俺たちが教えていることが正しいとは限らない by Scott Sumner

スコット・サムナーのブログから”The things we teach that aren’t true“(February 25th, 2011)を翻訳紹介。次のことを念頭に置いて読むといいです。

  • 不十分な(市場の期待に満たない)金融緩和は実質的に引締めになる、という持論。リーマンショック直後2008年末のバーナンキFEDの「緩和」はまさにそれであり、そのため長い不況に陥っているという主張をずっとし続けてています。マネタリーベースを増やすのもいいが、名目GDP目標にしっかりコミットすればよかった、との意見。
  • 「名目GDP成長率 = 実質GDP成長率 + インフレ率」 であること。サムナーにとってインフレ率は最後に決まるものであること。

すべての経済学の教科書には間違いが書いてあるという本なら誰でも書けるよ。コースが文句を言っていたことを思い出す。民間が灯台を供給していた事を彼が示した後も、相変わらず経済の教科書は灯台を政府だけが供給する財の例に使い続けてるって。

1970年代の高インフレは供給ショックが原因だったとか、少なくともそういう印象を与えるように教科書で書かれ続けているのが何故なのか私には分からない。高インフレを引き起こしたのは金融政策だったのに。以下のデータの通り、1970年代から1980年代初頭にかけて名目GDPは非常な上昇を遂げた。実質GDPは他の時期とほとんど変わらず3%成長だったから、名目GDPの急上昇と合わせて大インフレ時代の条件を満たしていた。あとは何がこれほどまでの名目GDPもしくはM×Vの急増をもたらしたのか、だけだ。

1970  5.5
1971  8.5
1972  9.9
1973  11.7
1974  8.5
1975  9.2
1976  11.4
1977  11.3
1978  13.0
1979  11.7
1980  8.8
1981  12.1
1982  4.0

オイルショックが名目GDPに影響をもたらしたとしても、それは収縮的なものなはずだ。1974年および1980年はそれゆえ名目GDP成長が低下している。このようにオイルショックは一時的に実質GDP成長を抑制するので、インフレ率が数年間高くなることは説明できるが、エネルギー価格のショックは大インフレ時代の全体に対してはほとんど寄与しなかったと言える。

Marcus Nunes氏がバーナンキ、ガトラー、ワトソンによる1997年の論文を引用してきた。

原油価格上昇のようなマクロ経済のショックは、システマチックに(内因的に)金融政策の反応をもたらす。我々は外征的なショックの影響を、ショックが直接的に影響した部分とショックに反応した金融政策に由来する部分とに分解するVARに基づく技法を開発した。標準誤差は大きいが、我々のモデルでは、原油価格ショックが不況をもたらしたインパクトは、原油価格上昇そのものよりも、内生的な金融政策引締めに由来する部分の方が大きいことが分かった。

バーナンキは、2008年半ばの原油価格高騰に反応して金融政策の引き締めた当時、この理論を実践しなければならなかった。1974年および1980年よりもずっと強力な引締めになってしまったのだ。過去の二回の例では名目GDP成長の減速はわずかだったが、実質成長はそれよりかなり大きく減速し「スタグフレーション」になった。対して2008年は引締めが強すぎたため、2009年にディスインフレ不況を引き起こしてしまった。

ところで前にGDPデフレータのデータを見ていて面白い事に気づいた。私が生きてきた期間で(私は1955年生まれ)GDPデフレータが1%以下だったことは二度しかない。いつだったかわかるかな? ヒント。それは右翼経済学者たちが、Fedの一見緩和的な金融政策が宇宙ロケット級の高インフレを引き起こすだろうと予言していた2008年暮れの後に続く二年間。マネタリーベースを二倍にした、そのたったの二週間後からだ。そう、GDPデフレータが1%以下だったのは2009年と2010年だけ。

バーナンキらの論文の帰結は、FEDは供給ショックに過剰反応してはならず、さもなくば不況の引き金を引いてしまうというものだった。今回の原油価格急騰に彼らがどう反応するかに注目しよう。初期の対応からは彼らが何か学んだようには見えない。

水曜日にFedのタカ派リーダーの一人は、コモディティ価格の上昇に対して金融緩和政策を維持するリスクについて警告した。

PS. 1979はイラン革命があったからジミー・カーター大統領は「不運」だったと考える人たちがいる。革命前の数年(原油価格が安定だった期間)の名目GDP成長を見てくれ。