前言撤回。今日読んだなかで一番驚いたもの。 by Bradford DeLong

DeLong, Bradford “i Take That Back. Most Amazing Thing I Have Read Today” (Brad DeLong’s Grasping Reality with Both Hands, APRIL.20,2011)の訳

4月21日に西田さんが翻訳して道草に投稿した「課税されることのない男」BY STEVEN LANDSBURGに対してのデロングからの反論です。(その後のランズバーグからの反論邦訳はこれこれ) しつこいようですが、この後ブランシャールが書いた反論も訳します。それから、本当にご本人かどうか、いまだに確信できていないのですが、リンクしたことに対するお礼をいただいたNoahさんのこのエントリもできればアップしたいです。


問題なのは、ランズバーグが、今日の個人の消費支出が落ち込まなければ課税されておらず、今日の個人の消費支出が落ち込むならば、課税されているという考えを主張していることだ。しかし、この件は単純にそうではない。少なくとも英語ではそうはいわない。

アレックス・タバロックは我々にこれを送ってきた(以下はランズバーグのブログからの引用)。

課税されない金持ち男:スティーブンスは、有閑富裕層に課税したがっており、彼女が引き合いにだした例が、8,400万ドル相当のシュラッグ・ロック社の富を相続したロバート・ケンドリックだった。スティーブンス女史によれば、ケンドリック氏は一日中4台の車をとっかえひっかえ乗り回し、戻ってきてまた停めなおす以上のことは何もしていない。ケンドリック氏みたいな人々に課税すれば、アメリカの財政危機を解決する一助になる、と彼女は述べている。スティーブンス女史が考え違いしていることを挙げてみよう。 事実が彼女の述べたとおりだと仮定しても、ケンドリック氏のような人々を課税することで、税収を増やすのは文字通り不可能だ。われわれはそれ(金持ちに課税すること)が望ましいかどうかを議論することはできるが、それによって税収を上げるのは事実上不可能なので、この議論は実際的価値がほとんどない純粋に学問的なものとなってしまう。では何故不可能なのかを説明しよう。政府が財やサービスの消費を増やすと、誰か他の人が消費を減らさなければならない。しかし、スティーブンス女史の考えでは、ケンドリック氏はほとんど何の財もサービスも消費していない。彼は日がな一日車を乗り回しているだけ。だから、これ以上消費の減らしようがない、と。

こんなことを言っているので、アレックスもその件について誤解している(以下はタバロックのブログからの引用)。

ランズバーグは全くもって正しい。この問題の鍵となる文章はこれだ。「政府が財やサービスの消費を増やすと、誰か他の人が消費を減らさなければならない」

まず最初に言えるのは、これが妥当なのかもしれないし、そうじゃないかもしれないけれど、完全雇用の前提が暗黙の了解としてある。

次に言えるのは、我々が政府なのだ、ということ。政府が財やサービスの消費を増やす時、我々がそれを消費しているのである。仮に「課税」を「現在の消費の減少」と定義したとし、我々が民間部門での消費を減らしても、短期的には、我々が「課税された状態」になるわけではない。「現在の消費の減少」ではなく、「現在の民間の消費の減少」と定義するのでもない限り。

最も重要なのは、この問題の関係者がロバート・ケンドリックと我々のようなその他大勢、の二者ではなく、ロバート・ケンドリックと彼の相続人、そして我々のようなその他大勢、の三者であることだ。長い眼で見ると、ロバート・ケンドリックに課税し、そこから得た収益を以って(債務の一部を返済するのに対して)政府支出を押し上げるときに何が起こるか:

  • 消費と設備投資における政府支出が増加する。
  • ロバート・ケンドリックが相続人に遺す財産が減少する。
  • 我々が消費する政府のサービス(および追加的政府資本から享受する利益)が増加する。
  • 我々の現在の民間部門での消費が減少する。
  • ロバート・ケンドリックの相続人が将来消費するはずのお金がなくなって、我々の将来の民間部門での消費が増加する。

「ロバート・ケンドリックに対して課税することはできない」というのは、単純にいって正しくない。いや、全く間違っている。全く、全く。全く。


前回および今回の勝手に感謝はhimaginary氏とhicksianさん、vwatcherさんに。数々の示唆に富む投稿に対して。