利子には注目するな by Scott Sumner 

 Don’t pay any attention to interest rates(3. August 2010)の翻訳紹介。 


利子そのものにではなく、利子を変化させるものに注目せよ。 

今回のポストはタイラー・コゥエンの「金利は気にするな(Don’t obsess about interest rates)」と題されたポストにインスパイアされたものだ。彼に同意するけれど、もう少し極端なスタンスを取ってみよう。 

金利に行く前に、別の分野–賃金–における同定問題に少し触れておきたい。豊かな国の労働者は中国のような低賃金国とは競争できないという議論がある。これに対する反論には、例えばドイツは過去10年の大半の期間輸出が世界のトップクラスだったというものがある。バングラディシュの人口はドイツよりずっと多いが輸出は比べものにならないほど少ない。さらにそれに対して、いやドイツは生産性が高いから高賃金なのであって、他の条件が同じならば高賃金は貿易に不利だという再反論がある。しかし結局、他の基本諸要因をすべて考慮するならば賃金はどうでも良くなるということを理解しない限りこの議論は不毛だ。 

もっといい比喩があった。マサチューセッツ州は1980年代に靴や繊維製品の職を大きく失ったが、これは高賃金のせいだったのだろうか?もしそうなら、どうして州の失業率が上がらなかったのだろうか?経済学者はここで古き良き比較優位モデルを持ち出す。ハイテクやヘルスケアや金融部門のブームが高賃金の仕事を生み出したのだと。それらが生活費の上昇を招き、低賃金の仕事を追いやった。つまり米国の低い賃金の職業は、メキシコや中国の低賃金労働に奪われたのではなく、他の産業の高賃金労働に文字通り押し出された(もしくは駆逐された)のだ。創造的破壊だ。 

では賃金の役割を考えてみよう。賃金は根本問題ではない。高賃金とはハイテクブームと低賃金職業の減少を橋渡す、ある種の伝播メカニズムだと言うのが正しい。それならどうして高賃金が古い産業を駆逐したという人たちに反対するのかって?賃金は別のたくさんの理由で変化するからだ。たとえば製靴業では労働組合の組織率がとても高くなって賃金が吊り上がったからだとか。あるいは上に書いた創造的破壊のプロセス–ハイテクブームでその地域の賃金が軒並み上がったとか。事情は、賃金が変化する理由によって全然異なる。賃金が上がった理由を考慮しない限りマサチューセッツ州から製靴産業の仕事が失われた理由を説明することはできないのである。 

話はここで金利と関係してくる。タイラー・コゥエンがリンクした Glaeser, Gottlieb, and Gyourko (GGG)の研究によれば、住宅価格ブームの原因のうち、低金利が占めるのはわずか20%程度だった。この研究を批判するつもりはないが、この結果を慎重に解釈してほしいと警告はしておきたい。たとえば、金利が下がったのは、2001年に起こったハイテクのバブル崩壊で企業の投資が急落したせいなのかもしれない。信用需要が低下したため金利(名目、実質ともに)期待が下がったからかもしれない。Fedが金利を下げたからかもしれない。アジアの貯蓄率が上昇したせいかもしれない。もし住宅産業が異常なショックに直接打撃を受けていなかったなら、これらの外的要因の影響による金利低下により、住宅の需要、価格、産出は増加しただろうと考えられる。GGGの研究の本質は、住宅価格上昇の理由の80%は金利以外の要因だったということだ。住宅市場に直接影響する要因はいろいろあった。そうした要因としては、規制の変更や金融イノベーションや金融機関が取るリスクを拡大したことやGSEsなどが挙げられると思う。 

それでどうして私は住宅ブームのこれこれの割合が金利のせいだったと言う人を嫌うのかって?それは低金利という言葉を聞いた人は無意識に”金融緩和”を連想してしまうからだ。Fedの「過失」があったと推定してしまう。GGGの名誉のために言うと、彼らは「信用の緩み」などの言葉を使い低い実質金利を表現しているのでそうした誤謬に陥らずに済んでいる。 

Fedは短期の実質金利にしか影響を与えることができないという考えは経済学者一般に受け入れられている。(いや、少なくとも一般的に受け入れられてい「た」。何しろこの二年で、私が経済学者一般に受け入れられているだろと思っていたことがどうもそうではないと分かってきたので)。標準的な表現で書くと、いわゆる流動性効果だけが数年間短期金利に影響を及ぼすことができる。長期的には、金融緩和によって名目金利は上がるが実質金利は変わらない。例えば1970年代と2000年代を比べてみよう。1970年代は名目金利がどんどん上がり、1980年には20%まで達した。2000年代は金利が下がり、2010年にはほとんどゼロ金利にまでなった。ちらっと見ただけなら1970年代の方がずっと引締め金融だったように見える。しかし、経済学者たちはそれが誤りだと知っている。1970年はインフレが加速していて、2000年代は低インフレだったのだから。 

忠告をしよう。価格の変化から推論してはいけない。間違っても「来年は原油価格が上がるだろう。そうなれば原油の消費が下落するだろう」と言ってはいけない。それは間違った論法だ。それから、金利の高低が経済に何か変化を起こすとも言ってはいけない。替わりに「ハイテク不況で、住宅産業が良くなったのだと思う」のように言ってほしい。その論法なら経済学の中核概念である”希少性”の議論に沿っている。ある種類の資本財を作る資源が不足しているのなら、何か他の種類の資本財を作るための資源が増えているのである。金利は単に”再計算”[1] を容易にする伝達メカニズムに過ぎない。 

もちろんハイテクバブルの崩壊が住宅ブームを招いたと言いたいのではない。GGGが発見したのは住宅ブームのうち金利の経路で説明がつくのが20%程度だったということなのであって、ハイテクバブル崩壊も実質金利に影響を与えるたくさんの変数の一つに過ぎない。別の要因としてアジアの高貯蓄があり、三番目にFedの政策もあった。しかも流動性効果は一般に思われているほど重要なものではなく、金利の変化というものは、外生的なFedの政策変更による分よりも、経済状況を反映する分の方がはるかに大きいのだ。なので仮に低金利が住宅ブームを招いたのだとしても、Fedの金融緩和政策が住宅ブームに影響したと主張できるとはできないわけだ。 

PS.  ところでインレーション/デフレーションについてあえて触れなかったが、需要不足と供給過多の場合があり得る。需要が少なすぎるのが心配だと言うならば、NGDP下落の話をダイレクトにすればいい。そしてそう、ビル・ウールシーがときどき書いていたが私は迷っている。

  1.  訳注:アーノルド・クリングを意識している? []
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    翻訳乙です。例によって気になった点を少し。

    ・「付け加えれば規制の変更や金融イノベーションや、GSEsなどの金融機関が取るリスクを拡大したことも関係していただろう。」
    →「そうした要因(=金利以外の住宅市場に直接影響する要因)としては、規制の変更や金融イノベーションや金融機関が取るリスクを拡大したことやGSEsなどが挙げられると思う」

    ・「それでどうして私は住宅ブームが金利のせいだったと言う人を嫌うのかって?」
    →「それでどうして私は住宅ブームのこれこれの割合が金利のせいだったと言う人を嫌うのかって?」
    (20%だ80%だという話をした後なので、the portion ofはここでは落とせないと思います)

    ・「GGGの名誉のために言うと、彼らは「低い実質金利」などの言葉を使い”信用緩和”を表現しているので過失はない。」
    →「GGGの名誉のために言うと、彼らは「信用の緩み」などの言葉を使い低い実質金利を表現しているのでそうした誤謬に陥らずに済んでいる。」
    (「信用緩和」は金融危機後のFRBの政策を指すのが普通なので、ここで使うのは不適当でしょう。また「過失はない」とするとFRBの過失が無いと書いているように読んでしまいますが、ここで意味しているのは、FRBの過失があるように思わせてしまうような誤謬が無い、ということかと思います(少しややこしいですが)。)

    ・「価格の変化を理由にしてはいけない。」
    →「価格の変化から推論してはいけない。」

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    どもー。今頃コメントに気づきまして本文修正しました。全部agreeっす\(^o^)/いつもありがとうございます!

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