デフレを防ぐために: 90年代の日本の経験からの教訓

担当:aquamarine


V. 財政政策

この章では、1990年代のデフレと景気停滞を避けるために財政政策をもっと使う余地があったかどうかを事後的に検証する。90年代の前半においては、金融政策と同様に、従来の基準からすればかなりの規模の景気対策が打たれたと言うことができよう。しかし、民間消費の下押し圧力が強く、この長期間にわたる財政赤字も経済を大きく引き上げることはできなかった。また、景気対策の編成形態が違っていたら、より効果的に需要を下支えした可能性がある1。 よって、90年代半ばに存在した経済へのリスクを考えれば、より大規模でより適切にターゲットを設定した財政刺激が望ましかったといえる。

V.1 財政政策のスタンスは適切であったか?

日本の予算の変遷

1992年に実質GDPが急減したにも係わらず(資料V.1の上の表を参照)、構造的な財政赤字額の変化で測った財政スタンスは、1992年はわずかに拡張的であるに過ぎなかった。しかし、1993年においても実質GDPが弱かったため、その年の財政は拡張した(GDPの約2.5%)。1994年には経済は改善しているようにみえ、債務負担が増加し始めていたので財政政策はほぼ中立であったが、1995年には再び拡張に転じた。

財政政策で考慮すべき点

財政が拡張的かどうかは、構造的財政赤字の額だけでなく、減税か歳出拡大か、時限的か恒久的な施策か、どのように財政を発動するか、というような他の選択にも左右される。1990年代の日本では、こうした点が学界や政策担当者の間で大きな議論をよんだ。

財政当局が実際に行った選択を理解するためには、いくつかの要素の検討が有用である。まず、日本の予算は、社会的セーフティーネットが比較的限定的であるため、他の先進国と比べて景気感応性が低く、自動スタビライザー機能も比較的弱い。よって、日本の財政による景気刺激は、裁量的な財政措置により依存している2。また、高齢化が将来の予算に及ぼす影響への危惧もあって、当局は恒久的な施策を行うことに非常に慎重であった3

そうしたことも手伝って、日本の景気対策は本予算ではなく、資料V.1に列挙されたような補正予算に依存していた4。 さらに、表からも明らかなように、こうした予算措置は後で簡単に取りやめることができるような施策―公共事業(もとから諸外国より多かったのだが)や、景気後退期の後期には、依存度は少し低いが、一時的な減税(一例としては、1994年度の5.9兆円にのぼる特別減税)―に大きく依っていた。国民が所得制約に直面しているという仮定の下で、こうした所得移転は多分他の施策と共に「第1段階」としての景気刺激効果を発揮したと思われる。しかし、財政政策が自律的な景気拡大を促進するには、「第2段階」の民間消費につなげなければならない。この点について政府の財政政策は批判を受けた5

公共投資については、日本の公共事業は大変政治的で、政治家が自己の選挙区での支持を固めるためにこうした支出を利用しているという指摘がある6。 したがって、数多くのプロジェクト―例えば、交通量の少ない地域での道路や橋梁―が、最も差し迫ったインフラ需要を満たすことがなかったのである。こうした公共投資が、明らかにより生産的なプロジェクト―すなわち、明らかにより生産性であり、将来の成長余力への信頼を向上させ、消費を増加させるかもしれないようなもの―に向けられていたら、自律的な景気拡大の起爆剤としてもっと効果を持ち得たと指摘されている7。(下のV.2では債務でファイナンスされた財政支出について、民間投資をクラウド・アウトし、民間消費のリカーディアン的な縮小につながるという、別の二つの批判について述べる。)

公共事業よりも他の財政支出の方が、特にすでに公共投資の水準が高かっただけに、効果があった可能性がある。企業が従業員の解雇を避けたがり、政府が業績の悪い企業を倒産させるのを嫌がるという日本の昔からの伝統についても数多くの指摘がある8。より確固とした社会的セーフティーネットをつくり、勤労者のためのトレーニングや援助を支えるような支出が、バブル崩壊後の失業者を生むことへの抵抗を和らげ、雇用や産業の再調整を加速した可能性がある。さらに、こうした支出が、こうしたセーフティーネットの受け手の経済的困窮を緩和し、公共事業よりもより多くの第2段階の支出につながった可能性もある。

また、初期の景気対策にもっと減税を取り入れていれば自律的な景気拡大をより効果的に後押しできたとも指摘されている。クラシックなケインジアン分析によれば、減税の一部は貯蓄にまわるので、政府支出が減税よりも大きな需要喚起効果を持つ。しかし、減税の方が第2段階や第3段階の民間消費喚起効果がより大きいなら、公共支出の拡大よりも景気刺激効果は大きくなるかもしれない。

この点では、初期に政府が実施した一時的な減税は多分あまり効果がなかっただろうと思われる。一般的には、消費者は生涯所得とマッチするように生涯消費を調整すると考えられる。一時的な減税は生涯所得にあまり影響を与えないので、恒久減税より貯蓄に回る割合が大きくなる。しかし、前述のように、政府は急速に進む人口高齢化とそれに伴う財政負担もあり、恒久減税に対して抵抗感が強かった。

もし一時的な減税をするなら、所得でなく消費に着目した立案をしていればより効果があったかもしれない。いっとき、日本政府は「消費バウチャー」((消費バウチャーは「地域振興券」と呼ばれ、1998年11月の景気対策で提案され、1999年初頭に導入された。)) による消費喚起を試みたことがあったが、バウチャーが、もともとあったはずの支出以外に使われることを確実にする手立てはなかった。実施されなかったが、より効果があった可能性があるアプローチは、一時的な消費減税である。消費者は物品が将来値上がりすると思えば現在の支出を増やす傾向が高くなるからである。強力な消費インセンティブをもち、一時的である(長期的な予算制約を考えると適切であったはずである)ため、1990年代前半の日本にとって、一時的な消費減税が大変有用な手段であっただろうと考えられる。

他の景気後退との比較

振り返ってみれば、具体的な手法はともあれ、1990年代前半の日本の景気対策はもっと大規模な方がよかったことは明白なように見える。しかし、1992年から1993年にかけて、累計で構造的財政赤字を2.5%増加させたというのは、資料V.2で示されるように、他国が景気後退期にとった施策に引けをとってはいない。例えば、1982年から84年にかけてのアメリカでは、需給ギャップはもっと大きかったが、財政による景気対策はGDPの2.75%と推定される。アメリカの1990年から1991年の景気後退においては、財政による景気刺激はさらに小さかった。景気後退期にもっと大きな財政による景気刺激を行ったのは1982年から84年にかけてのカナダ(推定でGDPの7%を超える需給ギャップに対応し、3年間でGDPの約4%)と、1992年から93年にかけての英国(3年間で約5%)だけである。

FRB/グローバル・モデル分析

追加的な財政政策が日本経済をデフレへの転落から救えたであろうか?資料V.3上段の表はFRB/グローバル・モデルの試算による、1993年から1995年までの各年において、需給ギャップをゼロにするために必要であった追加的財政支出(短期金利は実績値を前提とする)を示す。試算結果はGDP比0.5から1%である。これは小さい額ではないが、1994年には政府債務の状況はコントロール可能であったし、充分実行可能な額である。さらに、このモデルによれば、物価上昇率は0.5から0.75%嵩上げされ、かなり低水準ながらもゼロ以上で推移したと試算される。

需給ギャップをゼロに持っていくために必要な追加的財政支出が比較的小さいのは、FRB/グローバル・モデル上での日本の財政乗数効果がかなり大きいことによる。資料V.3下段の表にあるように、日本は、輸入の割合が少なく、クラシックなケインジアン乗数からの「漏れ」が少ないということにより、他の先進国よりも乗数効果が高いと推計されている。もちろん実際は、前述のような理由により、モデルが示すよりも日本の財政政策の効果は小さかった可能性もある。しかし、乗数効果がこのモデルの推計の1/3だったとしても、1993年から95年まで需給を均衡させるために必要だった累計財政コストはGDPの6%である。これは大きな額だが、デフレと長期にわたる景気後退を防ぐためには使う価値のある金額ではなかっただろうか。

V.2 1990年代において財政政策は効果を失ったか

長期に亘る経済停滞と財政赤字の持続、日本の公的債務の大幅な増加が同時に起こったため、1990年代には財政政策は経済活動に影響を与えることができなくなったという指摘がある9 公的債務の増加は同じだけの民間消費の減少を生んだだけだという主張もある10。(この「リカーディアン」な見方では、消費者は政府支出が生産的でないと考えれば、政府支出増加と同額だけ消費を減らす。政府債務の増加が後に税の増加によって返済される必要があるからである。) 理論的には、公共投資の増加が、主に日本の人口高齢化が将来の予算や公的債務の規模に与える影響もあって、長期金利の上昇を通じて民間消費をクラウド・アウトした可能性もある。最後に、財政による景気刺激が円相場のさらなる上昇につながっただけ—資料V.4にあるように、円高は1994年と1995年の大幅な純輸出の減少の一因である—という可能性もある。

しかし、日本の財政政策が経済を動かすことができなくなったという明白な証拠はそれほどない。第一に、政府債務の上昇への懸念が消費の足を引っ張ったという「リカーディアン」な議論は、1990年代に日本の家計貯蓄率が実際には低下したという事実と合致しない(資料V.4)。実際、資料V.4の表に示されるように、1990年代前半は消費は、所得の低下を考慮すれば、驚くほど堅調であった。第二に、1990年代前半の長期金利の大幅な低下や経済の供給超過を考えれば、財政による景気刺激が民間消費をどう持続的にクラウド・アウトし得たか考えにくい。同じ理由で、この時期の円高に政府債務の上昇が大きく影響したとも考えにくい。

1990年代に財政による景気刺激が自律的な景気拡大に繋がらなかったことについて、よりあてはまり得る説明は、日本の財政政策が、「バブル経済」崩壊後の大幅で持続的な民間需要の減退に対応していて、財政赤字の拡大は民間消費の減退によって打ち消されてしまったというものである11。 例えば、資料V.4の下段の表が示すように、1992年から93年にかけての公共投資増加率の大幅な上昇は民間投資の上昇率鈍化と同時におきている。表にあるように、1992年と1993年において、民間投資、特に非住宅固定資産・在庫投資が、財政による景気刺激の大部分を打ち消しており、GDPの弱さの大きな原因になっている。GDPが1992年と1993年にプラスであったということは、財政が大幅な負のショックをある程度は打ち消す能力があったと示唆するものである。前述のように、1997年の景気後退―この年に消費税が引き上げられ、財政政策も緊縮に転じた―も、財政政策の有効性を示している。
 このような経済にかかる負の力に加えて、財政による景気刺激に対して民間消費があまり反応しなかったのは、財政政策が経済を刺激する力をなくしたというよりも、そうした景気対策が、マクロ経済へのインパクトを最大化するようにデザインされていなかったからかもしれない12。前述のように、公共工事プロジェクトに大幅に依存し、一時的な減税にも頼ったことが、財政刺激の効果を減退させた可能性がある。社会的セーフティーネット関連の支出や一時的な消費減税の方がより本物の景気刺激になり、経済の長期的なポテンシャルを引き上げたかもしれない。

  1. 1990年代における日本の財政政策の規模や有効性については、Posen (1998) 第2章、Muhliesen (2000)、Kuttner and Posen (2002)を参照 []
  2. Posen (1998) 第2章、Muhliesen (2000)を参照 []
  3. Posen (1998) 第3章を参照 []
  4. 各年度の日本についてのOECDエコノミック・サーベイに景気対策について追加的な情報や分析が含まれている []
  5. 日本の大規模な公共工事プロジェクトの問題点についての議論は、Ishii and Wada (1998)を参照 []
  6. Lincoln (2001)第3章、Hijino (2001)を参照 []
  7. Yoshino and Sakakibara (2002)を参照 []
  8. 日本の雇用慣行についてはKazuo (1995)第7章参照。Lincoln (2001)は諸々の利害関係が事業再構築や資源の再展開の妨げになることを論じている []
  9. Perri (2001)、Asako (1997)が日本の財政政策の乗数効果の低下要因の分析のサーベイを提供している []
  10. Asher (2000)は「膨れ上がる公共債務についての国民の懸念が、リカーディアン的な「予備的貯蓄」を生んでいる面が結構ある」と主張しているが、Kutter and Posen (2002)はその見方を裏付ける証拠はあまりないとしている []
  11. 日本経済の、1980年代の資産価格バブルの崩壊後の調整についての詳細な分析は、Bayoumi and Collyns (2000)を参照 []
  12. Posen (1998)とYoshino and Sakakibara (1992)を参照 []
  • http://twitter.com/orange7246 しんべー

    皆で翻訳してたのはこれだったのか。興味深い資料。必読。

  • http://www.facebook.com/nguyenhongkimngoc Nguyen Hong Kim Ngoc

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