マネタリズムは死んだ。quasi-マネタリズムは永遠に。by Scott Sumner 

日銀って異常なマゾだそうです…。スコット・サムナーのブログから、”Monetarism is dead; long live (quasi) monetarism“(February 13th, 2011) 


 ブラッド・デロングがこのポストで(訳注:翻訳はこちら)私をマネタリストであるかのように扱っている。そのイデオロギーは2006年にミルトン・フリードマンが亡くなった時に死んだ。フリードマンは、金融政策のスタンスはM2成長率で特徴づけることができると信じていた。FedはM2成長を安定化させるべきであり、その時点の金融政策が将来の総需要に影響すると信じていた。そんなマネタリズムは死んだ。 

私のようなQuasi-マネタリストは全く異なった見方で世界を見る。マネー総量は金融政策スタンスの良い指標ではないし良い目標でもない。今のMの変化が長い可変ラグ期間を経て将来の総需要に影響するのではなく、Mの期待経路(the expected future path of M)がラグなしですぐに総需要に影響するのだ。私は政策期待の役割という意味ではウッドフォード主義者であり、名目量の変化は究極的には評価媒体(the medium of account)の需給の変化によって起こると信じているという意味ではフリードマン主義者なのだ。(Nick RoweのようなQuasi-マネタリストなら交換媒体を使うだろう) 

ブラッド・デロングは、たとえマネーサプライを増やしても金利が下がり貨幣流通速度も落ちるなら帳消しになってしまうと心配する。彼はジョン・ヒックスを引用する。しかしヒックスは通貨が金にペッグされた世界、もしくは将来もペッグされると予想される世界に生きていた。金本位制の一番の問題は、中央銀行が供給可能な貨幣量が金準備によって制約されることにある、という点だと私は考えてきたものだ。。そんな政策環境ならばブラッドの言うことは非常に深刻だ。しかし私は今や、金ペッグが将来の期待物価水準を制約する問題が大きかったのだと考えている。ここの重要さを知るためには、現代において政策とは本当は金利でもマネーサプライ(の今の変化)についてのものではない、ということを理解する必要がある。政策は物価およびNGDPの将来期待経路の変化についてのものであり、そのシグナルとして金利目標やマネーサプライ(QEのような)の変化が使えるということなのだ。 

そう、マネタリーベースを二倍にしても物価水準には影響しない。ポール・クルーグマンが1998年に、私が1993年にこれを示した。うまく行かない(二人とも同意見)理由は、金利がゼロに張り付くことではなくマネーサプライの増加が一時的と期待されることだ。永続的だと予測されるマネーサプライの増加は将来の期待NGDPを引き上げるだろう。ウッドフォードは、今の総需要を決定する最大の要因は将来の総需要であるということを示した。このことは、最初の貨幣注入の時の金利がゼロかプラスかとは無関係に成り立つ。短期金利がどうであろうと、マネーサプライを二倍にしてもそれが2か月後に回収されると期待されるならほとんど無効であり、短期金利がどうであろうと、マネーサプライを永続的に二倍にするならば大きな効果がある。 

短期金利とマネタリーベースを原因因子として考えるのをやめ、これらはシグナリングデバイスと考えなければならない。従って「総需要を加速するにはどくらい量のベースマネーが必要?」(デロングがよく言うように)というのは正しい問いではない。「中央銀行が6%のNGDP目標を約束した時に、人々はどのくらいのベースマネーを望むだろうか?」と問うのが正しい。 

ほとんどの経済学者は低金利と膨れ上がったベースマネーは「金融緩和である」と間違って考え、いったいどのくらい緩和すれば刺激として働くのかと絶望してしまう。これは物事を後ろ向きに捉えている。NGDP成長期待ターゲットを実現するのに必要なベースマネーはどのくらいだろうかという唯一の測定法で見れば、マネーはずっと強く引き締められていた。だからこそ金利は低く抑えられ、ベースが膨れ上がったのだ。もしFedがもっと高めの将来NGDP軌道を目標にすると約束していたら、そして水準目標政策(未達分を取り戻す)を採っていたら、ベースマネーの需要はおそらく今よりずっと小さかっただろうし、名目金利はもっと高かっただろう。フリードマンが日本について言ったように、超低金利は金融緩和の兆候ではない。それは引締め過ぎの兆候なのだ。 

NGDPの期待成長を約束することは将来のマネーサプライを約束することに相当する。しかし今のマネーサプライを引き上げると約束することではないし、今の金利を引き下げると約束することでもなく、市場が予測しているよりも長い期間ゼロ金利を続ける(ウッドフォードが主張するように)ということでさえない。それらの変数はすべて内生的だ。 

フリードマン主義者のマネタリズムは、良い右翼経済学と調和しなかったゆえに死んだ。長く不定なラグという考え方では、フリードマンとシュワルツが重要とした政策ショックに対して市場がしばしば反応しないという現実を説明できない。X%のマネーサプライというルールはできの悪い政策で、目標インフレーションを引き起こすであろうベースマネーを市場に決めさせる政策にも劣る。信じられないって?なら、FedにTIPSスプレッドを安定化させるというロバート・ヘッツエルの1989年に提案を晩年のフリードマンが支持したのはなぜ?私がやっているのは、単にもしフリードマンが1955年に生まれ、IQが30低かったら展開していたであろう金融経済学だ。彼がもし巨人の肩に乗ることができたなら。アーヴィング・フィッシャーのような巨人…そう、ミルトン・フリードマンの肩に。 

Part 2.  クルーグマンだけはゼロ金利制約を理解しているが、 彼ですら本当には分かっていない 

ポール・クルーグマンは流動性トラップを理解しているのは自分だけだとポストしたことがあった。激怒する気持ちはわかる。私もしょっちゅうだ。(もちろん冗談) 

ゼロ制約は問題ではないと主張する私が正しいなら、どうして中央銀行はあんなに苦しんでいるのかって?よくわからない。日本銀行(BOJ)は本当に0~-1%のインフレーションが好きなのだろうとだんだん確信するようになった。彼らはそのように行動している。クルーグマンはこれに同意しない。私は米国は日本のようにはならず、最終的には流動性トラップから脱出すると信じている。しかし確実とは言えない。Nick Roweも米国の政策がゼロ制約でマヒしているように見えるということについて良い説明をしている。名目金利はFedが大衆に将来の政策の方向をシグナリングする方法だったと彼は論じる。 長期の投資に実際に働きかけていたのはFFレートではないと。我々は、Fedが積極緩和した時に、しばしば長期金利が短期金利と逆方向に動いたことを知っている(2001年1月、2007年9月)。いや、Fedは、「FFレート目標を切り下げることで、我々は長期的にNGDP成長率を引き上げるにに十分なベースマネーを供給する意思があるという合図を出す」と言ったということだ。彼らが政策への期待を変えるために利下げをしたならば、そういうこと。金利調整のうち80%は単に水面下で生じている均衡利子率の変化を反映したものにすぎず、(金融政策のスタンスに関する)人々の期待を変えようとの意図に基づいてなされたものではない。

名目金利がゼロになるとFedは(一時的に)沈黙するとニックは言う。政策の方向性について市場とコミュニケートする方法が分からなくなるのだ。最終的に状況が悪くなると別の言葉を開発する。量的緩和、インフレ目標、水準目標、為替レートの切り下げ、準備金金利の引き下げ、などなど。私も以前指摘したように(Jジム・ハミルトンも)、QE2はメカニズムという意味ではほとんど意味がない。しかしNGDP成長のスピードを上げたいのだというFedの新しい決断を市場に確かに伝えた。そして機能した。2010年の9月と10月のFEdによる重要なスピーチの後にNGDP成長期待が高まった。QE2を暗示するスピーチだった。 

こんな方法で物事を見始めると、すべての意味がつながってくる。このブログにも、財政マネタイズは確実な刺激策の一つだとコメントする人が多い。しかし日本が過去17年以上にわたって発見したように、そうではない。マネーサプライの増加が一時的ならば期待物価水準は上昇しない。そんな状況の財政支出でインフレにできるわけがない。なるほど歴史的に財政マネタイズはほとんどの場合インフレを引き起こしてきたが、それは他の中央銀行がBOJのような異常なマゾではななかったからだ。彼らは物価水準が12年動いていないのに、2006年にマネタリーベースを20%減らしたのだから! 

財政マネタイズがほとんどの場合「機能」しないということではない。確信するのだが、もしFedがヘリコプターから貨幣をばらまき始めたら、人々はすぐにFedは将来の政策について「コミュニケート」しようとしていると気づくだろう。しかし、彼らは単に「より高いNGDPかより高い物価水準を望む」と言えばいいのにそんなことをする必要があるだろうか?Fedは今のところ名目目標のようなものを設定することを拒んでいるのだから、ずっと我々がもたついているのも不思議ではない。 

名目ショックが重要だとは考えない人のブログを読んでもこの21世紀の「新しいマネタリズム」には到達できない。新しいマネタリズムは、むしろ期待の役割のより洗練された理解に立脚したものになって行くのだろう。最終的にはマクロとファイナンスは融合するだろう。「金融緩和」とは低金利ではなく、その時点のマネーサプライ増でもない。「金融緩和」とは、目標とする将来のNGDPを上回ることであり、「金融引き締め」とは下回るということになるだろう。その時にこそ我々は20世紀のマクロ経済学とという混乱したバベルの塔を解体し、皆が一つの言語を話し始めるようになる。その時にこそ、我々は本当の(real)問題にフォーカスできるようになるだろう . . .実質(real)の問題に。 

PS. コメント欄でマーク・ソーマのこのエントリを挙げて、これが私のQE2の見解に対して向けられたものだと思うと言う方がいた。マークは私の名前をどこにも書いていないのでそうなのかは分からないが私のエントリの一つにリンクを張っている。言えるのは、彼の議論はQE2が機能しているという私の主張とは関係ないということだ。なぜなら私の議論はQE2がどのように経済に影響するかの話ではなくて、市場の期待にどう影響するかの話だから。QE2の噂に直ちに期待が反応したように、ポリシーラグの心配も同定問題も存在しない。そこでは(訳注:主語が「I」となっていましたが「It」と考えました)実際の経済の中のいろいろな動きについて論じられているが、他の人は興味があるだろうが、私には関係ない。私に必要な情報は2010年11月3日(訳注:QE2が発表された日)以前のものだけだった。  

PPS. ブラッドの質問に答えていなった。私のモデルの中では金融資産が果す役割は無い。私の観点では、将来のマネーサプライ(マネー需要に対しての)の期待がNGDP期待を引き上げる。これによって実物資産や価格が柔軟な物品の価格が直ちに引き上げられる。また貨幣流通速度を加速することにより、名目消費も上昇する。賃金は硬直的なので産出が増える。お望みなら金利についても触れると、私の見方ではこの伝達メカニズムと金利は関係が無い。金利は原因因子ではない。経済で起こっていることを反映するだけだ。つまりは、ディスインフレや産出の低迷は低金利をもたらすことになり、反対に、インフレの加速や産出の伸長は高金利をもたらすことになるのである。 

そう、財政政策が「機能」してほしいとFedが思うなら、Vを加速することで機能するようになる。しかしFedはそう思うのなら単に金融政策の仕事をすればいいだけである。

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  • http://twitter.com/vwatcher2010 VOX watcher

    はじめまして。常日頃より参考にさせていただいております。恐れ多いことではありますが、訳に関して何点か気づいたことがございますので、何らかの参考にでもしていただければ幸いです。

    (第3段落)

    貨幣循環速度→貨幣の流通速度

    「金本位制の一番の問題は、中央銀行の貨幣印刷が制約されることよりも、金に戻れるという点だと私は考えてきたものだ。」

    →「金本位制の一番の問題は、中央銀行が供給可能な貨幣量が金準備によって制約されることにある、という点だと私は考えてきたものだ。」

    (第10段落)

    「金利調整のうち80%はワルラスの均衡利率の変化にほとんど反映しておらず、これでは期待を動かそうとしたわけではなかったということになる。」

    →「金利調整のうち80%は単に水面下で生じている均衡利子率の変化を反映したものにすぎず、(金融政策のスタンスに関する)人々の期待を変えようとの意図に基づいてなされたものではない」

    (第11段落)

    交換比率の切り下げ→為替レートの切り下げ(通貨安)

    (最後から2番目の段落)

    「逆のメカニズムにより、ディスインフレや産出の低迷は低金利をもたらす。」

    →「つまりは、ディスインフレや産出の低迷は低金利をもたらすことになり、反対に、インフレの加速や産出の伸長は高金利をもたらすことになるのである」

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    いつもありがとうございます。
    全部頂戴しましたー^^

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