準マネタリズムはマネタリズムじゃない-クルーグマンへのメモ by Scott Sumner

 Scott Sumnerのブログから “Memo to Krugman: Quasi-monetarism isn’t monetarism“(13. September 2011) を翻訳しました。クルーグマンを引用している部分の翻訳は、もちろんこちらからの引用です。(そちらではQuasi-を「疑似」となさっていますが、「準」にしています)


ポール・クルーグマンがここ(訳注:その和訳)で彼が「準マネタリズム」と呼ぶものを腐している。

さて,原則として,貨幣がもつ価値の貯蔵としての魅力を下げれば,牽引力を得られる.とくに,未来のインフレを信用できるかたちで約束すれば,それによって貨幣の実質のリターンはマイナスになる.でも,そうした種類の信用は一筋縄ではいかない.とくに,中央銀行家たちが通常抱いている偏見からすれば,なおのことそうだ.どっちにしても,通例「マネタリズム」といえば思い浮かぶ思考法とはすごくちがった考え方になる.ふつうは,マネタリズムといえば現在の貨幣供給に関心を集中させる.

これ、古いタイプのマネタリズムの問題が良く書けているけれど、準マネタリストのモデルについてはぜんぜん触れられていない。準マネタリストたちはみんな水準目標を支持している。その場合、金融当局は未達や行き過ぎを修正しなければならない。つまり、われわれは現時点の貨幣供給に注目しているわけではない。われわれはNGDPをコントロールする手段として、政策の将来期待経路に注目しているのである。クルーグマンのモデルに現れる「期待の罠」はメモリレスなインフレ率目標の枠組みからの帰結だ。マイケル・ウッドフォードでさえ、水準目標は期待の罠に対抗する良い方法であると論じている。クルーグマンが我々をあたかもアホの集まりであるかのように扱うのも腹立たしい。特に我々の一人はクルーグマンよりはるか先に一時的な貨幣注入にほとんど、もしくは全く効果がないことを述べていたのだけどね。

クルーグマンの言うように「中央銀行家たちの偏見」が適切な政策の障害になっているというのは全く正しい。ちょうど連邦議会議員たちの偏見が適切な財政政策の障害になているのと同じである。それこそは準マネタリスト運動の本質で、我々はその思い込みを変えようとしているのだ。また、純粋にテクニカルな観点からも、準マネタリズムの中にはクルーグマンの基本的な期待の罠モデルと衝突するところは全くない。信任される水準目標の枠組みは、不況の最中にインフレ目標を突然4%に引き上げるよりも政治的にはるかに受け入れられやすく、そもそも単に有効なのである。

  • http://twitter.com/optical_frog optical_frog

    あっちの訳語も quasi=「準」にしました.

  • http://twitter.com/jimuyakagyo 事務屋稼業

    「4%インフレ15年」で需給ギャップ全部埋めちまえ、というのはITというよりPLTじゃないかしらん。