タクシー乗数 by Matt Rognlie

Matt Rognlie から、”The taxi multiplier“(May 8, 2011)を紹介します。思うにエントリ自体はよくある「銀行貸出チャンネルは飽和してるでしょ」って話なのですが、コメント欄のサムナーが鮮やかだったので(←こればっか。 Yushin Hozumiさんはじめ皆さん、また翻訳ミスとかのご指摘お願いします)


あなたが住む市ではタクシー運転手になるためにはタクシー免許証が必要だとしよう。但しニューヨークとは違って永久免許ではなく、一年限りの免許しか発行されず、その免許は売買できるものだとする。では免許の数はタクシーの台数にどう影響するだろう? 

もしあなたが新進のマクロ経済学者ならば、こんな「タクシー乗数」の存在を想定するだろう。市が免許の供給を増やすとタクシーの台数は正確にその数増える、みたいな。実際これは極めて正確に実際のデータを記述するだろう。免許の供給に制約がある限り、市のタクシー運転手たちは免許と同じ数だけのタクシーを路上に出す。余って流通する免許はない。 

では市が免許の供給を劇的に増やして市場をあふれさせたらどうなるだろう。「タクシー乗数」はそれでも維持されるだろうか? 

当初は維持されるだろう。タクシー運転手たちが免許不足に制約されている限り、もしくは同じ意味だが免許の市場価格がゼロより大きい限り、タクシーの数は免許の数に等しくなるだろう。しかしある時点で、免許の数が経済的に見合うタクシーの台数を上回り、免許に値がつかなくなる。(だから免許のない町に無限のタクシーがあるわけではないのと同じ)。  

これと同じように「貨幣乗数」を考えてみるのも建設的だ。ある時点まで、銀行準備金は当座預金口座全部の残高合計と密接に連動する。預金準備率が10%だから、銀行準備金の増加は当座預金残高がその10倍量増えたことを反映するだろうからだ。超過準備金はない。しかしある時点で、Fedによる準備金の供給は当座預金の供給を増やす制約ではなくなるだろう。準備金を保有するコストはゼロまで下落し(FFレートが準備金の利率まで下落)、当座預金残高は完全に別の要因だけで決まるようになる。消費者の流動性選好や消費者の資産、金融仲介コスト、などである。ここに至り、もはや貨幣乗数は存在しない。少なくとも教科書的意味では。 

もちろんFedの経済に影響する力がなくなると言っているのではない。しかし、準備金の増加で民間銀行の準備および貸出を増加させる「銀行貸出チャンネル」はもはやインパクトを持てなくなる。 

1995年の昔、バーナンキとガトラーはこのチャンネルのモデルは「かつてそうだった現実についての記述」だと書いた。米国が当座預金残高の10%以外の準備要求を満たして以来、経済の金融仲介機能に対する準備金の供給による直接的な影響には疑問符がついていた。そして今や、準備金の金利はFFレートとほとんど等しくなり、準備金を預けたままにしておくコストはゼロになった。ちょうどタクシー免許の価格がゼロになるときにタクシー乗数が消失したように、貨幣乗数は意味がなくなったのだ。 

Scott Sumnerのコメント  

面白いエントリだけど、このアナロジーは外している。タクシー免許の供給を増やしても、タクシーサービスの名目需要は増えない。だからどこかの時点で余剰が生じる。 

対照的にベースマネーの供給増は、物価上昇を通じてベースマネーの名目需要を引き上げる。だから貨幣量Mが増えても、準備金の(名目)需要は決して飽和しない。(ここでは物価Pを引き上げる永続的なMを想定している。一時的な増加の場合は君の言うとおり。) 

君は貨幣供給の増加が名目金利を下げると言う。しかし貨幣成長率のデータを横断的に解析してみれば、貨幣成長率が高いときは名目金利が高いということが分かるだろう。この実証結果が貨幣の増加が金利を引き下げるという君の基本モデルを否定している。 

ところで、Nickのと同じように思慮に満ちて刺激的で革新的なブログが新しくできたのはグレイトだ。