インフレターゲットの問題点 by David Beckworth

デイビッド・ベックワースのブログから、”Target the Cause Not the Symptom“(March 21, 2010)を翻訳紹介。

日本語タイトルは訳者が勝手に決めましたが、まさにそういう内容なのでお許しください。ベックワースもNGDP一派です。このエントリは、先日ご紹介したサムナーによる「インフレターゲットは有害だ」についてTwitterで話していたらvwatcher2010さんが教えてくださいました。ありがとうございます。

単純なインフレ目標政策にはどのような問題があるかが教科書風にわかりやすく説明されています。


先日IMFのオリビエ・ブランシャールが通常の2%インフレ目標に代えて4%を目標とする政策を提案した。彼の議論の中心は、そうすることでゼロ制約の問題をあらかじめ遠ざけておけるだろうというもの。ウォールストリートジャーナルはこうまとめていた

「4%のインフレ率にしておけば」とブランシャール氏は語る。「安定した経済における短期金利は6から7%付近になるだろう。短期金利がゼロに近づき引き下げがほぼ不可能になるまでの大きな引き下げ余地が中央銀行に与えられることになる。」

この提案に対してはブログ界でも Ryan Avent, Mark ThomaDavid Altig らが次のような理由で反論している。(1)ゼロ制約は金融政策を真に制約するわけではない。(2)高いインフレ率は相対価格の歪みを増す。(3)論拠がごちゃまぜで、高インフレのメリットが確実だと言えていない。というものである。それらも一理あるだろうが、私はブランャールの見解にはそもそも根本的な問題があると考える。そもそもインフレ目標は、それが何%であれ、マクロ経済の不安定性の根底にある原因である総需要(AD, aggregate demand)へのショック及び総供給(AS, aggregate supply)へのショックに対してでなく、派生的な徴候に反応するだけなのだ。ADショックにしか有効な対応できない金融政策なのが問題だろう。インフレをもたらしたのが需要か供給のどちらのショックなのかを区別できなくてはならないのだ。しかしインフレは簡単には解析できない場合がある。例えば、突然急激なインフレが起こったとして、それは正の総需要ショック(例:家計支出の加熱)のために起こったのか、それとも負の総供給ショック(例:原油価格の一時的急騰)のためなのか?インフレ目標は前者の場合ならば、過剰需要を抑制することで正しく機能するのに対し、後者の場合は経済活動をさらに制限してしまうため事態を悪くするだけに終わる。金融政策の目標はインフレ率ではなく、マクロ経済の不安定さに実際に影響している根本原因、ADであるべきなのだ。そうしていれば2000年代の米国経済をもっと安定にすることができたし、今回の危機の間私が繰り返ししてきたことだ(これこれ)。

ADを目標とすることの重要性は、AD-ASモデルで簡単に説明できる。ここではタイラー・コウエンとアレックス・タバロクが開発し、彼らの新しい教科書に出ているAD-ASモデルを用いる。このバージョンのAD-ASモデルでは、名目成長を量でなく率の二軸に乗せる。下のように5%のAD成長率は2%のインフレ率と3%の実質成長率に分解できる。 

では、2%のインフレ率だけを目標とした金融政策の場合における四種のショックを検討しよう。最初に、例えば拡張的な財政政策による正のADショックがあった時にどうなるかを見てみよう。 

 正のADショックが経済を完全雇用状態以上に押し上げ、インフレ率は3%に、実質成長は4%に跳ね上がったとする。このときAD成長はは7%に加速している。高インフレに気づいたFed理事たちは2%のインフレ率に戻すための金融引締めを実施し、そうすることで経済を完全雇用状態に押し戻す。このケースでは、2%のインフレ目標が素晴らしくかつ効果的に働いている。

次に、例えば経済の確実性が急落する場合のように負のADショックが起こる場合。

負のADショックによってインフレ率が-2%に反転し、実質成長が-3%に下落したとする。このときAD成長率は-5%だ。Fed理事たちはデフレに気づき、インフレ率を2%に戻す金融緩和政策を採り、そうすることで経済を完全雇用状態に復帰させる。このケースでも2%のインフレ目標が素晴らしくかつ効果的に働いている。スコット・サムナーは2008年暮れから2009年初頭にかけての名目支出の大クラッシュの背景にはこのタイプのショックがあったと論じる。もしそうなら–私は同意するのだが–インフレ目標はFedにとって驚くべき働きをしてくれていたはずだ。

ここまでの例ではインフレ目標が機能している。しかしここまではADショックへの対応だけを見ただけだった。インフレ目標はASショックに対してもうまく機能するだろうか。まず、例えば原油供給の一時的な急落のような、負のASショックを検討しよう。まず短期AS曲線(SRAS)が左にシフトする。 

負のASショックによりインフレ率は3%に上昇し、実質成長は2%に下がった。純粋なインフレ目標の場合、Fed理事たちはインフレ率の増加に気づき、2%に引き下げるための金融引き締め政策を実施する。しかし上の二番目の図が示すように、そのように反応はAD成長を2.5%に引き下げ、単に経済をさらに弱めるだけのことになる。何もせず、AD成長率を5%安定状態で維持すれば害はなくずっとマシだ。ADの5%成長率を保てば、負のASショックは一時的なのだから、最終的には経済は完全雇用水準に戻る。このケースではインフレ目標は安定化に失敗している。

最後のシナリオを検討しよう。大きな技術革新によって正の永続的なASショックがあった場合(つまり正の生産性ショック)。このショックはLRAS曲線を右にシフトさせる。

この正のASショックによってインフレ率が1%に下落するが、実質成長率が4%に上昇したとする。Fed理事たちはインフレ率の下落を見て、2%目標に復帰させるための金融緩和政策を採用する。しかしそうすると、AD成長率が7%に押し上げられ、実質成長は完全雇用水準を超え、長期的に維持できない5%に上昇してしまう。やはり何もせず、AD成長率を5%安定状態で維持すれば害はなくずっとマシだ。何もしなければ好況と不況のサイクルに突入することなく完全雇用を保てる。このケースでもやはりインフレ目標は安定化に失敗している。留意すべきは、正のASショックは無害なデフレ圧をもたらすが、これは上に述べた負のADショックによる有害なデフレ圧とは全く異なるということだ。この区別は2003年と2009年のデフレ懸念の違いを理解する助けになる。

では、以上の分析から得られる大事なことは何か。第一は、インフレ目標はそのマクロ経済の変動の原因が主としてADショックであった時にのみ効果的であるということ。ASショックも大きい場合、インフレ目標は不安定要素になり得る。第二は、マクロ経済の変動を最小化するためのずっと効果的なアプローチは、ADを安定化することだということ。上記のいずれのシナリオでも5%付近を目標とするAD成長の安定化が必要だ。

以上の分析から、Fedは与えられた物価安定と完全雇用という二つの目標に照らし、インフレ率の安定化だけを目指すのではなく、産出ギャップにも注目しなければならないということが明らかになる。また、Fedは暗黙にテイラールールに従うことで概ねこのようなことをしてきた証拠が十分なほどある。ジョシュ・ヘンドリクソンはthe Great Moderationの期間におけるFedはADを効果的に目標にしていたと主張している。これが正しいとすると、Fedはテイラールールに暗黙に従っていたのではなく、時に純粋なインフレ目標に従うような方向にテイラールールから柔軟に逸脱していたということになる。言い方を変えれば、そんな時FedはADよりもインフレ率を安定化し過ぎて失敗していたのだ。例えば、2003年にデフレ懸念が生じた際のFedは、まるで純粋なインフレ目標派のように行動した。インフレ率が低下した理由は経済が弱まったことではなく、生産性が急上昇してインフレ率を押し下げていたためだという証拠があったにも関わらずインフレ率の安定化を目指したが、その結果当時のAD成長は安定化にはほど遠いものになった(訳注:FFレートとFINSALをプロットしていますが、FINSALとはGDPから在庫の影響を除くことにより最終消費の動向を鋭敏に反映するようにした指標です)。こう分析すると、より根本的な問題はFedが単に余りにもたびたびAD安定化に失敗してきたということになる。その代表例が先ほど触れた名目支出の大クラッシュであり、大恐慌時代の1930年以降で最大の下落となったのである。

結論として、金融政策はマクロ経済変動に表れる徴候ではく、変動を支配している原因を目標にすべきである。 オリビエ・ブランシャールの提案はそうではない。 それはせいぜい原因であるADの安定化を犠牲にし、徴候であるインフレ率にFedの注意を向けさせるだけの効果があるだけだろう。