日本の地震・津波のマクロ経済的影響 by Ilan Noy

昨日のブログエントリーでも軽く触れたIlan Noyによる災害の経済学のまとめです。原発事故さえこれ以上悪化しなければ、日本経済の成長率についてのインパクトは長期的にはあまりない、という事になるのでしょうか。しかし、被災した現地への影響については長引くかもしれないと。ただ文中で言われているように、今回の地震・津波の影響は(原発はこれ以上悪化しないとしても)先進国としては未曾有のレベルなわけで、この点はちょっと懸念してしまうところですが。

いつものようにもしタイポ・誤訳などがありましたら、コメント欄にお願いします。
追記:ayakkaさんがJames Hamiltonによるこのエントリーへの追記のエントリーを訳されました。
 
 
日本の地震・津波のマクロ経済的影響 by Ilan Noy

過去14ヶ月間、我々はいくつもの非常に大きな地震を見る事になった。それはハイチ(2010年1月10日)の地震による先例がない、近代の歴史においてもっとも破壊的な天災(対人口比)から始まり、チリ(2010年2月27日)の尋常ならざる強い地震に続き、そして日本の仙台での地震により引き起こされたもっとも最近のものへとつらなった。

この災害の恐るべき被害(死者数と物理的な損害の双方の点で)はいまだに明らかではないし、この事態によって引き起こされた核危機は今現在も展開中である。しかしEconbrowserの読者は、の災害からのありうる経済的インパクトについておそらくすでに考え始めていることだろう。驚いた事にこの十年間における一連の大災害(2004年の東アジアの津波、2005年のカシミール地震、2008年の四川省の地震などなど)にも関わらず、こういった事態のありうるマクロ経済的インパクトについてはかなり限定的な事しか知られてはいない。

そのインパクトについて考えてみる前に、災害についてもっとも広く使われるデータセット(EM-DAT)がそういった災害が増加してきている事を示しているが、この増加はおそらく中規模の災害がより報告されるようになってきている為だろうという事を言っておく。真に大きな災害は同様のトレンドを見せてはいない。

           1970年-2007年の自然災害の増加

-x- 全災害(左軸) -●- 大規模災害(右軸)


Cavalloその他(2010)より

天災からの直接のダメージ

直接のダメージ、つまり建物や資本設備、原料や採収可能な自然資源などへ、そして最も重要な人間(死亡、負傷)へのダメージは、開発がされていない国ほど、そして制度の余力が小さい国ほど大抵大きくなる。ハイチとチリで2010年のそれぞれの地震によって起こされたダメージの比較がこの点を簡単に示してくれる。24万人と約500人の死者という劇的なほどに異なった結果は、政策、制度的要因、経済的条件の違いから少なくとも部分的には生じている。この事は、仙台の地震を通常のものとは異なるものにしている。非常に裕福な、そしてこういった出来事に対処する為に非常によく準備をしていると一般に考えられていた国で非常に深刻なダメージを引き起こしたからだ。最終的な死傷者数はいまだ明らかではないが、先進国を襲った天災の中では長年に渡ってもっとも死者数の多いものであった1995年の神戸地震(約6400人が亡くなった)よりもはるかに大きくなるのは明らかだろう。

短期的そして長期的な間接的ダメージ

天災からの副次的ダメージとは経済的活動へのインパクトの事を意味する。とくに、災害の後、災害の為に行なわれえなくなった財とサービスの生産についてである。こういった副次的なダメージは、インフラストラクチャーへの直接的なダメージ(たとえば、仙台エリアでの漁船へのダメージ)によって引き起こされるもの、あるいは復興の為に生産からリソースがまわされる為(たとえば、被災地域への送電の為の計画停電の結果としていくつかの産業が蒙っている問題など)に。もし非常に大規模なものになるならば、こういったコストは、経済の全般的なパフォーマンスを考察することで各種の集計値の中に現れてくる。もっとも重要なマクロ経済的各種変数、とくにGDP、財政収支、消費、投資、貿易収支そして国際収支などに計測されるのだ。経済学者はこういったコストの数値化とその規模についての説明を試みることを、驚いたことだが、つい最近になって行い始めた(この新しい分野の文献についての最近のサーベイにはCavallo & NoySharmaなどがある)。

近年のいくつかの研究プロジェクト(たとえば世界銀行のプロジェクト)の結果、災害の経済成長への短期的な影響の証拠は今ではかなり揃っていて、Noy (2009)の発見はその現れつつあるコンセンサスの典型である。一人当たり所得がより高い、識字率のより高い、そしてより良い制度の国々は災害の初期のインパクトにあまりさらされないだけでなく、そのマクロ経済もより小さい影響しか受けない(下の表を参照)。とくに近年のデータでは、大規模な天災ですら日本のような豊かな先進国の国民経済にこれといった負のインパクトを与える証拠はない。反対に、貧しい途上国は災害の大規模な短期的コストにさらされる。そしてそれが大規模な所得の損失につながりもするのだ。

         災害コストの推計値

Noy(2009)から

短期での副次的インパクトについての調査と比較して、天災の長期的影響についての文献はわずかであり、その結果も結論がでていない。GDPへの災害の長期的インパクトを計測しようとする最新の試みは、負のインパクトの証拠はないとしている(なんであれ、災害が成長率の向上につながるような「創造的破壊」のダイナミクスへの促進となるとする論文はほとんどない)。たとえば、Cavalloその他(2010)は災害に見舞われなかった場合の架空の国々を推定して、一人当たりGDPへの災害の大きな長期的効果はないとした(非常に大きな災害についてすら)。

             平均一人当たりGDP

-○-実際のデータから、-△- 災害がない架空の場合


Cavalloその他(2010)

では日本はどうか?

上記の発見からすると、今回の恐ろしい地震/津波の日本経済の成長へのありえそうな副次的インパクトはとても小さなものになると結論づけられそうだ。日本政府と日本の人々は被災地域の急速かつ力強い復興・再建に使う事ができる人的・金融的な多大なリソースを持っている。地震が何らかの長きに渡る金融的効果を持つだろうことを示唆するようなどんな証拠もない。

しかし、この判断は長期にわたる地域的なインパクトを否定するものではない。この疑問についてはほとんど全く研究がないのだが、しかしいくつかの予備的な証拠は、同様の大規模な天災が重要な地域的帰結を持ちうることを示唆している。ニューオリンズの人口はハリケーン・カトリーナの後、その地域からの劇的な脱出から回復する事はなさそうだというのは広く言及された予測だ。Coffman & Noyは同様の、ほぼ恒久的と思われる人口の減少が、1992年の破壊的なハリケーンに襲われたハワイ諸島について観察されるとしている。

勿論、こういった潜在的に恒久的な地域へのインパクトに加えて、今回の災害はその他のマクロ経済的集計値についてもインパクトを持つかもしれない。今回の災害の後に続く財政拡張は日本政府の負債レベルをさらに高めることになる。しかしこの負債は大部分日本国内に留まること、そして家計(とくに借入制約を受ける家計は。Sawada & Shimizutaniを参照されたい)は「出費の帯を締め」て消費を一時的に減少させるであろうから、こういった他の効果もまた長く続くものにはなり得なさそうだ。

一つ注意点を述べておくべきだろう:様々な原子炉が影響を受けた時の危機のインパクトについては我々はいまだに理解しておらず、上記の分析はこの危機を考慮していない。チェルノブイリのいまだに顕著な荒廃はその潜在的な破壊力について立証しているのだが。