ジョーン・ロビンソンの勝利 by Scott Sumner

スコット・サムナーのブログから “Joan Robinson wins“(March 24th, 2011) を翻訳紹介。


これ以上スゴイ知的崩壊が我々の専門分野で起こったことがあったかな? 経済学者は右派も左派も、2008年暮れFedもECBも超緊縮金融政策を採っていたとは考えない。名目金利が低かったからと言う学者が多い。名目金利は何十年も前から金融政策の指標としてはひどく不適切だとされている、と指摘しても、彼らは肩をすくめてこう言う。「なら実質金利は?」。対して私はこう答える。実質金利も信頼できる指標ではないけれど、それを言うなら2008年は7月から11月にかけての5年物TIPSは0.5%から4%と、米国史上最高のペースで上昇したことをどうして無視する? 彼らは、Fedは最大限「貨幣」注入をしていたと指摘する(実施は準備金に利息を支払っていたが)。私はこう答える。貨幣に注目する人々(マネタリスト)はベースマネーを正しい指標と見做していない。大恐慌の1930-33年だって貨幣量は急上昇していたのだから。

彼らのベストな立論はこうだ。「OK、大恐慌時代にM2は急落したけれど、今回の危機では急上昇だったよ」。こう言われるとちょっと困ってしまう。だって、1980年初期にM2も「信頼できない」指標と分かったから注目を失ったことを思い出す人は専門家たちにでさえ、ほとんどいないのだから…。でもようやくちゃんと答えられるようになった。Justin Irvingのエントリを読んでいたらとても興味深いグラフがあったんだ。 

ちょっと見ではユーロ圏の貨幣供給に別段興味深いことがあったようには見えないかもしれない。しかし、成長率は指数関数的に増大するということを考慮してユーロのM2の赤い線をたどってみてほしい。2008年に断絶があるのに気づくだろう。もしECBがユーロの安定したM2成長を維持していたらマネーサプライはどうなっていただろう?Justinは季節調整データもくれた。これがそのうちのいくつか。

Date                                  M2          対27ヶ月前比成長率

April 2004                      5339999               14.9%

July 2006                       6372397              19.3%

October 2008                8014245              25.8%

January 2011                8413040                5.0%

何年も順調に増えていたM2成長が、年率2%程度にペースダウンしている。ミルトン・フリードマンがこれを見たらなんと言うだろうか。

ケインジアンは追いつめられると実質金利が金融緩和引き締めの正しい指標だと言う。その基準では、2008年末のFedの金融政策が超緊縮的だったことになる。他方、マネタリストはM2が最善の基準だと言う。その基準だと、2008年末のECBの金融政策が超緊縮的だったことになる。つまりここ数年、FedとECBの政策がいずれも超緊縮的あったと公言する有名な経済学者が(ケインジアンであれマネタリストであれ)見当たらないのだ。おそらくは、必要に対して緊縮的だったのだ。単に引き締めていたというわけではなくて。

私は専門家たちに問いかけたい。あなたたちは金融政策の緩和引締めを測る指標としてこれが良いとか悪いとか自分で言っているものを本当に信じているのか、と。それともこの危機で、一番粗いはずの名目金利という指標に先祖帰りしたのか? ジョーン・ロビンソンがかつてこう論じたのは有名だ。「ドイツのハイパーインフレを起こしたのが金融緩和であるはずがない、なぜなら1920-23年名目金利は低くなかった」。そんな不名誉な議論から73年、我々は進歩していないのだろうか? 私は進歩して来たと思っていたのだが、これではもうその自信はないよ。[ところで現代マネタリストMichael Belongia と William Barnettは貨幣にディヴィジア指数を使うことを提案している。私が見たJosh Hendricksonの論文では2008年、米国では非常に強く金融が引き締められていたことが示されていた。]

Justinのエントリにはもう一つ別の興味深い論点がある。デンマークのM2成長は、スウェーデンはもちろんユーロ圏よりも落ち込んでいる。スウェーデンは変動相場制で2008年暮れに急激に通貨が切り下がったが、デンマークの通貨はユーロに対して固定で、デンマーク経済はスウェーデンよりかなり弱いとのことだ(NGDPおよびRGDP成長という意味で)。以下はJustin。

自分はこの問題を修士論文で扱っているのだけれど、ミルトン・フリードマンのお気に入りだったM2成長で金融政策を評価する方法を使ってデンマークとECBをスウェーデンと比較すると面白そうなんだ。M2というのは、ある経済において金融システムにどのくらいの量の貨幣が存在するかを測定するための標準的な方法。これ以上の説明はエントリの趣旨を超えるけど、もしM2が急激に落ち込んだら消費が下がるだろうし、経済は潜在成長を下回る成長しかできないだろう考えるのは妥当だと思う。残念ながらフィンランド単独のM2は分からなかった。フィンランド経済におけるユーロのストックを区別するうまい方法がなかったから。境界世界の問題になる。しかしデンマークのクラウンは、ちょうど外科医がX線で循環器を見るときに血管に注入する放射性物質のようなもの。デンマークの通貨は本質的にはユーロだが、通貨にヴァイキングのロングシップが描かれているし、電子マネーにはDKKという通貨コードが添えられているから追跡可能だ。

デンマークのクローネはユーロに対して固定されているので、中央銀行によるM2安定化は制約されている。つまり中央銀行の業務はとてもシンプルだ(カンタンだと言ってるんじゃない)。中央銀行がすることは、貨幣量を調節して市場の反応をチェックすることだけ。通常、中央銀行というものは適切な金利を想定し、実際の金利がそこに落ち着くまで貨幣を刷ったり循環から引き上げたり(蓄積している金融資産や外国通貨を売ることによって)する。金利がゼロまで下がった場合は、貨幣を刷る量を決めるために他の指標を使う。例えば株価、為替レート、消費者物価、名目GDPとか。デンマークの中央銀行は対ユーロのレートを目標として通貨市場でクローネを売買する。デンマークは開放経済かつ資本移動が自由なので、本質的には独立に金融政策をコントロールすることはできない(訳注:「国際金融のトリレンマ」)。デンマークの金利とマネーサプライは、対ユーロのレートを保持するように調整される以外にない。

Justinがやってる放射性物質の喩えはいいね。大恐慌について気が付いたことがあったのを思い出したよ。1929年10月から1930年10月の間に米国のマネタリーベースはFedの引締め政策の下で7%下落した。続く1930年10月以降のベースは増加に転じた。ただし金融緩和されたわけではない。銀行パニックの期間、Fedはキャッシュと準備金の保有量を増やす調整をしていた。しかし需要に対して十分ではなかったのだ。1930年10月以降もNGDPは急落し続けたのである。この説明が正しいと言える理由は何か?一つの答え方としては、似た経済で銀行危機が存在しない事例を探せばいい。私の記憶が正確なら、銀行パニックが起こっていなかったカナダにおいても1929-32年の期間を通じ貨幣循環量が下落し続けていた。これは米国のデフレーションが国際金本位制を通じカナダに移転していたからである。カナダは自国通貨の収縮に対して打つ手がなかった。カナダの1930年代初期は、ちょうど過去三年間のデンマークと同じだ。

美しい王女が、鏡に映ると醜い魔女のように見えるというおとぎ話がある。マネタリーベースに注目すれば1930年代初期の米国の金融政策は美しかった。しかし北(訳注:カナダ)を見れば、その真実は醜かったとよくわかる。もし今ECBが鏡を見たいなら、スウェーデンとデンマークのM2成長の対比を見ることを勧めるよ。デンマークの金融政策が本当の姿に近い。美しい光景ではないね。

それにしても、いろいろ見てきた中でもJusinのブログポストは価値高い。

PS. 確かカナダは1931年遅くに小さな通貨切り下げをしていたが、デフレを防ぐには十分でなかったと記憶している。