの見方を形成するのに機能した[2] 。ほかのブログも役割を担ったが、通常はこの5人の経済学者がマーケット・マネタリズムの考え方の中心になっているとみられる。6番目の経済学者ロバート・ヘッツェルもマーケット・マネタリズムの考え方において助けになっていると記されるべきだ。ロバート・ヘッツェルは、しかしながら、ブログを持っておらずマーケット・マネタリストたちと同程度に関わっていないが、かれは主なマーケット・マネタリストの何人かの考え方に多大な影響を及ぼした[3] [4]

マーケット・マネタリストはまたクルーグマン(2010)によって(間接的に)つくられた用語「準マネタリスト」としても知られている。たしかにクルーグマン自身はマーケット・マネタリストではないのだが。以下に、私はマーケット・マネタリズムが準マネタリズム以上にこの学派に適していることを論じる。

マーケット・マネタリズムは若い学派なので、マーケット・マネタリストそれぞれが異なる見方をもっているように見えるのは自然なことだ。たしかに私はマーケット・マネタリスト全員が私がマーケット・マネタリズムと呼んでいる全てに賛同することは主張しない。


景気低迷はいつも、そしてどこであっても貨幣的現象である[5]

マーケット・マネタリストの考え方の中心にあるのは、伝統的なマネタリズムと同じように、「貨幣が重要だ」という格言である。ゆえに、マーケット・マネタリズムはインフレーションはいつも、そしてどこでも貨幣的現象であるという見方を共有している。しかしながら、マーケット・マネタリズムはインフレーションよりもむしろ名目GDP成長に焦点を当てていることにも留意しなければならない。確かに、マーケット・マネタリストをブロゴスフィアの中に巻き込んだ大不況期に(アメリカの)NGDP成長は大きく減少した。

マーケット・マネタリストは、概してリーランド・イェガー(1956)及びクラーク・ウォーバートン(1966)のようなオーソドックスなマネタリストがアウトラインとしていたものに沿った貨幣不均衡理論の枠組み内で不況を描写している[6] 。デービッド・レイドラーもまた不況の原因及び一般貨幣伝達メカニズムにおいてマーケット・マネタリスト(とりわけニック・ロウ)の見方を形成する上で重要であった。

金融分析での出発点は貨幣が特異な財ということだ。ここでニック・ロウ(ロウ 2011A)はこの特異な財について次のように書き下している。

「n種の財があり、その中に『貨幣』とよばれるものが含まれているとしても、そこにn種すべての財が取引されていてn個の超過需要の合計がゼロとなるような大きな市場は存在しないとしよう。私たちはそれを『貨幣』財と呼ぶかもしれないが、貨幣ではないだろう。一つの市場の中で価格体系をもった会計の媒体であるかもしれないが、交換の媒体ではない。一つの大きな集中化された市場の中の全ての財が全ての財に対して取引されうる世界では全ての財は支払いの手段である。どの財に対してどの財を用いても支払いができる。貨幣交換経済では、貨幣も含めたn財があり、n-1の市場がある。各市場では、2つの財が取引されている。貨幣は非貨幣財のうちの一つに対して取引される。」

不況のマーケット・マネタリズム理論もここから導かれる。ロウは続けて言う。

「ある市場における非貨幣財に対する超過需要(供給)の価値は貨幣に対する超過供給(需要)と等しくなければならない。各個人(assuming no fat-finger ※余分に欲張りでもなければ?fat-fingerは指が太いので余分に打ち間違うとかの意に使われる。)にとってこれは正しく、特定の市場の中では個人の合計でも必ずそうなる。n-1の市場すべてを足し合わせると、n-1の非貨幣財の超過供給の価値の合計がn-1の貨幣の超過需要の合計に等しくなる。」

言い換えると、インフレも同じであるように不況はいつもそしてどこでも貨幣的現象なのだ。ロウ、再び続ける。

「貨幣不均衡理論では、ある新しく生産された財の一般的供給過剰は、必ず貨幣の超過需要と等しくなる。」

このことはまた金融当局が貨幣需要のいかなる増加も貨幣供給の増加によって1対1で一致することを保証する限り、名目GDPは安定したままであることも意味する[7] 。この見方は金融政策運営におけるマーケット・マネタリストの提案の中心にくるものだ。さらに続けて言う。

はっきりとしているのは、物価と賃金が十分に柔軟であれば、貨幣供給と貨幣需要の不均衡は物価と賃金が即座に変化することで修正される。しかしながら、ニューケインジアンと同様にマーケット・マネタリストは物価と賃金が粘着的だと知っている。

また、マーケット・マネタリストがニューケインジアンと新古典派経済学者の双方が持っている貨幣に関して「常に均衡な」見方に批判的であることも留意が必要だ[8]


市場が重要だ

貨幣不均衡の世界では、金融の状態が緊縮的か緩和的かは直接的には観察できない。しかし、緊縮的或い緩和的な金融政策の結果を観察することはできる。貨幣が緊縮的であれば、名目GDPは落ちる傾向にある。 ── あるいは成長は緩慢である。同様に、貨幣超過需要は株式市場、外国為替市場、商品市場あるいは債券市場のようなほかの市場でも可視化されるだろう。ゆえに、マーケット・マネタリストにとっては、格言は貨幣と市場が重要なのだ。

さらに言えば、伝統的マネタリストと逆に、マーケット・マネタリストは貨幣総量を金融政策の引き締まり方の指標に使用するのには批判的だ。なぜなら、貨幣流通速度は不安定だから。 ── 伝統的マネタリストが考えていたこととは逆のことである。スコット・サムナー(サムナー 2011B)は次のように述べている。

「貨幣総量は金融政策のスタンスの良い指標ではないし、良い政策目標でもない。現在の(貨幣供給の)変化が長期の変動的なラグのある将来(の貨幣需要)に影響を及ぼすかを推定するより、(貨幣供給の)期待された将来の経路の中での現在の変化がほとんどラグなしに、現在(の総需要)に影響を及ぼすかを推定するのだ」

ゆえに、ミルトン・フリードマンが言った金融政策は「長期的で変動的なラグ」と連動して働くという格言とは反対に、スコット・サムナーは金融政策は「長期的で変動的な先行指標」と連動して働くことを論じている(サムナー 2010A)。ゆえに、期待チャンネルが金融政策の効果を理解する鍵となる。

マーケット・マネタリストは基本的に金融理論と金融政策にフォワード・ルッキングな見方をもっていて、彼らは市場は効率的だと言えるし経済主体は合理的期待を持っているのだと考える傾向にある。それゆえ、金融市場の価格形成も現在及び期待される金融政策のスタンスについて有用な情報を含んでいる[9]

マーケット・マネタリストはしたがって資産価格が金融政策のスタンスの最良の ── 間接的ではあるが ── 指標を提供していると結論づけている。マーケット・マネタリストは名目GDP連動の先物取引の価格形成から金融政策を観察できるようにしたいと思っている[10] 。しかしながら、そのような取引は実際には存在せず、その上、マーケット・マネタリストはより広範な金融変数が観察される電子的な方法を使うことを提案している。

一般的に、金融政策が「緩和的」であれば、資産価格は上昇するはずだし、通貨は弱くなり、長期債券イールドは(名目GDP期待が増加するにしたがって)上昇するはずだ。アメリカのような大国にとって、金融政策の緩和はまた商品価格を上昇することが期待されるにちがいない。金融政策が緊縮的なら、反対の状況になる。つまり、低い株価、強い通貨、低い長期イールド及び低い商品価格となる[11][12]

マーケット・マネタリストは、NGDP期待が中央銀行の政策目標より低かったら(高かったら)、「緩和的」(「緊縮的」)な金融政策を歓迎するだけだ。ゆえに、マーケット・マネタリストは市場の指標からのシグナルを比較することで金融分析をしている。その市場の指標は目標が「中心部」(政策目標)からどれだけ離れているかを示している。これは下のチャートで説明する。

≪チャート≫

マーケット・マネタリストによって強調される、この「市場ベースの金融政策」の方法の価値の説得力ある論証は、2010年第2半期の2度目の量的緩和金融政策(QE2)の告知であった。連邦準備制度の1度目の量的緩和は2010年第1四半期に終了したが、アメリカ経済はすぐに弱さを取り戻したことで2度目の量的緩和が正当化されたことは明白であった。連邦準備制度議長ベン・バーナンキはジャクソン・ホール2010年8月27日の演説でQE2を告知した[13]

ここでStルイス連銀総裁ジェームズ・ブラードがどのようにそれを観察したか示す(2011 ブラード)。

「金融市場はフォワード・ルッキングなので、12月のFOMC会議に先立って、政策変更は市場に大きく価格がおり込まれた。QE2の金融市場の効果はまったく従来通りものだ。特に、実質金利は低下し、期待インフレーションは上昇し、ドルは下落し、そして株価は上昇した。長期財務省証券の購入は本質的にリスクフリー実質金利を低下させた。このことで投資家は高い収益を求めてリスク資産 ── 多くはアメリカ株式市場だが、投資クラスとして新興市場の株式や投資対象としての商品も ── に振り替えていくことになる。」

ゆえに、ブラードは、マーケット・マネタリズムの考え方と同じように、市場のフォワード・ルッキングな性質を知っていて、ゆえに金融政策告知の効果を知っている。下のチャートはこれを説明している。

≪チャート≫

ブラードは続けて言う。

「伝統的な金融政策の事例と同じように、金融市場における効果は準備期間から12月の決定までの期間にかけてあり、金融政策の実施後の現実の経済(消費や雇用など)への効果は6ヶ月から18ヶ月に及ぶと期待される。」

実際、アメリカのマクロ経済データへの効果は非常に素早く、ゆえに金融政策は「長期で変動的な先行指標」と連動し「ラグをほとんど生むことなく」総需要への効果があるというスコット・サムナーの見方を支持することになる[14]

そういったわけで、QE2の相対的な成功によって、ジェームズ・ブラードの次のような結論には驚かない。

「量的緩和の実績が表れると、金融政策は名目金利がゼロ制約にあるときでも効果がありえる。QE2は金融政策の古典的な緩和として成功した。金融市場で行われたことはまさに標準的で積極的な金融政策の緩和であったかのようだ。私の見解では、大量の購入をともなう独立して分離された決定よりも、ルールのようなアプローチが好ましいのだが、マクロ経済及び金融の状況に応じた量的緩和の効果はFEDが政策金利がさらに下がりえない時も安定化政策の実行のために大量の弾薬[手段]を持っていることを表していた。」

ジェームス・ブラードはこのことにおいては確かにマーケット・マネタリストのようだ[15]


ネオ・ウィクセリアン分析への反対

主流派経済学者そしてとりわけニューケインジアン経済学者は金利を金融政策の中核におく。さらには、中央銀行は多くの場合、金利フレームワーク内で金融政策を公式化する。マーケット・マネタリストは ── 伝統的マネタリストのように ── 金融政策と金融分析へのこうしたアプローチにはとても批判的であり、ニック・ロウはネオ・ウィクセリアン分析という用語を当てた(ロウ 2009)[16]

マーケット・マネタリストは金利を金融政策の「引き締まり方」の目安として利用することにとりわけ異を唱えた。スコット・サムナー(サムナー 2009)は、例えば、しばしばミルトン・フリードマン(フリードマン 1997)を引き合いにだす。

「低金利は一般的に貨幣が引き締まっているサインである、日本でのように。高金利は貨幣が緩和的なサインである。アメリカでの、大恐慌、1970年代のインフレーション・金利上昇、1980年代のディスインフレーション・金利低下などの経験をふまえて、タイトマネーを高金利と同一視したりイージーマネーを低金利と同一視する誤謬について考えた。明らかに、古い誤謬はいまだに死んでない。」

こうした見方は、低金利が緩和的金融政策とみなされ金融政策の分析に重大な影響をもつという広く知られているニューケインジアンの正統的な学説とはっきりと対立する。ゆえに、結果として、任意の金融政策決定が拡張的、収縮的、中立のいずれかであると評価するとき、マーケット・マネタリストは長期債券イールドが政策の告知で上昇するのか低下するのかを評価するだろう。マーケット・マネタリストは債券イールドの上昇(低下)を政府が拡張的なサインだと見るだろう。そのサインは長期債券イールド上昇[(低下)]はインフレ期待の上昇(低下)を反映しているので政策が拡張的[(緊縮的)]だということをあらわしている。これと反対に債券イールドが上昇することは企業と家計の資金コストが増加し、さらには国内需要を減少させるという従来通りのケインジアンの立場になる。

一般的に、マーケット・マネタリストは唯一の金融政策の機能として金利に焦点を当てるニューケインジアン/ネオ・ウィクセリアンにとても批判的だ。ゆえに、サムナー(2010B)は「金融政策は短期金利の変化だ。」ということは間違いだと述べ、「短期金利を変化させることはまさに金融政策の多くある効果のうちの一つだ」だと述べている。そうした政策の一つは、中央銀行が国債もしくはほかの資産を購入する金融緩和ではないか。べつの代替的な政策としては、中央銀行が通貨市場に介入すること、など。

ニック・ロウ(2009年)は現代マクロ経済理論と金融政策の運営が金利に集中するようになる理由は現代の経済学者が(誤解して)「貨幣」を金融政策からとりあげたからだと主張している。以下にロウの主張を引用する:

「金利がゼロに近づき、中央銀行が「非伝統的な」金融政策を考えると、ネオ・ウィクセリアンの金融政策の視点は穴の開いたスクリーンに向かった[つまり、節穴になった]。非伝統的金融政策について経済学者が考えていないのが主な理由だ。彼らの頭の中を占めているネオ・ウィクセリアンのパラダイムは非伝統的金融政策については何も言うことができない。私たちは、古い、半ば忘れられた考え方に立ち戻らなければならない。おそらく、金融政策に関して考えるにあたって「暗黒時代」があるのだ。過去10年金融政策での支配的なパラダイムはネオ-ウィクセリアンの視点であった。金融政策は中央銀行が短期名目金利を設定することにあるといった視点である。お好みであれば、貨幣需要関数を加えることで、(ネオ・ウィクセリアン)モデルに貨幣をを加えることはいつでもできる。だが、そのことが何かをするわけでもない。貨幣量は、モデルの外で決定される金利、物価、所得の水準によって人々が保有したい貨幣量で、貨幣需要が決定されるだろう。貨幣は5番目の車輪なのだ。つまり、付帯現象なのだ。ほかに何も変えなくても貨幣をモデルから消去することができる。標準的な金融政策のモデルは、言い換えると、貨幣についてまったく何も言ってないのだ。「M」はモデルの中にあらわれない。デービッド・レイドラーが書いているように、「ゴーストのいないハムレット」のようなのだ。「量的緩和」は貨幣量Mがあらわれないモデルを使用していると理解されないこともある。私たちの頭は量的緩和を扱えない、なぜなら疑問の中にある貨幣数量はもうすでに自分たちの頭の中にないからだ。」

ロウは続ける。

「非伝統的金融政策についての唯一の考える方法は、主要なネオ・ウィクセリアンのパラダイムにおいては、インフレ期待を作りだす中央銀行に関して考えるということだ。このことで(名目金利がゼロに張り付いているので)実質金利を低下させ、消費と投資需要を増加させる。しかし、これは役立たずなアドバイスだ。なぜなら、中央銀行がインフレ期待をつくりだす現実のメカニズムはないからだ。役立たずな金利のレバーを押すことだけができるが、金利は既にゼロに張り付いているのだ。」

これに続いてロウは金融経済の反革命をよびかける。

「我々は古い早期の考え方に立ち戻る必要がある。金融政策は貨幣ストックを変化させることに関するものだ。金融政策の目的は、不況においては、貨幣超過供給をつくりだすことだ。人々は中央銀行に売ったものと交換して貨幣を受け取る。なぜなら定義による貨幣は交換の媒体だからだ。しかし、人々はそういった貨幣をすべて保有したいわけではない。いやむしろ、中央銀行の目的は非常に多くの物を買うことにあるので人々は交換のために一時的に受け取る貨幣を保有したくない。貨幣超過供給は手から手に渡されていく熱々のポテトだ。貨幣は使われるときには消滅しない。貨幣はほかの市場にこぼれ出し、そうした他の市場で商品と資産の超過需要をつくりだし、価格と数量をを増やしていく。そして、人々が余分な貨幣ストックを保有したくなるのに十分なだけ数量と価格が増加するまで、貨幣は数量と価格を増加させつづける。」


金利は貨幣の価格ではない

経済学者と素人の間にあるごくありふれた誤謬は金利を貨幣の価格とみるということだ。しかしながら、マーケット・マネタリストはこの認識に強く反対する。スコット・サムナーは大文字で次のように綴っている。「金利は貨幣の価格でない、金利は信用の価格である」(サムナー2011C)。一方で、貨幣の価格あるいはむしろ貨幣の価値はは貨幣が買うことができるものによって定義される。つまり財である。ゆえに、貨幣の価格はそのほかのすべての財の裏返しになる。 ── たとえば、消費者物価の裏返しにしている。

このことは貨幣と信用の違いを強く強調したブルナー&メルツァー(1997)あるいはイェガー&グリーンフィールド(1986)のような伝統マネタリストの見方と一致する。ウィリアム・ウールシー(2009B)は、リーランド・イェガーを直接引用しながら、貨幣と信用の重要な違いを書きだした。

最初に、彼は貨幣を定義する。

「貨幣は交換の媒体だ。貨幣の数量とはある時点で存在している貨幣量(額)だ。貨幣需要は人々がある時点で保有したい貨幣量(額)だ。貨幣を保有することは消費することではない。」

それから、彼は信用を定義する。

「信用の供給量は人々がある期間に貸し出したい資金量(額)だ。信用の需要量とは人々がある期間に借りたい資金量(額)だ。」

さらに、ウールシーが次のように述べている。

「信用の供給の増加は貨幣数量の増加と同じことではない。信用の供給が増大している期間に、新しい貨幣が貸し出され貨幣数量が増大することはあり得るが、貨幣数量が増加しない信用の供給もあり得る。家計あるいは企業による新発社債の購入は、たとえば、貨幣数量を追加することなく信用の供給を追加する。」

最後に、ウールシーは「貨幣需給と信用の需給には関連がある。しかし、貨幣と信用は同じことではない。」ことや「貨幣経済の最初のルールの一つは貨幣と信用を決して混同しないことにある。」ことを承知していると言っている。

マーケット・マネタリストはアメリカを大不況から引き上げるのを助けるために量的緩和を求めているが、彼らは連邦準備制度議長のバーナンキのリーダーシップによる実際のQEには批判的である。これは連邦準備制度が実施しているQEは、貨幣供給の拡大よりも、むしろ信用市場の機能に集中し過ぎていると考えているからだ。さらに悪いことに、連邦準備制度は明確な名目目標を欠いている。


流動性の罠の誤謬

上述の金利推定の話と整合する上記の金利論の流れに沿うのが、マーケット・マネタリストによるいわゆる流動性の罠の否定だ。

ほとんど毎日、金融メディアは金利がゼロ近傍なので中央銀行は弾が切れている[やることが尽きた]という経済的主張を引き合いにだす。いわゆる流動性の罠のことだ[17] 。マーケット・マネタリストは金利がゼロ近傍では金融政策は効果的でないという認識に強く反論する。もし過去二年間、たった一つのテーマがマーケット・マネタリストのブログを支配していたとするならば、それは、金融政策は名目GDPや物価水準のような名目経済変数に影響を及ぼすという意味で非常に効果がある、ということだった。マーケット・マネタリストは流動性の罠を信じていない。これは伝統的なマネタリストの教えとも一致する。(例として、フリードマン 1997)。

流動性の罠へのマーケット・マネタリストの批判の中核にあるのは、従来型のニューケインジアン・モデルが、経済にはある一つのタイプの資産だけしか存在しないと仮定しており、それが金利の支払いがある債権だということだ。サムナーは次のように言う。

「ケインジアンモデルの中のにある欠陥は、T-bond(米国債、長期財務省証券)の価格だけは柔軟で、賃金と物価は粘着的だと仮定することにある。しかし、ほかに柔軟な資産価格もつものも多くあるし、ゼロ制約がない資産価格をもつものも多くある。これらには金(ゴールド)や銀のような商品、株式そして外国為替が含まれる。」

故に、金利がゼロであっても、中央銀行によるたとえば金(ゴールド)、株式の購入や外貨投資を妨げるものは何もない。それらはすべて(貨幣需要と比べて)貨幣供給の成長を加速させ、それによって名目所得とインフレーションを加速するのに使うことができるから。これは実際に量的緩和(QE)とよばれているものだ。

ウィリアム・ウールシー(2010A)はサムナーと同じ論調で論じた。

「もちろん、独立した(訳注:元本から)金利はないし、ゼロ近傍の名目金利は珍しい。中央銀行がこうしたゼロ近傍の証券ののみの購入しかできないと制限されたら、多くのニューケインジアンの議論につながる。しかしながら、連邦準備制度はあらゆる資産を購入しているし、それらはすべてゼロ以上の名目金利をもっている。また、問題が低い貨幣支出以外のことなら、より大量のそういった資産の購入が必要かもしれない。Fedが貨幣支出をトレンドに戻すために現在プラスの名目イールドをもつ証券をどんな数量であれ購入することについてコミットしているのであれば、限られた量の購入だけで実際には済むだろう。高い期待インフレも低い実質金利も必要ないだろう。」

結論をいうと、マーケット・マネタリストは、中央銀行が、たとえば、債券を買うことによって量的緩和をいつでも実施できるので、中央銀行はゼロ近傍の金利で制限されるとは考えていない。しかし、マーケット・マネタリストはQEの効果が債券イールドの下落になるとは期待してないことを留意すべきだろう。むしろ、効果的なQEはインフレ期待と押し上げ、その結果として長期債券イールドを押し上げるので、政策が施行された場合、マーケット・マネタリストは実際は債券イールドの上昇を期待する[18] 。これがまさにアメリカ連邦準備制度が2008年後半の最初のQEを告知したあとに、そして2010年下半期の2度目のQE(QE2)の告知のあとに起きたことである。

QEは主として金利の影響を通して働かないが、「大衆が保有を望むよりも多くの現金を経済へ投入することを通して働く。こうした超過(実質)現金残高を取り除く唯一の方法は、財、サービス及び資産に現金を使うことであり、したがって総需要を増やすことにある」(サムナー 2009B)。

ゆえに、サムナーのQEの捉え方は、上記で引用されたニック・ロウの貨幣不均衡理論とよく整合がとれている。流動性の罠を抜け出す方法に加えて、金融政策への「貨幣の価格」アプローチにも言及している。「この見方によると、金(ゴールド)のような商品の値段や外国為替の値段をみて貨幣の価格を下げることでインフレーションを起こすことがいつも可能でなる。貨幣の価格アプローチはとても効果的なので、ラルス・スヴェンソン[19] はこれを流動性の罠からの『フールプルーフな』[シンプルで確実な]脱出と呼んだ。」

マーケット・マネタリストはニューケインジアン(及び伝統的ケインジアン)とはかなり違った金融政策の貨幣伝達メカニズムの考え方をもっている。ケインジアンは金融政策は投資や個人消費に影響する金利を動かすことと見ているが、マーケット・マネタリストは ── 伝統的マネタリストと同様に ── 現金残高効果を強調する。別の言い方をすると、貨幣はケインジアン・モデルのように金利を介して間接的に影響するというよりは、消費と投資に直接影響する[20]


拡張的交換方程式:BmV = PY

マーケット・マネタリストが金融政策のスタンスに対する指標に(単独で)貨幣総量を利用することに懐疑的な事実は交換方程式を棄てたことを意味しない。交換方程式(MV = PY)はいつもマネタリストの分析の中心にある。とくにジョシュ・ヘンドリクソン(2010)とデーヴィッド・ベックワース(2009)は彼らが拡張的交換方程式と用語を当てたものに取り組んでいる。

ベックワースの言葉で次のように言った。ちなみに彼は伝統的交換方程式 MV = PY から出発している。Mは貨幣供給、Vは貨幣流通速度、そして、PYは名目GDPを表す。

「それで、この恒等式がこの危機について伝えていることは何か?この質問に答えるためには、我々は最初に恒等式を少し拡張する必要ある。そうするためには、貨幣供給はマネタリーベースBと貨幣乗数mでつくると書くか、

M = Bm

と書く。次に、これを以下のの式を得るために交換方程式に代入する。

BmV = PY

と書く。

ここで、名目支出のソースがマネタリーベース、貨幣乗数、貨幣流通速度だという恒等式を得る。この恒等式を手にすると、過去1年の名目支出の劇的な減少に対するこれら3つのソースの寄与度を評価できる。」

それからベックワースは2008年のアメリカにおける拡張的交換方程式の左側の分解にとりかかる。この分解で彼は次のような結論に至る。

「この数字は貨幣乗数と貨幣流通速度の低下がともに名目GDPを押し下げていたことを示す。貨幣乗数の減少は次のことを反映している。(1)金融仲介の減少に導いた預金制度の問題と(2)Fedが超過預金準備に支払う金利、の両方である。貨幣流通速度の低下はおそらく不況下での不確実性によって創り出された実質貨幣需要の増加の結果だ。この数字はまた連邦準備制度がマネタリーベースを著しく増やしたことも示していて、ほかのすべての数字が同じなら名目支出を押し上げるはずだ。しかし、貨幣乗数とマネタリーベースの動きはお互いをほとんど相殺しているように見えるとおり、ほかのすべての数字は同じでない。したがって、結局のところ、名目支出の落ち込みを加速させる貨幣流通速度の下落(言い替えると実質貨幣需要の増加)だったようだ。」

ベックワースは続ける:

「(この)貨幣流通速度のはっきりとした落ち込みがマネタリーベースと貨幣乗数の変化がお互いを相殺している2008年後期と2009年前期の名目支出の落ち込みの中心的に寄与したようだ。マネタリーベースの最大の急増加は貨幣乗数が最大に落ち込んでいる同時な四半期(2008年第3四半期、2008年第4四半期)に起きていることがはっきりしている。もしこのFedの超過準備への付利が貨幣乗数低下の主因だったとして、またFedはインフレーションの上昇なしに大量の信用緩和を可能にする(言い替えると、トラブルのある資産を買い上げ、スプレッドを下げる)ためにこの新手法(超過準備付利)を使ったのならば、Fedのタイミングは申し分なかった。不幸なことに、Fedは信用緩和プログラムで貨幣供給を不安定にするのを防ぐのに非常に集中していたので、実質貨幣需要(言い替えると貨幣流通速度)の発達[増加]を見逃すか、過小に見積もっていたように見える。結果として、名目支出は収縮した。」

ゆえに、ベックワース-ヘンドリクソンの拡張的交換方程式によって、2008年と2009年の名目GDPの暴落で連邦準備制度が担った役割を説明ができるし、マーケット・マネタリストの推定と一致しているので連邦準備制度が危機の発展においてイノセントだ[罪がない]ということとは程遠いものになる。このことに関してはさらに以下で説明する。


Fedが大不況を引き起こした

「私見では、大不況の理由はシンプルだ。連邦準備制度は貨幣超過需要が増えることを容認したために、GDPは大安定期からの成長経路から14%下落した。」

ウィリアム・ウールシー(2011)とほかのマーケット・マネタリスト・ブロガーはそう見ている。連邦準備制度は名目GDPの落ち込みについて、大いに批難されるのだ。

大不況のマーケット・マネタリスト理論は、日本のデフレ問題(フリードマン1997)でのフリードマンの見方に似ているだけでなく大恐慌の原因に関するフリードマンの理論(フリードマン&シュワルツ 1963)にとても似ているという意味で本質的にフリードマン的なのだ。

これはロバート・ヘッツェルが彼の2010年の論文「2008-2009年の不況期の金融政策」で大不況についての金融不全ビューと呼んだものだ。ヘッツェルの論文は危機時のマーケット・マネタリストのABC[イロハ]が説明されている。さらに続けて、スコット・サムナーもまた「危機の診断:本当の問題は実質ではない、名目なのだ」(サムナー 2009A)の中で危機時のマーケット・マネタリストの理論を展開している。

金融不全ビューに関する主要な議論は、一般的な認識とは逆に、アメリカの金融政策が2008年と2009年で緩和的でなく、むしろ貨幣超過需要が著しく増加しているので金融緩和はひどく緊縮的だったというものだ。

スコット・サムナー(2009A)によると。

「2008年後半の貨幣はとても緊縮的だという私の議論ではじめましょう。多くの経済学者はFedは2008年後半は極端に緩和する政策を採用したと仮定した。そうかもしれないが、私はその仮定に対しての説得力ある議論をまだ見たことがない。Fedが金利を2008年のとても低い水準に目標金利を切り下げたことを指摘する人はいる。そういった仮定は(1938年に)ジョアン・ロビンソンがドイツの金利は低くなかったので緩和的な貨幣がドイツのハイパー・インフレーションを引き起こさなかったという議論したときと何か違うのか?」

サムナーは続ける。

「金融政策のスタンスの指標として名目金利をいまだ使っているなんて、我々はホントに21世紀にいるのか?フリードマン&シュワルツ(1963年)は金利は金融政策においてはとても弱い指標だと説明した。1930年代前半、Fedはちょうど2007-08年と同じくらい割引率を切り下げたが、そして今日では大収縮期は貨幣は緩和的だったと信じる者はほとんどいない。」

サムナーはミシュキン(2007年)を引用して続ける。

「金融政策を緩和するか緊縮するかを短期名目金利の低下あるいは上昇といつも関連づけるのは危険なことだ。」

これは明らかに上記で論じたようにマーケット・マネタリズムの核心にある。金利は私たちに金融政策のスタンスについてほとんど何も言わないし、したがってアメリカの金融政策が2008-09年に多少なりとも緩和的だという結論は間違っている。むしろ、マーケット・マネタリストは金融政策が今まで以上にとても緊縮的になり、そしてあまりにも引き締めすぎていると論じている。

大不況のマーケット・マネタリスト理論での多くの議論はリーマン・ブラザーズの破綻が果たした役割についてだ。。多くの経済学者、政策立案者そして論説者は自動的に2008-09年の経済活動の急激な落ち込みの理由はリーマン・ブラザーズの崩壊の直接の結果だと仮定している。しかし、サムナー(2009A)は次のように論じている。「多くの経済学者が仮定していることとは反対に、緊縮的な貨幣がすでに2008年8月までに経済を悪化させている。リーマンの失敗の後、多くの経済学者は単純に原因は金融危機から需要の落ち込みに変わっていったと仮定した。これで因果関係が逆になってしまった。- 大恐慌では、経済の弱さが銀行のバランス・シートを悪化させ、2008年後半の金融危機を増大させたとのだ。」

リーマン・ブラザーズの破綻は経済システムに深刻な衝撃を与えたが、大不況の本当の原因は連邦準備制度が貨幣超過需要の急増を容認し金融政策が著しく緊縮的になっていたことだ。

サムナーによって論じられているように:

「株式、商品、そして工業生産の2008年後半の同時的な落ち込みは1929年後半と1937年に不気味なまでに酷似している。これら3つのクラッシュの全ては金融政策の失敗が投資家に何年も先の名目成長の期待を著しく萎縮させたことで起きた。三回のクラッシュの後にはいずれも過去100年でもっとも深刻な収縮が続いた。政策の信頼を物価や名目GDPに対する明確な目標軌道で保つことが重要だということは言い過ぎだということにはならない。」

ゆえに、市場は金融環境がひどく緊縮的であることをはっきりと伝えていたが、政策立案者はこうした明確なシグナルへ反応しそこなった。なぜなら彼らは総合インフレ率が上昇し始めたことと、金利が「低い」という事実に注目したからだ。

サムナーは金利以上に資産価格が金融政策のスタンスについて重要な情報を含んでいると論じている。2008年の6月から12月までの期間をみながら、サムナーは次のように言っている。

  • 株式市場はクラッシュした。
  • 商品価格はクラッシュした。
  • 物価連動型債券イールドは上昇した。
  • 従来型/物価連動型債券イールドスプレッドはネガティブになった。
  • ドルはユーロに対して上昇した。

サムナーの結論を下敷きにすると「貨幣は2008年後半は過剰に緊縮的だった」ということだ。

マーケット・マネタリストは不況のサインはリーマン・ブラザーズの崩壊前にはっきりしていたが、それにも関わらず世界中の中央銀行は金融政策を緩和するように動くことをとても嫌ったと論じている。たしかに、ECBは主要な政策金利を2008年6月に4.25%まで引き上げている。 ── リーマン・ブラザーズ崩壊のほんの数ヶ月前だ。しかしながら、2008年10月のリーマン・ブラザーズ崩壊に続き、世界中の中央銀行は金利カットし始めた[around the wordだったけどaround the worldと読み替える。誤字or脱字かなんか?]。しかし、金利はゼロに近づき、中央銀行家は金融政策は今「調節済」と結論を出した。もちろん、マーケット・マネタリストは金融市場はかなり異なる物語を伝えていると言っただろう。金融政策が過度に緊縮的だった結果、経済活動は急落したのだと。

金融政策が「過剰に緊縮的」になるように認められる理由はマーケット・マネタリストによると連邦準備制度の信頼が崩壊したことにある。1980年代半ばから大不況が起こるまでの大安定期として知られるようになったものが続いている間、アメリカの金融政策は連邦準備制度があたかも長期名目GDP成長率を事実上5%にしていたかのように運営されていた。そのフレームワークではインフレーションやNGDPのような名目経済変数への期待がうまく据え付けられていることを保証した。また、そのフレームワークは大安定期における前例のない経済及び金融の安定を保証した。しかし、ヘッツェルがLAW(風に身をまかせる)と名づけたこの金融政策のフレームワークは、2008年のどこかで市場参加者が連邦準備制度が5%近いNGDP成長率を保証しないことを認識しだしたときに事実上崩壊した(ヘッツェル2009及び2010)。長期インフレーション(いわゆるTIPSで測定した5年5年ブレークイーブンインフレ)の市場期待の深刻な落ち込みがこのことを良く示している。

そんなわけで連邦準備制度の信頼は2008年になぜ崩壊したか?マーケット・マネタリストは連邦準備制度が、ほかの多くの中央銀行とちがって、金融政策の運営に対して明確な目標をもっていないことを強調している。サムナー(2009A)は論じている。「将来の金融政策と総需要の期待は、現在の需要に影響がある。何年も先まで続く明確な価格水準あるいは名目GDP経路は2008年後半の期待を安定させるのを助けただろう。」さらに、有力なニューケインジアンのドグマがアメリカやその他の場所の中央銀行の間に、金利はゼロに近づいたのでこれ以上何もできないという感情を引き起こしたことも重要だ。マーケット・マネタリストは連邦準備制度が貨幣需要の上昇に対抗しゆえに不況の規模を真面目に小さくする大量の「弾薬」をもっていたと論じている。

サムナー(2011D)はまた哲学的な回答も提供している。

「歴史を通して、わずかな経済学者だけが金融刺激策の信じられない力(ゼロ金利であっても)を直感的に把握し、NGDPが不十分なときの金融刺激策の必要性を理解していた。アーヴィン・フィッシャーはその一人であり、ミルトン・フリードマンは別の一人であった。多くの人々が金融政策の力に気づいている。多くの人々が刺激策の必要性を理解している。しかし、ほとんどの人は両方をみていない。また、だから私たちは今こんな状況にいるわけだ。」

Fedの信頼の崩壊に付け加えて、銀行によって連邦準備制度に保有されている準備預金への(プラスの)金利を導入するためになされた2008年10月の連邦準備制度の決定が金融収縮を悪化させるとマーケット・マネタリストは強く言っている。なぜなら、その決定は貨幣乗数のさらなる減少につながるからだ。デービッド・ベックワースは、とりわけ、金融政策の危険性を早くから観察しており、1936-37年の2番目の大恐慌の際に連邦準備制度によってつくられた政策的間違いと比較した。ベックワース(2008)。

「2008年の今、Fedは準備預金を突如増やしたりはしなかったが、超過準備への付利は明確に始めた。Fedは、ちょうど1936-37年にやったことと同じように、銀行がさらなる超過準備を保有するインセンティブを増やした。結果として、貨幣乗数や(流動性預金[MZM、money of zero maturity]で測定できるような)広範囲な貨幣供給に同様な減少がみられた。Fedの到達目標が経済の安定にあるのなら、この政策の動きは、1936-37年の準備預金の増加と同じように逆効果にみえる。」

その後続く事象がはっきりとベックワースが正しいことを証明した。連邦準備制度が超過準備への付利を行っていなかったら金融ショックは著しく小さく済んだはずである。

最後に、アメリカの4大支出クラッシュと題されたベックワース&ヘンドリクソンの画期的な計量経済学的研究(2011)では、拡張的交換方程式を下敷きにして、大不況についての金融不全ビューに強力な実証的サポートを提供している。ベックワースとヘンドリクソンはとくにFedで保有する銀行の超過準備への金利の導入をする連邦準備制度の決定がきっかけとなる貨幣乗数の下落の重要性をとくに強調している。


ラルス・E・O・スヴェンソンと2008年以後のスウェーデンの金融政策への称賛

マーケット・マネタリストは概して大不況期の世界の多くの中央銀行のパフォーマンスに批判的だが、スウェーデンの中央銀行リクスバンケンの金融政策はマーケット・マネタリストからの称賛を受けている。

リクスバンケンはマーケット・マネタリストによって示されるNGDP水準を目標にしていない(下記でわかるように)が伝統的インレフ目標の中央銀行だと強調されるはずだ。しかし、マーケット・マネタリストは、何であれ、アメリカやEU圏のNGDPとは異なり、スウェーデンのNGDPが比較的迅速に危機前の経路に戻るのを保証するような大不況へのリクスバンケンの政策の対応を誉め称えている。

マーケット・マネタリストはとりわけスウェーデンの政策対応の3つの側面をとりあげる。

スウェーデンのマネーベースはGDPの25%まで押し上げられた。対比して、連邦準備制度はアメリカのマネーベースをGDPの15%まで増やした。

連邦準備制度は連邦準備制度への銀行の準備預金に金利を支払ったのと同時に、緊急的措置としてリクスバンケンは実際に準備金への負の金利を実行した。

最後に、連邦準備制度と異なり、リクスバンケンははっきりと金融政策の目標を宣言し、インフレ目標をおいた。マーケット・マネタリストがインフレ目標をNGDP水準目標より劣るものとみなしてはいるものの、Fedの「無目標」政策よりはインフレ目標を支持している。

勿論、注意事項はある。スウェーデンの経済はアメリカ経済より著しく小さく、そして開放的だ。スウェーデンの金融緩和の多くは、最初に行ったスウェーデン・クローナの非常に大きな切り下げの結果だった。いずれにしろ、スウェーデンの事例は金融政策がゼロ近傍の金利で効果的でないということからは程遠いことを説明している。

「スウェーデンの物語」の中のもう一つの構成要素は、2007年以来スウェーデンの中央銀行副総裁の座にいるラルス・E・O・スヴェンソンがスコット・サムナーにとっては特別にヒーローか何かだということだ[21] 。サムナーは経済学理論への2つのスヴェンソンの貢献を特に強調するのを好んでいる。最初に、スヴェンソンは中央銀行は「期待を目標にする」べきだと論じている。言い替えると、中央銀行の(インフレーションに対する)金融政策目標は政策見通しとイコールにするべきだ。イコールでないなら、政策は見通しと政策目標がイコールになるように調整すべきだ。マーケット・マネタリストは「市場見通し」を好んでいるが、2番目の解決法がフォワード・ルッキングな金融政策であると知っている。そのときの金融政策は中央銀行「組織内の」政策目標の見通しをベースにしたものだ。

二つ目に、スコット・サムナーはスヴェンソン(2000)のセミナー論文「開放経済のゼロ制約:流動性の罠から脱出するフールプルーフな(簡単で安全な)方法」を強調し、その論文は為替レート政策が流動性の罠を「脱出」するのに使われる可能性があることを示している。これはマーケット・マネタリストの推定と十分に一致している。

流動性の罠からの「安全な」脱出について、スウェーデンの経済史は、マーケット・マネタリストによって強調されている為替レート政策が流動性の罠を脱出させることが可能な事例を提供している。ゆえに、1931年、スヴェーデン当局は独自に物価水準目標をベースにした金交換レート・レジームを導入した。このレジームは他の多くの工業国に先駆けて大恐慌からスウェーデンを引き上げるように機能した[22]


貨幣供給目標からNGDP目標へ

伝統的マネタリスト(フリードマン 1960)は物価水準あるいはインフレーションを安定化させるための貨幣供給成長の様々な形式のルールを支持したが、マーケット・マネタリストは一般的に何らかの形のNGDP水準目標を支持する[23]

スコット・サムナーは、[ブログではない]ほかの場所でNGDP目標の事例を「NGDP目標の事例 ── 大不況からの教訓」(サムナー2011D)の中で展開した。その中で彼は基本的な実用的[24] 側面からNGDPのアドバンテージについて力強く論じている。

2011年の論文で、スコット・サムナーはNGDPに関する数多くの議論を発表している。彼やほかのマーケット・マネタリストがNGDP水準目標を貨幣供給成長ルールより支持する大きな理由は、マーケット・マネタリストが概して貨幣流通速度は金融政策のルールのベースになる貨幣数量の目安に対して十分に安定しているとは考えていないことにある。大雑把に言えば、マーケット・マネタリストは交換方程式[25] の右側の水準に目標を置きたいのであり、伝統的マネタリストは(一定の貨幣流通速度を仮定して)交換方程式の左側の成長に目標におくことを支持するのだ。

もっとも重要なのは、金融政策が長期的な名目変数にだけ効果があるということだ。 ── そして、実質変数ではないのだ[26] 。しかし、伝統的インフレ目標は基本的にインフレーションと実質GDP(RGDP)成長を「分離」しようとする。サムナーは次のように述べている。「名目GDP目標は、2つの分離した目標を狙わなければならないような混乱する状況に中央銀行を置かないで、インフレーションと産出の安定の両方を目指す方法を提供する。」このことはまた中央銀行が原油価格ショックや生産ショックのような供給ショックへ「不規則な」反応をしなければならないことを言っている[27]

マーケット・マネタリストがNGDP成長よりむしろNGDPの水準経路を目標におくことを支持しているのが鍵となる。典型的には、マーケット・マネタリストは、たとえば、5%の固定された成長をともなったNGDPの水準経路を中央銀行が目標にするという意味において「動く指標」を支持する[28]

NGDPの年間成長よりも水準を目標にするアドバンテージはルールが「経歴」を持つからで、中央銀行が年間目標を「見過ごしたり」(「達成しなかったり」)したら、次の期間でそれを埋め合わせなければならないだろう。これは貨幣供給成長ルールやインフレターゲットの「許す」ルールとは逆である。つまり、インフレ目標の場合は年間でオーバーシュートした場合に中央銀行はその次の年に「お返し」はしない。水準目標はさらに成長ベースルールよりも良好にGDPへの長期期待におもりをつける。NGDP目標は短期的な変動を減らすであろうことも重要だ。成長が短期で目標を下回ったときに、より早い回復が図られると人々は期待するからである。

マーケット・マネタリストは深刻な貨幣不均衡もなくさらには大きなマクロ経済混乱もない年あるいは期間のNGDPを「出発点」として提案している。アメリカに対しては、マーケット・マネタリストはそのような期間としてNGDPがおよそ5.0-5.5%くらいで比較的安定して成長しており、NGDPに対する潜在経路からの年間の収束が比較的小さい大安定期を参考にする。しかし、NGDP安定期は2008年に終わり、それ以来NGDPはNGDPの「古い」経路より下に落ち込んでいる。マーケット・マネタリストは連邦準備制度がNGDPの「古い」経路をベースにしたNGDP水準目標を実行し、さらに著しい金融緩和が古い経路にNGDPを引き戻すためには必要とされることを力強く論じている。これはまた短期のインフレの著しい上昇を示すかもしれない。 ── あるいは示さないかもしれない(NGDPの増加が多くがRGDPを通して起こるのなら)。 ── しかし、マーケット・マネタリストはそれは恒久的な高インフレーションではなく、単に連邦準備制度がNGDPの「未達成」を事実上埋め合わせることだと強調している。[29]

今まで、マーケット・マネタリストは代替目標や無目標と比較して「よく機能する」という意味で「実践的な」基盤をベースにNGDP水準目標の議論を多くしてきた。しかしながら、NGDP水準目標には深い理論的基礎がり、哲学的基礎でさえ論じえるかもしれない。その点で、ジョージ・セルギン(1988)やデーヴィッド・グラスナー(1989)のようなフリーバンキングの理論家が言及されるのだ。セルギンは彼の業績「フリーバンキングの理論」の中で、民間金融保険を備えたフリーバンキングの完全競争モデルは貨幣供給は十分弾力的なので、貨幣供給の対等な増加によっていかなる貨幣需要の増加も満たされるし、均衡NGDPの増加は安定するだろうと言っている。従って、厚生理論的な視点からはNGDP水準目標を設定した中央銀行は、完全競争フリーバンキングモデル下における市場の結果に「匹敵する」と言うことも可能である。

デービッド・グラスナー(1989)は ── アール・トムソン(1982)に触発され ── 賃金指標がNGDP水準の代わりに目標として設定される、もう一つのフリーバンキング・モデルを提案した。現実的に、名目賃金指標が目標設定されるか、NGDP水準が目標設定されるかはおそらく実用的な違いはあまりないだろう。賃金指標を目標設定する提案はホートリー(1932)までさかのぼる。

金融政策においてどのようなマクロ経済目標をターゲットとすべきかとは別に、その政策のをどうやって実施するかという問題もある。ここでまた、マーケット・マネタリストは彼らがNGDP先物と呼ぶものを通して金融政策を運営する市場の重要さを強調している。

ここでサムサー(2009B)は提案の枠組みの書き方を示している。

「私はFedが12ヶ月物NGDP先物取引の価格を固定して、公開市場操作と同期する先物取引先行指標を売買させる政策を提案する。かいつまむと、市場をNGDP成長5%にリードするように期待させるマネタリーベースと金利水準を決定させることを意味する。」

これは一般に市場がNGDPが中央銀行の目標より低いと予想したなら先物価格は下落ことを意味する。しかし、中央銀行が先物価格を固定しているので、先物価格が中央銀行のNGDPを反映するまでは、中央銀行は価格上昇を保証するために先物を買うだろう。同様に、市場がNGDPに目標を行き過ぎを期待したら、中央銀行は「自動的に」NGDP先物を売るだろう。中央銀行は、しかしながら、必ずしもNGDP先物を売買しなくてもいい。「単純に」NGDP期待の指標としてNGDP先物を使用するかもしれないし、公開市場操作を介して「通常の」やり方の中でマネーベースのコントロールをするかもしれない。

金融政策の運営におけるNGDP先物の利用にともなう重要なことは、金融政策が内生化され(あるいは少なくとも半ば内生化され)、NGDPに関する中央銀行「組織内」の期待をベースにするよりも市場の期待をベースにすることにある。これに関する主なアドバンテージは金融政策は政治的色彩をなくし、完全に市場ベースにすることにある。この仕組みでは、貨幣供給は効率よく十分弾力的なるし、貨幣需要のいかなる増加も貨幣供給の増加により(十分に自動的に)満たされるだろう。

サムナーは先物目標のもう2つのアドバンテージを記している。

「一つ目のアドバンテージは中央銀行がもはや政策の道具を選択しなくともいいのだ。彼らが好む道具、FF金利は、名目金利が一度ゼロに到達するとまったく効率的でないことが証明された。先物目標下では、互いの取引者は好きな政策指標を見ることができるし、自分が好きな経済のどんな構造モデルも利用できる。」

ゆえに、先物目標は流動性の罠をもつどんな問題も解決するだろう。サムナーは二つ目のアドバンテージを続ける。

「私は先物目標の信頼性へのもう一つの、さらに強力なアドバンテージがあると気づいている。金融政策の効果を予測する人と同じ人が金融政策を設定するのだ。現在のレジームの下では、Fedが政策を設定して、市場が政策の効果を予測する。なぜこのことが非常に需要なのかを考えるために、Fedが抱える現在のジレンマを考えてみよう。彼らは既に大量の貨幣を経済に送り出しているが、過去一年間、価格はマネーベースの流通速度が下落するのに合わせて下落した。たしかに彼らは数兆円をある時点で貨幣供給に送れば、期待は好転するだろう。だが、それが起きると、貨幣流通速度も増加するかもしれないが、それと同じマネタリーベースが突然、高いインフレーションを誘発する。この問題は先物目標レジームの下では起きない。むしろ、到達目標に到達する仮定の下で、市場は貨幣供給Fedの政策到達目標に到達するに必要な貨幣供給を予測する。今日では、我々はどのくらい貨幣が必要なのかわからない。なぜなら、現在の貨幣流通速度の水準が(かなり合理的に)仮定を反映しているからだ。その仮定とは政策が望まれた割合でNGDPを持ち上げることに失敗するだろうというものだ。」

初期の論文の中で、サムナー(2006)はまた中央銀行の政策目標(NGDPあるいは物価の水準)における先物目標をもったシステムは貨幣発行の完全な民営化の方向に歩を進めるだろうと言っている。しかし、最近の著作の中で、この議論は中心的役割を果たしていない。 ── 彼やほかのマーケット・マネタリストは連邦準備制度(及びついでにほかの中央銀行)の自由裁量な力を本気で減らしたいとはっきりと強調していた。

マーケット・マネタリストは金融政策では「裁量」よりむしろ「ルール」を支持する。実際、連邦準備制度によって実施されたQEの方法へのマーケット・マネタリストからの主な批判は透明なルールをしたものからかけ離れてあまりにも裁量的だということだ。

マーケット・マネタリストはケインジアン・スタイルの行動指針を支持する「インフレショニスト」であるとしばしば誤解して受け取られる。しかし、これは明らかに間違っていることだが、私の意見では、間違いなく、現在の状況下でアメリカの金融緩和をマーケット・マネタリストが強く推奨した結果だということだ。この状況とは彼らが適切な水準(「古い」危機以前のNGDPトレンド)と考えるものよりもNGDPがはるかに低下していることである。マーケット・マネタリトが「金融刺激策」をすすめることは裁量的な政策の推奨とはいえないが、基本的には金融政策があまり緊縮的なので政策目標に到達できないという彼らの見方の結果である。しかしながら、マーケット・マネタリストはNGDPがNGDP目標を上回ったら同様に「タカ派」になるだろう。

マーケット・マネタリストがNGDP水準目標を支持することは、インフレーションがNGDP水準目標に到達に向かう「過程」の一部分であれば、短期間でインフレーションが著しく上昇するかを彼らは気にしないことを言っている。

言い替えると、経済がRGDPへのプラスの生産ショックに襲われて、NGDP目標水準以上にNGDPを押し上げられると仮定すると、マーケット・マネタリストは低インフレーションあるいはデフレショーンでさえ見ようとしない。


マーケット・マネタリストの方法論 ── 計量経済学よりも市場テスト

経済学派としてのマーケット・マネタリストがブロゴスフィアの中で非常に若くそして本当にただ「威勢がいい」だけだと仮定すると、方法論的アプローチが議論しにくくなる。しかしながら、マーケット・マネタリスト達には方法論への共通した態度もある。

とくに、私は以下の方法論の共通性に光を当てる。

  1. 「大規模な」マクロ経済学モデルへの批判的な見方。マーケット・マネタリストは例えば多くの中央銀行が使用するような、大規模なマクロ経済学 ── 典型的なのはニューケインジアン ── モデルを嫌う傾向がある。むしろ、マーケット・マネタリストは単純で小さいモデルと格言を好む
  2. 「物語り」と一般的な事例毎の方法論。つまり、計量経済学モデルよりも実証的事実を研究するということだ。これはマーケット・マネタリストが貨幣伝達メカニズムを基本的にフォワード・ルッキングだとみている見方に由来する。計量経済学的方法論の著しい進展にもかかわらず、金融政策が「長期的で変動的な先行指標」をともなって働くので、通常の計量経済学的方法論は基本的に期待を扱うことができず、さらには「因果関係」の計量経済学的研究はどれも欠陥になりがちだ。
  3. マーケット・マネタリトが好む実証的方法は、たとえば、金融政策のイニシアチブに関連するニュースの実際の知識をそのようなイニシアチブへの市場の反応の分析に結びつけることだ。そんなわけで、マーケット・マネタリストの方法は高度に電子的だ。
  4. 市場データはマクロ経済データより好まれる。市場が効率的でフォワードルッキングだと仮定すると、入手可能な全ての情報は既に市場価格に反映されている。それと同時にマクロ経済データは基本的に歴史的なものであり、バックワードルッキングである。
  5. アドバンスな数学よりも経済の推定だ。マーケット・マネタリストはかなり厳密な理論化と推定での思考をベースにしているが、最近の多くの経済学教育で優位に立つ数学的な基礎をもつモデルにはとても批判的だ。

準マネタリズムというよりはむしろマーケット・マネタリズムだ

この論文を通して、私はマーケット・マネタリストという用語をつかった。しかし、5人の主要なマーケット・マネタリスト・ブロガー達はだれもこの用語を使わない。そのかわり、彼らは一般的に、この見方を書くときに準マネタリストという用語を使用している。私はこの用語に批判的だ。マネタリズムのようなものという以外にはこの学派について何も言ってないようだからだ。「準」はまた疑いもなく、ある経済学派を生半可であるように聞こえてしまう。

経済学派の名前はありのままに学派の主要な見方を表すべきだ。マネタリストの部分は伝統的マネタリストと著しく重複があることがはっきりしている。マーケット・マネタリストと伝統的マネタリストの違いは、しかしながら、貨幣供給目標を否定していることにあり、貨幣流通速度の安定についての推定がマーケット・マネタリストによるマネタリズムの再公式化の中心にくる。

貨幣総量及び貨幣流通速度の安定のかわりに、マーケット・マネタリストは貨幣不均衡の指標として市場の利用を提案する。さらには、マーケット・マネタリストは政策目標(名目GDP)の安定化の道具としてNGDP先物 ── そしてウィリアム・ウールシーの事例の中にあるフリーバンキング ── のような市場機能を使用することを提案している。

ゆえに、伝統的マネタリストにとって貨幣が重要になるが、マーケット・マネリストにとって貨幣と市場が重要になる。わたしにはこのことがこの学派をマーケット・マネタリズムと名づけるのに正当な理由になるのだ。


マーケット・マネタリズムは伝統的マネタリズムの金利バージョンなどでは決してない

疑うべくもなく、上記のマーケット・マネタリズムとして輪郭が描かれた見方は伝統的マネタリズムに非常に近く、ミルトン・フリードマンはおそらくマーケット・マネタリズムの理論の多くに同意せざるをえないだろう。ゆえに、なぜにこれを素朴に、単純にマネタリズムと呼ばないのかという質問はありえる。いい議論ではあるが、マーケット・マネタリズムはマネタリズムの新しく改善されたバージョンとして見られなければならない。

さらに、マーケット・マネタリズムは経済専門職や政策立案者の中でケインジアンやネオ・ウィクセリアンの考え方に対抗して第二のマネタリスト反革命と見られなければならない。ミルトン・フリードマンがケインズ主義に対抗して1960年代に始めたマネタリスト反革命を率いているように。

最後に、アラン・メルツァーやアンナ・シュワルツのような、多くの伝統的マネタリストは、たしかにもうすでにマネタリストの考え方を提唱していない。メルツァーもシュワルツもアメリカの金融政策の量的緩和に批判的で、アラン・メルツァーはアメリカ経済は流動性の罠にはまっていると考えていると指摘さえしている[30] 。ゆえに、創始者たちからマネタリスト反革命を救うためには、マーケット・マネタスト革命は必要であり、スコット・サムナー(サムナー2011C)の言葉の中で次のように表されている。

「マネタリズムは私の世界観に多大に情報を与えてくれたので、こんなことを書くのは心苦しい。メルツァーはおそらく3人のもっとも著名な戦後マネタリスト(ブルンナーとフリードマンとともに)の一人だ。だが、このタイプのマネタリズムは行き止まりに到達してしまったように私には思える。合理的期待の洞察とEMH[効率的市場仮説、Efficient Market Hypothesis]革命を組み込むために再公式化される必要がある。安定した貨幣流通速度をもった貨幣総量を探すのでなしに、市場予測を利用し、予測を目標にすることに集中する必要がある。また、高すぎるNGDP成長とまったく同じように低すぎるNGDPへの関心を向けると、対称的に違いない。フリードマンとシュワルツが金融刺激策は大恐慌での苦しみを大いに減らすことができると論じたように、高失業への回答を提供したり、それをまさに情熱的に訴えたりする必要がある。かつて金利がゼロに到達した日本の金融刺激策についてフリードマンとメルツァーは同様に情熱的に論じた。失業は我々の時代の甚大な悲劇だ。どれだけ真剣にこの問題を発したかの現在の学派の考え方について歴史は判決をくだすだろう。」

これがマーケット・マネタリズム反革命が必要とされる理由だ。


研究課題

マーケット・マネタリズムはブロゴスフィアから成長している。これは学派を経済学派として独自なものにしている。しかしながら、主要なマーケットマネタリストブロガー達は全員、学術的な仕事しているし、伝統的な経済学ジャーナルに向けて寄稿さえしているが、疑いようもなく、この学派を新しい水準まで持っていく必要があるし、マーケット・マネタリストの論文が伝統的ジャーナルで発行されるようになる必要がある。

さらには、マーケット・マネタリストの研究の関心領域を広げる必要がある。マーケット・マネタリズムは極端にアメリカ中心になっているのは明らかだ。ゆえに、マーケット・マネタリズムは、例えば、小国の開放経済の金融政策施行についてや新興市場に対する最適な金融レジームについて言えることはほとんどない。たとえば、ブラジルはNGDP目標を適用すべきか?リトアニアは?

グローバルな「金融スーパーパワー」としての連邦準備制度に関するベックワースの研究(ベックワース&クロウ 2011)があるが、その研究は貨幣不均衡がマーケット・マネタリズムの国際的な次元での新しい研究も促進しているかもしれないと伝えている。また、国際金融経済学という点で、大不況期のヨーロッパのドル需要はどんな役割を果たすのか?大恐慌期のヨーロッパの金(ゴールド)貯蔵と明らかな類似性があるようだ。サムナーは大恐慌に関する未発行の本の中で素晴らしいやり方によりこれを説明した(サムナー 2011)。

ブログにおけるマーケット・マネタリズムの方向付けがあるすると、アメリカの金融政策の日々の上下に非常に焦点が集まる。このことは焦点が理論よりもむしろ大いに実証的なことを意味する。間違いなく、マーケット・マネタリストは明確なそして精緻な理論的フレームワークを持っているが、このフレームワークが短篇のブログ記事で説明されるとすると、「ビック・ピクチャー」を得ることは難しい。この論文で、私はマーケット・マネタリズムのより大きな絵を描きたかったが、これは間違いなく不十分でさらなる研究が必要になる。

最後に、私見ではマーケット・マネタリズムは貢献できるし貢献すべきだと考えている二つの研究領域を強調したかった。

一つ目は、既に述べているように、極端なアメリカ中心のモデルから小国の開放経済をカバーしたものにマーケット・マネタリー・モデルを拡張する必要があること。また、貨幣が重要であることと市場が重要であることという2つの中心的な見方から組み合された洞察をもとに外国為替相場決定の理論を公式化する必要も含めて。

二つ目は、マーケット・マネタリストがNGDP水準目標が幅広いマクロ経済期間で良好だという理由を力強く論じていると同時に、この問題の理論的分析は保証されていることだ[31] 。ここにあるジョージ・セルギンのようなフリーバンキング理論家によって行われた研究が刺激になるのだ。明白なのは、ウィリアム・ウールシーはフリーバンキング理論家とマーケット・マネタリストの両方である。一般に、フリーバンキングとマーケット・マネタリストの方法論はかなり重複するようだが、この二つ学派の「合併話」によって将来は近接した理論的基礎をもたらすだろうとわかる。

最後に、マーケット・マネタリストの「物語り」と事例研究の方法ははっきりと価値があり、金融政策は「長期の変動的な先行指標」で働くというスコット・サムナーの見方のような、マーケット・マネタリストの見方を徹底した計量経済的方法でテストする必要がある。

この論文がマーケット・マネタリズムの幅広い理解に貢献し、パラダイムを新しい水準に持っていきブロゴスフィアからますます学術的なオーディエンスに影響が広がる助けになることを望みます。


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  1. ラルス・クリステンセンはダンスク銀行のチーフ・アナリストである。この論文で書き表された見方は必ずしもダンスク銀行の見方を表していない。連絡先:lacsen@gmail.com あるいは larch@danskebank.dk 。この論文に対して、スコット・サムナー、ウィリアム・ウールシー、デーヴィッド・ベックワースそしてニック・ロウによるとても役立つコメントに感謝したいです。マーケット・マネタリスト・ブロガーがこの論文での私の作業につきあうことに非常に前向きであったことにとても感謝している。 []
  2. スコット・サムナー http://www.themoneyillusion.com/ ニック・ロウ http://www.worthwhile.typepad.com/ デーヴィッド・ベックワース http://www.macromarketmusings.blogspot.com/ ウィリアム・ウールシー http://www.monetaryfreedom-billwoolsey.blogspot.com/ ジョシュ・ヘンドリクソン http://everydayecon.wordpress.com/ []
  3. ブログ記事でスコット・サムナーは言ってる:「自分の墓標に『スコット・サムナー:ヘッツェルの思想と添い遂げた』と書かれるなら、幸せな人生で終われる」(サムナー 2011A) []
  4. ほかのブロガーも偉大なマーケット・マネタリストの一員として言及しなければならない。─ 非常に著名なデービッド・グラスナー及びマルクス・ヌネスのことである。 []
  5. この論文の草稿に触発されて、ニック・ロウはこの書き出しでブログ記事を書いた ロウ(2011B)。ニックのこの論文への刺激的なアドバイスとコメントに感謝する。 []
  6. マーケット・マネタリストはリーランド・イェガーへの知的な恩義を認識している一方で、クラーク・ウォーバートンを参考にすることはほとんどないようだ。それでもなお、クラーク・ウォーバートンはマーケット・マネタリストの先行走者であることははっきりとしているし、貨幣不均衡の彼の業績はマーケット・マネタリストの考え方に類似している。 []
  7. 経済活動が不作や地震の結果として落ち込むことがあるが、そのような「事象」が財と労働の一般供給過剰を創出しないと、マーケット・マネタリストが言っていないことははっきりしている。この点を強調してくれたニック・ロウに感謝している。 []
  8. ニューケインジアンはとりわけ債券市場は透明であると強調するが、新古典派経済学者は全ての市場は透明であることを強調する。 []
  9. この点をスコット・サムナーは特に強調していた。全体的にはマーケット・マネタリストは一般に経済主体を合理的でフォワード・ルッキングだとみなすが、新古典派ほどには「スーパーマン」のような振る舞いはしないだろうとも思っている。 []
  10. いくつかの国では─たとえば、アルゼンチン─は実質GDPにリンクした債券を発行した。 []
  11. 金融政策の分析に対するマーケット・マネタリストのアプローチと、マニュエル・H・ジョンソンとロバート・ケリハー(1996)によって奨めれているアプローチはいくつかの点ではっきりとした類似点がある。しかし、マーケット・マネタリストは一般にジョンソンとケリハーの仕事を知らなかった。 []
  12. 特定資産のリスクプレミアムの変化によって状況がいくらか不明瞭になる可能性があることに留意しなければならない。インフレ期待の上昇である。典型的なことなのだが、新興市場の資産市場で見られる。 []
  13. 実際、バーナンキはQE2だけはヒントを出していた。しかし、市場はQE2が2008年12月に告知されるだろうと言う彼のコメントを正しく理解した。─ 実状では。 []
  14. だが、QE2はアメリカ経済のNGDPの見通しをずっと変えられないと知られていたはずだ。マーケット・マネタリストはQE2の実施され方次第だと考えている。── とくに明確な政策目標の欠如について。さらに、マーケット・マネタリストは貨幣供給の拡大を通してNGDP期待を増大させる政策の実施よりむしろ、連邦準備制度の金融政策の実施の意図についてとても批判的だ。 []
  15. しかし、ブラードの見方はマーケット・マネタリストからの「レビュー」と混ざっているし、混ざっていた。また、経済学的な考え方に関してはセントルイス連銀における強いマネタリストの伝統以外はブラードは常にマーケット・マネタリストでもないし、伝統的マネタリストでさえもないのは明らかだ。 []
  16. とくに、サムナーとロウはネオ-ウィクセリアン経済学についての伝統的なマネタリストの留保を保っている一方で、ほかの主要なマーケット・マネタリスト・ブロガーのウールシー、ベックワースそしてヘンドリクソンはウィクセルの「自然利子率」という用語を使うのにオープンである。自然利子率は貨幣均衡で有効になる。これはおそらく伝統的なマネタリスト出身のサムナーやロウよりもウールシー、ベックワースそしてヘンドリクソンがオーストリア学派にオープンなことを反映している。このわずかな意見の違い、いやむしろ強調の違いは危機に先立つアメリカ経済の見方に関しての違いでわかる。ゆえにベックワースはとくにアメリカ経済でバブルをつくりだした金融の兆候を強調する。─ 現代のオーストリア学派経済学者に共有される強調点である。 []
  17. これはまったく正しくない。流動性の罠のオリジナル・バージョンの中で、貨幣供給の増加は金利を低下させることに失敗するが、貨幣需要は完全に弾力的だ(ケインズ 1936)。オリジナル・バージョンでは、金利は下落できないということは必ずしもゼロを意味しない。「現代」の公式の中で、しばしば、貨幣需要は完全に弾力的である。なぜならまさに金利は「ゼロ制約」に到達していたからだ。 []
  18. マーケット・マネタリストはたしかに、高いインフレ期待を通して名目金利がゼロになるときでさえ、公開市場操作は実質金利を低下させられることを否定していない。しかし、マーケット・マネタリストはニューケインジアンとは反対に金融政策が働くことになる主要チャンネルとしては見ていない。 []
  19. ラルス・E・O・スヴェンソンはたしかにマーケット・マネタリストではないが、彼はいずれにせよマーケット・マネタリストの中ではヒーローである。金融政策おける彼の業績に対してもスヴェーデン・中央銀行(リクスバンケン)評議会での政策立案者としても。 []
  20. さらに、貨幣伝達メカニズムに関してはイェガー(1956)とラビン(2004)を見よ。ブルンナー&メルツァー(1993)もマネタリストの伝達メカニズムの標準的な参考文献である。 []
  21. ラルス・E・O・スヴェンソン自身はマーケット・マネタリストだと決して考えられていないと強調している。─ むしろ、研究の多くの面では、伝統的なニューケインジアンである。 []
  22. 1930年の物価水準目標のスウェーデンの景観を見るにはバーグ&ジョヌング 1999。大恐慌時のスウェーデンの政策はアーヴィン・フィッシャーのいわゆるドル補正計画の変種である(フィッシャー 1911を見よ)。フィッシャーまた、マーケット・マネタリストにとってもう一人のヒーローであり、彼のドル補正計画はマーケット・マネタリストの金融政策の機能と目標における考え方をはっきりと刺激した。スコット・サムナーのブログはフィッシャーの書籍「貨幣の幻想」に由来している。 []
  23. アメリカのマーケット・マネタリストであるスコット・サムナー、デーヴィッド・ベックワース及びウィリアム・ウールシーはNGDP目標をいくつかあるバージョンの全てを支持しており、カナダのマーケット・マネタリストのニック・ロウはMGDP目標をあまりはっきりと支持しておらず、伝統的なインフレ目標を支持する傾向にある。──とくにカナダもしくはニュージーランドでのインフレ目標レジームが似たような憲法上の権威を得ていてる事例では。 []
  24. スコット・サムナーはミルトン・フリードマンの伝統(クリステンセン 2002)の中では基本的にプラグマティックな改革者である。フリードマンのように、サムナーはたいてい現実的でイデオロギー抜きで論じているが、彼の議論の結果は革命的だ。 []
  25. 交換方程式:MV=PY、Mは貨幣供給、Vは貨幣流通速度、PY = NGDP []
  26. フィリップス曲線は長期には垂直的で、そのため伝統的なAS-ADモデルではAS曲線である。スコット・サムナー、特に、ブログで議論を披露するとき、しばしばAD-ASモデルを使う。 []
  27. ウールシー(2011B)は、NGDPを物価とRGDPに「分離」するやり方について中央銀行は気にする必要がないのはそのとおりなので、(インフレ目標と比較して)NGDP水準目標はいつ供給ショックに対応することを選ぶかを論じている。 []
  28. スコット・サムナーの支持するNGDP成長率は5%であり、ウィリアム・ウールシーはNGDPの3%成長経路を支持している。潜在GDP成長3%の経済で、NGDP経路に対する5%の目標は長期のインフレが2%になることを示唆している。サムナーの選好は大安定期のNGDPがおよそ5%(あるい5.5%)で成長した現実の立場を反映している。 []
  29. これは交換方程式の枠組みの中で公式化もされうる。PY(NGDP)の仮定(経路)で、貨幣供給Mが増加するほど貨幣需要が急増加することで引き起こされた貨幣流通速度の落ち込みを連邦準準備制度は埋め合わせるべきだ。 []
  30. 流動性の罠のアラン・メルツァーによる明確な擁護(メルツァー 2011)へのスコット・サムナーの批判についてはサムナー(2011C)を見よ。ウィリアム・ウールシー(2010B)もまたメルツァーの金融政策と金融理論の(新しい)見方を批判している。 []
  31. スコット・サムナーとジョージ・セルギンの経済学上の違いと類似点に関する良い議論は、ウールシー(2009A)とセルギン(2009)を見よ。ジョージ・セルギンはデーヴィッド・ベックワースの博士アドバイザーである。 []