「名目支出が低迷し続けているワケ」 by David Beckworth

以下は、David Beckworth, “Why the Ongoing Weakness in Nominal Spending? “(Macro and Other Market Musings, March 9, 2011)の訳。


ここのところ名目的な(ドルや円といった金額で測った)総支出(=名目支出)が大きく低迷を続けているが、その理由は何なのだろうか? 今次の危機に先立つ住宅ブームに伴って名目支出は急激な伸びを見せたものの、危機の過程において名目支出の水準は大きく落ち込み、今もなおこれまでの歴史的なトレンドを下回ったままの状態である。そして、低迷する名目支出は景気回復の足を引っ張り続ける結果ともなっている。名目支出が低迷している理由を考えるにあたっては、名目支出を構成する3つの要素に着目してみることが有益だろう。名目支出を構成する3つの要素というのは、「マネタリーベース」、「貨幣乗数(money multiplier)」、「貨幣の流通速度(velocity)」、である。

「マネタリーベース」はFed(アメリカの中央銀行)が直接供給する貨幣資産のストック[1] のことである。マネタリーベースは、民間の金融機関の貸出行動を通じて、当座預金や普通預金、マネー・マーケット・アカウント(MMA)といった(マネタリーベースよりも)もっと広範に使用される貨幣資産[2] の創造につながるが、マネタリーベースがどの程度マネーサプライの創造につながるかを表したものが「貨幣乗数」である。マネタリーベースがそれほどマネーサプライの創造につながらないとすれば(つまりは、貨幣乗数が小さいとすれば)、その理由はマネタリーベースに対する需要が大きいためである-反対に、マネタリーベースがマネーサプライの大きな創造につながるとすれば(つまりは、貨幣乗数が大きいとすれば)、その理由はマネタリーベースに対する需要が小さいためである-。つまりは、貨幣乗数はマネタリーベースに対する需要を表す指標である、と見なすことができるわけである[3] 。そして、当座預金や普通預金、マネー・マーケット・アカウント(MMA)といった貨幣資産がどの程度頻繁に取引に使用されるかを表したものが「貨幣の流通速度」である。貨幣の流通速度が小さければ小さいほどこれらの貨幣資産が支出のために使用される頻度が低いということを意味し、反対に、貨幣の流通速度が大きければ大きいほどこれらの貨幣資産が支出のために使用される頻度が高いということを意味している。つまりは、貨幣の流通速度は広義の貨幣資産-マネーサプライ-に対する需要を表す指標である、と見なすことができるわけである[4]

定義により、これら3つの要素-マネタリーベース、貨幣乗数、貨幣の流通速度-を掛け合わせたものが名目的な(ドルや円といった金額で測った)総支出、すなわち名目GDPである。このことを表したのが以下の式である。

BmV = PY

ここで、Bはマネタリーベース、mは貨幣乗数、Vは貨幣の流通速度、Pは物価水準、Yは実質GDP、PY(=P×Y)は名目GDP、をそれぞれ表している(この定義式は交換方程式-MV=PY-の拡張バージョンにすぎないことに注意しておこう。単に交換方程式の左辺にあるMをBm(B×m)で置き換えたにすぎない(定義により、MBm))。上の定義式の左辺(BmV)を構成する要素をそれぞれプロットしたのが以下の図である(貨幣乗数と貨幣の流通速度を計算するにあたっては、Macroeconomic Advisersにおけるマネーサプライと月次の名目GDPのデータを利用した)。


この図によれば、2008年後半に景気が大きく落ち込んで以来、貨幣乗数(青い線)と貨幣の流通速度(赤い線)との下落が名目支出低迷の原因となっていることが示されている。つまりは、マネタリーベースとマネーサプライとに対する超過需要が継続的な問題であるということである[5] 。貨幣乗数の低迷が続いている理由はおそらくは民間の銀行が貸出に乗り気ではないためであろう。民間の銀行が(準備預金を原資とした)貸出を行うことに乗り気ではない理由は、準備預金は比較的安全な資産であり、さらには準備預金には0.25%の金利が付くからなのであろう[6]。また、貨幣の流通速度の低迷が続いているということは、危機をきっかけとして上昇した実質貨幣残高[7] に対する需要が依然として危機以前の水準にまで戻っていない(低下していない)ことを示している。この図はまた、Fedがこの間マネタリーベース(黄緑の線)を劇的に増加させたことを示してもいる。他の事情にして一定であれば、このようなマネタリーベースの急増は名目支出の上昇圧力となったはずであるが、他の事情が一定ではなかったためにそうはならなかった。つまりは、貨幣乗数と貨幣の流通速度がマネタリーベースの急増を相殺するような方向に変化し、マネタリーベース急増の効果をほとんど打ち消すことになったのである。このように貨幣乗数・貨幣の流通速度とマネタリーベースとが互いに相殺しあうような方向に動いたのは偶然の一致ではない。というのも、マネタリーベース急増の大半は、QE1(第1段の量的緩和)を通じて金融システムのメルトダウンを防ごうとするFedの試みの結果であったからである[8] 。さらに、この図はQE1の問題点も示唆している。QE1の問題点というのは、QE1を実施するにあたってFedの注目が金融システムのメルトダウン[9] を防止することにばかり向いてしまい、貨幣の流通速度が低下していることを見過ごしてしまった点である。QE2(第2段の量的緩和)はこの見過ごし[10] に対処しようとする不十分ながらの試みであると言えよう。

エントリーの冒頭に投げかけた疑問に対する回答を述べてエントリーの締めくくりとしよう。名目支出の低迷が続いている理由は、貨幣に対する需要[11] が高止まりし続けているためなのである。

  1. 訳注;現金+準備預金 []
  2. 訳注;預金通貨のこと。この預金通貨と現金を合わせたものがマネーサプライ []
  3. 訳注;貨幣乗数が大きい=マネタリーべースに対する需要が小さい/ 貨幣乗数が小さい=マネタリーベースに対する需要が大きい []
  4. 訳注;貨幣の流通速度が大きい=マネーサプライに対する需要が小さい/ 貨幣の流通速度が小さい=マネーサプライに対する需要が大きい []
  5. 訳注;マネタリーベースとマネーサプライとに対する超過需要が継続していることが名目支出が低迷し続けている原因である、ということ。 []
  6. 訳注;こうして、マネタリーベースの拡大は、銀行貸出の伸び(ひいては信用創造を通じたマネーサプライの拡大)というかたちをとるのではなく、超過準備の積み増しというかたちをとることになる。 []
  7. 訳注;ここでは、実質的なマネーサプライ残高 []
  8. 訳注;マネタリーベースの増加と貨幣乗数の低下とが同時に生じているのは、たまたまタイミングが合致したというわけではなくて、貨幣乗数の低下を相殺することを意図してFedがマネタリーベースを増加させたため(つまり、貨幣乗数の低下がマネタリーベース増加の原因)、ということを言いたいのだろう。 []
  9. 訳注;貨幣乗数の低下 []
  10. 訳注;貨幣の流通速度の低下 []
  11. 訳注;マネタリーベースとマネーサプライの双方に対する需要 []