「いまは金利を上げるときじゃない。」 by アダム・ポーゼン

イングランド銀行のポーゼンさんがフィナンシャル・タイムズに書いた記事。ポーゼンさんらしく日本への言及もあります。原文は「Now is not the time to raise interest rates」。もっと詳しく読みたいかたは「The soft tyranny of inflation expectations」(23頁、PDF直リンク) でどうぞ。インフレ予想の役割などについての話です。たぶんこの記事のもとネタで、参考文献へのリンクもありました。「ポーゼン、インフレ目標の将来について語る」も面白いんだワン。

今回は”ですます調”でやってみました。正直、グラフもほしかったのだけれど時間切れ。DeLTA Function さんがブログを閉じてしまったのが残念です。

ポーゼンさんはなにと戦っているんでしょうね。 “こういう知識や政策が広まらないのはなんでかな?” というつぶやきを見かけたので、野口さんの「マクロ経済政策における既得観念の役割」(6頁、PDF直リンク) を紹介しておきます。『経済政策形成の研究―既得観念と経済学の相克』が元になっているのかな、と思います。 (2011年6月7日追記)


26 May 2011 8:29pm

いまは金利を上げるときじゃない。

アダム・ポーゼン

去年のイギリスの経済パフォーマンスにはなんらおかしな点もありません。大きな金融危機のあとで極端に財政を引き締めるとこうなるわけで、歴史や主流経済学を学んでいただければ、ごくふつうにわかっていただけることです。そうしたことをしてしまうと、広義のマネーや信用が増えなくなり、中小企業と家計の金利差は大きくひらいたままの状態がつづき、民間消費や小売り業の売上げが横ばいか減少して、建設業は死んだも同然になって実質賃金も目減りしてしまいます。輸出が増えたとしても、こうしたものは一部だけしか解消されません。国内要因によってインフレがおきるのはいわずもがなで、わが国の状況がまさにこれです。

いまの消費者物価のインフレ率は 4% 以上ですが、これは付加価値税 (VAT) の値上げと昨今のエネルギー価格による一時的なものです[1] 。その影響をのぞいてやれば、わが国のインフレは昨年をとおして平均 1.5% になります。この数字にはポンド安によるのこりの影響も含めてあります。もちろん税率とエネルギー価格が上がったことで実質賃金は減ってしまっています。とはいえ、イングランド銀行の金融政策委員会がこのような一時的なものに反応しなかったのは正しい判断でした。そして、いまもまだそうすべき時ではありません。

VAT の値上げを相殺するために金利をあげるのは逆効果です。VAT の値上げは名目需要を減らしてしまいますが、価格に影響するのは一度かぎりです。エネルギー価格も落ちつかないタイプもので、いつのまにかもとに戻っていたりするものです。これまでもそうでした。短期的な物価のゆらぎに応じて金融政策を決めていっても国内経済を不安定にするだけです。それに将来のインフレがますます予想しにくくなってしまいます。

これら一時的な要因は、危機後のイギリス経済のエネルギーを散らしてしまうようなものです。経済回復の勢いはよわく、賃金を上昇させるような要素もありません。ご想像のとおり、その先に待っているのはインフレ率の低下です[2] 。世界的には 2008 年から 2009 年に経済的なてこ入れがあり、金融的にも大々的に大掃除がおこなわれました。イングランド銀行はまだ金融緩和をつづけていますが、金融緩和はこれらの世界的な動きとあわさって経済の下ざさえとなり、コア・インフレ率をゼロ以上にたもってきました。それでも金融危機からの回復には数年かかるでしょう。新たな金融政策を実施して財政引き締めの影響を相殺してやらないと、経済をディスインフレーションに向かわせようとする根底的な流れに勢いがついてしまいます。1997 年の日本がそうでした。金融政策による手あてをしないまま消費税 (VAT) を引きあげたのが日本なのです。

わが国のインフレは 2012 年中頃までには目標を下まわるという考えを公けにしたのが昨年 9 月で、それから金融政策委員会でさらなる量的緩和の実施に投票しはじめました。私がそうしたのは上のような理由からです。それ以降、イギリスの国内経済は思ったとおりの動きをみせています。2011 年のインフレがどうなるか、それが上がるのか下がるのか、私がなにか予想したことは一度もありません。それはインフレの短期的なゆらぎというものが私自身の選ぶ政策になんの関わりもなかったからです。

インフレ・ターゲット政策というのはクレイ射撃の的を撃つようなものです。標的が飛んでいくほうをねらわねば的に当たりはしませんし、的もダーツのように板に固定されているわけではありません。われわれに今必要なのは、だいたい2年で的にあたるよう政策を選ぶことです。利上げを力説している人たちがいますが見当ちがいで、利上げしても 2% のインフレ目標をはずしてしまうだけです。ただの傍観者のつもりなのかもしれませんが、困った話です[3] 。VAT やエネルギー価格でインフレ率が上がっているのは一過性です。財政引き締めや家計による資金回収はインフレ率を下げるほうにはたらきます。この力のほうがより根づよいですし、やがてはインフレ率を上げようとする力を上まわることになるでしょう。コア・インフレ率や昨年の消費と賃金をみると、すでにそのことがはっきりわかります。

わが国のインフレについて私がどんなに筋のとおった予想をしても、長期的に予想されるインフレ率が上がるのをふせぐため金融政策委員会は金利を上げるべきだという意見にこだわる人がいます。金融政策委員会も投資家も市場でおこなわれるゲームは絶えず変化するものだと考えていて、これにははっきりとした証拠があります。しかし彼らの見方だと、市場でおこなわれているのはダーツのように的が固定された場での賭けだということになってしまっています。ポンドや英国債に投資する人たちは、新しい政策的な試みがどれくらい将来的に影響するかとか、金融政策委員会の国内経済の評価で大勢をしめているのはどんな意見なのかをみて投資します。だからこそ、市場が予想する長期的なインフレ率とイングランド銀行のインフレ目標とは齟齬がでないままここまできていますし、イングランド銀行にはコントロールできない長期的な金利も低くとどまっているのです。

金融政策委員会の信用[4] にとって、より引き締め的な金融政策がどうしても必要だと主張する人たちもいます。インフレ率が目標値をとびこえて数ヶ月たちますが、市場が長期で予想しているインフレはぴくりとも動いていません。こういうことを主張する人たちにも、それがなぜなのか説明していただきたい。国内ではじめて金利ひき上げの観測がでた今年 1月でさえ、長期金利とポンドは安定していました[5] 。国内経済とインフレの先ゆきについて、市場は私とおなじように考えているというのが筋道のとおった説明でしょう。金融政策委員会は、馬鹿げた予想によってものごとを無根拠に恐れて金利を上げてはなりません。そんなものが優勢かどうか市場をみていただきたい。それはもう明らかになっているのですから。

金融政策委員会の多くの委員が金利ひき上げの声に動じてこなかったのはまともなことです。財政削減と家計による資金回収はこれからもつづくでしょう。生産性よりはゆっくりとですが、家計が資金を回収するにつれて賃金も回復するはずです。コア・インフレ率はすでに目標値までさがっています。CPI インフレ率[6] もわれわれの目標値にむかってさがってくるでしょう。はっきり言えば、金融政策委員会はさらに手をうつべきなのです。2 年でインフレ目標を達成するには、金融政策委員会はさらなる量的緩和をおこなわねばなりません。

(著者はイングランド銀行の金融政策委員会の外部委員である。ここに述べられた考えは彼自身のものであって、イングランド銀行の統一見解ではない。)

  1. shock を “一時的なもの” と訳しています。経済学的に適切かどうかはわかりませんが。 []
  2. headline infration。コアやコアコアなどでないという意味でのインフレ率。もしくは”総合インフレ率”。以下、特記しなければただ “インフレ” と訳しています。 []
  3. “poke … in the eyes” はここを参照した。”困った話です” は言いすぎかもしれないけれど。 []
  4. credibility []
  5. long-term rates []
  6. headline CPI infration。訳注2に同じ。 []