物価水準目標とは?その時は来た? by Ed Dolan

エド・ドーラン氏のエントリ、What is Price-Level Targeting? Has Its Time Come?(Monday, January 3, 2011)を紹介します。プロフィールなどにあるように、先生は人々の経済リテラシー向上に力を入れておられるそうです。  

このテーマは道草のアクセスにも寄与するかなっと軽く紹介。  


2011年に入って、「物価水準目標」について耳にすることが増えてきている。これは金融政策用語なのだが、正しくはどういう意味だろうか?そして最近になって議論されるようになったのはなぜだろうか?Fedはこれを今にも採用しようとしているのだろうか、それとも既に?  

物価水準目標は新しい考え方というわけではない。1930年代という昔にスウエーデン中央銀行が採用したことがある。また学術的な議論の蓄積もある。説明するには、広く採用されているインフレ目標と比較するのがわかりやすい。インフレ目標の場合、中央銀行は物価上昇率を常に一定の率(例えば年2%)に保とうとする。これがスムースに運んでいる時ならば、物価水準目標の場合でも中央銀行の行動は同じになる。両政策の違いは、インフレ率が目標を外れた時に表れる。  

今の米国のように、インフレ率が長期間目標を下回った場合である。今が下の図のAだとしよう(図のスケールは分かりやすく誇張しているが、おおむね米国の実績値とFedの予測に基づいている)。問題はAの状況になった時の修正方法だ。インフレ目標の場合はインフレ率を2%に戻す政策を採る。それがうまく行けば物価曲線は元の経路と並行なものになる(赤点線)。一方、物価水準目標の場合は物価水準を元の経路に戻すための政策を採るので、AからBの期間は下落分を取り戻すため一時的にインフレ率を2%より高くする必要がある。  

  

どちらの政策も、広い意味で物価安定のための策であると言える。ただし金融政策の目標は物価の安定だけではない。Fedは物価安定と同時に、最大雇用の実現という合わせて「二つの目標」を課せられている。上の例の場合では物価水準目標の方が積極的な拡張政策なので、インフレ目標よりも早く失業率を減らすことができる。  

物価水準目標が物価安定のために役立ち、同時に雇用面でもインフレ目標よりも効果的ならば誰もがそちらに軍配を上げるはずだ。物価水準目標の支持者はFed内部にもいる。FOMC(連邦公開市場委員会)での投票権を持つニューヨーク連銀総裁ウイリアム・C・ダドリーが好意的な文章を書いている。シカゴ連銀のチャールズ・エバンスはさらに積極的な支持者だ。しかしFed議長のベン・バーナンキはそれほど前向きではない。バーナンキは2003年の演説では、今の米国と近い状況にあった日本の選択肢として物価水準目標があると好意的に述べた。しかし、2010年8月の新聞記事で彼は物価水準目標を拒否している。結局、物価水準目標はまだFOMCの中で多数の支持を得ているわけではない。  

 反対される理由の一つは、物価水準目標は不確実性を高める恐れがあるというものだ。 エコノミスト誌の批評にもあるように「物価水準よりもインフレ率に慣れ親しんできた国民を混乱させる」可能性がある。不確実性が増すとかえってリスクプレミアムが増し、事業計画を難しくしてしまう。 

第二の理由は、これまでFedが営々と積み上げてきた信頼を損ないかねないという問題だ。たとえ短期間であっても2%を変えるインフレ率をFedが公に目指したら、人々は物価の安定へのコミットメントを疑うようになるかもしれないというわけである。  

反対の第三の理由は、物価水準目標がいかなる状況でもふさわしいわけではないことだ。特に、世界的なエネルギー価格のような外部ショックによって一時的にインフレ率が上がったような場合である。そのような時に物価水準目標に固執し、緩和的な政策をとり続けるとエネルギーとは関係が薄い部門の価格や名目賃金をも引き下げてしまう。それほどの劇薬を経済に与えるよりは、起こったことは起こったこととしてベースラインを上げ、新しい2%インフレ率経路を目指した方が良いということである。  

以上の反対理由に全員が説得されるわけではない。10月の演説でチャールズ・エバンスは、これらの問題は「状況次第の物価水準目標」と呼ぶ方法で解消できると論じた。次のような説明だ。  

まず第一にFedは、常に物価水準目標にコミットする必要はないしすべきでもない。そうではなく、経済が長期的に望ましいインフレ率を下回った時にだけ採用することを明確にしておく。外的ショックでインフレ率がオーバーシュートした時など、普通の状況ではない時には採用しない。  

第二に、期待の問題を指摘している。経済が上の図のAからBの経路にあるときに、インフレ期待のタガが外れてしまうのではないかという心配である。これを防止するために、Fedは出口の条件を明確にしておく必要がある。予定の物価水準経路に復帰したら、長期的に望ましいインフレ率になるように金融緩和をスローダウンするということを明確にしておくということだ。  

第三に、Fedの信頼を損なうというリスクは、コミュニケーションを明確なものにすることで解消可能である。信頼が脅かされるとすれば、それはFedが何をしているのかを明確にしない場合か、明確に示した意思に反した行動をとった時だけだろう。入り口と出口の条件を明確にする「状況次第の物価水準目標」という方法ならば、信頼感は今のFedの方法よりもむしろ確実に増すと言うのである。  

例えば2010年12月14日に発表されたFOMCの最新の政策声明を見てみよう。この声明では、いったいFedが何を目指していて、その解除条件が何であるのかが明確になっているとは言えない。Fedは短期金利を「十分に長い間」低く保つつもりだと言う。QE2を継続して長期国債を買うつもりだという。しかし解除の条件はぼかされており、そのために信頼が損なわれているのは明らかだ。「本委員会は、経済状況および金融市場の展開を注視し、経済の回復を支援し目標通りのインフレ水準を確かなものにするため、必要に応じて政策を遂行していく。」 これはインフレ率が2%になったらただちに緩和をやめるという意味なのだろうか?それとも仮にインフレ率が一時的に高くなったとしても、雇用が回復するまでは今の積極的な緩和策を採り続けるということだろうか?つまり、この声明は通常のインフレ目標を採り続けるとも、物価水準目標を採るとも、FOMCの勘と経験でやっていくとも解釈できてしまうのだ。  

結論:2011年には物価水準目標をめぐる新たな論争がありそうだ。今年はシカゴ連銀がFOMCの議席を持つ奇数年次なので、この政策の支持者は多少は心強いだろう。インフレ率は昨秋ずっと低いままであるが、このまま低迷を続けるようなことがあれば、8月の演説で「期待インフレ率と現在のインフレ率はどちらも物価安定の範囲内にある」と述べて物価水準目標を受け入れなかったバーナンキ議場の自信も揺らいで来るだろう。いや、FOMCはハッキリ明言はしないものの、既に事実上は物価水準目標にコミットしているという可能性すらある。物価水準目標の時が来ているかどうか、向こう数か月の展開で明らかになっていくだろう。  

物価水準目標について、短いスライドショーをここに 置いてある。賛否両論に触れている。