日本(「日本の地震・津波のマクロ経済的影響」の追記) by James Hamilton

“More on Japan”(March 16, 2011)の翻訳。この前日のブログポスト“The Macroeconomics Aftermath of the Earthquake/Tsunami in Japan”(okemosさんによる邦訳はここ)(March 15, 2011)の追記的なエントリです。


日本を襲った悲劇から考えられる経済的含意についてのIlan Noyの見解に対して、私は取り急ぎ追加的コメントをいくつか書き加えたい。

この災害の経済的帰結を評価する際に、狭い範囲で起こる災害と広範囲におよぶ災害との違いを指摘しておくのは有益だと思う。9.11のテロのように、狭い範囲で起こった破壊は、もちろん恐ろしいのは恐ろしいが、ごく狭い範囲に集中しており、対応するインフラ(the response infrastructure)は無傷で残される。それゆえに被害を受けた地域への即時のアクセスが可能となる。一方、ハリケーン・カトリーナのように、その破壊規模が広範囲におよぶ災害の特徴として、緊急の被害対策や救援策の実行がいずれも物流の面で非常に困難となる。結果として、ある程度常態を取り戻すには、その過程において大きな困苦を伴う。

日本の現状はというと、発電施設や交通網を含むインフラに被害が出ている。放射性物質に対する恐怖が緊急救援の努力を阻害しているだけでなく、あらゆる種類の消費パターンに深く影響を及ぼしており、消費パターンを観察すると、需要において大きな影響があったことに加え、供給側にも考慮すべき事柄のあることが一目瞭然だ。F.D.ローズヴェルトの言葉[1]を言い換えるなら、災害という物理的な出来事より、恐怖そのものが経済的なダメージをより大きくするのだ。物理的なダメージだけでも十分に恐ろしいというのに。

以下は他の識者の見解へのリンクだ。

Michael Shumanは電気部品の供給の面での日本の重要性についてコメントしているが、他の世界各国に与える経済的影響は劇的ではないと予測している。

Arnold Klingは、特化の重要性に関する彼の理論と、より標準的な総需要- 総供給モデルを用いた場合とを比べ、今回のような震災のマクロ経済的効果に対して全く異なる含意を持つことを指摘している。

Phil Izzoは、いつものように、とても有用な他の観察者のコメント収集を行ってくれている。

Paul Krugmanは、災害が金融市場に与える直接的な影響については懐疑的である。

Tim Duyは、総合的に見て、経済的インパクトは限定的だと考えている。彼は、えてして経済学者やエコノミスト達が、経済的インパクトは人的インパクトを反映するものだと考えるあまり、こういった出来事の潜在的なインパクトを過大評価する傾向があるのではないかと考えている。

最後に。私はこれまでEconbrowserがもともと注目していた経済的インパクトについて言及してきた。ここで一つ強調しておきたいのは、きっとTimも私と同意見だと思うが、これらの出来事による経済的含意が、残りの世界にとって比較的小さな影響しか与えないことが判明したとしても、日本で驚愕する規模の人的悲劇が展開されていて、私たちがそれを注視している事実は誰にとっても疑いの余地がない。


私見ではございますが・・・

>恐怖そのものが経済的なダメージをより大きくするのだ。

日本経済は今回の震災以前からすでに経済的ダメージを受けており、
この十数年、明らかな回復をみることのないままです。
そこに追い討ちをかけるように、今回の震災。

被害の大きな地域の人々を支援するには、

支援する側に余力がなければならないと思うのです。

多少楽天的になって、できるだけ普段どおりの生活をすること。
これも災害支援にはならないでしょうか。

地震がなくても年間3万人を超える自殺者が出る国です。
その死者数を理由に、イベントが中止になったという話は、
一度も聞いたことがないのですが。

  1. Roosevelt’s memorable line, “The only thing we have to fearis fear itself.”1933年3月4日の全国規模の銀行パニックが起こった際、多くの人々の記憶に残ったであろうF.D.ローズヴェルトの台詞 「恐怖すべきはただ恐怖そのもののみである」を指していると思われる。 []