Andy Harlessの金融政策論 by Scott Sumner 

 Scott Sumnerのブログから“Andy Harless on monetary policy”(11. December 2010)の翻訳紹介。 以前紹介したAndy Harlessの論考(これこれ)に対する応答です。コメント欄にAndy Harlessが降臨していたのでそこを含めて。  


   「金融政策なんてない」と言うAndy Harless のこのポスト翻訳。↓はこのayakkaさんのをそのまま拝借しました)にコメントしてほしいというリクエストがあった: 

 さて、そういうわけで、金融政策なんてものはない、といった事情はお分かりいただけたと思う。「中央銀行が指揮する経済安定化政策」はある。便利なので、それを金融政策と呼びたければそう呼んでも構わない。ただし、「中央銀行によって指揮される経済安定化政策」を「金融政策」と呼ぶ場合には、自分がおおざっぱな言葉の使い方をしているということを認識しておいてほしい。そしてある特定のFedのとる行為が「本当に」金融政策かどうかなんて議論に入り込まないでおこう。それらのどれ一つとして金融政策ではないのだから。 

金融政策をよく見てみれば、パッと見とはだいぶ違うというのはその通りだろう。それに金融政策とそれ以外の政策との間に明確な線引きをすることは難しい。しかしそれでも私は金融政策には二つの基本型があると考えている。 

1.  勘定媒体(the medium of account)の供給(あるいは量)に働きかける政策 

米国ではFedが勘定媒体となる二種類の資産を創造している。通貨とFedに置かれている銀行預金だ。その合計がマネタリーベースとされている。ベースマネーを変える第一の方法は公開市場操作である(連銀貸し出しもあるが)。中央銀行が資産を買うかベースマネーを誰かに貸し付けるとベースが増える。 

2.  勘定媒体の需要に働きかける政策 

中央銀行は色々な方法でベースマネーの需要に働きかけることができる。 

a.  預金準備率の変更 

b.  準備預金(および、われわれが電子マネーに完全にシフトした時には通貨)の利子率の変更 

c.  名目政策目標の変更。つまり高い物価水準目標や名目GDP目標、あるいは高めの為替レートのペッグはインフレ期待を喚起することでベースマネーの実需を減らす。 将来のベースマネーの供給期待がその時点のベースマネー需要を減らすのである。 

まとめると、Fedによる拡張的な金融政策は行動によるものにせよ宣言によるものにせよベースマネーの供給を増やすか、実需を減らす。 

ベースマネーは勘定媒体だから特別な存在であり続けていると思う。だからこそ物価水準を「マネー」の価値の変化と関連付けてモデル化することができる。国債は違う。国債の供給で物価水準は上昇するかもしれないが、国債の名目価格は下落するだろう。マネーは特別だ:伝統により、その名目価格はマネーそのものの価格と等しい。財政政策は物価水準にほとんどインパクトを与えない。レーガンは減税と軍の再建で巨大な財政赤字を生み出し、ボルカーは金融引き締めでこれに対抗したが、どちらが勝ったかは知ってのとおりだ。1968年から1969年にLBJ(ジョンソン大統領)が財政を引き締めようとした時も、緩和政策を維持したFedが優位に立っていた。このように金融政策は重要であり、注目しておく価値があるものなのだ。 


(以下、コメント欄よりAndy Harlessのコメントとそれへの応答を抜粋) 

Andy Harless 11. December 2010 at 19:39 

「ベースマネー」が「勘定媒体」と等価だという前提に挑戦しよう。どうしてキャッシュが勘定媒体で、準備預金はキャッシュで評価される資産だと言わないのか?準備預金を勘定媒体の一部に含めるなら、どうして普通の預金は含めないのか?自由に現金と交換できる性質は同じで、違いは誰が交換して誰が所有できるかだけだ。さらに国債やMMFを勘定媒体に含めることもできるだろう。これらを全部、紙幣やコインとまとめて扱うことができるだろう。どうすれば任意ではない定義ができるのかい? 

私も最後の段落を書いたときは現金を勘定媒体として扱おうと思っていたが、今考えると、紙幣の価値とコインの価値も分けて議論できるのではないだろうか。紙幣とは単にコインと交換できる紙なのでは?そこには「Federal Reserve Note(連邦準備券)」と書いてある。理屈でいうとnoteとは支払いではなく支払うという約束のことだろう—「legal tender(法定通貨)」とも書いてあるが、それは実際の支払の代りとして受け入れなければいけないということだろう。 

結局、私はまだ紙幣を勘定媒体に含めておきたい — しかし利子がつく預金は、それがFedに置かれているものであっても含めたくない。Fedには準備預金をキャッシュと交換する能力と意思があるということは間違いないから、準備預金は「キャッシュとほとんど同等」ではある。しかし準備預金には利子が付き、Fedは任意にその利率を変えることができる。その意味で準備預金は「自動的にロールオーバーされるがロールオーバーからの収益が保証されない1秒(それとも1日?)満期の国債」に近い。勘定媒体には元金部分はあっても利息部分はないはずだ。私にはそれは恣意的に見えるし、もう一度言うが、準備預金は本質的にキャッシュよりも短期国債(貴殿も勘定媒体に含めていない)に近い。 

Andy Harless
11. December 2010 at 20:01 

前のコメントで言い忘れたが(いや、多かれ少なかれ元のエントリで触れていたが繰り返さなかった)、もし貴殿がキャッシュを勘定媒体だとする — それは合理的な定義だと思う — のを受け入れると、Fedの政策は勘定媒体の供給をコントロールすることではなく、需要に対応するだけということになる。すると「供給サイド」の金融政策はずいぶんショボい、本質的には何も変えないものになって「金融政策」と通常言われているものとはずいぶん違ったものになる。 

このポストでは貴殿は「需要サイド」の金融政策のことも書いておられる。その語法に疑問がある。それらのことは勘定媒体の需要を変化させるわけだが、Fedがそれをやったときは金融政策と言えるが他の誰かが同じことをしても金融政策と言えないというのは恣意的だ。実際Fedですら財政政策に触れないと勘定媒体の需要に影響を与えることはできない。ベン・バーナンキが議会に財政政策を勧め、かつ、それが実際に議会の決定に影響を与えると市場が信じれば、文字通り「Fedの宣言がベースマネー実需を減らす」が、この宣言を金融政策だと見做せと言うのは苦しい。それにベン・バーナンキが宣言するなら金融政策と言うべきだというのに、影響力がある経済学者が宣言しても金融政策にならないのはどうしてだろう。 

scott sumner
12. December 2010 at 09:10 

アンディ、準備預金は価格が固定なので勘定媒体だが、国債は違う。 

公的な現金(紙幣とコイン)をマネーの基準にしようという考えは支持できるよ。今は準備金に利子がつく。しかし、紙幣とコインの違いは分からない。どちらも不換マネーだし、今はコインも銀でできているわけではないから。 

預金の需要についてはうまい回答がない。今は金融政策について話していてFedはベースマネーの供給を直接決められるという意味で、ベースだと言ったのだが、いかなる定義もそれなりに恣意的なのではないか。 

貴殿曰く: 

“前のコメントで言い忘れたが(いや、多かれ少なかれ元のエントリで触れていたが繰り返さなかった)、もし貴殿がキャッシュを勘定媒体だとする — それは合理的な定義だと思う — のを受け入れると、Fedの政策は勘定媒体の供給をコントロールすることではなく、需要に対応するだけということになる。すると「供給サイド」の金融政策はずいぶんショボい、本質的には何も変えないものになって、「金融政策」と通常言われているものとはずいぶん違ったものになる。” 

これには賛成できない。私はFedが短期金利を変えることが直接経済に影響するとは思わない。そうではなく、Fedが金利を下げると、そのことが市場に対して「Fedはベースマネー(通貨を含む)を増やす意向だ」というシグナルとなり、それが短期金利を下げるのだ。さらに、ベース及び通貨の増加が将来の期待NGDPの水準を引き上げる(超過現金のバランス効果を通じて)。これが金融政策がその時点の総需要に働きかけるメカニズムだ。 

ベースマネーの需給に影響する要因がそれ以外にも性質的な意味で存在する、ということはことは完全に認める。しかし上記のFedの武器に比べば小さいものであるし、大事なことだが、FedがNGDP成長目標を保つという対抗策をとると、それらはあっさり帳消しになる程度のものだ。 

Andy Harless
12. December 2010 at 09:43 

Scott曰く: “Fedが金利を下げると、そのことが市場に対して「Fedはベースマネー(通貨を含む)を増やす意向だ」というシグナルとなる” 

それはFedが準備預金に付利し始める前の話だ。私はこれからはFedは短期金利目標と並行して準備預金金利(IOR)を調節すようになるとみている。そうなると短期金利を引き下げるためにベースを増やしても効果がないことになるのではないだろうか。むしろ目標金利の引き下げが市場メカニズム(IORを引き下げると銀行は直ちに反応する)を通じて預金残高を増やすシグナルになるだろう。 

“ベースマネーの需給に影響する要因がそれ以外にも性質的な意味で存在する、ということはことは完全に認める。しかし上記のFedの武器に比べば小さいものである” 

これには反対だ。特にベースマネーに金利が付くときは、財政出動が需要に対して劇的な影響を与えるだろう。国債がベースマネーの代替物に近いものになるのだから。もちろん完全な代替物ではないが、かなり近くなる。財政政策のファイナンスのために政府が短期国債を発行すると、ベースマネー需要が大きく減少するだろう。ベースマネーを持っている銀行はそれを新しい国債に転換するようになるから。 

財政政策によるマネー需要をFedがオフセットできるというのは正しい(少なくとも通常の状況ならば)が、その反対もまた正しい。財政政策もまたFedの政策のインパクトをオフセットしうる。後に動いた方が結果を決める。Fedの方が制度上プロセスがスムースだから後に動けることになり易いが、だからと言ってFedの行為を概念的に「金融政策」として財政政策から区別する理由にはならないだろう。しかも昨今の状況ではFedが後に動くかどうかもはっきりしていない。今のFedは遠慮がちで、財政政策からのマネー需要効果を完全にオフセットしてはいないのは明らかだろう。 

Andy Harless
12. December 2010 at 09:54 

“アンディ、準備預金は価格が固定なので勘定媒体だが、国債は違う。” 

これは制度上の差異で恣意的だ。TMDB氏が上で指摘しているように、国債の額面価格だって勘定の単位としても正確に用いることができる。今の短期国債はたまたま割引債だが、クーポン債として売られていてもいいわけだ。また、国債価格にはほんの少し投機的な要素があるが、もしそれがなかったら?もし短期国債が譲渡性のないクーポン債(non-negotiable coupon bonds)だったら?勘定媒体にならないか?そして財務省は国債を発行することで金融政策をしているということにならないか?定義次第で変わってしまうごく小さい差異しかないと思えるよ。 

scott sumner
12. December 2010 at 11:38 

アンディ、FedがIORを政策ツールに使うようにシフトすることはあり得るけれど、私が言う伝達メカニズムはそれでも何ら変わりはない。Fedはマネーの供給でなく、需要をコントロールすることになるというだけのことだ。もちろん金融理論には対称性があるから、マネー供給の10%(実質需要に対して)増は、10%(マネーの供給に対して)のマネー需要減とまったく同じ効果となる。どちらの場合でも超過現金バランスはマネーストックの10%であるから、物価が10%上がる。 

IORがあるときの財政政策の重みについても反対だ。Fedには政策目標がある。仮に2%のインフレが期待されているとしよう。この場合財政政策は物価水準に影響を与えない。Fedが近い将来財政政策の影響をオフセットするだろうと市場は予想するからだ。この意味で後に動くのはいつもFedだ。Fedは財政政策遂行者よりも多くのリソースを持っているし、財政政策よりはるかに機動的に動く。 

[政策遂行者が通貨を買ったりためたりするための債券を発行するというバカげたケースについては省略させてもらった。それも面白いバトルになるだろうが!] 

貴殿曰く; 

“昨今の状況ではFedが後に動くかどうかもはっきりしていない。今のFedは遠慮がちで、財政政策からのマネー需要効果を完全にオフセットしてはいないのは明らかだろう。” 

私もドグマ的議論をするつもりはないので、財政政策がまったく影響しないと論じているのではない。通常の場合、Fedのインフレ目標があるので財政乗数はほぼゼロだということを言っている。この間の減税アナウンスでインフレ期待が約8ベーシスポイント上昇したように、NGDPへのインパクトが今は若干ある。でもそのケースでも、FF先物市場を見るとFFレートが2011年遅くには上がるだろうとの強い見通しを持って反応していたように、財政行動の一部分は確かにFedによって不胎化されたわけだ。 

短期国債についてだが、勘定媒体とするには価格の安定さが不十分だ。勘定媒体ならば価格は完全に固定されるべきだが、今のところ短期国債の価格は自由市場で決まっている。もし短期国債が実際に一定価格になるならば一種の通貨とみなせるだろう。しかしそうなるためにはちょうど通常の通貨と同じように、各額面毎の量が需要によって決まらなければならない。短期国債は通常利回りゼロではないから、金利がゼロに近いとき(あるいはFedがIORを支払うとき)のみ、マネー需要に重要な働きを持ち得るマネーの代替物として扱うのがいいと思う。 

この問題に重要な何かがあるのかよくわからない。どちらの見方からしても国債の急増はインフレ的だ。貴殿の見方ではそれでマネーサプライが増えるし、私の見方ではベースマネーの需要が減る。勘定媒体は「慣例で価格がいつも一定な資産」と定義する方がクリアだと思える。 

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    翻訳乙です。
    インフレ経済学者とは何ぞや、と原文を見たらinfluential academic economist =影響力のある経済学者ですね。取り急ぎ気付いたのでご指摘まで。

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    ありがとうございます!何だろうと思いながらも、完全にinflationalと書いてあると信じ込んでました\(^o^)/