価格ショック・賃金・名目GDP by Scott Sumner

スコット・サムナーのブログから Price shocks, wages, and NGDP(February 2nd, 2011)を翻訳紹介。英国についての考察が興味深いので。紹介しませんがコメント欄も面白いです。


インフレについてのクルーグマンの見解にはほとんどいつも賛成だ。我々は二人とも米国の金融財政政策が高インフレを引き起こすという主張にずっと懐疑的である。クルーグマンは景気の沈滞を指摘し、私はTIPS(訳注:Treasury inflation-protected security 物価連動債)スプレッドに注目する。クルーグマンは最近のポストで次のような見解を述べている。

. . .我々が賃金は究極的にコアプライス(訳注:変動が少ないという意味のコア)だと考えるとすると、現代のアメリカではコモディティ価格の上昇が高い賃金契約に結びつくメカニズムは存在しないように思われる。

しかし歴史的なデータはどうなっているだろう?それは時代次第だ。 . . .

70年代に二度の大きなコモディティ価格のショックは実際直ちにコアインフレ率に組み込まれた。しかしそれ以降はナシ。

違いは何か?ハッキリしているのは70年代は多くの労働契約に生活費調整(COLAs: cost of living adjustments)が含まれていたということだ。このことは部分的には労働者の立場が強くなったことを反映しているし、金融政策がインフレを抑え込めるのかという疑いを生じさせるものだった。現代はそうではなく、COLAsはほとんどなくなったし、コモディティ価格の変動は全く賃金に反映されない。

私に言わせればここでCOLAsを持ち出す必要すらない。賃金は名目GDP(NGDP)成長のトレンドの影響を受けるもので、1970年代は不況の期間でさえNGDPの成長率が非常に高かった。1971年4月から1979年4月の間でNGDPは11%の率で成長したし、さらに1980年はマイルドな不況だったにもかかわらず9.6%成長した。このNGDPのトレンドは金融政策が決定するという分析は、1970年代は「金融政策がインフレを抑え込めるのかという疑いが生じた」というクルーグマンの見立てとも矛盾しない。ただしインフレを「抑え込む」という表現は、あたかもインフレが逃げ出した野生動物で、Fedがこれを統制すべきものであるとの印象を与えるので少しミスリーディングだ。大インフレはFedが引き起こしたのだから。

知ってのとおり、私はよく「価格の変化から推論してはいけない」と言う。賃金に対するインパクトならば、NGDPを論じたほうがずっと良いのだ。物価から賃金へのインパクトは、物価の上昇が需要要因か供給ショック要因のどちらによるものなのかで全く異なるのに対し、NGDPから賃金への影響は常に安定している。2008年半ばがそうだったようにNGDP成長が早くない時は、高い消費費物価が賃金に影響しない。エコノミスト誌 も英国について似たような観察をしていた。

しかしコモディティ価格やVATの上昇によって引き起こされるインフレ—余剰生産力がある経済における—は過剰な需要と賃金スパイラルによって引き起こされるそれとは全く異なる。それは家計を絞り上げ、他の税収を落とし、消費者支出を抑制する。中央銀行はすぐに金融引き締めをせよとの声に直面しているが、それが正当なのはインフレが期待に組み込まれ、賃金が上昇するような兆候があるときだけである。

驚くようなことではないが、インフレ率は今年いっぱいは高いだろうと家計は予測している。しかし今週発表された公式な数字では賃金スパイラルの兆候はなかった。平均収入は2.1%上昇しただけで、過去の標準に比べ非常に抑制されている。公的部門の職は減り、賃金も2年間結されようとしており、労働力の8%に近い250万人の失業者がいるようなときに賃金が離陸するとは考えにくい。若者の失業率は20.3%と、統計が始まった1992年以降最高の水準に達している。

経済には明らかに余剰の生産力がある—イングランド銀行がインフレの再燃を一時的だと主張する最大の理由だ。イングランド銀行は行き過ぎたインフレが定着し、その見通しが間違いだったと証明されるにつれ信頼を失った。

[元の文章の不適切な段落を削除した]

ケインジアンは賃金上昇の要因を経済の沈滞に求めがちだ。それはやや単純過ぎる(1970年代について見たとおり);より洗練されたケインジアンモデルでは期待インフレで説明する。また公平を期して言えば、回復期(GDP成長に対して賃金上昇がしばしば小さい)においては「沈滞」モデルがNGDP成長率モデルより優れているようにも見える。

しかし、回復期に賃金の上昇がNGDP成長より遅れることにも良い説明がある—収縮期の賃金の下落もNGDPの低下より遅れるということだ。つまり回復の初期段階の賃金は、直前の総需要下落に相当する水準までには調整され切っていない。ケインジアンモデルは賃金の循環的な変動をよく説明するが、長期的な賃金成長のトレンドやNGDP成長のトレンドを上手く説明することができない。それゆえマネーの量という考え方が必要なのだ。

英国は興味深いジレンマに直面している。BOE(the Bank of England)は明らかに物価でなくNGDPが需要の指標としてベストであると分かっている。彼らは12月の総合インフレ率3.7%(年次)という数字に反応して金融政策を引き締めるのは間違いだと分かっている。しかしほとんど全ての人々が中央銀行の仕事はインフレ率をコントロールすることだと(間違って)考えているという事実にBOEは制約されている。

対照的に、財政政策はほとんど常に実質GDP成長との関連で評価される。そのような二分法は意味をなさない。金融政策で需要をシフトさせてインフレーションをコントロールするとか、財政政策で需要をシフトさせて実質GDPをコントロールするなどと主張するマクロモデルはいかなる学派の考え方にも存在しない。けれども英国のQ4の実質GDP成長が残念ながらマイナス0.5パーセントだとわかったとき、ほとんどの論者はBOEのことには触れず、新政府の緊縮財政のことを指摘した。先日のAEA meetingでNGDPの重要性を強調していたブラッド・デロングでさえ英国の実質GDPの記事を引用している。実質GDPは需要刺激についての情報を何らもたらさない。公平を期して言えば、私は英国のNGDPの問題がラグ期間を置いて、しかしずっと深い問題として露わになっていくと思っている。報道メディアはなべて財政政策は実質GDPの、金融政策はインフレの問題と捉えている。両方をNGDPの問題として捉えない限り、財政と金融政策にそれぞれふさわしい役割を割り当てる適切な政策レジームに到達することはできない。

英国の政策が失敗する二つの道が考えられる。 一つ目は、BOEは暗黙のNGDP目標を外れてしまうかもしれない。どうしてか?英国が流動性トラップ下にあるからではない。実際BOEはこの夏にも引き締めを行うと見られている。英国は望みさえすればいつでも通貨を減価することができる。0.25ポイントの引き下げ余力すらある。3.7%のインフレ率という状態で流動性トラップを語るのは狂気の沙汰だ。 BOEが失敗するとすれば、政治的な混乱をもたらす消費者物価指数への恐怖によって理事たちがボール(NGDP)から目を離してしまうためだろう。しかし、BOEの政策によってNGDPを加速させられなかったとしても非難されるのは緊縮財政だろうと予言しておく。

あるいは、ゴードン・ブラウンの政府が国のサイズを大きくしたことで英国経済の供給サイドに大きなダメージを与えたことが失敗の原因になるかもしれない。供給側の失敗ならスタグフレーションとなって現れるだろう。つまりNGDP成長が適切であってもインフレ率は高く実質GDP成長は低くなる。第4四半期にはスタグフレーションの兆候が見られたが、結論には時期尚早だ。おそらく向こう数年インフレ率は低いままだろう。

もし政策が供給要因で失敗する場合も、その原因は広く需要要因、とりわけ緊縮財政であるということにされるだろうと予言しておく。人々が実質GDPにばかり注目していて、NGDPにはほとんど誰も注意を払わないから。