デフレを防ぐために: 90年代の日本の経験からの教訓

担当:maeda


VI. 金融・財政ポリシーミックス

直前の2つの節は、金融政策あるいは財政政策のどちらか一方を緩和していたなら、日本のデフレーションと長期不況を防ぐ上で役に立ったはずだと結論している。金融・財政政策それぞれが発揮したであろう効果を個別に切り出して示しているモデルシミュレーションがいくつかある。一方、その中には、金融・財政の両方の政策を同時に適用した方が、望ましいマクロ経済的な結果を達成するためにより役立ったというシミュレーションもある1 。政策が効果を及ぼす速度に制約があるならば、両方の政策を同時に使うことで、必要な水準の刺激をより速く生み出すことができるだろう。

さらに、日本が1990年代に直面したような状況では、両方の政策を同時に使うことで、一つずつの政策が引き起こす望ましくない副作用を減らすことができる。どちらか片方の道具を使い過ぎてしまうということが防げるからである。たとえば、減税や財政支出増加は、将来支払わなければならない政府の債務負担を増やしてしまう。しかも、財政手段はどちらも、そもそもの性質からして経済に一過性の刺激しか与えることができない。次の期間にも継続して刺激を与えたければ、さらなる減税や、さらなる支出増加が必要となり、結果的に債務に悪影響をもたらしてしまう。金融政策手段はより持続的な刺激を与えることができるが、こちらにも望ましくない副作用はある。特に、金融政策に過度に依存し過ぎると、資産や為替レートの行き過ぎた上昇や乱高下を誘発する。これは、別の理由から望ましくない。最後に、低インフレ率の環境では、名目金利のゼロ下限によって伝統的な金融政策が制約を受ける。この問題点こそが、日本の経験に関して我々関心を抱くきっかけとなったものである。

1990年代前半の日本に追加すべきであったマクロ経済的刺激として、ポリシーミックスはより金融緩和に傾いたものとすべきであった。特に初期の段階においてはそう言える。この結論は、急速な高齢化によって迫り来る債務負担、軟調な株価と地価、為替レートの上昇といった点に基づくものである。1994年において、もっと拡張的な金融政策を取っておけば、その年に起きた長期実質金利の急上昇や強烈な円高を避けられたかもしれない。しかし、1990年代半ばに名目金利がゼロに近づくにつれて、伝統的なマクロ経済的緩和策の余地が(膨大な債務負担にもかかわらず)財政政策に移ってしまったのは明らかである。

金融政策と財政政策の双方を(特に1994年に)緩和していた場合の利点を考えると、なぜ日本がそうしなかったのだろうかという疑問が浮かぶ。その答にはおそらく、経済学的な要素と政治的な要素の双方が含まれている。まず、既に述べたとおり日本経済はその年に回復し始めており、金利の上昇と円高は、成長を妨げる、対策しなければならない障害としてでなく、不況から脱しつつあることへの市場の追認として当局の目に映ったのかもしれない。さらに、日銀は、政府負債を言われるがままにマネタイズすると見られるのを嫌ったように思える。このような政策が日銀の信認を損ね、ついには制御不能なインフレにつながるのを恐れたのであろう2

もちろん、外部の観察者の大多数は、ある程度のインフレーションは望ましいものであったと論じるであろう。限定された量だけ負債をマネタイズすれば、インフレ期待を上昇させることによって妥結賃金を引き上げ、実質金利を引き下げ、消費支出を刺激するのに役立ったであろう。より一貫した金融財政政策は、財政の拡張を金融政策により下支えするので、政府が赤字を拡大し過ぎることがないという予測をもたらす。このように首尾一貫した金融・財政政策は、金融政策だけ、あるいは財政政策だけを拡張した場合と比べ、より大きなインパクトを日本経済にもたらしたはずである。

  1. FRB/Globalモデルの構造では、金融政策と財政政策の組み合わせが産出とインフレ率にもたらす効果が、金融政策と財政政策をそれぞれ個別に行なった場合の効果の和にほぼ等しくなる。このため、財政と金融の協調による政策手段のシミュレーション結果を別途示すことはしない。 []
  2. Ueda (2001)では、国債購入がインフレ期待を押し上げ、長期金利上昇を引き起こす懸念に言及している。 []
  • http://twitter.com/orange7246 しんべー

    皆で翻訳してたのはこれだったのか。興味深い資料。必読。

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