日本の原子炉とBPの原油流出事故にみる危機管理の失敗 by Ben W. Heineman, Jr.

翻訳リクエストが@kyslogさんからありまして翻訳しました。


原文は2011年3月17日のHarvard Business Reviewのブログ”The Conversation”に寄せられたCrisis Management Failures in Japan’s Reactors and the BP Spillである。著者のBen W. Heineman, Jr.は元GEの法務及び広報担当上級副社長であり、現在はハーバードロースクールの法曹養成プログラムと企業統治プログラムのシニアフェローとケネディスクールの科学および国際問題ベルファーセンターのシニアフェローを兼任している。”High Performance with High Integrity”の著者である。


最悪の事態では破滅に導きかねない技術的問題、不完全な危機対応プラン、誤った初期の情報、民間企業と監督官庁との間の権限の分断、効果的でなかった一連の初期対応。

これは現在の福島第一原子力発電所と六つの原子炉での状況を説明するものといえるが、同時に2010年4月20日起こったメキシコ湾での原油流出事故を説明するものでもある。

これら二つの空前の事故は、高度な科学技術を含んだ事故に対する効果的な危機管理はよく練られかつ実際によく訓練された危機対応プランに大きく依存する、ということを白日のもとに晒した。そのようなプランが実際の事故に適応していなければならないことは言うまでもないが、頑健なプランなしに勘に頼った危機管理は機能しない。これは潜在的には危険があるが経済的に重要であるような技術活動を行う企業や政府にとって極めて重要な教訓である。市民の働く民間企業の施設や公共スペースにおける核兵器や化学・生物兵器、サイバー兵器を使ったテロの発生を考慮に入れるならば、これはさらに大きな重要性をもつ。

まだ記憶に新しいメキシコ湾での原油流出事故をふまえると、危機への対応と危機管理に関連する多くの問題が日本で繰り返されたという事実は、いかに本質的に重要なことについての「議論」が容易であり、同時に低い確率で起きる大災害の混乱のさなかで実際に「実行」することの難しさ、を示している。

日本の原子炉事故は発生からまだ一週間ほどしかたっておらず、情報も印象論的でありまた断片的なものであるものの、ほぼ1年前に起きて以来念入りに分析されている[1]メキシコ湾事故と多くの面で驚くほど共通点があることに気づく。

[対応プラン] メキシコ湾原油流出事故も日本の原子炉事故も想定外ではなかった。井戸の爆発の可能性はシステム、プロセス、テクノロジーによって明確に提起されていた。激しい地震とその結果起こる津波の可能性への対応策は日本の原発依存を正当化するはずのものであった。にもかかわらず、BPとアメリカ政府、東京電力と日本政府のいずれも、危険な施設が立地する地域で十分予見し得た(しかし遠い将来でのことかもしれない)一連の出来事への対応策を用意していなかった。特に、以下で概略を述べる追加的問題についての対処法を用意出来ていなかった。

[監督官庁、民間のどちらの責任か?] メキシコ湾事故が起きた当初、アメリカ政府は危機管理と対応の多くをBPに委ねた。しかし、この原油流出事故は政府の指導、責任、および説明を必要とするような国家問題であった。民間部門と公的部門(連邦政府、州政府、地元自治体)とを連動させるようなリーダーシップを迅速かつ効果的に発揮できなかった連邦政府をBPの委員会は適切に批判した。日本では地震・津波後の多くの面で政府がリーダーシップを発揮したが、原子炉への対応の主導権を誰が握るかについては混乱が見られた。中央政府は何をすべきで、原子炉を監督する官庁は何をすべきか?フィナンシャル・タイムズの中元三千代が指摘するように、当初政府は多くの決定を東京電力に委ねた(共同タスクフォースを結成するまで)。そして、その後、政府の権力行使が必要な国家的緊急事態となっているにもかからわす、政府は東京電力を批判した。

[混乱した情報] メキシコ湾事故では数多くの事実関係についての疑問が提示された。どれだけの原油が流出したのか。流出はどうやって止められるのか。原油はどこへ向かうのか(表面およびその下層)。どうやって除去もしくは収容できるのか。環境・人間・財産が受けた損害はどうやって賠償されるのか。しかしかなりの期間、BPと政府からの反応は混乱していた。このとき政府がやるべきことは、専門家からなるワーキンググループを雇い、何が分かっていて、何が分かっていないか、現状認識を改善させるためにどのような方法が取られているか、さらにこれらの課題について定期的なアップデートがいつもたらされるのかを知らせる統括的機関の設置であった。日本も同様な問題を抱えている。原子炉の状態に関する本質的な疑問がある。原子炉周辺でとりうる物理的及び化学的対応、リスクを減少させるために取られている行動、放射線の漏出状況、健康への影響などである。しかしながら、日本国民(および世界)を混乱に陥れるような声が政府と東京電力の双方から聞こえてきた。繰り返しになるが、情報の流れをコントロールし、率直かつ明確に何が既知で何が未知であるかを知らせ、情報のギャップをどのように埋めるのかを説明する単一の統括的な機関が必要なのである。

[意思決定過程] 既に述べたように、メキシコ湾事故の発生後も何週間にもわたってBPと政府機関のどこが決定権を持っているかについての重大な混乱が存在した。一連の危機対応問題(前節を参照せよ)についての意思決定過程は—オプションの比較を含めて—明確には公開されていなかった。そして、重大な国家的危機のさなかに政府は漂流し指導力が欠如していると認識されるに至ったのだった。同様の懸念が日本にもある。誰が意思決定をしていて、どのようなオプションがあり、誰がチームの中にいて、その他の(世界中の)誰がアドバイスを送っているのかについての不透明感が広がっているのだ。このことも政府と東京電力が状況を把握出来ていないという懸念の拡大(そして実際のところコントロールを失っているかも知れない)に貢献してしまっている。

[履行と資源] メキシコ湾事故ではどの決定を誰が履行するかということと、どのような資源が必要であるかということいついても深刻な問題があった。実際、資源の準備不足が容器問題とダメージ緩和問題の深刻さを増した。日本では東京電力が発電所の人員を(4つの原子炉と戦う英雄的な50名と福島第一原発で危険にさらされている2名をのぞいて)交代させるにつれ、発電所で行われるべき決定について誰が責任を負っているのか現時点では全く不明である。さらに(日本人・外国人を問わず)当局が専門家を現地に派遣しているかも不明である。

これらは潜在的に壊滅的なダメージを与えうる生産過程、製品、プラントをもつ企業全てにとって「最悪の事態」分析によって答えを用意しておく必要がある課題である。そしてこの分析は対応プランへと作りこまれていかなければならない。政府が関係してくるような問題がある場合には(そして大抵の場合は関係するであろう)、企業は連邦政府、州政府、地元自治体と共同でプランを策定する必要がある。9/11以降、多くの企業がこの問題について地震の施設へのテロ攻撃の文脈で、もしくは企業への直接の攻撃でないとしても市民や施設、情報やサプライチェーンに重大な影響を与えるとの想定での分析を行った。

それでも危機対応と危機管理の専門家は訓練やシミュレーションなしではこれらの対応プランはクズ同然であり、100年に一度の危機が起きた場合に効力を発揮しないと指摘するであろう。軍においては軍事演習が危機的状況への対応の学び方として決定的に重要なツールになりうる。メキシコ湾事故と日本の原発事故が明らかにした危機対応と危機管理における深刻な概念上及び実践上の問題へ対処するために民間企業においても「軍事演習」の心構えが必要である。

  1. 例えばthe Report of the National Commission on the BP Deepwater Horizon Oil Spill and Offshore Drilling, January 11, 2011 を参照せよ。 []