「QE2の波及メカニズム~QE2はどのようなメカニズムを通じて実体経済に影響を与えたのか?~」 by David Beckworth

以下は、David Beckworth, “How QE2 Worked”(Macro and Other Market Musings, April 4, 2011)の訳。


ポール・クルーグマン(Paul Krugman)がQE2(第2弾の量的緩和)の効果を検討する中で金融政策の波及メカニズム-QE2はどのようなメカニズムを通じて実体経済に影響を与えたのか?-について説明を加えているanomalocaris89さんによる邦訳も参照のこと)。クルーグマンの説明によれば、QE2は株価の上昇とドル安とをもたらすことを通じて実体経済に影響を及ぼした、ということである。株価の上昇は資産効果に基づく消費支出の増加につながり、ドル安は輸出の増加-アメリカ製品に対する国外からの需要の増加-につながった、というのである。この説明はその通りだが、金融政策の波及メカニズムの一つであるポートフォリオリバランス経路(チャネル)に関してはもうちょっと詳細に語っておくべきことがある。そこで、ポートフォリオリバランス経路について私がかつて書いたことを以下で引用することにしよう。

現在のところ、Tビルのような短期の政府債券と準備預金とはほぼ完全代替的な資産である。というのも、どちらの利回りもほぼゼロ%であるとともに、流動性の程度もほぼ同じであるからである。投資家が手元に保有する貨幣のいくらかを支出(財やサービスの購入)に回すように促すためには、まずは投資家がポートフォリオの組み換えに乗り出すよう促さねばならない。だが、Tビルと準備預金とを交換するようなオペレーションを通じてはポートフォリオの組み換えが生じることはないだろう。というのは、先にも述べたように、現在のところ、Tビルと準備預金とは同じ(=完全代替的な)資産だからである。投資家によるポートフォリオの組み換えを引き起こすためには、Fedは完全代替的ではない資産同士の交換を伴うオペレーションに乗り出す必要があるわけである。Fedは、QE2に乗り出すことを宣言することで、流動性が低くて利回りが高い長期の政府債券の買い取りを決定したが、Fedが長期の政府債券を買い取ることになれば民間部門が保有する既発国債の平均満期は低下することになる(=既発国債の満期構成の短期化が進む)はずである。また、Fedが長期の政府債券を買い取ることになれば、投資家が保有するポートフォリオ上においては流動性が高くて利回りが低い資産が占める比重がこれまで以上に高まることになり、それを受けて投資家はポートフォリオのリバランスに臨む(=流動性が高くて利回りが低い資産の比重が以前の水準にまで戻るようにポートフォリオの組み換えに乗り出す)ことになるはずであり、投資家はポートフォリオのリバランスを実現するために株式や資本ストック(capital)のような利回りの高い資産の購入に乗り出すことになるだろう。投資家がポートフォリオのリバランスに乗り出すことの最終的な結果は、資産効果を通じた消費支出の増加と投資(実物投資)支出の増加、つまりは名目支出の増加ということになるだろう。現状では生産能力に余力(スラック)が存在することを考えれば、名目支出の増加は実体経済活動の刺激[1] につながることになるはずである。

ここで、株価の上昇とドル安(為替の減価)とはどちらもポートフォリオリバランスの結果として生じる、という点には注意しておきたいところである。ところで、以上の記述はまだ不完全である。というのも、ここまでの記述ではポートフォリオリバランス経路において期待が果たす役割について触れられていないからである。さて、さらに引用することにしよう。

もしFedがもっと高めの名目支出やもっと高めのインフレ率の達成にコミットしていることを投資家に納得させることができれば、Fedが実際に債券の購入に乗り出すことがなくとも先に述べたようなポートフォリオのリバランスの多くが生じる可能性がある。というのも、投資家がFedの(もっと高めの名目支出の達成に対する)コミットメントを信じて、将来的には名目支出が上昇し、それを受けて実質経済成長率の上昇ならびに実質利回りの上昇が生じることになるだろうと期待するようになれば、投資家は自らすすんで利回りが高い資産の保有を増やすような方向へとポートフォリオを調整し始めることになるだろうからである。さらには、投資家がFedのコミットメントを信じて将来的にもっと高めのインフレ率が実現することになるだろうと予想するようになれば、貨幣の期待利回り[2] が低下することになるので、同様に投資家は利回りの高い資産の比重が高まるような方向にポートフォリオを組み換えることになるだろう。言い換えれば、Fedが(名目支出やインフレ率といった)名目変数に関する期待を適当な方向に変化させることができれば、市場が現在抱える困難な仕事の大半は市場自身によって解決することができるようになるということである。

QE2に関する顕著な事実は、(1)財務省による国債管理政策の結果として既発国債の満期構成の長期化がすすみ、そのためにQE2の効果が減殺されることになったとともに、(2)今のところQE2は最も効果が出るような形では実施されていない、にもかかわらず、QE2はそれなりの成果をもたらすことになった、ということである。ポートフォリオのリバランスを引き起こしたり、経済状況の改善を促したりするQE2の能力の多くは上の引用部で説明したような期待の変化に依っているに違いないと個人的には考えている。

(追記その1)以下の図はQE2がどのように名目支出の成長率(名目GDP成長率)に関する期待を変化させたかを示している。

Source: Philadelphia Fed’s Survey of Professional Forecasters

この図によれば名目支出の期待成長率は大きな改善を見せているが、名目支出が再びトレンドに回帰する(キャッチアップする)ために必要となる成長率の上乗せ分のことを考えれば、図に示されている程度の名目支出の期待成長率の上昇ではまだまだ適当とは言えない、ということになろう。

(追記その2)このエントリーでマーカス・ヌネス(Marcus Nunes)は、過去数年にわたるFedの政策(QE2も含む)はインフレーションターゲッティングに備わる”memory less”な性質[3] によって制約を課せられることになった、と述べている。

  1. 訳注;実質GDPならびに雇用の増加 []
  2. 訳注;貨幣の期待利回り=マイナス期待インフレ率 []
  3. 訳注;おそらく、memory lessというのは、インタゲでは目標として掲げられているインフレ率の達成に失敗しても将来的に失敗分が埋め合わせられることがない(=過去の失敗を埋め合わせることなくそのまま忘れ去る)という点を指していると思われる。例えば、目標インフレ率が2%である場合に現実のインフレ率が1%であっても、次期以降における目標インフレ率はそのまま2%のままであり、失敗の埋め合わせを意図して目標インフレ率が一時的に3%に引き上げられることがない、というようなことだと思われる。 []