怪しい貨幣数量説 by Scott Sumner

 昔の記事ですがScott Sumnerのブログから、”The implausivle quantity theory“(7. December 2009) を翻訳紹介。えらい先生が「貨幣数量説は正しく使いましょう」という記事を見た気がしたので。先生、日本のQEを引き合いに出すとか、こないだの「日本のQEが機能しなかった理由」含めてサムナーは知られてないですねえ…。たしか以前クルーグマン批判の当て馬にはされてたような気がしますけどっ。


仮に、金を作る産業が政府の独占で、なおかつ金の需要弾力性は1だとしよう。そして政府が独占する金供給が突然二倍になったとしよう。このとき他の商品に対する金の相対価格はどうなるだろう?半分になるだろう?これは金に貨幣としての役割があってもなくても変わらない真実だ。いわば「金のインフレ」。物の値段は金基準で二倍になる。ドル基準では変わらない。

では次に、金が金貨(純度100%)用途以外には使われなくなったとしてみよう。金歯や金の宝飾品はもうない。その時に政府が金の量を二倍にしたらどうなるだろう。たとえば一人当たり100ドルから200ドルに?この場合も他の物の値段は金基準で二倍になる。この場合は金は貨幣なのだから、単に金基準の価値だけでなく、名目価格も二倍になる。そしてこれは我々の富の一部が金であっても真実。

あなたは政府が新しい金をどこから得るのか不思議に思うだろう。政府は錬金機械を発明して、その機械をコピーすることを法律で禁じたことにする。政府は金の供給を容易に増やしたり減らしたりできる。つまり金の相対価値を望みどおりに上げ下げすることができる。

ここまで言うと皆さんは両手を上げてこうおっしゃるだろう。「それは法定不換紙幣だとどうしてハッキリ言わない?」 よくぞ聞いてくれました。もし政府が貨幣量を一人当たり100ドルから200ドルに増やしたらどうなるの。そして人々が一週間分の商品を買うのに必要なのが典型的には100ドルだけだったとしたら?人々は増えた貨幣をどうするだろう?消費する?そうかもしれないが、わずか100ドルではADを顕著に引き上げるには十分ではないし、ましてや物価水準が二倍になるまでADを引き上げることなどできないだろう。

あなたがもし上のように考え、たった100ドルの余剰ではそれほどまで物価が上がるとは想像できないとおっしゃるなら、あなたは多数派の一人だ。その見方の帰結を見てみよう。あなたは200ドルを手に入れ、物価は全然動かないとしよう。あなたの実質現金残高は二倍になった。どうして?たぶんあなたは増えた現金を捨てないだろう。またATMに行く時間を作って、好みの現金残高(例えば一週間分の消費ができる100ドル)に調整したりもしないだろう。

よく考えよう。これはあなたの行動感とマッチしているだろうか?ご自分の財布のドルの額をちょうどバーナンキが決めた通りに調整するだろうか?驚くことに、名目という意味なら答えは「イエス」になる。実質は「ノー」だろう。一週間分のモノを買える分だけの貨幣を持ちたいなら、生活をどのように調整すればそうできるか私は分かっている。

QTM(貨幣数量説)は価格理論の単純な適用に過ぎないのだが—通貨が増えると通貨の実質価値(もしくは購買力)は低下する—広く受け入れられているとは言えない。ただし留保がつくことがある。通貨は資産であるから将来期待される価値が現在の価値に影響する。一時的と見做される増加は意味がない。これはクルーグマンの議論。政府による現金増は金利をゼロに引き下げるから、その他の資産が現金のほとんど完全な代替物になる。これはケインジアンの議論。それなのに、経済学者たち時に明確な理由なしでこの思考実験を拒絶しているようだ。彼らは期待(expectation)を無視してQTMが間違いだと単純に論じる。私は頭を抱える。これはアーノルド・クリングから。

あなたの純資産が100,100ドルとしよう。100,000ドルはいろいろな資産、例えば不動産や投資信託や銀行預金になっていて、財布には100ドルの現金だとする。ある日あなたの目が覚めるとその他の資産が99,900ドル増えて財布の中は200ドルになっていた。あなたの消費はどのくらい増えるだろう?もしVが一定ならPYは二倍になるが、私はVが半分になると思う。

個人的には財布にいくら入っているかに関係なく消費するのが好みだ。現金をたくさん持っていたとしても要らないものは買う誘惑には勝てるだろう。手持ち現金が少ない場合はクレジットカードか小切手を使うだけだ。

これは一目、基本的な価格理論から単純に外れている。どうして通貨供給を二倍にすると人々が実質の通貨保有を二倍にするのか?私が何か間違っているのか? 

ところで、消費がどのくらい増えるかクリングに聞かれたらあなたはどう答えるだろう?

1.  古典派モデル: 名目消費が二倍になり、実質消費は変わらない。  

2.  ニューケインジアンモデル: 短期では名目消費も実質消費もマイルドに上昇する。長期では実質消費は変わらず、名目消費は二倍になる。伝達メカニズムは非常に複雑だが「超過現金」は短期において人々がモノを買うようになることについてほとんど役割を果たさない。むしろ、QTMによってあらゆる期待名目量の軌道が変わるという期待こそが真に強力な効果を持つ。

クリングはこんな議論もしている。

期待理論によれば、目が覚めると財布に100ドル余分に入っていて証券取引口座の残高は100ドル減っていると私が消費を増やすように調整するはずであるばかりでなく、目が覚めると来年の財布の中身が100ドル増えて証券取引口座の残高は100ドル減っていると期待されるようになっていた場合も私は消費を増やすように調整するのだと言う。私に言わせれば、これは怪しさの上に不合理を重ねたようなものである。CDO squaredの理論版というところだ。

よろしい、私はその怪しさと不合理の両方とも信じている。それどころか、もし錬金機械が発明されたがディーラーが機械を棚に並べるまで一年間待たさせることに政府がこだわったとしても、金基準での物価は直ちに上がると信じている。あっという間に。

ところでクリングは適応的期待もお好きだ。過去のインフレだけが将来に影響するというやつ。2008年10月の時点で過去12ヶ月インフレ率はまだ非常に高かったが、12ヶ月先のインフレ期待はマイナス領域まで急落した。これが合理的期待の表れだ。また1997年、英国がBOEに独立性を持たせると発表した週。英国の長期インフレ期待はその週に急落した。これを適応的期待で説明できる人はいるのだろうか?